とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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レベル2 とうし を してみよう
第1話 転入生
牧石は、教室の前にいた。
「少し待っていてね」
と声をかけた教師の指示に従って、廊下の前で待っていた。
牧石にとって、転校という経験はこれまでなかったが、緊張感を感じることはなかった。
昨夜メールで、目黒、迫川、福西からそれぞれ、「自分のクラスに転入生が入ることになっている」と聞いていたからだ。
知っている人がいれば、そう緊張することもない。
牧石は、そう考えると自己紹介の内容を自分なりにまとめていた。
「転入生を紹介します」
牧石は、教師に促されて、1-Cの教室に入った。
牧石は、教室を見渡すと、自分が中学校の時に授業を受けていた教室とそれほど変わりが無いことに安心した。
サイキックシティは、外の世界に比べて2、30年ほど科学技術が進んでいると言われている。
それならば、教室の設備も異なると思っていたからだ。
牧石は、安心すると共に、これから一緒に授業を受けるクラスメイト達の自分に向ける視線に、ショックを受けていた。
クラスメイトの全員が、非常に残念そうな表情をしていたからだ。
「……牧石啓也です」
牧石が、ホワイトボードに名前を書き(ホワイトボードを使用している点が、自分の中学校と違うなと思った)、自分の名前を名乗ってもクラスメイト達の反応は鈍い。
ふと、見渡したクラスメイトの中に、見知った顔を見つけた。
牧石の親友の一人目黒であった。
目黒はほかのクラスメイトと同様に残念そうな表情を見せているのに加えて、牧石に同情を向けるような視線を送っていた。
牧石は目黒に、その視線の意図を目で確認しようとしたところ、担任の教師が理由を説明した。
「こら!
君たち、いくら金髪の美少女や、元アイドル少年が編入しなかったからと言って、本人の目の前で残念そうな表情を見せないの!」
牧石は、目の前の現実をようやく理解した。
牧石は自分以外にも編入生がいることを知っていたが、転入した生徒達の教室が別の階であるため、編入生についての詳しい情報を知らなかった。
「ごめんなさい」
クラスメイト達は素直に謝った。
「では、牧石君。席について」
牧石は教師が指し示す空席に向かった。
牧石が席に向かうまでの間、クラスメイト達が牧石に見せる視線は、牧石が登場したときと変わらなかった。
牧石が席に座った後も、周囲の席から時々小さなため息が聞こえる。
牧石は、目黒を含めてクラスメイト達は本当に素直だなと感じた。
昼休憩になると、牧石は、目黒と一緒に、食堂に向かった。
そこで、迫川と福西の姿を見つけると、一緒のテーブルに座った。
午前中、牧石はクラスメイトから質問を受けるものだと思っていたが、男子生徒の大部分は1-Gの教室に、女子生徒の大部分は1-Fの教室に向かっていたため、声をかけられることは無かった。
クラスメイト達が別のクラスに向かった目的は、もちろん、今日から新しく転入した生徒を一目見るためであった。
そのおかげで、目黒と一緒に食堂に向かっても、クラスメイトから何も言われることは無かった。
「というわけで、福西のクラスには、金髪の美少女が」
「滝山マリヤだ」
目黒の説明に、福西が訂正する。
「迫川のクラスには、元アイドルの柏葉和人(かしわば かずと)が」
「本名は伊集院竜斗(いじゅういん りゅうと)よ」
今度は迫川が、目黒の説明を訂正した。
「そして、俺のクラスには我らが英雄、牧石啓也君が」
「誰が英雄だ、誰が!?」
牧石は、目黒に注意を促す。
「何を言っているのだ、牧石君。
二人が転入することを知っていながら、あえて同じ日に転入するなんて、英雄以外の何者でもないよ!」
「すごいね、牧石君!」
目黒は、扇動者になりきって演説をし、迫川は尊敬の眼差しで牧石を見つめながら、いつものように牧石の両手を握りしめる。
迫川の彼氏さんである福西は、三人のやりとりを平然と眺めながら、黙々とA定食を食べていた。
牧石は、授業が終了すると共に、すぐに帰宅した。
クラスメイト達から、部活の勧誘があると思ったが、そんなことは無かった。
「マリヤちゃんは、日本の伝統を知ってもらうために、我が剣道部に」
「それならば、我が柔道部だろう!」
「何を言っている!
マリヤちゃんには、その才能を発揮してもらうために、水泳部に入ってもらうのがジャスティスだろうが!」
牧石が教室の窓際に視線を向けると、クラスメイトの男子達が何か騒いでいるようだ。
帰宅部であるはずの、目黒も参加しているようだが、気のせいだろう。
「竜斗君は、小学校の時にリトルリーグで全国大会に出場したの!
だから、野球部に入って私を甲子園につれていってくれるの!」
「何を言っているの!
超能力者には参加することが出来ないことくらい、マネージャーのくせにどうして知らないの。
だから、竜斗君は我がテニス部が手取り足取り教えてあげるの」
「どうして、そんなことを決めつけるの。
あの体つきを生かすのなら、竜斗君は水泳部一択でしょう!」
牧石が教室の入り口に視線を向けると、女子生徒達が真剣に議論を交わしているようだ。
「さて帰るか」
牧石は、自宅に戻るべく教室をあとにしようとした。
「牧石君」
背後から、女子生徒の声が聞こえた。
振り返ると、背の高いメガネをかけた三つ編みの少女だった。
「たしか、……」
クラス委員長だったと思うが、名前がでてこない。
牧石と目黒が会話しているところを何度か興味深そうに視線を送っていたので、牧石はこの女子生徒のことを、気にはなっていた。
牧石が、生徒の名前で覚えているのは目黒だけだった。
「樫倉です」
「樫倉さん。なんの用ですか?」
「委員会のことなのだけど、どうするかと思って……」
この学校の規則として、編入してきた生徒はなんらかの委員会に入る必要がある。
これは、サイキックシティでの学生生活に慣れるための措置であり、1年間続ける必要がある。
部活動を行う生徒に対しては、軽減あるいは免除されたりするそうであるが、部活に入らない牧石は委員会で活動することになる。
比較的重要な話ではあったが、牧石には先約があった。
「ごめんなさい。
これから、用事があるので」
「そうなの」
「明日なら、空いていると思うから」
牧石は、申し訳なさそうに話すと、教室を後にしようとする。
「目黒君と一緒の用事なの?」
「目黒?
いや、目黒は生徒会に用事があると言っていたし、今日早く帰る理由は能力の検査のためだから、目黒と会う機会はないね」
牧石は、樫倉が牧石に対して目黒のことを質問した理由を少しだけ考え、自分が今日クラスメイトと会話したのは目黒だけであるという事実を確認し、納得する。
だが、帰りは今牧石が説明したとおり別である。
帰り道も違うので、一緒に帰ることはほとんどないだろう。
「生徒会?
目黒君は、またなにか企んでいるようね。
じゃあ、また明日ね」
「さようなら……」
樫倉は牧石の返事を待たずに、先に教室の外へ飛び出した。
「ごめんなさい。
牧石君」
牧石から今日の出来事を聞いた磯嶋は、第4室と呼ばれる部屋の中で申し訳なさそうにつぶやいた。
「何を謝っているのですか?」
牧石は、磯嶋の言葉に疑問を呈した。
「せっかくの運命の出会いなのに、邪魔をしてしまうなんてごめんなさい」
磯嶋は、神妙な様子で再び謝った。
「違うから、絶対に違うから!」
牧石の訓練が始まった。
「どうやら、牧石君には予知能力の才能があるようね」
磯嶋は試験結果を眺めながら、牧石に話しかける。
「そうですか。
ここ最近、カンが鋭くなったような気がしましたから」
「そうね。
あのグルーに、何も言わせなかったのだから」
「あれは、ただの偶然ですから」
牧石が頭をかきながら、質問に答える。
「偶然?
本当にそう思っているの」
磯嶋は真っ直ぐに牧石を見つめる。
「グルーは最強の超能力者よ。
予知能力を持っているわ。
あの展開を予想できなかったと思っているの?」
「そ、それは」
牧石はグルーとの出会いを思い起こす。
サイレベルの低い牧石でも、グルーが持つ力が尋常でないことを感じ取っていた。
あのグルーが、結果を知らずに相手をするとは牧石は思わなかった。
だからこそ、どうしてグルーはあの結果に満足したのだろうと考えていた。
しかし、答えは見つからないだろう。
磯嶋も同じ事を考えていたのか、別の話を切りだした。
「牧石君、これからどうするの?」
「しばらくは、このままでいたいと思います、磯嶋さん」
「「姉さん」でしょ!
約束を忘れたの」
磯嶋は不満一杯で牧石に詰問する。
「約束は忘れてはいませんよ、磯嶋さん」
牧石は、磯嶋の鋭い視線にも平然と対応した。
「約束は、『本当に感謝の気持ちがあるのなら、私の事を姉さんと呼びなさい』でしたよね?」
「ええ、そうよ」
「確かに、磯嶋さんは、遅刻しそうな僕を車に乗せて、試験会場に送ってくれました。
付け加えるならば、僕が部屋に忘れていた受験票を持ってきてくれました」
「そうよ」
「試験の前日に、僕に睡眠導入薬を飲ませたり、携帯電話をマナーモードにしたりしましたよね」
「……」
「否定するのでしたら、監視カメラの映像を一緒に確認しましょうか?」
「……そうよ」
磯嶋は事実を認めた。
「でも、受験票を忘れたのは牧石君のせいよね」
「たしかにそうです。
磯嶋さん」
牧石は磯嶋に対する呼びかけを改めることなく話を続ける。
「それは、磯嶋さんが「身分証明書があれば不要じゃないかしら?」と言ったからです」
「確かにそう言いました。
でも、私が話した言葉は推測であり、断定ではありません」
「なるほど、そう切り返しますか」
牧石は、磯嶋の言い訳にも平然としていた。
「ですが、予備校に通っていても助成金が受けられる事も、今回の試験に失敗してもいくらでも再挑戦ができることも、話をしてくれませんでしたよね。
福西からメールで聞き出しましたよ。
そのような人に「姉さん」と親しみを込めて呼ぶと思いますか?」
「福西君、裏切ったわね!」
磯嶋は、両肩をふるわせる。
「福西から伝言を受け取っております」
牧石は、静かに読み上げる。
「『磯嶋さん。
俺は、超能力では貴女に協力はしますけど、それ以外のことは貴女よりも牧石に肩入れをします』ということです」
「……」
「~♪」
牧石の携帯が鳴った。
福西から、追加のメールが来たようだ。
牧石は、反射的にその内容を読み上げた。
「追伸。当然、真菜が一番だけどね」
「……」
「……」
二人の間に気まずい雰囲気が漂った。
「福西め、なんて文章を読ませやがるのだ!」
牧石は思わず携帯電話を叩きつけそうになった。
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