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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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VIPが居た理由とフラグ回収

「どうしたんです?艦長。
 何か心配事でも?」

 フェザーン船団から離れた後、ヤン少佐は考える事が多くなった。
 それは、チャン・タオ上等兵が入れた紅茶が冷めるぐらいまでの考え事だから、周りだっていやでも気づかざるを得ない。
 で、代表して副長のパトリチェフ大尉が尋ねたという次第。

「ああ。すまないね。
 たいした事ない考えなんだ。
 何で、フェザーン船団はあの場所に居たのかってね」

「ゴミ漁りじゃないんですか?」

「いや、私が言いたいのは、ゴミ漁りが現自治領主の親族なんてVIPが出張る仕事なのかって事さ」

 ヤンの言葉に一同ブリッジの全員がはっとする。
 そして、准尉はいち早く機密外のフェザーン関連情報をブリッジに居た各士官の端末に送りつけていた。

「現状において、怪しい動きをしているというデータはないのですが」

「さすがアンドロイド。
 調べるのが早い」

 アッテンボロー中尉が口笛をふきながら、送られたデータに目を通す。
 アンドロイドの検索で引っかからない勘みたいなものはまだ流石に再現されていないからだ。

「私の階級で、接触した事実を前提に軍の機密データにアクセスできるなら、どこまで潜れる?」

 確認の為にヤンが准尉に尋ねる。
 モニターから視線を動かす事無く、准尉は淡々とその事実を告げた。

「おそらく、第十偵察隊司令部経由でアクセスするのでD級機密、艦長がいう現自治領主の親族というあたりが重要視されるならばC級機密あたりまで閲覧が許可できると思いますが。
 裏技として、私はお姉さまと同期していましたからお姉さま経由で調べたら、B級機密あたりまでいけるかと」

 さらっと言ってのけるが、これこそアンドロイドのやっかいな所である。
 個体であると同時に群体でもあるという。
 とはいえ、ヤンの方を振り向いて、かわいく舌を出しておねだりするしぐさは小悪魔的女性にしか見えないのだが。

「裏技を使うんでしたら、ご褒美としてケーキを要求します。
 あと、お姉さまにも帰ったらケーキを送ってあげてください」

 同盟軍統合作戦本部付の小将閣下のアクセス権限だから、結構なものだろう。
 とはいえ、ケーキで裏技可能というのもいかがなものかなんてヤンが考えていると准尉が考えている事を見据えて先に補足する。

「誰にもって訳ではないですよ。
 軍内部では、私達の事を『政治委員』って忌み嫌っている勢力もありますし。
 ただ、私は製造時の同期でヤン少佐に便宜を図るようにとお姉さまから伝えられていますので。
 お姉さまにここまで言わせるなんて一体何したんですか?」

 純粋な目で見つめる准尉の視線がヤンにとってものすごく痛い。
 まさか、妙味本位で覗いたものの口止め料兼脅迫であるなんて回りに言える訳がない。
 だから、ヤンはある程度不自然と分かりながらも話をそらしにかかる。

「私に言わせると、食物消化器官はあるけど、複数のエネルギー供給源がある君らがなんでそこまでケーキにこだわるのか理解できないな」

「製造時におけるレゾンテートルにまで組み込まれていますから。
 アパチャー・サイエンス・テクノロジー社製造アンドロイド『リトルメイド』シリーズには。
 甘い物好きとケーキ好きは、多分、人間らしく女の子らしくという事なんでしょうが」

 もちろん、この元ねたありの会社を設立したのは故人となった人形師である。
 政権末期に多くの公職を退いた彼は、アンドロイド研究開発の中枢企業であるこの会社の経営権だけは死ぬまで手放さなかった。
 それが功を奏してここまでの繁栄を謳歌しているのだが。
 それた話に乗ってきた准尉が話し終わるのを待って、ヤンは准尉に頼む事にする。

「准尉。
 第十偵察隊司令部経由でアクセスで……」

「艦長。よろしいでしょうか」

 ヤンの口を止めたのはパトリチェフだった。
 このあたり、現場が長かった事もあって、ヤンが避けようとした非合法手段による上位情報アクセスを巧みに進言したのだ。

「兵は知らずに死んでも構いませんが、兵に死ねと命じる立場が知らなかった場合、兵の遺族から石を投げられますよ」

 こういう事が言えるからこそ、ヤンはパトリチェフを信頼していた訳で。
 ベレー帽の上から頭をかきつつ、ヤンが気持ちを落ち着けるためにぼやく。

「ケーキの代金、高くなりそうだ」

「この駆逐艦よりは安いでしょうに。
 小官も少しは支援しますので」

 後に、二人の一月分の給料がぶっ飛ぶ、フェザーンの帝国貴族用菓子メーカー同盟支社のケーキのデータを送られて真っ青になるのだが、今の二人はその未来を知らない。
 あんな小さなケーキで月給ぶっ飛ぶなんてと男には絶対分からない女の世界を垣間見るのだがそれはさておき。

「お姉さまにも、今回の件のアクセスを頼む。
 あと、『ハイネセン一の高級ケーキを用意する』と伝えてくれ」



 宇宙は広大で、送られた情報が帰ってくるのにある程度の時間を要した。
 だが、帰ってきた情報には格差があり、ヤンは裏技を行使した事を感謝する事になる。
 第十偵察隊司令部経由の機密はD級で、ワレンコフ代将相当官の事は考慮していないという判断だった。
 とはいえ、えられた情報が無為ではなく、ここ近年海賊の活動が活発でイゼルローン回廊が海賊の主要航路となっている事実を示していた。
 代将相当官の「ゴミ漁り」発言を考えるならば、狙いはゴミ漁りのついでに海賊退治という所。
 第十偵察隊司令部はそう判断していたのである。
 だが、同盟軍統合作戦本部から送られてきた情報は、第十偵察隊司令部が無視したワレンコフ代将相当官に食いついたものだった。
 B級機密情報ゆえに、ヤンにだけ見せられたそれは、フェザーン内部で発生しているらしい権力闘争の可能性を示唆していたものだったのである。

 ここ三十年ぐらいでフェザーンは同盟や帝国と対等なぐらいに力を蓄えていたが、それに伴う矛盾が噴出しているらしい。
 同盟から借金のかたとして譲渡されたいくつかの辺境星系の経済力がつく事で、フェザーン本星とそれを管理するガンダルヴァ星域の惑星ウルヴァシーの間で主導権争いが勃発しているみたいなのだ。
 そのきっかけとなったのは、現自治領主が主導して挫折した惑星ウルヴァシーへの首都移転計画で、交通の要衝たるフェザーンから首都を移すとは何事かと政府内部からも猛反対にあって、頓挫したのはニュースにも流れていた。
 だが、同盟軍統合作戦本部から送られてきた情報はそれよりも深くこの問題に切り込んでおり、財政危機が続く帝国がフェザーンを攻める可能性が高く、政府を安全な惑星ウルヴァシーに逃がしたらと同盟政府が工作していたらしい。
 もちろん、その目的はフェザーンを反帝国に追い込む事だ。
 で、その工作は成功し、現領主は首都移転を画策するが失敗。
 代わりに帝国領に近すぎるフェザーンに首都防衛用巨大衛星を四つ設置する事でこの騒動は治まっている。
 なお、この首都移転騒動で反対派として名を上げた男の名前はアドリアン・ルビンスキーという。

 で、お姉さま経由の情報でやばいのが、フェザーン駐在弁務官事務所から送られたフェザーン要人の死亡報告なのだが、ワレンコフ自治領主の親族や側近が不自然な自殺や事故死が多発していた事だった。
 誰かが自治領主の失脚を企んでいると報告書には書かれており、フェザーン駐在弁務官事務所ではその失脚を企んでいるのは首都移転騒動で同盟に組した帝国の報復とレポートに纏められていた。
 実際は、地球教内部で扱いにくくなった自治領主を変えようという動きなのだが、地球教からみの情報は彼女達アンドロイドの中枢である超巨大量子コンピューターの中に眠る最重要特S級情報で、政府中枢ですらその存在を知らされず、その閲覧には最高評議会議長ですら審査ではねられるパンドラの箱。
 で、それを私信という形で託されたメッセージ、

『ワレンコフ代将相当官を助けて、フェザーンに恩を売りたい』

 という非公式のお願いに対してヤンが壮絶に頭を抱えたのは言うまでもない。
 一人で抱え込まなければならない分愚痴りたくても愚痴れないジレンマだが、艦橋のクルーはヤンが頭を抱えた事でろくでもない事に巻き込まれたと察するだけの才能を有していたのである。
 もっとも、嘆く事すら准尉から発せられた報告によってできなくなるのだが。

「第十偵察隊司令部から緊急伝!
 現在三隻の駆逐艦が定時報告を行っておらず、敵対勢力と交戦報告後通信が途絶え、撃破された可能性あり!
 敵対勢力の存在を前提に戦闘態勢に移行し、偵察隊は以下のポイントに集合せよとの事です!」

 送られた行方不明となった駆逐艦の哨戒ポイントはヤンの船の二隻隣だった。
 それで報告が来ていないという事は隣すら撃破された可能性が高い。

「第一種戦闘態勢発動!
 敵勢力は、駆逐艦単独で対処できるレベルではないと判断!
 反転し、集合ポイントに向かう!」

 ヤンの戦闘態勢発動宣言で艦内にアラームと赤色灯が点灯して訓練どうりの戦闘態勢に移行してゆく。
 ただ違うのがこれが実戦という所のみ。

「艦長。
 艦を反転し、集結ポイントの座標を記入しました。
 集結ポイントへの到着はおよそ一週間後、両隣の哨戒駆逐艦との合流は二日後を予定しています」

 アルテナ航海長の確認を耳にしながら、ヤンはアッテンボロー戦術長に声をかける。

「戦術長。
 偵察衛星を元の哨戒線にばらまいていってくれ。
 おそらく、そう遠くないうちにこいつに食いつくだろう。
 敵の詳細を知りたい」

「了解」

 アッテンボロー戦術長がコンソールを動かし、次々と偵察衛星を射出してゆく。
 その光景をモニターで見ながら、パトリチェフ副長がヤンに声をかけてきた。

「帝国軍の大規模侵攻でしょうか?」

「同盟の哨戒網はそこまでザルじゃないよ。
 大規模侵攻ならば、先にばらまかれている偵察衛星などが反応しているさ。
 おそらく、哨戒網をすり抜ける程度の戦力、向こうも偵察隊程度だと思うが……」

 敵を過大評価してはいけないが、過小評価してもいけない。
 与えられた情報の中で最悪の選択を考えて、ヤンは自分に与えられた時間がそう多くはない事を思い知る。

「三隻が連絡なしに撃破されたとしたら、噂の高速戦艦がいる可能性が高いだろうね。
 で、そんな船を単独で航行させないだろうから十隻程度の護衛はいると考えるべきだろう」

「あ、フラグ回収来た」

 なんて呟いた准尉をパトリチェフ副長が睨んで黙らせる。
 もっとも、各員のモニターにヤンが考えた対高速戦艦対策を即座に送りつけるあたり、彼女も無駄口を叩いている訳ではない。
 同時に、准尉がアッテンボロー戦術長に頼んで作らせたフェザーン船団防衛計画も一緒に添付されている。
 この船が沈めば、その座標の先にはフェザーン船団がいるはすだからだ。
 ヤンは添付されたフェザーン船団防衛計画を確認したうえで許可を出す。
 
「戦術長。
 この作戦計画と対高速戦艦対策案を組み合わせた作戦を検討しておいてくれ」

「了解」

 何でワレンコフ代将相当官がここにいるのかや、何をしに来たのかは分からないままだが、この宙域で一番高価な目標は間違いなくワレンコフ代将相当官率いるフェザーン船団だ。
 撃退するなり、退避する時間を稼がないといけない。



 
 戦闘態勢発動宣言から翌日。
 偵察衛星消失の報告と最後に送られた衛星のカメラから、帝国艦船の姿が映し出される。
 数隻の護衛駆逐艦を引き連れて中央に鎮座していたのは、帝国軍の最新鋭高速戦艦だった。 
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