ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode6 ケジメ
敵陣真只中を疾走する中で、俺はすぐにお目当ての相手を見つけた。先陣を切って斬り結んでいたのか、既にHPを半減させており、仲間の後ろで回復ポーションを煽っている。そのHPが既に徐々に回復していくのを見ると、既に二本目らしい。
だが。
「……ックッ…」
庇っていた仲間には気取られすらせず、俺は回し蹴りをその影…ぼろマントを纏った、髑髏マスクの男へと放つ。初動が大きかった分辛うじてかわされてしまったが、その手にあった瓶を蹴り落とすには成功した。乾いた音を立てて転がった瓶から液体が零れ、続いてその容器が爆散する。
だが、俺はもうそんなものを見てはいなかった。
おそらく向こうもそうだろう。
髑髏マスクの男…ザザの視線が、ギラリと俺を貫く。
マスクの下の、血のように紅い目と、俺の視線が交錯する。
瞬間。奴のエストックが閃き、俺の右手の貫手が鋭く打ち出される。
「っ!」
「ッ!」
俺の右手が奴の左肩に突き刺さり、奴のエストックは俺の脇腹を貫いた。
と同時に、二人が全く同じタイミングで飛び退り、距離を取る。俺達の只ならぬ様子に気押されたのか、それとも「『旋風』にはうかつに近づくな」とでも達しがあったのか、他のラフコフメンバーは俺を遠巻きに囲みつつも斬りかかってはこない。
それを一瞬で確認して、
「つっ!!?」
脇腹に、鈍い痛みが走った。驚いてみると、そこにあるのは、先程ザザが持っていた赤い地金のエストックとは違う、禍々しい黒いそれだ。どうやら俺が目線を逸らした一瞬で武器を持ち替え、なおかつそれを突き立てたらしい。
周囲を見回す間も、隙を作ったつもりは無かった。
だが、ザザには俺自身にも気づかない程度の隙が見えていたのか。
「クク。それは、俺の、コレクションの、一つ、逆棘の、エストックだ。貴様の、筋力値では、到底抜けん。加えて、『貫通継続ダメージ』に、特化した、武器だ。もう、貴様は、俺が、手を下さずとも、死ぬぞ」
それを見て、ザザがしゅうしゅうと笑う。なるほど確かによく見ればその細い刀身はびっしりと鱗のような棘が入っており、引き抜くには相当の筋力値が要求されるようだ。当然俺の非力な体では引き抜くのは不可能。
だが。
俺は笑った。
「ハハ。そいつはまた、好都合だ。生憎と俺は、引き抜く気はない」
笑いながら、突き刺さったエストックを右手で握りしめる。
棘が刺さり、俺のHPが数パーセントの減少。続いて、突き刺さった脇腹から鮮血のような赤いエフェクトが光り、更に数パーセントHPが削られる。そして、その握った右手が、
「…っ。なんだ、それは」
鮮やかな、そして強烈な碧いエフェクトフラッシュを纏った。その空色の光は、銀色の右手、《カタストロフ》に反射されて更にその光度を増していく。と同時に、握られたエストックの耐久値が恐るべき勢いで減少していく。
そして二秒とかからずにそのゲージが半減したところで。
「おおおおおっ!!!」
全力の気合いをこめて吠える。
と同時に、半分残っていたエストックの耐久値が、一気にゼロになって爆散した。俺も実戦では初めて使う『体術』スキルの、近距離中の近距離技、《デストロイ・ハンド》。体全体で大きな動きでの初動が必要なものの多い『体術』スキルの中では珍しい、手首から先の動きだけで発動できる技。
そして、その効果は、「握った時間に応じてダメージが増加、最後にもう一度力を加えることでそのダメージを倍加させる」というものだ。手に握れるサイズ、その上しっかりと握り続けることが必要と難易度は高いが、成功させればそれを補えるだけのダメージを与えられる。
そしてそのダメージは、《カタストロフ》の『武器破壊ボーナス』によって極限まで高められている。ほぼ全回復状態の武器を、二秒と経たずに爆散させることが可能なほどに。俺は、この力で。
この、ソラから託された力で、コイツを倒す。
「……ザザ、もう一度だけ言う。あの剣を、離せ」
もう一度、あの言葉を繰り返す。俺の狙いは、あの剣だけ。あの剣を、こんな腐った連中に渡すことだけは、あの剣がなんの罪も無いプレイヤーの血を吸うことだけは、決して許されない。
そんな俺を見て、ザザが一瞬目を見開き。
続けて、嘲るようにしゅうしゅうと笑って、右手を振る。実体化するのは…新たなエストック。それを見せつけるように口元に持っていき、ゆらゆらと舐めるように動かす。
「…確かに、貴様の、その『武器破壊』能力は、大したものだ。だが、俺の趣味は、エストックの、収集だ。俺の、ストレージに、何本の、剣があると思う?」
そうだ。奴は獲物の武器を見繕い、気に行った武器をコレクションするという性癖を持っていた。確かにエストックは珍しい武器だが、膨大な時間をかけて…そして相当の犠牲の上にあるそのコレクションは、一本や二本ではないだろう。
だが、そんなことは分かっていた。
そんなことは。
「関係無い。何本でもへし折ってやる」
そう言って、拳を構える。ザザが、その笑みを消してエストックを構える。右手が、だらりと垂れ下がる。知らない人が見ればそれはとても構えには見えないが、俺にはそれこそがコイツの構えだと知っている。
そして奴が、とうとう口調から嗤いの色を消して言う。
「……できるものなら、やってみろ!!!」
「……言われるまでも無い!!!」
吠えるように応えて、俺が疾走する。
迎え撃つように、ザザもそのマントを翻す。
俺の、つけなければならないケジメとなる拳が、ザザのエストックの先端と交錯した。
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