戦国異伝
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第百十七話 鬼左近その九
「あえて又左の嫁にしたが」
「元々幼い頃から共にいましたな」
「それもあって又左にやったがな」
「強いですな、まつ殿も」
「又左にも勝てるのではないか」
信長はこの言葉は半分本気、半分嘘で言った。この辺りは彼にしてもしやと思うところがあるからである。
それでこう言うのだ。
「薙刀を持たせればな」
「確かに。又左の槍にも勝てるやも知れませぬな」
丹羽もこう言う。
「あの強さでは」
「腕も立つが気も強い」
それが前田の女房まつである。
「又左は織田家でもかなりの武勇じゃがな」
「それでもですな」
尚織田家で個々の武勇で最も強いのは柴田である。大柄でかつ強力の彼は戦の指揮だけでなくそちらでも織田家随一である、ただし平手は除く。
「まつ殿の強さは」
「うむ、かなりじゃ」
「織田家の女房は強いですな」
「うちもじゃぞ」
信長は笑って帰蝶のことも話した。
「あ奴もかなりじゃぞ」
「奥方様もでしたな」
「そうじゃ、あ奴も強い」
実際に馬に薙刀に弓矢に秀でている、信長と共に馬を駆けさせるだけのものがあることからもそれは伺える。
「またおなごも強い方がよい」
「左様ですか」
「その方が面白い、百姓の女房にしてもそうじゃ」
侍の女房に限らなかった、そちらもだった。
「やはり気が強い方がよいわ」
「その方がしっかりとするからですな」
「その通りじゃ。しかし猿がねねを第一にしているのはよい」
例え浮気をしていてもだった、このことは。
「そして決して手を挙げぬのもな」
「いや、ねね殿にこっぴどくやられていました」
丹羽は自分の屋敷の廊下でねねに箒ではたかれ逃げ回る羽柴を思い出していた、その時のねねの剣幕もだ。
「それでも決してやり返しませんでした」
「武芸は敵に向けるものじゃ」
「女房に向けるものではありませぬな」
「それは匹夫のすることじゃ」
下らぬ者のすることだというのだ。
「女房や百姓、町民に剣を抜くものではない」
「あくまで敵に対して」
「その通りじゃ。武器を持って歯向かうのなら別じゃがな」
この場合は仕方がなかった。
「普段は軽挙妄動をしてはならぬ」
「そういうことですな」
丹羽も信長の今の言葉には笑顔で頷く。
「政は民に無体をするものではありませぬから」
「わしは義教公とは違う」
室町幕府六代将軍の彼とは、というのだ。
「ああした大悪はあってはならぬ」
「義教公ですか」
「殺められたのはご自身が招いた結果であろう」
信長は神妙な顔でこう分析した。
「あそこまですればのう」
「やり過ぎですか」
「子供を殺さねばならぬ時もある」
戦国の世だ、それならばそうしなければならないこともある、人質はただそこにいる訳ではないのだ。時として、である。
だがそれでもだと言う信長だった。
「だがあの御仁のやったことはじゃ」
「ただ苛烈なだけでございますか」
「それだけですか」
「そこに酷薄もあるがな」
どちらにしてもいいものではない。
「人として大事なものが欠けたことをしたからじゃ」
「赤松氏に討たれた」
「そうなったのですね」
「公方にしろ僧にしろ守護大名にしろ人じゃ」
無論女中や民百姓もである。
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