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東方調酒録

作者:コチョウ
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第三夜 十六夜咲夜は管を巻く

 バーはいつの時代においても排他的であった。ギャングの隠れ家という目的からするとそれでいいのかもしれないが、この平成の時代にあってもバーは敷居が高い場所となっている。隣の人に声をかけてはいけない、席を勝手に選んではいけない、バーでは嘘をついてはいけない、しまいには酔ってはいけないなどというのが暗黙のルールであり、この他にも多くのルールが存在する。気を休めるために酒を飲みにきたのに、気疲れしては悲しい話である。しかしながらこれは店主に依存するところが大きく、堅物な店長の店では飲み方にも気を付けなければいけなし、大らかな店主ならそんなことを気にせずにすむ。こう聞くと大らかな店主の方がいいと感じるのだが、幻想郷にある一軒だけのこのバーみたいな悲惨な状況になることがある。

ーー命蓮寺を右に曲がった川の向こうにあるバッカスという名のバーではお客によって排他的な状況が創られていた。お客の名は十六夜 咲夜。銀色の髪で二つのおさげにリボンをつけている涼しげな美人である。湖にある紅魔館のメイド長であるため服装はメイド服であった。今夜の咲夜は荒れていた。完全に酔っている。店には他のお客はいなかった。先ほど妖精のチルノと大ちゃんが重そうにドアを開けて中に入ろうとしたが、咲夜の荒れっぷりにオドオドと帰っていった。無精髭がある店主の月見里 悠は営業妨害だ!と内心思っていたが、とても口に出せなかった。
「あのクソッタレ巫女ー!」
ドンっと咲夜がグラスを机に叩きつけた。巫女は霊夢のことであった。瀟洒で完璧にみえていた咲夜がここまで荒れた原因は開店の少し前にさかのぼる。

バッカスがオープンする少し前の時間の紅魔館で、咲夜は主人であるレミリア・スカーレットの為に紅茶を選んでいた。そこに見た目10歳ぐらいで、背中に羽を生やした幼女が声をかけた。
「咲夜、 霊夢のところに行ってくるわ」
この方が紅魔館の主であるレミリアである。
「はい、 すぐ準備致します」
ここ最近レミリアは霊夢のところによく訪れる。咲夜はレミリアが霊夢のところに行くことをあまり良く思っていない。だがそのことは全く顔に出していなかった。
「咲夜はいいわ、 私だけでいくから! そのために夜まで待ったんだ……」
レミリアは吸血鬼であるから日光が苦手である。夜は自由に歩けるが、昼間は咲夜に日傘を持ってもらう必要性があった。
「でもお嬢様! お一人では……」
咲夜が言い終わる前にレミリアは必要ないわ!っと言って出かけてしまった。残られた咲夜はしばらく凍ったのち爆発した。そして今の状況になっている。
「最近お嬢様はあの巫女のことばかりお話なさる……そして今日は遂に私についてくるなっと言った! 私が邪魔になったんだ! ……そんなことない!? あなたにお嬢様の何がわかるのよ!? 私が一番お嬢様を理解してるわ!! ほら早くお酒をつぎなさいよ!!」
悠はビクビクしながらウォッカをついた。
「飲み過ぎですよ」
「私を気遣ってくれてるのね、 嬉しいわ! お礼に手品を見せてあげる」
「手品ですか?」
「うん! ほらこのリンゴを頭に乗せてっと」
咲夜は悠の頭にリンゴを置こうとした。悠は嫌な予感がした。
「ちょっと待ってください! これだとよく見れないですから……こうしましょう」
悠はカウンターの端まで行きスイカを置きその上にリンゴを置いた。
「これなら、僕もよく見える」
「ん!」
そう言って咲夜はナイフを取り出し、狙いを定めた。酔っているせいで手が揺れてる。ーー揺れが止まった!咲夜の目に力がこもり、ナイフがなげられた!!ナイフは一直線に飛びスイカを貫通してレンガの壁に刺さった。咲夜は爆笑している。悠は口が空いていた。
「面白くない?」
咲夜が低い声で聞いてきた。
「大変面白いですでございます!」
悠が慌てて答えた。
「何かカクテル作って……」
スイカに八つ当たりしてすこし落ち着いたのか、まだウォッカが残ってるのに要求してきた。
悠はカウンターからライ・ウィスキーを取り出した。
「ウィスキーは樽の中で熟成させます。だから職人達は上手くなるように祈るんだよ。熟成に長い時間が必要だ。もしかしたら自分では飲めないかもしれない、でも職人達は祈り続けたと思う。 その祈りがウィスキーの旨さにつながるんだ」
悠は説明した。
「フーン、想いは届くって言いたいのか?」
「その通りです」
悠はドライ・ベルモットとカンパリ・ビターをライ・ウィスキーに入れ、ステアした。
「オールド・パルです」
咲夜は出されたそれを一口飲んだ。
「ほろ苦いわね……今の私の気持ちってこと?」
「オールド・パルは禁酒時代より昔からある古典的なカクテルです、 名前の意味は『古い仲間』という意味なんだ。 禁酒時代にカクテルは欧州とアメリカスタイルが融合し現在のスタンダードな形になったといわれている。 それでもこのカクテルは名前の良さで一般的なカクテルになった。人は結局長く、密度の高い時間を一緒に過ごしたものが一番大事なんだよ」
悠は説明した。
「うっせー!慰めるな!! 私とお嬢様は『古い仲間』なんかよりずっと上等な関係なのよ!! 」
悠は予想外な反応にまたポカーンと口を開けていた。酔っている者には説教をしてはいけない、 黙って話しを聞くのが一番だ、という先輩の話を思い出している。
咲夜によって開けにくさが倍増したドアが開いた。入ってきたのはレミリアであった。目を合わせた咲夜は酔いが覚めたようでアワアワとしていた。
「咲夜! なかなか帰ってこないと思ったら……」
「お嬢様どうして? 霊夢のところに行ってたんじゃ?」
「行ってたわよ、これを編みにね」
レミリアがマフラーを咲夜に渡した。
「少し前から隠れて霊夢に教えてもらってたの、 それで今日完成させようと思って一人で行ったのよ」
「そうだったんですね! お嬢様ー! 」
咲夜がレミリアを抱き上げた。レミリアは、ちょっと!おろしなさいよ!と言いながら咲夜の頭を叩いた。
「でも、 今日は特別な日とかじゃないですよね?」
「私が編んでみたいと思ったのよ。 それに私がプレゼントを渡せば、その日が記念日でしょ?」
「はい! 仰るとおりです!」
咲夜はとても嬉しそうだ。
「さぁ、 帰るわよ」
「はい、 お嬢様! ああ、それから悠様」
「はい!?」
ポカーンとしていた悠が慌てて返事した。
「本日は大変お騒がせ致しました。 こちらが料金です。 ご馳走様でした」
咲夜が優雅に礼をした。
「あ、はい……」
「じゃあーね! 今度は私も飲みにくるわよ」
そう言い残し咲夜とレミリアは帰っていた。一人残された悠は一気に疲れが襲ってきた。悠はドアを開け外に出てライトを消した。もう閉店するようだ。悠は仕事をする気力はもうなかった。店内に戻り、スイカを持ち上げ、
「お前も災難だったな」
と呟いた。
 
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