とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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第2話 就職活動
「いらっしゃいませ」
「職を探しているのですが……」
牧石は、近くのカウンターにいた女性に話しかける。
ウェーブをかけた肩まで届く髪に丸いメガネをかけた若い女性は、牧石に対して極めて事務的な対応をした。
牧石は気づいていないが、対応した女性は話しかけてきた少年に強い違和感と緊張感を覚えていた。
違和感については、どうしてこの少年は学校に通わないのかというものだった。
サイキックシティには、独自の教育制度があるため、基本的に学力に見合うだけの教育機関が用意され、希望すれば無償で教育を受けることが出来るようになっている。
極端な話、自分の名前さえ書くことが出来れば合格できるという、冗談のような高校ですらサイキックシティには存在する。
もっとも、その高校に入学するためには、念写や念力を駆使して、自分の氏名を記載した場合に限られるが。
そのような、教育制度が確立しているサイキックシティで、15、6歳にしか見えない少年に違和感を覚えるのは当然ともいえる。
そして、受付の女性碓氷愛衣(うすい まない)には、目の前の少年、牧石を前にして緊張して警戒するだけの理由があった。
碓氷のふくよかな胸である。
自慢ではないが、碓氷の胸は目立つほど大きい。
そして、職場であるハローワークの制服は、誰の趣味か判らないが、胸元が強調されているのが特徴である。
その存在感により、時々嫌らしい視線にからみつかれたり、用事もないのに話しかけられたり、交際を求められたりしている。
当然、度をすぎた場合はお帰りいただくことになっているが、それでも一度受けた不快感が回復するわけでもない。
幸いなことに、職場の上司や同僚達の多くは女性のため、職場でのセクハラがほとんど発生していないことが、碓氷を今の職場で働いている理由にもなっている。
目の前に座る少年の視線は、胸元にあるネームプレートを一瞥しただけで、すぐに碓氷の目に戻った。
碓氷はひょっとしたら、この少年は本当に理由があってここに来たのかも知れないと僅かに思った。
「……、すいません。
初めてここに来たので、端末の操作方法が判らなくて。
なにぶん、サイキックシティに来たばかりで、端末の操作方法が違って、エラーが出る可能性もありますから怖くて使えません」
少年は、少し恥ずかしそうに碓氷の顔を眺めていた。
「そうですか……」
碓氷は、少しだけ表情を和らげると牧石をみつめた。
どうやら、この少年は本当に自分の胸以外の目的があってここに来たと納得した。
だが、サイキックシティに来たばかりの少年が、なぜここにいるのか?という疑問が残った。
疑問を解決する方法なら存在する。
それは、
「身分証明書をお持ちですか?
こちらの端末で確認しながらお話しましょう」
自分の仕事を行うことであった。
「……。
といったわけで、あてにしていた奨学金を返還することになりました」
「昨日のニュースにありました内容ですね。
まさか、サイキックシティ内に該当者がいるとは思いませんでした」
牧石の話しを聞いた碓氷はこう答えた。
「牧石さん、編入試験を受けてみてはどうですか?」
「編入試験?」
「ええ、そうです。
牧石さんのように、他の所から来た人のために、随時編入試験を行っています。
失礼ながら、牧石さんがどのような職業に就きたいのかは判りませんが、今すぐ就職するよりは将来を見据えて勉学に励まれた方がいいと思います」
「確かに、将来のことを考える必要がありますが、今働かなければ生活することができません」
「えっ、どうしてですか?」
「……、え?」
お互いに顔を見合わせる。
「働いていないのに、生活費を稼ぐことは出来ませんよ。
何を言っているのですか?」
「サイキックシティでは、勉学に励むことは重要な仕事だと見なされています。
そのため、市民には生活費を支給されます」
「そうなのですか?」
「ええ、ですから、昨日のニュースにありましたように、今回の事件がサイキックシティでの影響が限定的である理由です」
「よかった……」
牧石は、安心して席を立つ。
「ですから、適当なよび……」
「ありがとうございました」
牧石は、あわててお礼をいうとそのままハローワークを出ていった。
「あら、元気な少年だったわね」
「先輩!」
碓氷は、話しかけてきた女性に答える。
就職難とは無縁とも言える、サイキックシティにおいて、退職者と新入社員が増える3月4月をのぞくとハローワークの業務は余裕がある。
だからこそ、変な客が来ても忙しさを理由に断れない時もあるのだが、いまのところそん
な事もない。
「あの少年、愛衣の胸ではなく顔ばかり見ていたわね。
気があるのかしら?」
「そ、そんなこと無いですよ先輩。
だいたい、相手は15歳ですよ15歳。
犯罪ですよ、犯罪」
「3年待てばいいじゃない。
今のうちに餌付けすれば大丈夫よ」
「そんなんじゃないですから……」
碓氷は、職場内で唯一ともいえるセクハラの相手に対してため息をついた。
「緊張した……」
牧石は、外に出ると大きくため息をついた。
「あれはヤバい、マジでやばい」
牧石は、先ほど対応してくれた碓氷のことを思い出して、首を左右にふる。
「無理にでも、視線を相手の目に遭わせなければ、絶対に下を向いていた」
牧石は、最初に名札を見たときと、最期にお礼を言ったとき以外は、視線を碓氷の顔か、ディスプレーにしか向けなかった。
「牧石よ。
お前は男だ」
「ああ、そうだな」
牧石は、瑞穂に誘われて屋上で一緒に昼食をとっていた。
瑞穂は、立ち入り禁止の屋上の鍵をなぜか持っていた。
理由を聞いたが、
「教えてもかまわないが、後戻りは出来ないよ。
それでも、いいのかい?」
「いや聞きたくない」
牧石は即答する。
かつて、全国的なアニメの裏設定の件を教えてもらったことがあるが、その内容はあまりにもひどすぎて、転生した今でも「聞かなければよかった」と、後悔している。
「だからといって、何をしても良いわけでもない」
瑞穂は話を続けた。
「ああ、そうだな。
何が言いたいのだ、瑞穂よ」
「お前の視線のことだ」
「視線?」
牧石は、視線を瑞穂に向ける。
それがどうしたという視線だ。
「お前が、何を思い何を成すのか。
それはお前が決めることだ。
だがな」
「だが?」
「女性の胸をジロジロ見るのは止めた方がいい」
「えっ、ええ!」
牧石は大きく慌てた。
「僕はそんなに見てないぞ!」
「それを決めるのはお前ではない、もちろん俺でもない。女性たちだ」
「……。そうだな」
牧石はうなずくしかなかった。
否定しようにも、一樹のことだ、ひょっとしたら証言をとっているのかもしれない。
「僕はどうしたらいい?」
牧石は素直に質問する。
「そうだな、まあ性的な欲求自体は仕方のないことだ。
あきらめろ」
「ええっ!」
対応策を尋ねたら、あきらめろと諭された。
「まあ、視線を別のものに向ければいい」
「別のところ?」
「相手の目を見ればいい」
相手の目を見ればいいという理由については、瑞穂から教わったが割愛させてもらう。
「そうか、ありがとう」
「まあ、思考を読む相手には役に立たないがね」
瑞穂は、牧石のお礼に対して冷静に答える。
「いや、そんな相手にどうすればいいかと?」
そんな相手にどうしろと、牧石は聞いてみた。
「本当に聞きたいのか?
今眺めている風景が、世界観が変わるぞ?
引き返せなくなるぞ。
覚悟はいいか?」
瑞穂の口調はあくまで冷静だった。
「遠慮します」
牧石は、即答すると立ち上がり、屋上を後にした。
「役にたったな、瑞穂。
感謝するよ」
牧石は、元の世界に戻ろうと思う。
「だが瑞穂、お前を一発殴ることは止めないぞ!」
牧石はしばらく歩いて気がついた。
「しまった、この世界には心を読む相手がいる。
そんな相手に対してどうすればいいのだ……」
牧石は、あのとき瑞穂の話を聞かなかった事を少しだけ後悔した。
「いや、それよりも勉強、勉強。
編入試験がんばるぞ!」
牧石は気を取り直して編入試験に向けてがんばることを決意した。
牧石が、磯嶋から「新しく購入した携帯電話に付属していた緑色の葉っぱ型ストラップに、心を読むことを防止する機能が搭載されている」という話を聞かされるのは、もう少し先の事であった。
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