とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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第4話 黒岩さんはしゃべらない
牧石は、午後の授業が終了すると、教室で考えごとをしていた。
「最初にフェゾ様を選ぶなんて、どれだけマゾなの?」
クラスメイトの目黒の言葉を無視して、牧石は考えていた。
「まさか、負けるとサイポイントが失われるなんて……。
いや、負け方が問題だったな」
牧石は、昨日の惨敗ぶりを思い出す。
個性が非常に強く、それ以上に操作性が非常に難しいことから、「フェゾ様」と呼ばれ、熱狂的なファンも多いというキャラクターの特性上、何もできないまま負けることがよくあることは、ミナコから聞かされている。
牧石が、何もできないまま負けたあとに。
サイポイントが下がることがあること自体は、牧石は知っていた。
編入試験に向かう途中に出会ったサイマスターグルーが、強制的に課す課題をクリアできなければ下がるということを以前に聞かされたからだ。
グルーに出会った後で、磯嶋から。
理論は現時点では解明されていないが、サイマスターグルーの言動からすると、サイポイントはRPGで言うところの経験値という意味合いだけではなく、「ここぞという場面で超能力を使用するポイント」という意味もあるらしい。
牧石が遊んだ「超能力者が魔法世界に召喚されたようです」というゲームでサイポイントを使用した理由というのは、「生死をかけた闘い」という状況が影響しているらしい。
もちろん、悪い面だけではない。
サイポイントを使用して危機的な状況をしのいだ場合には、その状況に見合ったサイポイントが加算されるのだ。
超能力の成長に悩む人々には、朗報とも言えるだろう。
ただし、「超能力者が魔法世界に召喚されたようです」のようなゲームは、レベル3以上の
超能力者でしか遊べないようになっているため、誰もが成長できるわけではない。
逆にいえば、牧石のようにレベル3に到達し、初心者用のキャラクター「主人公の超能力者、黒霧零司(くろむ れいじ)」や「魔法使い ロクス=インステリア=ハンス」を使用して、練習しながら遊べばある程度成長がしやすくなる。
一方で、牧石が選択した、「フェゾ様」のようなキャラクターは扱いが難しい反面、クリアできるようになれば、それぞれのキャラクターの特性に合わせた能力を得たり、成長させたりすることができると言われている。
とにかく、牧石のような初心者としてのキャラ選択は誤っていたのだが、牧石がキャラクターを選びなおして遊ばなかったのは、消費したサイポイントによって疲労がたまったことによる。
それにしても、と牧石は思った。
自分は別のことを考えていたのに、いつの間にゲームのことを考えていたのだろうと。
牧石が考えていたのは、自分の机から3つ前に座っている、保健委員の黒岩のことであった。
牧石がこの学校に編入してから、一度も黒岩が話しているところを見たことがなかった。
黒岩は、教室でもほとんど動かず表情もかえないことから、ほとんどの人が黒岩に話しかけることもない。
例外はクラスの委員長である樫倉であるが、樫倉に対しても一度も声を出したことを牧石が見たことは無い。
黒岩の表情から読み取ると、黒岩が樫倉を嫌っているようにも見えない。
一度、樫倉に「どうして、黒岩さんが保健委員になったのか」聞いたことがある。
「挙手で」
それが、樫倉の答えだった。
「牧石さんよ~」
目黒が、再び牧石に声をかける。
「どうして、俺の話を無視するのだよ。
せっかく、この前親切に教えてやったのに」
「そうよ、私の話も聞きなさいよ!」
目黒の話に、樫倉が割り込んできた。
「牧石君、いつになったら約束を果たしてくれるのかな?」
「忙しいからね」
牧石は、肩をすくめながら、目黒に視線を移す。
「?
確かに俺は忙しいが、なぜ俺のことが話題に出るのだ?」
目黒は、牧石の視線に困惑の表情を見せる。
目黒は、事件解決の功労者として注目を集め、インタビューや撮影などで引っ張りだこである。
学校側も、目黒の活動を授業単位として評価しているため、授業を抜けるのは楽でいいと目黒は言っているが。
「正直に答えようか?」
「言わないで!」
牧石の言葉に、問いかけられた目黒ではなく、樫倉があわてて否定する。
樫倉が牧石と交わした約束は、牧石と目黒が一緒に遊ぶところに参加するということだった。
牧石は、勉強を教えてもらうことを条件に了解したのだが、目黒の忙しさが原因で約束が果たされていない。
牧石は、顔を赤くする樫倉に「約束は果たす」と目配せすると、再び考え事を続けた。
黒岩が話さないのは、授業中においても例外ではなかった。
数学の授業であれば、基本的にホワイトボードに答えを記載するので、言葉による回答の必要がない。
英語の授業では、教師が、黒岩の順番を飛ばしたため、なぜか黒岩に当てられることが無かった。
古典の授業の時、先生から指名されたが、席を立った黒岩が古典の教師に視線を移すと、教師はうなずいて自分で答えを述べると、次の授業から黒岩を指名することは無かった。
「それだけならいいのだが……」
牧石は思わず、声を出してしまった。
「それだけじゃ、無いのだよ牧石君」
目黒はため息をつきながら、話を続ける。
「見てくれ、この手紙の束を」
「それがどうした?」
牧石は、メールが当たり前なこのご時世に、紙の手紙を見るのは珍しいことであった。
「事件が解決してからというもの、毎日のように感謝の手紙が来ているのだよ。
人の好意を無にするわけにはいかないので、休憩時間や、帰宅してからも手紙に目を通すのに追われているのだよ」
「確かに大変だな」
牧石は目黒に同情していると、目黒が持っていた手紙の一つが誤って床に落ち、手紙の中に入っていた文面と写真が牧石の視界に入った。
写真に移っていたのは、なぜか露出度の高い服装をしている女性の姿であり、視界に入った文章には、お礼に自宅で食事でもしませんかという一文が確認できた。
「そうかい」
牧石は目黒に同情することをやめて、思考を再開した。
ただ、無口であるだけならば、牧石は黒岩を気にすることは無かっただろう。
だが、黒岩が時折見せる表情が、気がかりだった。
牧石が、黒岩の表情の変化に気がついたのはいつの頃だっただろうか。
少なくとも黒岩の状態に違和感を覚えたのは、献血での呼びかけのことであった。
朝のホームルームでの呼びかけは、担任の先生にお願いして時間を確保してもらっていた。
「漫談とかするなよ」
という担任からのありがたい言葉に従って、普通の説明とお願いをしたのだが、黙ったまま牧石の隣にいた黒岩が、一瞬だけ顔をほんのわずかに歪めた。
牧石は、その事実に気がつくと、
「大丈夫?」
と、黒岩に尋ねてみたのだが、
「……」
と、もとの表情に戻りごくわずかに首を上下に動かしただけである。
「それなら、いいんだ」
と、牧石は返事をかえした。
だが、牧石は黒岩を観察するうちに、黒岩が一日に数回顔をかすかにだが表情を歪めることがあることに気がついた。
それは、休憩時間中だったり、長距離走を走り終わった後に木陰で休んでいる時だったり、下校時に廊下を歩いているときだったりしていた。
牧石は黒岩のことを心配していたが、そのことについて再度尋ねることはしなかった。
状況が変わったのは、献血の日の早朝に行われた啓発活動の時だった。
献血センターが用意したチラシ以外に、生徒たちが作成したのぼりや看板を持ち寄って校門前に保健委員たちが集合していた。
牧石は、そこで黒岩の姿をみつけると、
「黒岩さんは、たしか看板の作成担当ではなかったかな?」
と思いだし、質問しようとしたところで、火野委員長が、黒岩に声をかけてきた。
「黒岩君。
なぜここにいる?」
「……」
黒岩は、火野に視線を向けたが、無表情のまましゃべろうとはしなかった。
「まあ、そういうことなら別にかまわない。
チラシの配布作業を手伝ってくれたまえ」
火野は黒岩の頭が上下に動いたのを確認すると、
「これから、最後のミーティングを行う。
と、いっても、事前に決めたことをそのまましてもらえばいい」
火野は周囲を見渡すと、全員が頷いているが表情は硬かった。
「というわけで、委員の表情をやわらげるためひとつ話をしよう」
火野は、これまでの抑揚のない口調から一転して、人を引きつけるような演説口調へと変化した。
「知っているか?
世界で最初に輸血が行われたのは、西暦1818年にロンドンで行われた。
当時はABO型も知られていなかったため、輸血に伴う副作用や死亡事故も発生していた。
それでも多くの先人たちによる血のにじむような努力によって、現在の安全な献血体制が確立されたのだ。
しかも、麻酔なしでな!」
火野の、「麻酔なしでな!」という言葉に、牧石と黒岩以外の保健委員たちが大笑いしていた。
牧石は、「何がおもしろいのか、ひょっとしたら内輪ネタなのだろうかと」と考える以上に「一樹から聞いた話では、1667年にフランスの医師が青年に羊の血液を輸血したのがはじまり」ではなかったのか、ということを考えていた。
とにかく、火野の言葉でモチベーションが高まった保健委員たちは、登校する生徒たちに対して元気よく、献血の呼びかけやチラシの配布を行っていた。
ちなみに、牧石がチラシの配布中に他の保健委員から話を聞いたところでは、火野の父親が小さな病院を経営しており、父親の書斎に置いてある医学に関係した本から、話のネタを仕入れてくるという。
そして、話の内容に関係なく、最後には必ず「麻酔なしでな!」という言葉を入れるそうだ。
黒岩も、チラシを持って生徒に配布していた。
牧石は、声を張り上げて呼びかけをしながら黒岩の行動を安心して眺めていた。
「……」
黒岩は、急に後ろに控えていた火野の方に向かってゆっくりと歩き出す。
牧石は黒岩の表情が、大きく歪んでいるのを確認すると、黒岩に近づいた。
「……」
「そうか、大丈夫なのだな」
「……」
「無理はするな、今日は帰りなさい。
担任には俺が伝えておく」
「……」
「いいって、俺の仕事だ。
そんなことより自分のことを心配しなさい」
「……」
牧石は、黒岩と火野のやりとりをそばで聞いていたが、黒岩の声は聞こえない。
「牧石君」
「は、はい!」
牧石は、思わず直立不動の姿勢をとった。
「君には、チラシ配布の仕事を手伝って欲しい」
「わかりました」
「鈴科君。
君には、真鍋先生への伝言をお願いする。
休憩時間に改めて謝罪に行く旨も併せて頼む」
「了解しました」
いつの間にか牧石の隣にいた鈴科副委員長は簡潔に答えると足早に校舎へ向かっていった。
その後は、何事もなく啓発活動が終了した。
その後朝のホームルームで担任である、真鍋先生から、黒岩が急遽休むことになったことが伝えられた。
翌日、黒岩は何事もなかったように、無表情に登校したので、クラスメイトのほとんどが気にすることはなかった。
牧石は、黒岩の表情がふだんよりほんのわずかに悪いことに気がついているが、指摘することも相談することもできないでいた。
本当に彼女は大丈夫なのか、何も言わないのであれば問題ないかもしれないし、そうではないのかもしれない。
今の牧石には確認するすべを持たなかった。
「まったく、おまえは何を真剣に悩んでいるのだ?
おまえの頭の動きが読めないのが残念だよ」
牧石が一向に相手をしてくれないことに、業をにやした目黒が牧石に文句を言った。
その言葉に対してどう反論しようかと頭を働かせていた牧石は、
「それだ!」
牧石は叫ぶと教室を後にした。
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