とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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第6話 読むこと
「長い戦いだった……」
牧石は、ゲームクリアに至るまでの道のりを思い出していた。
一番初めに遊んだときは、勘違いから上級者向けのフェゾ様を使って秒殺された。
次に、ミナコの親切な説明を聞いてから「超能力者が魔法世界に転生したようです」の主人公黒霧零司を使用した。
主人公の名に恥じない、使いやすい操作性により、その日のうちにラスボスである「魔王」のステージにたどり着く。
たどり着いた理由の一つに、「ゲーム料金が無料である」というものがある。
「試作品のいくつかは、サイキックシティから能力育成事業で歳出されているわ。
実際にこの手のゲームで遊んだら、1ゲーム4,000円程度するでしょうね」
「4,000円!」
牧石はミナコから聞いた金額の高さに驚いた。
確かに、「次世代型総合的神経系具現化システム」によって生み出された世界は、すでに実世界と違和感を見いだすことが不可能な水準に達している。
サイキックシティ以外に住む男子学生が真っ先に使用したい科学技術の一番目にあげられているのもうなずける内容だ。
だからこそ、そのシステムを実現するために要した費用もバカにならないだろう。
次世代型総合統合的神経系具現化システムから、超能力に関する機能をオミットした製品が、このサイランドに設置されているが、確かに1ゲーム4,000円だった。
ちなみに、サイキックシティでの4,000円とは、牧石がかつて暮らしていた世界(転生直前当時)での価格に換算して約2,000円に相当する。
つまり、約半分ということだ。
牧石は、経済の事に詳しくないので、単純に超能力により科学技術が進歩すればその分製造コストがさがるので、安くなるのではないかと思ったのだが、どうやら違うようだった。
先日、牧石が政治・経済の勉強をしていたときに、樫倉委員長が教えてくれた内容によると、サイキックシティの科学力及び技術力は圧倒的に、他の国を突き放しているため、価格競争に巻き込まれることがない。
その利益を、労働者や社会に還元することや、通貨の価値を少しずつ下げることで、サイキックシティ内での内需拡大を促進させている。
経済政策立案にあたっては、市長とサイキックシティ中央銀行が強力に推進している。
サイキックシティ中央銀行は、サイキックシティの独立にあわせて日銀から独立しており、独自の通貨を発行している。
だから正式な通貨単位は「サイキックシティ円」である。
話をゲームに戻すと、黒霧零司を使用した翌日に、ラスボスである魔王をようやく倒すことができた。
「さすがに、ラスボスだけあって強かったな」
「ええ、でもそれを倒した牧石君はもっとすごいよ!」
「そうでも、ないさ」
牧石は、ミナコの応援にもあまり喜んではいなかった。
牧石が目指す先は、ここではないからだ。
牧石は、得られたサイポイントを確認する。
二日間でかなり遊んでいたはずだが、得られた経験値はそれほど高くはない。
先日、フェゾ様を使用した時に消費したポイントを回復した程度である。
ちなみに、次のレベルにあがるために必要な経験値は1500であり、レベル1からレベル2に上昇するために必要な経験値の5倍ある。
レベルアップはまだ先の話であった。
次に、牧石が選んだキャラクターは、「魔法使いロクス」であった。
魔法都市フェゼリアで魔法学校の生徒をしているが、すでに最高水準の魔法が使える設定だった。
牧石は、黒霧零司の対戦相手であった魔法使いロクスについて、ある程度は知っていた。
ちなみに、我らがフェゾ様は黒霧ルートでは一切登場しない。
ある程度、ロクスの戦い方を知っている牧石はロクスへの順応性も高かった。
実際に使ってみると、最強の魔法使いという設定のとおり、魔法の威力や発動する魔法のエフェクトの派手さは他のキャラクターの追随を許さない。
そのかわり、近接戦闘時の弱さをいかに補うのかがロクスを使用したときの課題となった。
牧石は、ロクスを使用するときの戦術として、放出型の魔法だけでなく、設置型や時間差型の魔法を使用することにより、隙のない戦闘体制を組み上げた。
牧石は、次々とクリアしていきながら、戦闘方法を学び着実に強くなっていった。
そして、終業式の前日である今日、最後のキャラクターである、フェゾ様のクリアに成功した。
通称フェゾ様、正式名称「フェゾ=Y=ホワイト」は、二つの意味で使い勝手が悪かった。
一つ目は操作性の問題であり、普通の行動でさえ、超能力の使用判定が行われている。
具体的にいえば、強く念じないと思った方向と別の方向に行ってしまう。
そして、二つ目の問題は、使用できる技についてである。
フェゾ様の設定として、「男性相手には直接攻撃は行わない」、「女性相手にはダメージを与えない」という信念がある。
もっとも、その信念に従わずに行動することも可能であるが、最後の戦いで勝利しても、正式なエンディングに到達する事ができないようになっている。
そして、正式なエンディングに到達するために求められる能力は、「相手の心を読む(サイリーディング)」ことであった。
にたような超能力に「予知能力」があるのだが、その能力の使用方法が「予知能力を使用する」、「予知の結果により行動を変化させる」、「予知と異なる結果を行った事により再度変更した現実に対して予知能力を使用する」、「予知の結果を反映させる」という、繰り返し使用する事が求められる。
その結果、戦闘状況下での使用は困難を極めるため、現実的ではなかった。
「CPUに心があるのか」、という哲学的な問題については、脇に置くとして、登場人物のCPUには、独立した思考エンジンが搭載されている。
これもサイキックシティが、生み出した成果の一つであるが、人間の思考をそのまま模すことに成功したといわれている。
もし、成功したのであるならば、思考エンジンを反映させる体さえあれば、人間と同等のロボットが生み出されるはずである。
しかしながら、サイキックシティ内にそのようなロボットが存在するという話を聞いたことがないため、存在しないのだろう。
もっとも、人間と変わりがない水準であれば、だれも気づかないため、すでに存在している可能性が否定できないのもサイキックシティの恐ろしい所ではある。
そのような高性能のCPUに対して、思考をきちんと読み込むことで、勝利に近づくことができる。
もっとも、相手の思考を読むだけでは倒すことはできないので、わざと相手の思考を限定させるために、特異な行動を行うことも求められる。
こうして、牧石は「超能力者が魔法世界に召喚されたようです」で鍛えられた能力「相手の考えを読みとる力」を手に入れたはずだった。
はずだったというのは、現実世界でまだ試していないからである。
透視能力と同様、この能力に対する対応については対応策が施されている。
サイキックシティで販売されている、対サイコメトリーアクセサリーというのが一般的に売り出されているもので、携帯電話のストラップと同様の大きさで、レベル5までの超能力者からのサイコメトリーを防ぐことができるというものである。
牧石も携帯電話のストラップとして装着させている。
もっとも、この装置にも欠点が存在する。
直接、相手に接触した場合、対サイコメトリー効果が発揮されないということだ。
牧石も、一度磯嶋から簡単な理論を聞いたのだが、理解ができなかった。
とりあえず、本番前にきちんとサイコメトリーを行うことができるか確認する必要があった。
「今日は早く帰ります」
「牧石さん気をつけてね」
ミナコはサイランドを後にする牧石に、手を振って見送った。
とはいえ、牧石に確かめる方法を持たなかった。
牧石は、迫川の顔が頭に思い浮かぶ。
迫川は誰に対しても過剰ともいえるスキンシップをとるので、いつも彼女のように振る舞えば容易にサイコメトリーが使えるのにとおもった。
「まさか、迫川さんはサイコメトラーなのか?」
牧石は、一瞬そんな考えが頭をよぎったが、首を振る。
それならば、最初からこんな行動をとるはずがないと。
牧石は、早めに研究所に戻って、早めの夕食を食べてから考えることにした。
「お疲れさん、今日は早かったね」
「小早川さん、いつもありがとうございます」
牧石は、食堂で小早川さんに声をかけられると、お礼を言って頭を下げる。
白い割烹着に、三角巾という食堂の制服ともいえる姿をしていた。
三角巾の後ろの両側からのぞかせるツインテールと幼い顔立ち、150cmを超えない身長、凹凸の少ない体つき、割烹着の下に身につけているワンピース、少し間延びした感じの高い声により、牧石とほとんど変わらないように見えるが、実際には10歳ほど年上である。
「なにか、今、牧石君から、変な視線を感じたのですが」
「気のせいですよ、小早川さん。
そのように思われるのは、僕の不徳のせいでしょう」
牧石は、年上が相手にも関わらず、気さくに話しかけている。
先日、買い物を手伝って、お互いに親近感をもったことも理由だ。
「今日は、牧石君のリクエストで、カレー鍋です!」
小早川さんは、小さめの鍋をとりだすと、テーブルにあらかじめ用意されていた鍋しきの上にちょこんと載せる。
牧石は、鍋から漂ってくる湯気とカレーの香りに興奮と満足をしていた。
「ありがとう、小早川さん!」
「この前、買い物に手伝ってもらったお礼です」
小早川は、はにかんだ笑顔を牧石に向ける。
その笑顔の威力は絶大で、仮に小早川の実の父親であれば、「よーし、パパ、何でも買っちゃうぞ!」と言い出しかねない破壊力があった。
もちろん、牧石は小早川の父親ではないので、
「こんなお礼があるのなら、いくらでも付き合いますよ」
と、牧石は、鍋からお玉を使って器に移し替える作業をしながら答えた。
「それじゃあ、お願いね」
小早川はほほえみながら、牧石の食べるのを観察する。
「了解です。
そして、いただきます!」
牧石は、目の前の鍋から卵を口にすると、
「あちい!!」
と叫びながら、立ち上がる。
「だ、大丈夫ですか」
牧石は近寄ってくる小早川に対して、箸を持った右手で押しとどめると、
「み、水をください」
「は、はい」
小早川は、近くにある給水機から水を入れる牧石に手渡した。
『牧石君、猫舌なんだ。
あわてぶりが、かわいいなぁ』
牧石が小早川から水を受け取ったとたん、頭の中に小早川の声が直接届いた。
『でも、猫舌なのに鍋好きって、変わっているかも?』
「ええ、大丈夫です。
ありがとう」
水を口にした牧石は、落ち着きを取り戻すと小早川に答えた。
「確かに僕は猫舌ですけど、鍋好きであることとは両立可能だと思っています」
「!」
小早川は牧石の言葉に驚愕の表情を見せたが、牧石は気づかず話を続けた。
「卵では無理ですし、行儀もよくないですが、ラーメンをすすりながら食べるときと同じように、空気を取り込みながら食べると猫舌の人でも食べやすくなります」
牧石は、美味しそうな表情で鍋を食べ始め、
ハイペースで鍋を完食する。
「ごちそうさまでした」
「……」
牧石は、満足感と作ってくれた小早川さんに感謝の気持ちをこめて宣言するが、小早川さんの表情はさえない。
小早川は、自分の心を牧石に読まれたのかと緊張していたからだ。
そのことを知らない牧石は、
「?」
と、困惑した表情で視線を小早川に向けていたが、
「ごめんなさい、小早川さん!」
「!」
小早川は、また自分の考えを読まれたと思って緊張する。
「たしか、カレー鍋にはシメの一品がありましたよね?」
牧石は、空になった鍋の底を小早川に見せる。
「うどんとか、雑炊とかリゾットとかですよね」
「え、ええ、チーズを入れた雑炊を準備していたわ……」
小早川は、つまりながらも安心した表情で牧石の質問に答えた。
小早川は、自分の考えを超能力で読まれた訳ではないと少し安心する。
そのような事情を知らない牧石は、小早川の表情に疑問を感じたが、素直に
「?
あまりに美味しかったので、調子に乗って食べました。
ごめんなさい」
と謝った。
「いいわよ、喜んでもらったのだから。
また、今度作ってあげるわよ」
「お願いします」
牧石は頭を下げてから、満足そうに部屋へと戻っていった。
「美味しい夕食を食べたことだし、サイコメトリーの能力も確認できたし、良かった良かった」
牧石は自室に戻ると、満足な表情を浮かべていた。
あとは、明日の終業式に真相を確かめる。
牧石は、プランが完成したことを確信し、眠りについた。
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