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カルメン

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第二幕その七


第二幕その七

「あたしに。いいわね」
「御前と一緒にか」
「そうよ。遠い山の中まで」
 そうホセに告げる。
「あたしと一緒に来れるわよね、そこまであたしが好きなら」
「軍を捨ててか」
「あたしと一緒なら何の問題もないわよ」
 目がうっすらと笑う。誘う目だ。誘惑する女の目であった。
「そうでしょ。上官もラッパも気にせずに青い空の下であたしと自由に暮らすのよ」
「自由なんかどうでもいい」
 ホセはそれを聞いて呟く。
「青い空もいい。俺が欲しいのは」
 思いは募る。その募る思いのまま呟く。
「御前だけがいればいいんだ」
「さあ、あたしと一緒に行きましょう」
 またカルメンは誘う。
「遠い山と空の世界に。何処までもね」
「しかしそれをすれば俺は」
 軍人としての名誉がまた彼に語り掛ける。それは今までの彼にとって絶対的なものであった。その絶対的だったものが彼に対して語り掛けるのであった。
「あんたの馬に乗って一緒に駆けるのよ」
 またカルメンは誘惑する。
「二人でね」
「二人で。それじゃあ」
「そうよ、何処までも一緒よ」
 何時までとは言わない。しかしホセはそれには気付かない。それがドン=ホセという男であった。カルメンはカルメンでありホセはホセであったのだ。
「さもなければ」
「俺を受け入れないっていうのか」
「そうよ。さあ、どうするの?」
 じっとホセを見据えて問う。
「あたしと一緒になるの?それとも」
「それとも」
 ホセは進退極まった。どうすればいいかわからない。だがそこで店に誰かが入って来た。
「誰なの?」
「俺さ」
 明るく、聞き慣れた声であった。それはスニーガの声であった。彼が店に入って来たのである。
「ちょっと飲み直しに来たんだが・・・・・・むっ」
 ここでホセに気付いた。
「忠告するが」
 険しい顔でホセに対して告げてきた。ここで彼が出すのは軍としての規律であった。
「ラッパが鳴っている。早く帰るんだな」
「どうするの?」
 ここでまたカルメンがホセに問うのだった。
「帰るの?それとも」
「今ならまだ間に合うぞ」
 スニーガもホセに対して言う。
「帰ればな。そしてまた手柄を立てれば伍長に戻れる」
「あたしと一緒に行くの?どうするの?」
「俺は」
「今答えを聞くわ」
 カルメンはホセを追い詰めてきた。
「どうするの、決めるのね」
「決めるしかないのか」
「そうよ」
 ここでまた突き放す。
「どうするの、それで」
「決めた」
 追い詰められてであったが。彼も決めた。その決断は。
「御前と行く」
「本気ね」
「ああ、二言はない」
 空を仰ぐ。そのうえでの言葉であった。
「御前と行く。ずっとな」
「わかったわ。皆」
「おう」
「やっとか」
 ここでダンカイロ達が出て来た。そうして彼等の思わぬ登場に戸惑うホセを尻目にやはりホセと同じく戸惑うスニーガを取り囲む。彼にピストルを突きつけてレメンダートが言う。
「悪いけれどこのまま一時間程大人しくしてもらうよ」
「俺達も仕事があるんでな」
「では貴様等はやはり」
「ああ、そうさ」
 レメンダートはニヤニヤと笑いながらスニーガに答えた。
「その密輸団さ」
「ホセ」
 スニーガはまたホセに顔を向ける。そうして言うのだった。
「御前はそれでいいんだな」
 だがホセは答えない。顔を背けるだけであった。
「・・・・・・そうか、なら仕方がない」
 スニーガもそれ以上言わなかった。これでホセの運命は決まってしまった。
「以後君は脱走兵だ、いいな」
「ということよ」
 カルメンはホセの側まで来た。そうしてホセに対して声をかける。
「わかったわね」
「・・・・・・ああ」
 ホセはこくりと頷く。もう逃げることは出来なかった。
「わかったよ。もう俺はこれで」
「世界をねぐらに気ままに生きるのよ」
 それこそがジプシーの暮らしであった。カルメンはそれをホセに対してたたえてみせるのであった。
「自由にさすらってね」
「自由よりも」
 またホセは自由を否定する。それよりも。
「御前と一緒にいられる。それだけでいい」
 こうしてホセはカルメンと共に生きることになった。これ以後このセビーリアでホセを見た者はいなかった。彼は密輸団の一員としてカルメンと共に生きることになったのであった。
 
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