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失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】

作者:月下美人
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第五話「紅髪の少女 × 再会 = 波乱」

 
前書き
定期検査の結果、CRPが3だと!? ……退院延期~(泣) 

 


 学院の廊下を二つの靴音が響き渡る。一つが俺。そしてもう一つが前を先導するエリスだ。


 今の俺の服装は白を基調にした制服姿。婆さんがわざわざ特注で専用に作らせたらしく、サイズはぴったりだ。いつもは黒を基調にしたシャツとズボン、これまた黒のロングコートなのだが、白もたまにはいいかなと思う。ちなみになぜ黒一色なのかというと、刺繍で構成した術式が目立たないからである。魔力を通した糸を使っているためバッチリ起動する。まあ、緊急用なのだが。


「――となっている。次は食堂だ」


 男を毛嫌いしているのか、はたまた俺が嫌いなのか。どちらか分からないが、俺を案内することが不服だったようで不機嫌な顔をしていたが、途中で投げ出すことなくこうして案内してくれている。


 見た目から想像できる通り真面目な性格なのだろう。エリスの後をついて行きながら校舎を見回した。


 校舎はやたらと複雑な設計をしている。これは精霊にとって心地よい空間を構築するため、最新の精霊工学を応用した建築様式を採用しているらしい。


 精霊工学というのはよく分からんが、校舎の至る所に基盤刻印が施してある形跡が見られた。おそらく刻印同士が共鳴し合い巨大な術式を形成しているのだろう。詳しい効果は調べてみない限り分からないが。


 しかし良く出来ている。有事の際の避難経路がさり気なくあるし、柱や物置の設置場所が外敵の死角になるように設計されている。所々に彫刻品には防御系や結界系の術式が目立たないように刻まれているしな。


 さすが乙女の通う学院。大したものだと感心していると、前を歩くエリスが急に歩みを止めた。


「君――」


 腰に手を当てて険しい顔で睨む。


「さっきから上の空の様だが、聞いているのか? 君の為ために案内しているんだぞ」


「すまん、ちょっと考え事をしていた」


「考え事だと?」


 なぜかエリスは顔を赤らめ、つかつかと近づいて来た。


「き、貴様っ、まさか私の後ろ姿を見て、欲情したのではあるまいな!」


「おっと!」


 至近距離で振り回される剣を冷静に避ける。


「このっ、ちょこまか避けるな!」


 乱雑に振るわれる剣をひょいひょい避けながら、やはりエリスも初心なんだなと変なところで納得していた。


 まったく当たらないことを悟るとエリスは漸く剣を修めた。


「まったく、なぜ学院長はこんな男を編入させたのか……」


 どうやら、随分と嫌われてしまったらしい。まあ乙女の空間に男がいるんだからな。警戒されても可笑しくはない。いや、それが普通か。


《精霊剣舞祭》はチーム戦だ。開催まであと二カ月しかない。それまでに学院生活で信頼を得ていかないと、人数不足で出場できなくなってしまう。


 ……それは格好つかないな。


 ふと思い出したことがあった。


「エリス。一つ聞くが」


「なんだ」


 不機嫌そうに振り向く。原作通りになりませんようにと願いながら、


「俺の泊まるところはどこなんだ?」


 女学院に男子寮などあるはずがなく、かといって女子寮に泊まるわけにもいかないだろう。婆さんは宿舎を用意すると言っていたが――。


「なんだそのことか。安心しろ。学院は君のために多大な費用と労力をかけて素晴らしい宿舎を用意した」


 なぜだか、不安になる言い回しだな。エリスは近くの窓を開けた。


「ちょうどこの窓から見える。――あそこだ」


 指差す方向に目を凝らすと、大きな屋根のついた建物と、その隣にひっそりと佇む如何にも手作りですと言いたげな小屋があった。


 板を釘で打ち付けただけの小屋は子供の秘密基地としては最適だろう。しかし人が暮らすとなると――。


「……なあ、一応確認するが、もしかしてあの小屋か?」


「そうだ。私の契約精霊が作った」


 にべも無く頷くエリス。


「さすがにこれは――冗談がきついですよ、エリスさん」


「……っ!?」


 つい敬語になってしまった俺の腹の底から、沸々と黒い感情が湧き上がった。


 途方もない殺気を叩きつけられ、エリスの肩が震え出す。顔面は蒼白になり冷や汗が頬を伝った。


 しばらくエリスの顔を眺める。これではイジメではないか……。


 怒るのも馬鹿らしくなった俺は溜め息とともに殺気を消した。


「はあ……まあ、折角作ってくれたんだ。その意図はどうであれ、無駄にするわけにはいかないか」


 旅をしていた頃は野宿などざらだったことを思い出し、まだ屋根があるだけマシかと自分を説得させる。気を取り直して他のことを訊ねることにした。


「トイレや風呂はどうなるんだ?」


「あ、ああ……トイレは小屋の裏手にあるものを使え。風呂は悪いが共用だ」


「了解した」


 コホンと咳払いしたエリスは俺を睨むとその剣の柄に手を置いた。


「いいか、もし万が一にでも君が学院内のトイレに侵入などしたら、私の契約精霊で君をキノコソテーにしてやるからな。朝日は拝めないものと思え」


「……肝に銘じておこう。しかし、キノコソテーか。エリスは料理が得意なのか?」


「ああ、数少ない趣味でな。いつか理想の殿方と添い遂げたときに存分に手料理を振舞えるように始めたのだ。今では日課になっている」


「ほう、それはさぞかし上手なのだろうな。今度機会があれば食べさせてくれないか? 興味がある」


「ああ、機会があればな――って、誰が君なんかに振る舞うか!」


 横薙ぎに振るわれようとした一閃を柄に手を当てることで強制的に止める。刀身は中程まで抜刀され美しい白銀の刃が陽光で煌めいた。


「料理も結構だが、なんでもかんでも剣を抜こうとするんじゃない。いつか取り返しのつかない事態に陥るぞ?」


「う……」


 どうやら自覚はあるようで、ふいっと目を逸らした。


「やれやれ……。それで、俺の教室はどこなんだ?」


「君の教室はレイブン教室だ。優秀な問題児が集められた場所だ」


「レイブン……鴉か。洒落た名前だな。優秀な問題児というのは?」


「そのままの意味だ。……なぜそんな顔をする」


「いや、一人だけ心当たりがあってな」


 脳裏に浮かぶのは紅い髪の少女。俺を契約精霊にすると宣言した女の子だ。


 彼女も原作ではレイブンだったかな?


 この頃、原作を思い出し難くなってきた。転生してから十七年も経過しているのだから記憶が風化するのも致し方ないか。これなら爺さんに原作を全巻頼めばよかったな。今更ながら続きが気になる……。


「エリスもレイブン教室なのか?」


「私は最優のヴィーゼル教室だっ!」


 何の気も無しに聞いてみたのだが、エリスはいたく気に入らなかったのか、懲りずに剣を抜刀した。


 軌道は読めていたので首を傾けるだけで回避する。


「……っ、ファーレンガルト家の秘剣を躱すとは!」


「そう易々と秘剣を使うな……」


 階段を上がり長い廊下を進むと、ようやく教室が見えてきた。戸に掛けられたプレートにはレイブンと書かれてある。


 教室内に気配はなく、覗くとやはり誰もいなかった。どうやら全員外に出払っているようだな。


「ここまでで十分だ。案内ありがとう」


「ふ、ふんっ、礼など不要だ。君がわざと間違えてトイレに侵入しないように案内したまでだ。いらない混乱を招きたくないのでな」


 そっぽを向いて早足に立ち去るエリスの後ろ姿を見送り、俺は深いため息をついた。


 取り合えず、クラスの人たちが戻ってくるまで教室内で待機しているか。


 そう思い教室内に足を踏み入れた時だった。


 ヒュンと風を切る音がした。咄嗟に屈むと、首があったところを鞭が通過する。


「見つけたわよ、リシャルト・ファルファー!」


 見覚えのある鞭に聞き覚えのある声。振り返ってみると、やはりそこにはクレア・ルージュが立っていた。


「よ、よくもこのあたしから逃げてくれたわねっ」


「いや、普通は逃げると思うが」


 クレアは鞭を片手にキッと俺を睨み、ズカズカと近づいて来た。


「さあ、あたしの契約精霊になってもらうわよ!」


「君も存外にしつこいな……」


 確か原作でもカミトに契約精霊になるように言い寄り、そのあまりの粘り強さに彼のほうから折れたのだったな。


 ということは、カミトの代わりにエストと契約した俺はこれからしつこく付きまとわれる訳か。それは勘弁願いたいな……。


「その要求は呑めないと言ったはずだが」


「でもアンタ、あたしの契約精霊奪ったじゃない! 責任取りなさいよね!」


「それは言い掛かりというものだ。第一、君とあの剣精霊との契約は失敗していた。そして君の契約精霊と剣精霊とでは残念ながら力量が違う。感謝しろとは言わないが、非難を受ける謂れわないと思うが」


 しかしクレアは癇癪を起こしたかのようにダンダンと床を踏み、駄々っ子の如く不満を露にした。


「うるさいうるさい、うるさーい! アンタはあたしの契約精霊になるのっ、異論は認めないわ!」


「んな、理不尽な……」


「人生は理不尽の連続よ!」


 その理不尽を押し付ける君が言うべき言葉ではないと思うが。


「で、でもあたしも寛容だから、一度だけチャンスを与えるわ」


 下から俺の顔を覗き込むクレアの深紅の瞳と視線が合う。


「なんで逃げたの?」


「寧ろなぜ逃げないと思ったのか知りたい。いきなり契約精霊にすると言われて、はいそうですかと頷く者はいないと思うぞ?」


「しゅ、主人をここまでこけにするなんて……逃亡奴隷には死あるのみね」


「人の話を聞け」


「このっ、このっ」


 足癖が悪いな。繰り出される蹴りを避けながらそう思う。上段蹴りを屈んで避けた際にスカートの中を直視してしまった。


「ふむ、黒か……君のイメージカラーではないな。――あ」


 油断した。ついポロッと本音が洩れてしまった。


 全身を硬直させたクレアは次第に顔を真っ赤に染めた。


「く、黒じゃないもんっ! いつもは白で黒はたまにしか……って、なに言わせるのよ、バカーッ!」


「いや、すまん。今のは失言だった」


「今のも失言よ! ううっ、見られた……」


 ベソをかくクレア。立ち直るまで俺は所在無さげに突っ立っているだけだった。


「そういえば――」


 しばらくして立ち直ったクレアは顔をしかめ、不機嫌そうに呟いた。


「さっき、騎士団のエリス・ファーレンガルトと喋っていたよね。それも仲良さそうに。どういうこと?」


「そのことか。仲が良さそうなのかどうかは疑問だが、学院を案内してもらっていた」


「案内? なんで?」


「ああ。今日からこの学院に編入することになった。これからよろしく頼む」


「は?」


 目を丸くしたクレアは不思議そうな顔で首を傾げた。


「編入って、ここに? アンタ、男じゃない」


「知っての通り――」


 左手に刻まれた精霊刻印を目の前に見せる。


「俺は男の精霊使いだ。婆さんに呼ばれたのはそれ関係でな」


 半分は嘘だが半分は本当のことだ。ただ《精霊剣舞祭》のキーワードが抜けているだけ。


「まあ、そういうことだ。よろしく頼む」


「そう、なんだ……編入生……」


 俯いて何やら考え込んでいたクレアは急に顔をあげた。


「ねえ、この教室にいたってことは、もしかしてレイブン教室?」


「ああ、そうだ。君もか?」


「そうよ、あたしもレイブンなの!」


 なぜか上機嫌な様子で声を弾ませるクレア。なにやら嬉しそうだ。


「いいわ、なら同じクラスのよしみとしてリシャルトにチャンスをあげる」


 ピッと俺を指差して高らかに言った。


「あたしの契約精霊になりなさい!」


「断る」


「もおーっ、なんでよぉ~!」


 二人しかいない教室にクレアの悲鳴にも似た声が響くのだった。

 
 

 
後書き
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