ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode7 笑顔と希望
もう、何分戦ったのか。
その感覚すら無くなった頃だった。
腕はいつもは頼もしいその長さがひどく重く感じ、足はまるで鉛にでもなったかのように動かなくなっていく。だが、Mobである敵の動きは当然疲れ知らず。あまつさえますます鋭さを増し、その鎌は陽光を反射してぎらぎらと戦意を主張し続ける。その目は、機械的な輝きのみを宿して、俺を追いかけ続ける。
だがその視線が、俺に敵の攻撃を教えてくれる。
結果、俺はその必殺の一撃を、避け続けることが出来ている。しかしそれは、俺がまだ生きていることと同じ意味しか持っていなかった。この威力なら、かすりダメージでも俺の貧弱アパターは吹っ飛び、仰け反りが生じるだろう。そして次の一撃で、ゲームオーバー。
(だが……)
だがそれは、少なくとも今じゃない。
振り抜かれる何度目かの死神の大鎌が、俺の肩スレスレを掠めていく。
それを見送り、次なる攻撃の予測のためにその目を凝視する。
交錯する、視線と視線。途方も無く美しいその顔の向こうに、二年間のアインクラッドでの暮らしの中で最も美しい夕焼けの、最後の残光が、水平線へと消えていく。
と同時に、俺の目の前に不意にウィンドウが表示された。
「な……っ」
書かれている文字は…「You Win」。
呆然とする俺の前で、ここまで戦い続けた女が、先程までの鋭さが嘘のように、ゆっくりとした動作で大鎌を肩に担ぐ。これまでと違う…出現した当初のような、人間のような仕草で。
―――汝、よくぞこの境界の刻まで戦い抜いた
その目は、デュエル前のそれで、表示はNPCを示すカーソルへと変わっている。ふと気になって確認したら、俺は奴のHPを三割も削っていなかった。つまり、このクエストのボスは、「倒さずともこの夕陽の沈むまでの間耐え続ければ勝利となる」という条件付きのデュエルだったのだろう。
途端、俺の体から一気に力が抜ける。
狂気じみた加速感が消えて、冷静さが戻ると同時に疲労も帰ってきたらしい。
俺はみっともなく河原に尻もちをついた。
生き残った。俺は、生き残った。
―――汝に、これを返そうぞ。妾の加護を加えて
死神が、その懐から何かを取り出す。
小さなそれは、指輪だった。
見間違うはずもない。俺の投げ入れた、《ブラッド・ティア》だ。女が持ちあげたそれが、手の平の上で、文字通りの鮮血の紅色から美しい七色に変色していく。そしてゆっくりとそれを翳す。と同時に指輪は魔法のようにふわりと浮かんで俺の手元へと飛来し、両手で捕えると同時に消滅した。恐らくストレージへと入ったのだろう。
そして。
―――そして、汝の望みを叶えようぞ
再び取り出すそれは、……俺ですら見たことのない、虹色に輝く、途方も無く美しい、結晶。
それを取り出すと同時に、死神はゆっくり、ゆっくりとポリゴン片へとその体を変じていく。登場と逆回しのような…或いは、破砕音を抜いたプレイヤーの死亡エフェクトのような、ポリゴンのゆっくりとした拡散。
最後に残ったその顔には、NPCとは思えない優しい笑みを浮かべながら。
「……ああ…」
残されたのは、水際の位置、俺の胸ほどの高さに浮かぶ、一つの結晶のみ。
精根尽き果てた俺が、もう一度全力を振り絞って、立ち上がる。
全力を出せば一秒の半分の半分も掛からない距離が、途方も無く長く感じる。
(…あれは…)
去年のクリスマスの、《回魂の聖晶石》のことが、脳裏をよぎる。キリトが手に入れ、クラインがその存在を皆に知らしめて小さくない反響を呼んだアイテム。そして、死者が生き返らないことの証明ともいえたアイテム。
(やっぱ、ダメか……)
ずっしりとのしかかる落胆、そして徒労感。だが、これも貴重品だ。一応、貰っておこう。エギルの店で売ってやれば、あいつが上手く使ってくれるだろう。
そんなことを思いながら、俺が手に取ったそれは。
《回魂の聖晶石》ではなかった。
ポップして表示された名前は、似て非なるもの…《追憶の聖晶石》。
浮かび上がる説明文。
その最後に存在する、「ロード」の文字。
瞬間、まるで急に世界が俺だけになったような錯覚が体を包んだ。
いままで感じたどんな感覚とも感情とも言えない心で、無意識にその「ロード」をクリックする。七色の光を発して、輝き出す《追憶の聖晶石》。その光が、徐々に、徐々に意志を持つように集まっていき、虚空に絵を描いていく。
そこに浮かび上がったのは、十枚のスクリーンショット。
その写真の中央にあったのは。
……俺が求め続けた、最愛の人の笑顔だった。
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