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アルジェのイタリア女

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第二幕その五


第二幕その五

「是非共」
「それでは」
「これより旦那様もパッパタチの会員です」
「歌に踊りに料理、そして意中の方が旦那様を」
「それだけあれば確かに極楽」
 やはり頭の中にはイザベッラは全くいない。思うのは一人だけであった。
「わしの好みは五月蝿くてな」
「はい」
「流石に並の女では満足できないと」
「違うのじゃ。女なぞな、どれだけいても問題ではない」
「といいますと」
「わしは思う人は一人でいいのじゃ」
「やっぱりな」
「何でそれで素直になれないんでしょうね」
 タッデオとリンドーロはそれを聞いて囁き合う。女と見れば一直線のイタリア人にとってはムスタファのこうしたへそ曲がりはどうにも理解できないものであるのだ。
「パッパタチでそれが適うのならばな」
「勿論適います」
「酒に料理もついて」
「しかも歌も。言うことはなしじゃな」
「それではどうぞ我々の下に」
「いざパッパタチへ」
「うむ、参ろう」
 ムスタファは笑顔で二人の誘いを受けた。
「ではいざパッパタチへ」
「酒に料理に歌に」
「そしてただ一人の思い人の下へ・参ろうぞ」
 彼等は笑顔で誓い合った。結局ムスタファの頭の中には一人しかいないのであった。それがなければどんな酒に歌に料理も。何の意味もないものであったのであった。
「ではな」
「はい」
 ムスタファはとりあえずは部屋を去った。何か用件を思い出したのであろうか。部屋にはリンドーロとタッデオだけになった。二人はまずは策が成功したのを確かめ合った。
「まずはこれでよし」
「はい」
 ニンマリとした顔で頷き合う。
「それでイザベッラですが」
「パッパタチの他にも何か策があるのか?」
「策ではなく望みです」
「望みとは」
「私達だけでなくここにいる全てのイタリアの者達を逃がしたいと」
「そうなのか」
「はい、奴隷になっている者は全て」
 つまり改宗していない者達である。ムスタファの宮殿には彼等の他にもまだこうして改宗せず奴隷に留まっているイタリア人が結構いるのである。
「彼等もか」
「そうです、そして共に帰ろうと」
「またそれは難しいな」
「彼等はイザベッラが集めるそうですよ」
「じゃがもう改宗して奴隷になっていない者やここがいいという者もいるじゃろう。確かに奴隷じゃがあの旦那様はいい人じゃし何よりもここはいいところじゃ」
「まあそうした人は仕方ないでしょうが」
 そうした人間に無理強いしても仕方がない。それは諦めるのであった。
「しかしそれでもかなりの数になりますね」
「そうじゃ。正直わし等だけでも逃れるのは難しいが」
「あえてやってみるということでしょう」
「ではここはイザベッラに賭けるか」
「はい」
 リンドーロは頷いた。
「それでは」
「うむ」
 タッデオも頷いた。ここでそのイザベッラが部屋にやって来た。
「イザベッラ」
「二人共ここにいたのね」
 イザベッラはその魅力的な笑みを二人に浮かべて言う。
「私達と一緒にここを去りたいっていう人達はもう集まったわよ」
「もうか」
「ええ、もうね」
「流石だね」
「だって私はイタリア人よ」
 イザベッラは胸を張ってこう述べた。
「災難にかえって奮い立ってイタリアへの愛情と義務を忘れない、それがイタリア人じゃない」
「確かにね」
 この場合は彼等の故郷ヴェネツィアのことを指す。イタリア人はどちらかというと祖国愛より故郷愛の方が強い人達なのである。
「あらゆる困難に打ち勝って、祖国と義務を忘れずに。勇気と献身を持って」
 こういうふうに言葉通りには中々いかないものであるが。少なくともイザベッラは気概は持っていた。
「常に立ち向かわないと。イタリア、そしてヴェネツィアの栄光の為にね」
「その為に皆で」
「そうよ、もう準備はできているわ」
「後はパッパタチで」
「そう、パッパタチで」
 三人は顔を見合わせて言い合う。
「あの旦那様を御后様にくっつけて」
「それは楽にできるわね」
「そうだね、けれどその後は」
「それももう心配いらないわ」
 イザベッラは二人を安心させるように言う。
「私が全部手配しておいたから」
「じゃあ後は」
「そうよ、話を進めるだけ」
「なら話は早いな」
 タッデオがにんまりと笑う。
「ええ、イタリアはもうすぐよ」
「長靴が僕等を待っている」
「さあ、帰ったら美味い酒にマッケローニじゃ」
 この時代のマカロニは今で言うフェットチーネに近い。スパゲティが出来るのはもっと後である。なおこの時代のパスタはナポリ特産でかなりの高級品であった。
 
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