ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO編 主人公:マルバ
番外編:バトル・ロワイアル
番外編 第四話 Aブロック予選
前書き
バトロワ一戦目です。
三人のAブロックの参加者たちが、互いにかなりの間隔を取って戦闘態勢を取った。
小ぶりの槍を持った少女は、アイリアである。遠目には一般的な片手槍を構えているように見えるが、実はその認識は正しくない。彼女の持っているのは、『菊池千本槍』に分類される自作武器である。細工スキルで短剣を棍の先に縛り付けた、相当特殊な武器だ。槍としては刺突属性に優れ、棍として破壊属性攻撃もできる。更に、一部の短剣技さえ使えるのだ。リーチが異常に長い短剣技というのはモンスターにとってもプレイヤーにとっても非常に対処しにくい技である。使い魔のクロは今回は参戦しないようだ。
片手用直剣を右肩の上に構え、短剣を左手で付き出した妙な構えで待機するのは、二刀流のジンガ。マルバに似たバトルスタイルではあるが、マルバと決定的に異なるのはその直剣である。マルバは遠距離も攻撃できるような武器を使うが、ジンガは完全に短距離での攻撃特化の武器選択をしている。間合いにさえ入れば恐らく相当の攻撃力を発揮するはずだ。
盾から長めの長剣を抜き出して剣先を下に向け、突進の構えをとっているのは他でもないコーバッツである。彼の武器は実はその長剣ばかりではない。クイックチェンジに登録された幾つもの武器の全てを彼は八割以上マスターしているのだ。モンスター相手ならばエンカウント直前に武器を選択して最適の武器で戦えるという強みを持っている。対人戦ではクイックチェンジをする暇が作れれば相手を散々撹乱して戦況を優位にすることができるはずだ。
「アイリア君と言ったか。久しぶりだな」
コーバッツが口を開いた。構えを解かずに、ちらりと上方に視線を送り、バトルスタートまでの残り時間を確認する。
「うん、例の事件以来だね。シンカーさんはお元気?」
「ああ、もちろんだ。知っての通り、シンカー派は既に《軍》を離れ、初めシンカーが組織したような互助組織を再建しているところだ」
コーバッツは次にジンガの方を見た。視線が直剣を捉え、次に短剣に移動する。
「貴様がジンガか」
貴様呼ばわりされて、ジンガは少しムッとして答えた。
「なんか偉そうな奴だな。そうさ、僕がジンガだよ。《疾風》のジンガ、って言えば聞いたことくらいはあるだろ」
「ないな。お前はどうだ?」
コーバッツはアイリアに話を振った。
「あるよ。マルバ君が言ってたもん、直剣で《ディレイキャンセル》を使う奴がいるって。敏捷性に極振りしてて、速さで右に出る者はなかなかいないって話だったよ。速さを生かした突進技は目にも留まらぬほどだって……それ、君のことでしょ」
「ああ、多分それで合ってる。お兄さん、ちょっと下調べが甘いんじゃない? そんなんで僕に勝てると思ったら大間違いだよ」
「ふっ、弱い犬ほどよく吠える、という言葉があってだな」
「……誰が弱い犬だって?」
「違うというのならそれを証明して見せることだな」
コーバッツとジンガの視線がぶつかり、火花を散らした。アイリアは呆れかえってそんな二人を見つめる。
「ほら二人とも、そんなところで喧嘩しないで。どうせならもっと仲良くしようよ」
「うるさい!」
「外野は口を出さないで貰おうか!」
はぁ……とアイリアはため息を漏らした。
「文句だけ口を合わせて言われても、ねえ。もう始まるよ。ほら、あと五秒だよ」
三人の頭上のカウントダウンが、わずかにずれて時を刻む。やがて全ての数値が0を指し、三つの【Battle Start!】の表示が踊った。
「それでは、戦闘……開始!」
ヒースクリフの掛け声と同時に、まずジンガが動いた。直剣の突進技でコーバッツに向かいながら、左手の短剣をアイリアに投げつける。単純なシングルシュートだが、それは凄まじい勢いでアイリアに向かって飛んでいった。敏捷性特化なだけのことはあり、ほとんど見えない速さだ。
しかし、投剣の対処ならアイリアは恐らく誰にも負けない。槍の柄の部分(つまり棍)を振り回し、短剣を吹き飛ばした。同時にコーバッツに向かって走りだす。
コーバッツの方はというと、突き出された直剣を盾で殴りつけた。軌道を逸らされた直剣は床に突き刺さり、慌てて引き抜こうとしたジンガは盾で横殴りに殴り飛ばされる。直剣を握りしめたまま、彼は何メートルも吹き飛ばされた。コーバッツはジンガの方をろくに確認せずにアイリアに向かって走りだした。
アイリアとコーバッツの距離は一瞬にして詰まった。アイリアは非常に奇妙な構えでコーバッツに対峙している。槍を腰だめに、片手だけで支えているのだ。本来そんな構えはソードスキルの初動モーションにはないはずなのだが、システムはその構えを確かに認識し、その証拠にアイリアの槍の先端のみが強烈な光を放った。短剣連続技、『ファッドエッジ』。片手槍で繰り出された世にも奇妙な短剣技は、しかし、コーバッツの盾がぎりぎりで弾き飛ばした。即座にカウンターでシルドバッシュが繰り出されるも、アイリアは棍の突進技で相殺する。アイリアはそのまま武器を振り回すと叩きつけるような攻撃を繰り出すが、それはコーバッツの長剣がパリイし、今度はその長剣が袈裟斬りを放つ。アイリアは棍を振り回し、その攻撃を巻き込むように弾いた。
アイリアはジンガの足音を《聞き耳》スキルで察知していた。地面に思いっきり棍のスキルを叩きつけると、その反動と自らのジャンプ力で彼女はゆうに五メートル以上も空を舞った。コーバッツは急に視界から消えたアイリアを思わず目で追ってしまったが、それが致命的な隙となる。いつの間にかハイディングで近くに近づいていたジンガが、コーバッツの目の前に直剣を突き出したのだ。得意の突進攻撃は敏捷性の補正を受け、凄まじい勢いで敵に迫る。コーバッツは避けきれず、HPを一割強も失ってしまった。初めてのクリーンヒットだった。
コーバッツは完全にジンガの射程範囲内にいた。ジンガはニヤリと笑うと、その場でたたみかけるように連続攻撃を繰り出す。直剣の突攻撃と体術の連続攻撃……そう、これは《遅延解除》。コーバッツはさすがに避けきれず連続被弾し、慌てて盾を背負うと逃走を開始した。走りながらポーチからポーションを取り出し、一気飲みする。六割弱まで落ち込んだHPゲージはゆっくりと回復を始めた。
ディレイを消費しきったジンガは、その敏捷性に物を言わせてコーバッツを追った。二人の間はみるみるうちにつまり、もう少しで接触するといった、その瞬間……!
今度はコーバッツが笑みを漏らした。いきなり振り返るとその場で瞬時に盾を構え直し、シルドバッシュを繰り出したのだ。まさかそんな攻撃が来るとは思わなかったジンガは、立ち止まりきれずもろにシルドバッシュを受けてしまった。後方に勢い良く飛ばされながら、ジンガは短剣を振りかぶった。空中を跳びながらの戦闘には慣れている。敏捷性が高ければ壁だって走れるし長距離の跳躍も可能なのだから。
しかし、彼が振り上げた短剣は、その手から放たれることはなかった。ソードスキルの発動態勢に入っていたジンガの身体を、アイリアの槍が背中から貫いたからだ。
ジンガは一瞬何が起こったのか理解できなかった。視線を下ろし、自らの身体を槍が貫通していることにまず驚愕し、半ばパニックを起こしながらそれを引き抜こうを試みた。しかし、身体が動かない。慌ててHPバーを確認すると、そこに残りは六割ほどのHP残量を示す青色の表示と、その横に麻痺状態を示すアイコンがあった。
コーバッツはジンガに麻痺毒の針を放った後、即座にアイリアに向かって長剣を投擲した。アイリアはそれを回避すると、今まで持っていた武器の代わりにその長剣を拾い、構え直す。コーバッツはというと、ジンガの背からアイリアの槍を抜き放ったところだ。抜き放つ際についでに槍を左右に揺さぶったためにジンガのHPは半損し、会場にアスナの声がこだました。
「ジンガさん、HP半損! 速やかに退場してください!」
「くそ、二対一なんて卑怯だ……」
心底悔しそうな顔でジンガが退場すると、後に残された二人は丁度自分のものではない武器を構えたところだった。
コーバッツは一瞬興味深そうに手元の槍を見た。もちろん彼は槍スキルも棍スキルもほぼマスターしている。短剣スキルは取っていないが、彼はその特殊な槍でも十分に実力を発揮できるはずだ。
対するアイリアは、慣れない長剣で戦う気はさらさらなかった。一刻も早くクイックチェンジで武器を変えたいのだが、そのためにはある程度の隙を作らなくてはならない。
先に行動を起こしたのはアイリアだった。直剣を思いっきり投擲すると同時にメインメニューを開き、クイックチェンジのボタンを押し込む。出現した両手槍を掴みとり、すぐにコーバッツに視線を戻した。その視線の先で、コーバッツはまるでいつもアイリアがやっているのと同じように槍を振り回し、直剣を弾き飛ばしていた。棍の扱いにかなり慣れているようだ。
コーバッツはアイリアの取り出した武器を見て、彼女の意図を即座理解した。慣れている片手槍ではなく両手槍を取り出した理由、それは射程の長さでコーバッツを圧倒することだろう。それならば、接近戦に持ち込むのが得策のはずだ。彼は突進技で一気に距離を詰めた。
アイリアとコーバッツの距離は一瞬で詰まった。コーバッツはシルドバッシュの態勢で突っ込み、アイリアはその盾を迎撃するべく槍の重攻撃スキルを繰り出した。アイリアの槍がコーバッツの盾を突いた時、彼女はとても大きな違和感に襲われた。
シルドバッシュは体重を載せた重い攻撃のはずだ。それならば、この攻撃は――あまりにも、軽過ぎないか……?
彼女はすぐにその違和感の理由を悟った。槍を捨て、慌てて軽業スキルの後転で回避を試みる。
盾を投擲し、その影から棍の叩きつけ攻撃を放ったコーバッツは、アイリアが回避態勢に入ったのを見て内心で舌打ちをした。今の攻撃は見てからでは回避できない。シルドバッシュに見せかけた投擲攻撃を見抜かれたのだろう。こうなってしまってはろくなダメージは期待できない。更に、防御の要である盾は失ってしまった。万事休すである。
……いや、たった一つ。たった一つだけ、彼が確実に勝てる方法があった。
コーバッツはポーチに手を突っ込むと、中から手探りで直方体で緑色のアイテムを取り出した。後転から立ち直ったアイリアに向かってそれを振りかぶる。
アイリアはコーバッツが手にしたものを見て心底驚愕した目で彼を見た。視線で正気かと訴えかけられ、コーバッツも同じく視線だけで正気だと返す。
コーバッツの手が閃き、アイテムがアイリアに襲いかかる。アイリアにそのアイテムがぶつかる寸前、コーバッツは高らかに勝利を宣言した。
「ヒール、アイリア!!」
直方体で緑色のアイテム――つまり回復結晶は、見事にアイリアをその有効圏内に収めた。彼女のHPは一瞬にして完全回復し、彼女は自分の敗北を悟った。すぐに彼女の頭上にWINNER表示、つまりこのバトル・ロワイアルにおける反則者の証が踊る。
「アイリアさん、規則違反で敗戦! コーバッツさんの決勝戦進出が決定しました!」
えええええええ!? と、観客席のシリカたちは叫んだ。ヒースクリフまでもが目を丸くしている。彼はすぐに立ち上がると、コーバッツの勝利をアナウンスし終わったアスナ他幹部たちと会議に入った。
「今のは……ちょっと、ありなんですかね?」
ユイがおそろおそる尋ねたが、それに対して明確な答えを持つものはいない。
「ナシよ、ナシ! あんな反則技、ずるいったらないわ!!」
プリプリと怒るリズベットをたしなめるように、シリカが言った。
「そうは言っても、結晶を使用した場合『使用対象を敗戦扱いとする』って書いてありますよ。規則に従えば、アイリアさんが敗戦扱いですよね」
リズベットが反論しようとした時、ヒースクリフたちの会議が終わったようだ。彼はすぐに観客たちに向かって結果を伝える。
「諸君、待たせてすまない。幹部で話し合った結果、コーバッツ君の今回の戦闘は規則を利用した素晴らしい作戦として評価することにした。今回は規則に従い、アイリア君の敗戦とする。ただしこの方法は思いついた者が素晴らしいのであって、今後乱用されるようなことがあっては本バトル・ロワイアルの運営に関わる。よってここで規則を変更させていただく。一番目の規則、『解毒結晶二つ以上の使用、又は回復結晶及び転移結晶のいずれかの使用が認められた場合、使用対象を敗戦扱いとする』について、『使用対象を敗戦扱いとする』という部分を『結晶アイテムの使用者を敗戦扱いとする』と改めることとする。今後、回復結晶及び転移結晶の使用は一切認めない。以上、訂正を確認していただきたい。では、バトル・ロワイアルを引き続き楽しんでくれたまえ。次のBブロックの戦闘は十分後に開始する」
ヒースクリフの宣言に一部の観衆は不満のようで、怒りをあらわにして帰っていく人もいた。しかしそれも数人にとどまり、大多数の人はむしろコーバッツの作戦を評価したようだ。確かに規則をよく読めばこのような作戦も可能である。この日を堺に、コーバッツはたくさんの武器種を扱える戦士という以外に、頭が回るプレイヤーとしても知られるようになったのだった。
後書き
相変わらず戦闘描写が苦手な作者ですみません。
バトロワでは意外などんでん返しをどんどん挟んでいこうと思っているので、これからも最後までどうなるか分からない試合をお楽しみ頂ければ幸いです。
ページ上へ戻る