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~烈戦記~

作者:~語部館~
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第三話 ~凌陽関~

『…あれ?』

気がつくと僕は布団の中にいた。
確か自分は馬に揺られながら関を目指していたはずだが。

その先が思い出せない。
ウトウトしていたのは覚えているが、布団に潜った覚えはない。

周りの様子を見渡せば既に自分が関についているのだとは予想できたが、布団に入るまでを覚えていないのは些か不安である。
何よりここが本当に関なのかが気になる。
僕は身体を起こして枕元にあった得物を腰に差して外へ出た。

外へ出ると人々の雑踏や談笑の声、そして訓練による練兵達の掛け声など様々な音や空気による独特の熱気が溢れていた。

この場所こそ父さんが管理している関、または街にあたる陵陽関である。
ここは元々この関の属する州、烈州を治めていた烈王が東南方面の蕃族の抑えとして建てた関で、関としての規模は国内最大で北壁、南壁の二つの重厚な城壁によって囲まれている。
当初は純粋な防衛拠点となっていたが次第に蕃族との交易が始まり関内の通行、滞在を奨励、次第にに人が集まり街になったという珍しい街である。
しかし、元々が関という事もあり他のちゃんとした都市と比べると狭くも感じる関内は昼は終始行き交う商人や民草によって埋め尽くされている。

『いつ見てもすごいな…』

自分の出てきた所はいつも父さんの所に来た時、いつも寝泊まりする関が管理する旅人用宿舎である。
僕は宿舎の管理人である年の少しいった男の人に声をかける。

『おはよ、おじさん』
『ん?おぉ豪帯じゃないか。良く寝れたかい?』
『うん』
『これからどっか行くのかい?』
『まず父さんの所へ行くよ』
『そうかい。一応豪統様が明日まであの部屋を借りてくれてるからまた戻っておいで』
『うん、ありがと』


そこから県庁、もとい関庁へ行くには人混みを掻き分けて少し歩かなければいけない。

『…よし、行くか』



『いやー、治安が良いと暇じゃの』
『じゃのー』

関庁の前で二人の警備兵が話をしていた。

『何というか、ここまで治安が良いとワシらは用が無いのではと思うんじゃが』
『それはそれでいい事じゃないか』
『うむ…蕃族と接しておる街なんじゃからもっとこう…蕃族が攻めてきた!!…とかあってもいい気がするがの』
『これ、物騒な事ゆうもんでねえ』
『んー…』
『…』
『…』
『…暇じゃの』
『うむ。…あ』
『ん?どうしたんじゃ?』
『そういえば今朝帯坊が来たとかゆうとらんかったか?』
『あぁ、確か来たとかゆうとったが、見かけんのぅ』
『うむ、実はひょっこりそこらへんから生えてくるんでねぇか?』
『ははははは!!確かにあいつは地面から近いからのう!!そこら辺にもう生えとるんでねえか?』
『ははははは』

ゲシゲシッ

『いで!?』
『足が!!』

『お前ら!!』

『あ、帯坊!!』
『いつから生えとった?!』

ゲシッ…ゲシッ

『あだ!!』
『いっ!?ワシも?!』
『同罪だ!!』

本当なら後ろから脅かしてやるつもりだったが…こいつら。

『会いたかったぞ!!帯坊!!』
『暇だっただけでしょ』
『いやいやそんな事はないぞ?ワシらはいつだってお主をからかいたくてウズウ…』

ゲシゲジッ

『いぎっ!!』
『だだだっ!!もうお前喋るな!!』

こんな感じで少し話をした。
帯坊と言うのはこの関の人、特に兵士の中での僕の呼ばれ方で、最初の頃は皆関主の子供という事で豪帯様と様付けで呼ばれていたのだが、何故か関にくる度に呼び捨てに近づき、今ではすっかり"坊"扱いである。
今、坊を付けずに呼んでくれるのは父さんと凱雲くらいだ。
だから僕は二人が大好きでその他が大嫌いだ。

『お前ら父さんに言いつけてやるからな!!』
『まぁ気を直せって帯坊。ワシらはお前が大好きで寂しかったんじゃよ』
『う、うっさいばーか!!』

僕はお前達が大嫌いだという事を伝えてその場を後にした。


『あー面白かった』
『あんまりからかってやるもんじゃないぞ?あれでも一応18を数えておるんじゃからな、そろそろ面子が出てくる』
『そりゃそうじゃが…帯坊は変わらんのー』
『…じゃな、大切に育てられておる』
『だが、いずれ帯坊も豪統様の後を継いでワシらの上に立つ時がくるのかと思うと…心配じゃ』
『…』
『今のご時世じゃ、まだここら辺は治安がいいが、中央では政治が荒れておるそいじゃないか。…いずれここにもその波はくるじゃろ。だから政治に巻き込まれたその時、帯坊は変わらず純粋でおれるのかの』
『そん時はワシらがしっかり支えてやればいいじゃろ。帯坊は帯坊のままでええ』

『…じゃな』



『まったく、あいつらは僕をバカにするが一応上司の子供だぞ?別に威張るつもりはないけど、もうちょっと接し方があるだろ…まったく』

愚痴が後から後からこぼれて来る
僕はブツブツ言いながら関庁の廊下を歩いていた。

『だいたい父さんも父さんなんだよ!!上司として自分の息子が坊扱いされてるのにいつも変わらずニコニコ見てるだけで…』

なんだろ…
そんなに背が低いのは威厳が無いのだろうか。
凱雲は昨夜ああ言ってくれたが、今の扱いをされた後だと将来が不安である。
いずれ父さんの後を継ぐ時がくる
その時は僕が彼らの上に立たないといけない。

『…父さんにばっかり頼ってられないな』

今度バカにされた時はハッキリ言ってやろう。
僕はもう子供じゃないんだと。

あるこれ考えてる内に父さんのいる事務室の前にくる。
父さんは大概昼はこの部屋で事務の仕事に追われている。

多分、記憶はないがまともな挨拶をまだ済ませていないはずだ。
それにこれから僕がこの関で暮らすにあたっての事を色々聞かなければならない。

トントン

『なんだ』

中から父さんの声がした。

僕は戸を開いた。



『父さん』
『おぉ帯よ、もう起きてたか』

事務机に資料を並べた父さんが椅子から立ち上がり、こちらへ来る
同じ家族なのに父さんの背は並にあり、僕と僕の前に立つ父さんが一度手を繋げばなんとも微笑ましい光景に見えるだろう。
まあ手を繋いだりはしないのだが。
成人ですし。
大人ですし。

『仕事を片付けてからお越しに行こうと思っていたが、中々終わらなくてな』
『別にいいよ、仕事終わるまでまってようか?』
『いや、折角席を立ったのだから休憩にするよ』

そう言うと父さんは背を伸ばした
骨が面白いように鳴るあたり、相当な時間席を立たなかったのだろう。

『なんの仕事してたの?』
『ん?いやな、商人達から宿舎の増設依頼が来ててな。…まぁ、見ての通りここには空地など既に無いのものだから古い宿舎を併合できないものかと探しておったんじゃ』
『大変だね』
『そんな事言ってられるのも今の内だぞ?いずれお前もやる事になるのだからな』
『一日机と睨めっこなんてやだな…』
『案外やってみると楽しいもんだぞ?』
『え~、そんなの言うのは父さんくらいだよ』
『いやいや最初はきつかったが、小さい街がどんどん大きくなって行くんだ。それが子供を育てるみたいでなんとも…』
『実の息子をほっといて良く言うよ』
『いや、それは…』

わざとムスッとした態度を見せると父さんが本当に困った顔をする
父さんはこういう人だ。

『…っぷ、冗談だよ。本気にしないでよ父さん』

そうだとも。
父さんはいつも自分の事より周りの事を考えてくれている。
僕が叔父さんに預けられていたのも、まだこの関に赴任当初は治安が今より良くはなく、毎日のように狭い通路で商人と住民との間で揉め事が起きていた。
更には住民側が自分達の正当性を主張する為に組合なる組織を作り上げて暴力で商人達を追い出そうとするなど散々であった。
そんな状況では息子の相手はおろか、息子の安全すら確保してあげれないということで僕は叔父さんに預けられる事になった。
それに治安が良くなった後だってこの関は交易の要にある拠点である。
やる事は山済みなのに間を見つけてはわざわざ関に僕を呼んで相手をしてくれた。
そこまで考えてくれている父さんを嫌いになれるわけがない。

『僕は父さんの息子で鼻が高いよ』
『すまんな』
『いいって。それにこれからは一緒に住むんでしょ?気にならないよ』
『うむ、これからはしっかりワシの後を継げるようにしてやるからな』
『ははは…。あ、そういえば僕、なんで宿舎で寝てたの?僕、今朝の事あんまり覚えてなくて』
『やはり覚えてはいないか。ワシの所にお前達が着いたと聞いたから出ていけばお前、凱雲の前に乗せられて居眠りしておったぞ』
『あー…なる程』
『そのまま凱雲がお前を宿舎に連れてったんじゃないか?あ、それはそうとお前達賊に襲われたそうじゃないか』
『うん。…凱雲ってすごいんだね』
『そうじゃろ。ワシの頼もしい片腕じゃからな。…ところで何人の賊に襲われたんじゃ?あいつは大した数ではないと言うが何分あいつは謙遜が過ぎる部分があるからな。賊の規模によっても色々やらねばならないからな』
『ん~…18人くらいじゃないかな?』
『…まぁ、確かにあいつにとっては大した数では無いな』
『え…』
『賊くらいならあいつ、50は相手にしてみせるんじゃないか?』

言葉が出なかった。
県庁さんからもらっていた書物の中で豪傑と呼ばれる存在の事は知っていた。
だが、あの凱雲がその豪傑に近い存在、または肩を並べれる存在だとは思いもしなかった。

『それはいくらなんでもないんじゃないかな?』
『いや、ワシらは幾つかの戦場に赴いた事があるが、あいつの強さときたらそりゃもうすごいものだったぞ?時には凱雲を見ただけで敵兵は逃げる時もあったからな。ははは』

笑い事ではない。
もし仮にそれが本当なら僕は次に凱雲と会う時どんな顔をすればいいかわからない。
現に今も今までの事を思い返してみてはいるが、とてもじゃないがそんな人に対する接し方をした覚えがない。
それどころか僕は小さい頃に一度凱雲の顔に泥だんごをぶつけた事だってあったのだ。

背中を嫌な汗が流れた。

『…っふ、お前なんて顔をしているんだ。』
『…いや、これからは凱雲を怒らせないように気をつけようかと』
『いやいや、あいつは小さい事は気にしないからいつも通りでいいんじゃないか?変にお前がオドオドしていてはあいつもどうしたらいいか困るだろ』
『…そうだね。ところで言っちゃ悪いけど、よく凱雲はこんな辺境に留まってるね。都の方なら今みたいな一武官じゃなくてもっといい場所につけそうなのに』
『確かにな…。実際北の涼族との戦が終わった時、凱雲に都から直接部隊長への誘いがあったみたいだが、どうにもこれを断っているんだ』
『父さんも大分慕われてるね』
『いやいや、多分あいつはこの地方から離れたくないんじゃないか?まったく、あいつも変わり者だよ』

父さんはどうにも昔から人の好意にはうとい。
実際父さんは県長だった頃からみんなに慕われていたし、今だって兵士や街の人達からも信望があつい。
だが、本人にはまったくそれがわからないようだ。
でもそこが父さんのいいところなのかもしれない。

『あ、そうだ。凱雲ってどこにいるかわかる?』
『あいつはお前を宿舎に連れて行った後、自分も休むと言っていたぞ』

確かに凱雲は僕の護衛で村に来た時から一睡もしていない。
本当なら父さんの言うとおりなのだが。

『わかった。ならこれから凱雲の所に行ってくるよ』
『うむ、終わったら宿舎の方にいてくれ。色々話さねばならない事があるからな』
『うん、仕事頑張ってね』
『あぁ』

そう言って部屋を後にした。



『迎撃、構え!!』
『『ハッ!!』』

部隊の駐屯所に凱雲はいた。
凱雲の事だと思って真っ先に来て見たらやはり自室で休んでなどいなかった。
多分何故かと問えば職務だからと言うのは目に見えている。
しかし父さんがああいう性格だ。
凱雲が休まず練兵に精を出していると知れば意地でも凱雲を自宅へと追いやるだろう。
しかし凱雲も長年父さんと一緒にいる間柄それをされる前に手を打っている。
だが、そんなにも仕事熱心になるのはどうかと思う。
体を壊しては元も子もない。
それに朝方に関に着く予定だったものを僕が村の人達と別れを惜しんで一行に村から出られなかったために予定を狂わせてしまったのかもしれない。
そう思うと少し申し訳ない気がする

『あ!!帯坊だ!!』

一人の兵士が僕に気付き走って来た。
それに続いて他の兵士達も腕を止めて僕の方に走って来る。
それを見ていた凱雲は始めは止めに入ろうとしたが、僕の登場で既に空気が訓練の雰囲気では無くなったのを察し諦めたようだ。
始めに走って来た兵士が小声で耳打ちする。

『よくやった帯坊…!!』

どうやら僕はみんなのサボりに利用されたようだ。
続々とみんなが僕の周りに集まってくる。
僕も凱雲に聞こえない声で喋る。

『みんな相変わらずだね』
『いやな?今日は帯坊の護衛から凱雲様が戻られたばかりだからみんな訓練は無いものだとばかり思っていたんだが…甘かった』
『みたいだね』
『ワシらだってたまには休暇が必要じゃというのに…帯坊、なんとかならんか?』
『なんとかも何も僕には何の権限もないよ』
『いや、最悪凱雲様でなくても豪統様に伝えてくださればいいんじゃ、"兵士がみな休暇を欲しがっておる"と』
『ん~…どうしよっかな~…』
『お願いじゃ!!』

みんな一斉に僕に頭を下げ始める。
こうやって責任者の息子に対して"休みをくれ"と兵士達が頭を下げるあたりこの関の防衛は大丈夫なのだろうか。
まぁ悪い気はしないが。

凱雲がこっちに向かってくる。
兵士達からは次第に焦りに似た感情が伝わってくる。
よし、今だ。

『あ、そういえば今関庁の前の警備している二人にすごくからかわれて恥ずかしい思いしたな~』
『おい、誰か!!今の時間関庁の警備してる奴を知ってる奴いるか!?』
『確か牌頻と陳常が居た気がします!!』
『よし、あいつらには悪いがワシらの為じゃ。犠牲になってもらおう。それでいいか?』
『うん。父さんに伝えとくよ。』
『『ウォー!!』』

兵士達から一斉に歓声が上がる。
そんなに休みたいのかこの人達は。
凱雲が若干顔を渋らせながら僕のそばまで来る。
多分何か良からぬ事が起きたのだとは察したようだが既に遅い。
ニヤニヤして凱雲を見る兵士達の中を凱雲が歩いて来て僕の所にくる。

『豪帯様、良く寝られましたかな?』
『おかげでね』
『いえいえ』


『ところで兵士達からはなんと?』

一瞬で場が静まり返る。
兵士達は次の僕の言葉に固唾を飲んで待った。

『いや?みんな僕に会えて嬉しいってさ』

『帯坊様!!』
『帯坊様!!』

兵士達からまたも歓声があがる。
結局様付けはしても僕は帯坊のままなのか。
そこに少し不満を感じたが今は不問にしよう。
凱雲は見え見えの嘘に溜息をついていた。
凱雲には悪いが僕もあの二人には返さなければいけない借りがある。
それに近い内に兵士達との密約は明らかにされる。
それまでは我慢してもらおう。

『あ、それより凱雲。寝なくて大丈夫?』
『いえ、職務は職務ですので』

やはりこう返されるのか。
だが、折角のいい機会だ。
ここはもう一つ兵士達に恩を売っておこう。
よかったな、兵士諸君よ。
今僕は最高に気分がいい。


『ダメだよ。凱雲が体壊しちゃったらそれこそ一大事だよ』
『いえ、私はこういった事には慣れていますので』
『慣れていたっていつかはそのしわ寄せがきちゃうよ。無理せずに今日くらい…』
『兵士達もそれは同じです。それなのに私だけが休んでいては示しが付きません』

ぐぬぬ。
中々引き下がらないな。

だが、僕だってここで引く訳にはいかない。
さっきから僕へ浴びせられている兵士達の無言の応援と期待に僕は答えなければいけない。
そうだとも。
今の僕は兵士達の希望そのものなのだ。
兵士達よ、任せておけ。
そう僕は背中で語った。

僕は奥の手を使う。

『…なんかごめんね。僕が村を出るのが遅れたばっかりに』
『いえ、別れを惜しむのは誰しも同じですよ』
『でもそのせいで予定が狂って寝れなかったんでしょ?』
『いえ、そんな事は…』
『なのに僕はこんな時間までグッスリ寝ちゃって。それに良く考えれば僕が村で話をしてる時もずっと凱雲は後ろで何も言わずに待っててくれてて…凱雲だって相当疲れてるはずなのに僕は…』
『…』


沈黙。

僕にはこれが精一杯だ。
流石にこれ以上は怒られる。
みんなもそれはわかっている。
もう後は無い。
これが最後のチャンスだ。
静かに流れる時間の中、僕と兵士達は固唾を飲んで次の言葉を待つ。


どうだ?


『…わかりました。少ししたら私も休暇を頂きましょう』


『『『『ウォー!!』』』』

一際大きい歓声が湧き上がる。
その声は駐屯所の柵の向こうにまでそれは聞こえていたらしく、道行く人々も何か何かとこちらを見ている。

兵士達は皆喜びを噛み締めていた。
ある者は抱き合い、
ある者は涙し、
ある者は僕に向かってただひたすら頭を深く下げていた。

その中心に僕がいた。

それがとても嬉しくもあり、誇らしくもあった。

だが、今は凱雲が目の前にいる。
演技とはいえ、無理矢理凱雲の予定を狂わせたのだ。
まだ勝利の余韻に浸る訳にはいかない。
僕は最後まで演技を貫き通さねばならない。

『よかった!!これで今日の夜も安心して寝られるよ!!』
『えぇ、何も心配なさらずグッスリお休みください』
『うん、それじゃあ僕も宿舎に戻るね』
『はい。お気をつけて』

僕は兵士達の熱い視線に見送られながら宿舎へ向かった。



なんだこの茶番は。

凱雲は豪帯の去った後、浮かれる兵士達の中で一人冷静にそう思った。

訓練を拒むが故に関主の息子にまで寄って集って大の大人が頭を下げ、更には阿呆の用に声を上げ涙を流している有様だ。
しかもこれが我らの街を守る兵士である。
豪帯様が絡むといつも私は溜息をつく羽目になる。
一体何回目の溜息なのだろうか。

そうしてまた一つ大きな溜息を着く。
そして気を引き締め直す。


『皆の者!!』

その号令に皆、何時にも増して背筋を伸ばす。
だが、決して気を引き締めた訳ではなく、ただこの後の自由な時間への期待から体に力が入っている。
まったく阿呆ばかりじゃ。

『引き続き槍による迎撃訓練に入る!!隊列に戻れ!!』
『『え!?』』
『何がえ?じゃ!!早よう隊列を組め!!』

一人の兵士がワシの前に来る。

『凱雲様、それはあんまりじゃ!!今帯坊と約束して休暇を取ると言ったではありませんか!!』

周りもそれに加わる。

『そうじゃそうじゃ!!』
『帯坊との約束はどうなるんですか!!』
『破られれるんですか!?』

より一層力強く目の前の兵士が乗り出す

『凱雲様!!帯坊との約束はどうなさるんですか?!』


ドカッ

『ウグッ!?』
『『ッ!?』』

目の前の兵士の顔を殴る。
皆その光景に唖然とした。

『さっきから聞いておれば上司のご子息に向かって"帯坊"とは何事か!!』
『す、すみませんでした!!』

兵士が頭を下げる。

『し、しかし!!凱雲様は豪帯様との約束を破られるのですか!?』
『いや、約束は約束じゃ。守るに決まっておるじゃろ』
『でしたらなぜ?!』

『ワシは"少ししたら休暇を取る"と言ったんじゃ』

『『!!!!』』
『なに、ワシも鬼ではない。それ程時間をかけようとは思わん。安心せい』

その言葉で兵士達の顔に安堵が見えた。

そんな顔をされてはワシの心も揺れてしまうではないか。

『じゃから、残りの少ない時間で全ての予定を終わらせる。泣き事は許さん』
『『!?!?!?!?』』

兵士達の顔から安堵が消える。
誰かが厳しくなければいかんのだ。
許せ。


『貴様ら…覚悟せい』



僕は道行く人々の中にいた。
本当なら気が滅入ってしまうが今の僕は最高に気分がいい。
何たっていつも僕を帯坊帯坊と馬鹿にする奴らが僕に涙し頭を下げたのだ。
こんなに嬉しい事はない。
嬉しさのあまり今だに身体の熱が冷めず、その熱が僕の高揚感を醒ます事をさせない。
こうも密集した場所で無ければ駆け足で走り回りたい程だ。

そうこうしている内に宿舎についた。
僕は宿舎の管理人の所へ向かう。

『おじさん!!』
『あ、豪帯…』

声をかけたはいいが僕の舞い上がった気分とは裏腹に、何故かおじさんは僕の顔を見るなり気まずそうな顔をした。

『ん?どうしたの?』
『いや…実はな』

おじさんが気まずそうに話し始めた

『豪帯が借りてた部屋があったじゃろ?実はあの部屋に客が来てしまってな』
『え?僕の部屋に?』
『そうじゃ、偶然あの部屋の前を通ったら居ない筈の部屋に人がおってな。そして中を見てみればそいつが寛いでおったんじゃ』
『勝手に?』
『うむ…』
『まさか…今もそいつ居るの?』
『…すまん』
『すまんじゃないよ!!だったらそいつ追い出してよ!!あれは父さんが借りた部屋でしょ!?』
『いや、そうなんじゃが…』
『そんな常識知らずの為に何を躊躇ってるの!?お金でも積まれたの!?』
『ち、違う!!違うんじゃが…』

頭に来た。
折角のいい気分が台無しだ。
このおじさんは気のいい人ですごい好きだったのに幻滅してしまった。
まさか、後から来た奴に借りられた部屋を譲るなんて。

『…もういいよ。僕が追い出してくる。』
『あ、豪帯!!やめときなさい!!』

僕は無視して部屋へ向かった。



そして部屋の前。
おじさんが追い出せないような人が中にいる。
もしかしたら柄の悪い筋肉隆々の男、もしくはその類いの見るからに危険そうな奴が…
どっちにしろ、ここで黙って部屋を取られては僕はおろか父さんまで恥をかく羽目になる。
それに悪い事をしているのはあっちで正当性はこちらにある。
最悪の場合は法に持ち込めばいい。

そうして僕は戸を思いっきり開けた。

『…え?』

最初に口に出たのはその言葉だった。

『あ?なんだよ、お前。』

そこにいたのは旅人でも民草でもない出自の良さそうな個綺麗な服に身を包んだ僕と同い年くらいの男がそこにいた。

『何勝手に入ってきてんの?ここ、俺の部屋なんだけど』
『は、はぁ!?馬鹿言え!!ここは元々僕が借りてた部屋だぞ!?お前こそ何で勝手に寛いでんだよ!!』
『…』

男はのっそりと布団から身体を起こすと、こちらをギロリと睨んだ。
思わず体に力が入る。

『お前、今俺に向かって馬鹿って言ったよな?』
『あ、あぁ言ったとも。だからなんだよ』
『お前、誰に向かって口聞いてんのかわかってんの?』

こいつ何を言っているんだ。
多分服装から見るなりある程度の身分なのはわかる。
それに比べれば僕の今の服装を見れば農民同然だ。
先日までこの服で生活していて、今日も着替える暇がなかったから機から見れば誰だって僕を農民と間違えるだろう。
だが、僕はこの街を管理する人、要はこの一帯で1番偉い人を親に持つ人間だ。
少なくともそんじょそこらのいい所の人間よりは格はある。
その僕に向かって彼は"誰に口を聞いている"と言うのだ。

僕は一息ついて胸を張って答えた。

『お前こそ、誰に向かって口きいてんだよ。僕はここの関主の一人息子だぞ!!』

どうだ。
びっくりしただろ。


『ぷっ、ははははは!!』

え?

『こりゃ面白い!!ここの関主の息子だって!?通りで田舎臭いと思ったよ!!ははははは!!』
『な、何が可笑しいんだよ!!』

可笑しい。
この街にいる以上僕の父さんより偉い奴なんていないはずだ。
それをこの男は聞いても驚き謝るどころか笑い転げている。
不思議そうな顔をしている僕に向かって彼が口を開いた。

『教えてやるよ!!お前が胸を張って威張った相手が誰なのかを!!』


『俺の名は羊班!!烈州州牧たる羊循の息子だ!!』

 
 

 
後書き
お読みくださりありがとうございます。

本当はこの話は前回の【第二話 ~道中~】と一緒になるはずだったのですが、あまりにも長くなってしまったので分けて投稿させていただきました。

そして疑問や設定、訂正点などについても終始受け付けております。

今後ともよろしくお願いいたします。
by 語部館  
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