とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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第10話 最後の手段
コンピュータールームには、牧石と磯嶋の他に、天野がいた。
「……。
というわけだ。
せいぜい、明日になるまで目一杯、もがいてみるがいい」
磯嶋は、天野の高圧的な説明に静かに聞き入っていたが、話が終わるとすかさず反論した。
「卒業試験の実施?
おかしいでしょう。
エスパー度が40以上なければ、卒業試験に臨めないはずよ!」
磯嶋は、珍しく声を荒げて、天野に食ってかかっていた。
「所長の許可はもらっている」
天野は、誇らしげにサインが記載された書類を磯嶋に見せつける。
「……。
間違いなく、所長のサインね」
磯嶋は書類を一瞥し、深いため息を発したあと、ちいさくつぶやいた。
「磯嶋君、明日はせいぜい頑張ることだね」
天野は、満足そうな表情を浮かべると、コンピュータールームを後にした。
「何があったのですか?」
牧石は、磯嶋に説明を求める。
「簡単に言えば、明日牧石君が受ける卒業試験に合格しなければ、あなたはここを追い出され、私はクビになるということよ」
磯嶋は、悲しそうな表情で牧石に伝えた。
牧石は、磯嶋の言葉を反芻したが、解らないことが多いので、順番に質問することにした。
「……すいません。
卒業試験とはなんですか?」
「そうね。
まずは、そこから説明しましょうか。
この施設は、研究施設としての顔と、超能力者の養成施設としての顔を持っていることは知っているわよね。
たまに、君と同じくらいの子どもが食堂に来たりするのを見かけたりするでしょう?」
牧石は、うなずく。
「普通の子どもたちは、超能力開発を学校の中で受けるから、普通はここに通うことはないわ。
定期的な検査を受ける為に、近所の子供が来る程度ね。
そのかわり、外から来た人の超能力開発の対応をどうするかが問題になったわ。
高校に入学しようにも、超能力に関する差は9年も離れているから。
だから、その差を補うためにこの養成施設があるの」
「そうですね」
牧石は、先日知り合った、3人のことを思い出す。
彼らも、自分と同じく外から来たのだろうか?
もっとも、牧石と同様に異世界から来たということは無いはずだ。
「養成施設で一定の結果を残せば、卒業試験に進むことができるわ。
そして、卒業試験に合格すれば、この都市の中学校を卒業したと同程度の成績を修めたと認められるの」
「その卒業試験を受けるために必要な基準がエスパー度ということですか?」
牧石は自分の成績をよく知っていた。
今の状態では、卒業試験を決して受けられる状態ではないことも。
「他の条件として、授業の単位をいくつか取得する必要があるけど、牧石くんは既に十分な単位を取得したわ」
「その卒業試験の内容を聞いてもいいですか?」
「ええ、問題ないわ。
卒業するためには、これまで行ってきた透視、念力、予知のトレーニングを1セットずつ行って、合計17点以上あげれば卒業だわ。
得点配分は、透視と予知が1つ正解で1点、念力については、17回以上正解すると1点で、それ以上は1回成功回数が増えるごとに1点が加算されるわ」
「それならば、普通に力があれば、簡単に合格できますね」
「そうね、能力はかなり個人差があり、複数の力が均衡していたり、念力に特化して、他の能力がダメというケースもある。
だから、一つの能力だけで卒業できるようにしてあるの」
「卒業試験については、わかりました」
牧石は試験については理解した。
研究所の所長によって、試験を受けて合格すればすぐに卒業できるというのは、逆にありがたいことだった。
これ以上室内にこもりっぱなしになれば、室内に何も楽しみがない状況におかれた牧石にとって、苦痛でしかない。
牧石は少し喉が乾いたが、話をつづけた。
「先ほどの人が話していた、卒業試験に不合格だと、追い出されるというのは?」
「あいつが、原因なのよ!」
磯嶋は、怒気を強めて答える。
「原因?」
「牧石君も知っていると思うけど、ここのコンピューターの利用は、私たちが最優先で使用しているようになっています。
その影響を一番受けたのが、彼、天野よ」
磯嶋がはき捨てるようにいった。
「天野の研究なんて、これを使わなくても進むのに、勘違いしているのよ。
そして、所長に取り入って今回の話を仕組んだの。
彼は研究能力ではなく、政治力で研究をしているわ」
磯嶋が珍しく、他人を批判したが、牧石には磯嶋の考えがわからなかった。
「僕はどうなるのですか?」
「研究所を追い出されたら、君の身分を保障するものがなくなるわ。
この街から退去させられることになるわね」
磯嶋は寂しそうな表情をした。
「そうですね」
牧石は、ここの世界に到着する前のことを思い出した。
自分が神と自称した男は、鍛錬すれば能力を発揮すると言っていた。
しかし、これまでのテストで力が現れたことはない。
神の話が正しいのであれば、何らかの力があるはずなのに。
牧石は、今のままでは能力が使用できないことから、別の視点から超能力を考えることにした。
「そうですね。
今日はゆっくり休ませてください」
「そうね、最近訓練時間が多かったわね。
明日に備えて少し休むといいわ」
磯嶋は、少しだけ悲しそうな表情を見せたが、すぐに普段の表情にもどった。
「ごめんなさい。
磯嶋さん。
僕のせいで、巻き込まれてしまって」
牧石は、自分のせいで騒動に巻き込まれた磯嶋にあやまった。
「気にしなくてもいいわ。
こう見えても、研究者としては一流だからすぐに、別の研究所に引き抜きされるから」
磯嶋は、やさしい笑顔でほほえんだ。
「磯嶋さん」
「どうしたの、牧石君?」
「一つお願いがあります。
卒業試験を受けるために必要なことです」
牧石は思い出して、磯嶋に振り返る。
磯嶋は、牧石の言葉に眉をひそめる。
「試験の改竄や答えのハッキングは無理よ。
超能力が解析されるうちに、超能力を使用した犯罪等が発生することが予測されたわ。
それに対抗するために、法律、警察、設備、能力を整備していったわ。
そして、能力開発センターにあるこのコンピューターの能力測定プログラムは、それこそ神様でもないかぎり勝手に操ることは不可能よ」
「それ以前のお願いです。
部屋の入り口のサイロックを解除して欲しいのです。
遅刻するわけには、いきませんから」
「……そうね」
磯嶋はうなずいた。
卒業試験の日。
コンピュータールームには、牧石と磯嶋、そして天野がいた。
「今日で磯嶋の見納めだな。
自室はもう、片づけたのかい?」
磯嶋は、天野を睨みつける。
さすがに今日は、白衣の下にスーツを身につけていた。
牧石は、試験を開始する前に、ほほえみながら磯嶋に宣言する。
「最後の手段を使います」
「最後の手段?」
「この後に及んで何をするつもりだ?
一度も当てたことのない人間が?」
牧石は、天野の声を無視して話を続けた。
「磯嶋さん。
僕は、磯嶋さんのことを信じています。
だから、この方法であればきっとうまくいきます」
牧石は、最初の講義の内容を思い出しながら、瞑想に入る。
コンピューターが計測する数値は、これまでにない高い数値を刻んでいる。
「……すごいわ」
データには、これまでのトレーニングの成果が現れている。
「ふん。
これまでも、同様の状態で一度も当てていないと聞いている。
今更何ができるのだ?」
天野は忌々しそうにデータを眺める。
「そうだな。
僕にできることは、そんなにはない」
牧石は、集中を切らさずに静かにつぶやく。
「だからこそ、基本を忠実に行います」
牧石は、目の前に出されたカードの透視を試みる。
「波です」
この日行われた牧石の試験結果は、後世にまで伝えられることになる。
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