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カルメン

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第一幕その四


第一幕その四

「何も言わない人が好きかも。恋はジプシーの生まれ、掟なんかありはしない。好きにならなかったら」
「どうするんだい?」
「あたしの方から好きになってやるわ」
 また男達の言葉に応える。顔はやはりホセに向いている。
「あたしに好かれたら危ないわよ」
「だったら俺が」
「それでね」
 また舞いながら言う。
「鳥を捕まえたと思ったらすぐ羽ばたいて飛んでいく。恋は遠くにあったら待つしかないけれど待つ気がなくなったら」
「その時に来るのか」
「それが恋。辺りをすばやく飛び回って行ったり来たり戻ったり。捕まえたらするちと逃げてまたやって来る。だから」
 最後にまたホセを見て。言う言葉は。
「あたしが好きになったら危ないよ」
 そう言って花を高らかに投げた。ホセがそれを受ける。受け取った瞬間に目と目が合う。カルメンは笑ったがホセはだんまりとしている。しかし二人の目が合ったのは事実であった。皆それは意識せずにカルメンを囃し立てるが。
「そうかい」
「だったら俺と」
「だから気が向けばよ」
 また男達に笑顔で返す。
「わからない男は嫌われるわよ」
「またそんなことを言う」
「随分と冷たい話だよ」
 カルメンはそんな男達とあれこれ話をする。そうして酒場の方に消える。ホセはそれを見届けると首を傾げる。そうして花を手にしたまま言うのだった。
「また随分と派手な女だ。カルメンか」
 カルメンの名をはじめて呟く。
「何か有名らしいがそれにしても」
 ここで花を見る。
「随分香りの強い花だな。これはまた」
「伍長さん」
 ここで彼に声がかかった。それは彼にとっては非常に懐かしい声であった。
「その声はミカエラだね」
「ええ、そうよ」
 左に顔を向けると彼女がいた。にこやかに笑ってそこにいた。
「村から来たのか」
「ええ、お義母さんに言われて」
「そうか、母さんからか」
「これを貴方に届けて欲しいって」
 そう言って出してきたのは一通の手紙であった。
「それとお金と」
「お金には困っていないが」
「それでもよ。是非にって」
「そうか、有り難いな」
 ホセはミカエラから母の愛情を受けて目を細ませる。だが母の愛情はこれで終わりではなかった。
「それにね」
「まだあるのかい?」
「ええ、貴方には最も値打ちのあるものよ」
「俺にはかい」
「そうよ。何だと思うかしら」
 楽しそうに微笑んでホセに問うてきた。丁度彼を見上げて。
「何かな、わからないや」
「じゃあ言うわね。それはね」
「うん、それは」
 ミカエラは話しはじめた。ここに来る時に何と言われたのかを。
「一緒に教会にいた時に抱いてこう言ったのよ。セビーリアのホセにずっと待っているからって」
「俺をか。母さんが」
「そうなのよ。そして」
「そして?」
「キスをしてくれたわ」
 今度はそれを伝えてきた。
「このキスをホセにも贈って欲しいって。そう私に言って」
「キスをか」
「駄目かしら。お義母さんのキス」
 ホセを見上げて問う。
「それは」
「いや、是非」
 ホセには断る理由はなかった。笑顔でミカエラに応える。
「頼むよ。母さんからのキスを」
「わかったわ。じゃあ」
 ミカエラはそれを受けてホセの首に両手を回した。そうして彼の左の頬に優しくキスをしたのであった。ホセはそのキスを受けて温かさを知った。母の、そしてミカエラの。
 
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