ヴァレンタインから一週間
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第14話 俊扇登場
前書き
第14話を更新します。
今回の話は、原作小説に於けるハルヒの最初の友達候補だった、
異世界人。宇宙人。未来人。超能力者。の内で、『異世界人』のみが、何故、SOS団のメンバーに存在しないか、の答え合わせと成って居ります。
もっとも、原作小説とはまったく関係のない、私の世界での理由なのですが。
尚、『蒼き夢の果てに』第57話は、四月五日を予定して居ります。
探偵事務所の奥に繋がる扉。この長門有希が暮らして来て居た世界の麻生探偵事務所の構造が、俺の知って居るこの探偵事務所と同じ構造ならば、その扉の向こう側には転移用の陣が描かれている部屋が有るはずです。
その扉の前に立つ一人の青年。
年齢は二十代半ばと言う雰囲気ですか。切れ長の双眸。女性と見間違いかねない長い黒髪。そして、まったく日に焼けていない白い肌理の細かな肌。身長に関しては俺より大きいように見えますから、百八十センチ以上は有ると思います。もっとも、彼が発して居る雰囲気からそう思っているだけで、実際は判りませんか。
但し、俺の見鬼の才が伝えて来るのは、この男性も人ならざる存在だと言う事実。
この麻生探偵事務所と言う場所は仙族関係の術者が集まっている場所ですから、この青年も仙族に繋がる、そして龍種の一員で有る事は間違いないでしょう。
「初めまして。長門有希さん。そして、武神忍くん」
ゆっくりとした足取りで俺達の座るソファーの下座側に着くその青年。尚、一番の上座には有希が座り、その隣に俺。俺の正面に万結が着いているので、ホスト側の上座に当たる位置にその青年が着席した事に成ります。
「私は水晶宮の住人。和田亮と名乗っています」
そう自己紹介を行う青年。水晶宮の住人、和田亮。この名前は向こうの世界に居た時にも聞いた事が有る名前。四光商事の関係者の中に有ったはずですが、それ以上に……。
「和田亮。…………水晶宮の長史」
いや、四海龍王が不在の現在、実質的な水晶宮のトップ。そんな大物が、こんな田舎にまで現れると言う事は……。
以前に、この人物がこの街に現れたのは、確か地脈の龍事件の際に、八岐大蛇の分霊が複数体同時に現れた時に、その分霊たちを一気に異界に封じたのがこの青年だったらしいのですが。
尚、俺はその時、安徳帝と切り離され異界。……インターネット内に作り出された迷い家に籠っていた地脈の龍の元を、瑞希さん達と共に訪れていたのですが。
「確かに水晶宮の長史を務めさせて貰っていますが、私は先代の仕事を受け継いだだけですから、そう緊張する必要は有りませんよ」
少し微笑みながら、そう伝えて来る和田亮と名乗った青年。成るほど。どうやら、こちらの世界でも彼の立場は変わらないようですか。
但し、俺が知って居る向こうの世界の和田亮と言う人物についての知識は、名前だけで、俺自身は姿を見た事さえないので、この目の前の人物の異世界同位体が間違いなく向こうの世界の和田亮だと決まった訳ではないのですが。
もっとも、何時までも驚いて、気圧されている訳にも行きませんか。そう考えて、少し型の古いエアコンにより温められた温い空気を肺に取り込み、全身に巡る気を充実させる。
そう。これから先に何が起きるか判りませんから。少なくとも、向こうの世界では、ここは俺に取っての敵地では有りませんでしたが、この世界ではどうなるか判りません。
それならば……。
「それで、和田さんの話と言うのが、俺と有希がここ、この世界の仙族の集まる場所に呼ばれた理由と考えて良いのでしょうか」
最初の質問はこれからでしょう。そう考えてから、代表して俺からの問い掛けを行う。もっとも、それ以外に理由は存在していないとは思うのですが。
少なくとも、彼らが居るのならば、俺がラゴウ星を相手に戦う必要は無く成ったと言う事ですから。
但し……。
俺はそう問い掛けながら、同時に右隣に座る少女を意識する。そう。もし、彼女に刻まれたルーン文字と、俺の瞳の色が変わった事とが、このラゴウ星が顕われた事象が関係するのなら、この西宮の伝承に語られている内容に従ってこの事態……天魔ラゴウ悪大星君が顕われると言う異常事態を俺と有希の二人で解決しない限り、ルーンの刻まれた通り、彼女が泡と成って消えて仕舞う可能性が有る、……と言う事でも有ります。
しかし、俺の問い掛けに答える前に、
「その前に、少し質問させて貰っても構いませんか?」
和田亮と名乗った青年が、有希を瞳に映しながらそう問い掛けて来ました。これは、俺に対する言葉などではなく、有希に対する言葉と言う事なのでしょう。
その問い掛けに対して、無言で首肯く有希。彼女の表情は普段通り透明な表情のまま。其処からは、何の躊躇いも感じる事は有りませんでした。
「長門さんの監視対象の内の一人。涼宮ハルヒさんの方ではなく、今、貴女のマンションの和室で時間凍結を受けて居るキョンと呼ばれている少年について問いたいのですが」
監視対象。妙な表現を使用しましたが、高次元意識体らしき存在が送り込んで来た人工生命体の少女の監視対象と言うのは一体、どのような存在なのでしょうか。一人目の涼宮ハルヒと言う名前の少女は、おそらく、昨日、図書館で出会った色々な意味で不思議な少女の事でしょうが、もう一人の方。キョンと呼ばれた少年。こちらの方もかなり、興味深い人物なのですが。
まして、わざわざ、有希のような存在を送り込まずとも、夢などの手段を通じて接触する手段も有るはずなのですが。有希を送り込んで来た存在が、俺が考えている高次意識体だと仮定するのならば。
何故ならば、深淵を覗く時、深淵もこちらを覗いている、の言葉通り、意識と無意識の狭間より、神や悪魔と呼ばれる存在も現れる物ですから。
その上、有希の部屋の和室で時間凍結を受けて居る。何か、非常にややこしい話のような気もするのですが……。
「彼の本名について、宇宙誕生と同時に誕生した、……と自称して居る情報統合思念体は調べ上げているのでしょうか」
ごく自然な雰囲気。今日の天気の様子を聞いて来るかのような自然な雰囲気で、とんでもなく大きな質問をして来る和田亮と名乗った青年。
行き成り宇宙的規模の話に成りましたが。宇宙誕生と言う事は、百三十七億年ほど前の出来事だったはずです。それと同時に誕生した存在と言うのは……。
はじめに光りありき。ヨハネの福音書に語られる言葉。そして、創世神話には光あれと記述されている始まり。それと同時……つまり、ビックバンと同時に誕生した存在だとするのなら、それは……。
これは、長門有希を造り上げた存在は、世界で最も有名な本に描かれた御方と互角の存在と言う事に成ります。……と言う事は、矢張り、情報統合思念体と言う存在は、高次元意識体と言う事に成りますか。
しかし、有希は首を横に振る。これは否定。
いや、それは流石に不自然でしょうが。
「有希。そのキョンと言う人物を監視するのがオマエさんの任務なんやろう?」
思わず口を突いて出て仕舞った俺の問いに対して、視線を俺の方に移した有希が少しの逡巡の後、小さく首肯いた。
少しの逡巡の意味が良く判りませんが、肯定されたと言う事は、彼女の任務がその人物の監視任務で有るのは間違いないでしょう。
「しかし、有希はその人物の本名を知らない。本名を知らない人物の監視任務って、普通に考えて、不自然と思わないのか?」
そもそも、その相手の通称しか知らないって……。
其処まで考えた後、少し冷静に成って、別の可能性から考え直してみる俺。そう。良く考えて見ると、相手が確実に普通の人間だとは限りませんでしたか。
何故ならば……。
「成るほど。そのキョンと呼ばれる相手は普通の人間では無く、何らかの強力な魔法を身に付けた存在と言う事か。確かに、魔法などの異能で異常な世界に身を置く存在は、本名を知られない為に、その手の魔法を使用する事が有る」
基本的には呪詛などを防ぐ意味からも、本名を知られるのは問題が有る場合も有りますか。まして、高次元意識体から興味を持たれる存在ですから、その程度の小細工を行わない訳は有りませんね。
もっとも、本来は偽名を使用すれば問題はないので、其処まで複雑な事を為さねばならない理由はない、……とも思うのですが。
其処。通称のみで生活を続ける、と言う行為に、何らかの呪的な意味がない限りは。
しかし、有希はゆっくりと首を横に振る。そして、
「彼はごく一般的な中学生。この四月より、県立の北高校に進学する」
そのキョンと言う存在の本名を知らない事に何の疑問も感じていない雰囲気で、そう答える有希。
……………………。
その瞬間、俺の背中に、何か冷たいモノが当てられたような気がした。
そう。これは非常にマズイ状況。彼女は、既に何らかの魔法の影響下に有ると言う事なのでしょう。
【我々、水晶宮としての能力を使用せず、ごく一般的な調査方法で捜査した結果も、そのキョンと呼ばれる少年は十五年前より存在しています。但し、彼の本名を誰にも知られる事もなく、両親や妹の名前すら誰にも知られる事もなく、この西宮市立の中学と小学校に通い、社会生活を営んで居ます】
和田さんが、【念話】にてそう情報を伝えて来た。
しかし、水晶宮としての能力を使用せず、ごく一般的な調査方法で捜査した結果と言っても、住民票などから公的な資料に記載されている名前をいくらでも調べる方法は有ると思うのですが。
【偽名を使用する事もなく、キョンと言う通称のみで生活を続けていると言うのですか、長史】
俺の【念話】での問いに、軽く首肯いて答える和田亮。
しかし、それでは……。
普通に考えるなら、……本名を知られたくないのなら、そんな面倒な事をせずとも、偽名を名乗れば良いだけ。俺のように……。しかし、そのキョンと呼ばれる存在は、簡単な方法ではなく、余計な手間や魔力を必要とされる通称のみで生活を続けながらも、周囲からまったく不自然とは思われていない、……と言う非常に不可解な状態を十五年間も続けて居ると言う。
これは、その通称で生活を続けると言う事に、何らかの魔術的な意味が込められていると言う事。
俺は、少し背筋に冷たい物が走るような。得体の知れない何者かが、既に俺の背後に立ち、今にも肩を叩いて、俺を振り返らせようとしているような、そんな薄気味の悪い感覚に囚われる。
そして……。
「名づけざられし者……」
キョン。いや、黄衣の王と言う事なのか?
思わず、実際の声に出して仕舞う俺。その言葉を聞いた瞬間に、有希から微妙な気が発せられた。
これは、もしかすると少しウカツな対応を取って仕舞った可能性も有りますが……。
「そう言えば、有希はさっき、この世界に、涼宮ハルヒの関係者と、有希の関係者以外に魔法を行使可能な存在は知らないと答えたな」
俺の問いに対して、無言で首肯く有希。大丈夫。異質な気を彼女が発して居る訳では無い。まして、彼女がクトゥルフの神族に繋がる邪神の眷属の可能性は薄いと思うから、ここ麻生探偵事務所に連れて来たのでしょう。
この水晶宮の長史様は……。
「その中には、キョンと呼ばれる人物が魔法を行使出来る存在だと言う認識は無かったと言う事やな?」
俺の問いに、少しの間を置いて微かに首肯く有希。先ほどから彼女の反応が、何か微妙な感じなのですが。
これは、彼女自身に何か蟠りが有ると言う事なのでしょうか。
「思念体より、長門さんはキョンと言う人物の監視任務を受けて居る事自体に疑問が有ったのですよね。何の変哲もない普通の少年を監視しろと言われた事に」
俺が、有希を訝しげに見つめる様子を見た和田さんが解説するかのように、そう言った。そして、その言葉に対して、かなり驚いたような気を発しながらも、それでも有希は静かに首肯く。
これは、有希自身が、その思念体と呼ばれる自らの造物主に対して、何らかの疑念を持って居たと言う事に成ると思うのですが。
ただ、そんな事が――――――――
「それに、そもそも、次元移動能力を持った一般人は存在しませんものね」
……可能なのか。そう俺が考え始めた瞬間、この探偵事務所に現れてから何度目に成るのか判りませんが、またもやの爆弾発言を行う和田さん。
しかし、本名を知られなくする魔法以外に、次元移動能力すら行使可能な一般人など、普通は存在しないでしょう。
まして、名づけざられし者には次元移動能力は……微妙な線ですか。但し、門にして鍵ならば、間違いなく次元移動能力は持って居ます。
そして、共に黒き豊穣の女神の夫とされる邪神ですね。
そして、片や無窮なる痴神と呼ばれる存在。もう片方にも真面な知性が有るとは思えない全にして一、一にして全と呼ばれる存在。こんなヤツらが、自らの意志で現実世界に現身を送り込むとは思えません。
そうだとすると……。
「本来、向かうはずの無かった未来。この世界に存在していた少女涼宮ハルヒと、異世界からの来訪者キョンが、異世界の未来人朝比奈みくるが介在する事に因って出会った結果、造り上げられた世界。それがこの世界の真実ですよ。異世界からの来訪者の武神忍くん」
異世界からの来訪者。本来、向かうはずの無かった未来。異世界の未来人。出会うはずの無かった二人の有り得ない出会い。もうここまでカオスな状況と成って居たら、何処に、どうやってツッコミを入れて良いのか判りませんが。
ただ、そうかと言って、このまま成り行きに任せる訳にも行きません。
それならば最初に問うべきは……。
「それは、歴史の改竄が行われたと言う事なのでしょうか」
先ほどの和田さんの台詞の中でも、一番重要な部分だと思われる質問を行う俺。
但し、この世界が俺の住んで居た世界に近い世界ならば、簡単に歴史の改竄など出来ないはずなのですが。
世界には防衛機構と言う物が存在します。何らかの悪意を持って世界に害をもたらそうとすれば、予想もしなかったような偶然が重なり、その企みが阻止される、と言う事が。
例えば、アニメや小説。そして、漫画などに登場する主人公たち。昔話や伝説上に登場する勇者や英雄たち。科学に立脚しようが、魔法や超常能力に立脚しようが、細かい仕様には差が有りますが、世界自体を崩壊させる危険性の有る企みと言うのは、阻止されて来たが故に、この世界は未だ命脈を保っているのです。
そして、この世界の防衛機構。今の世界の主流派たるヘブライの神は、歴史の改竄を絶対に許さない神です。
実際、元に因るヨーロッパ侵略の中断。鄭和に因る大航海の記録の焼却など、歴史上の流れがヘブライに都合の良い流れと成っているのは、まるで彼らの手に因って、彼らの都合の良い歴史への改竄の結果……、と取られかねない内容と成っています。
つまり、現在のヘブライ神族に因る人間界の覇権は、実は砂上の楼閣に過ぎない状態だと言う事です。
もし、一度でも新たな、……俺の知って居る正史で語られている歴史の改竄を是とすれば、自らの造り上げた、自らに都合の良い歴史の流れを全て崩壊させる可能性も有ります。
故に、彼らは歴史を改竄される事を恐れ、人間に時間の流れを逆行する技術を得る事が出来ないようにしているのですから。光の速度を超える事は出来ない。次元の壁を破る事は出来ない。エトセトラエトセトラ。
そもそも、彼らは人間の科学技術は、中世程度が望ましいと考えて居ますからね。
俺の問いに、龍種の長史たる和田亮はゆっくりと首肯く。これは肯定。そして、
「一九九九年七月七日。世界でもっとも有名な予言詩。一九九九年、七カ月の言葉から始まる予言詩を信じた、現状に不満の有る少女が居ました」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、一人の少女の姿が浮かぶ。現状に不満を持ち、不思議な事を探し続ける事を自らに課した少女の挑むような視線を。
「彼女がその夜に何を為したのかは判りません。しかし、その夜。彼女は、異世界の未来から訪れた、自らの名前を知られる事もなく、平然と現代社会で暮らして行ける程の異常な魔法を身に付けた存在と出会わされました。
世界的に有名な予言者の詩と、その予言を信じた生きる者たち。死した者たちの思い全てを利用し、この世界を破滅に導く『呪』を行う為に何者かに選ばれたのですよ。あの夜、彼女は」
現代に蘇った水晶宮の存在理由。それは、一九九九年以降は龍種の互助会的な組織。覚醒した龍種の能力を悪用して反社会的な行動に走らせない為の組織なのですが、それ以前にはもっと大きな目的が存在して居ました。
それは、一度起きて仕舞った黙示録。一九九九年に起きた黙示録を、再びの世で再現させない為に造り上げられた組織だったと言う事。
一度目の世界では歴史の向こうに消え去っていた家系を護り、育てた人達が居た。そして、彼女らの想いと行いを無にしない為に作り上げられた組織。
いや、その理念に関しては、警視庁に有る特殊資料課にしても、神社庁の特務調査課にしても、防衛省の超心理研究班にしても、全て同じです。
おそらく、ヘブライの神族に属する組織の異端審問官や辺境視察官。それに、異教検察官なども元々は同じ目的で作り上げられた組織でしょう。
【この世界も、黙示録の世界から派生した二回目以降の世界なのですか?】
世界は一人の少女の手に因って滅び、二人の女性に因って産み落とされた。
現代に蘇った水晶宮とは、その伝承。一度目の世界を滅びに導いた、各種の予言や伝承で語られている黙示録の世の到来を防ぐ為に集められた組織で有り、それ故に、一九九九年の経過を持って、一度はその役割を終えた組織で有ったはずです。
但し、歴史を改竄したが故に、世界を滅ぼす少女。ヨハネの黙示録に語られる大淫婦の正体は不明だったのですが、それが……。
「長門有希さん。今現在、貴女が何故、思念体からのバックアップが受けられなくなり、貴女以外の対有機生命体接触用人型端末たちとの連絡が途絶しているか判りますか?」
俺の問いを無視した形で、更に会話を先に進める和田さん。そう言われて見ると、有希が自らの造物主。情報統合思念体とか言う存在や、彼女のバックアップとの連絡が途絶中と言う事も言っていましたね。そんな情報を掴んでいると言う事は、有希以外の人型端末の情報も掴んでいると言う事なのでしょう。
つまり、思念体が送り込んで来た対有機体接触用人型端末たちと言う存在は、キョンと呼ばれる存在ほどは危険な存在ではないと言う事ですか。
何故ならば、最初に和田さんは言いましたから。キョンと呼ばれている存在に対しては、一般的な調査方法しか行使していないと。そして有希に対しては、その様な事を言っては居ませんでした。
深淵を覗く者は、こちらも覗かれている。魔法に類する能力を使用して相手を捜査した時、その行為を相手の方に察知される可能性もまた、高く成ります。
まして、相手の正体が、クトゥルフの邪神に関係の有る存在ならば尚更、慎重に事を運ぶ必要が有りますから。
つまり、キョンと言う存在をウカツに魔法を使用して周囲を嗅ぎ回ると、相手に感付かれて何が起きるか想像は付かないけど、思念体に関しては、少々、周囲を捜査したとしても気付かれる可能性が低いのか、それとも、気付かれたトコロで、大きな事が為せない相手だと言う事なのでしょう。
もっとも、ビッグバンと共に誕生した存在を少し軽く見過ぎて……。
いや、そう言えば、和田さんはこう言っていましたか。自称、宇宙誕生と同時に発生したと。
これは、情報統合思念体と言う存在に対して、水晶宮の方は、その自称しているほどの能力を認めている訳ではない、と言う事ですか。
「不明。可能性としては、わたしの知らない事件が起こりつつ有る現在、未来に起こるべき事件が起こらない可能性が出て来たと推測出来る」
俺が、そんな、現在の会話から少し離れた場所にまで思考を飛ばしていた瞬間、有希の口から、更に問題の有る言葉が発せられた。
そう。それは、未来に起こるべき事件が起こらない可能性。……と言う部分。
そう言えば、さっきの会話の中に、もう一人の登場人物の名前が有りましたね。異世界の未来人と言う人物の名前が。
この人物の存在が指し示す答えと言うのは……。
「良く判らないんやけど、有希は未来を知って居る、と言う事なのか?」
もう、正直に言うとお腹いっぱいで、これ以上、何か新しい情報を入れるスペースは俺の出来のよろしくない脳には存在してはいないのですが、それでもこの質問は重要でしょう。
そして、有希は俺の問いに対して無言で小さく首肯く。しかし、続けて、
「しかし、わたしの知って居る未来には、貴方が現れる歴史など存在しては居なかった」
……と答えた。
成るほど。これは、彼女の知って居る歴史とは違う流れの平行世界に、何処かのタイミングで軌道の変更が為された可能性も有る、……と言う事なのでしょう。
歴史とは、些細な切っ掛けで切り替わる物です。単純な話、朝、出掛ける時に踏み出した足が右足か、左足かだけで変わる世界も有るはずですから。
まして、和田さんが言うには、本来、出会うはずの無かった魔法を身に付けた異世界人。いや、それだと俺も同じ存在と成りますか。名づけざられし者と門にして鍵の属性を付与された存在と、感情に振り回されがちな少女との出会いに因って、一度、歴史は改竄されている為に、今回の事態はそれの揺り戻しのような物と考えるべきですか。
但し、揺り戻しにしては、非常に強い揺り戻しだとは思いますが。天魔ラゴウ悪大星君などを使用すると言うのは。
俺が思うに、外なる神に滅ぼされる前に、ヨハネの黙示録に描かれている通り、巨大彗星の落下により核の冬がやって来て、人類が滅亡しかねない程の揺り戻しだと思うのですが。
いや、ルーン文字が関わっている以上、太陽と月が同時にフェンリルに呑みこまれるラグナロクの可能性も有りますか。
どちらにしろ、今回、俺がこの世界に呼び寄せられた事に始まるこの事件は、非常に厄介な、そして大きな事件で有る事に変わりはないのですが。
「貴女と思念体の間で行われている情報の交換は、情報の時間移動を行わない限り瞬時の情報交換は成り立ちません。そして、現在は、次の七夕の夜に起きる事件が起こらない可能性が出て来た事により、過去が再びキョンと呼称される存在と、この世界の涼宮ハルヒが出会わない可能性が出て来た事に因り時空が不安定と成り、全ての時間移動を伴う行動が不可能と成っているのです」
和田さんの長い説明。つまり、これはタイムパラドックスが起きていると言う事ですか。
但し、本来の流れの方が人類に取っては幸せな結末に至る可能性の方が高いのですが。
何故ならば、一九九九年七月と言うのは歴史のターニングポイントで有りますから。
有希の知って居る歴史ならば、未来人朝比奈みくるの手引きで、そのキョンと呼ばれる存在と涼宮ハルヒとの出会いに因って世界に何らかの変革がもたらされるらしいのですが、一九九九年七月と言うのは、それ以前に、長大な時間と労力を費やして人類滅亡と言う歴史から、別の世界へと流れを変えさせた歴史の変換点でも有ります。
もし、其処の時間を、何度も何度も同じような理由で改竄され続けると……。
まして、その世界を滅ぼしたのは、世界戦争でも無ければ、隕石の衝突などでも有りません。
それは、異世界からの侵略。
その異世界から顕われた彼らの前には、科学力など無意味。核兵器すら大きな被害を与えられない存在の前に、人類は為す術など存在しては居ませんでした。
そう。外なる神と呼称される存在たちの侵略に晒された人類。そして、世界の防衛機構が弱体化していた為に、生み出される事の無かった能力者たち。世界の危機の際に生み出される希望。一代限りの異能者たちが顕われなかった世界。
その世界にも、確かに昔は異種。龍種や幻想世界の生命体。吸血鬼や鬼、妖精、精霊などに代表される存在の血を引く者達も居ました。
しかし、奴ら……外なる神が顕われた時には、既に多くの家系は失われ、歴史の彼方に消え去り、残された者たちが抗い続けましたが、最終的には――――――――。
しかし、最後の、本当に最期の瞬間に、二人の女性が、一人の少女を過去の時間へと送り出す事に成功したのです。
たったひとつの希望の種子。それが、水晶宮。いや、天の中津宮。そして、ヘブライの神にすら伝わる御伽話。
そして、一九九九年が無事に過ぎた事により、完全に終了したと思われていた昔話。
しかし……。
涼宮ハルヒと言う名前の少女。俺が出会った時の感想を言わせて貰うのならば、躁鬱が激しく、感情に振り回されがちな少女と言った雰囲気。黒き豊穣の女神の種子を受け継ぐに相応しい器と言えるでしょう。
そして、偽名を名乗る事もなく現代社会で暮らして行ける名づけざられし者の属性と、次元移動能力と言う門にして鍵の能力を持つ存在の邂逅。
まして、その日付が一九九九年七月七日。全世界的に有名な預言者が予言した月。世界が変わる事を望んだ、生者と死者すべての想いを受け取った呪い。
但し、その願いは黒き意志で捻じ曲げられ、穢されていたようですが。
成るほど。今までの話を要約すると、未だ、黙示録は継続中と言う事ですか。まして、外なる神のメッセンジャーには妹が居たはずです。
確か、キョンと呼ばれる存在にも、妹が存在しているらしいですね。
「長門さんにこの世界に魔法が実在していると告げられて無かった理由は、キョンと呼ばれる存在の不自然さに気付かせない為の処置ですよ。それでも尚、彼女はキョンや思念体に対する疑念を持つに至ったようですけどね」
後書き
この設定は飽くまでもこの世界に関する設定で有り、原作小説とは全く関係のない話で有る事は理解して頂けると幸いで御座います。
尚、文中のノストラダムスの大予言を実行しようとした呪いの中に、後ひとつ付け足すとすれば、
異世界の日本で最も売れたライトノベルの内容を模倣する事に因り呪を高め、涼宮ハルヒの能力を高める。
……と言う部分も存在して居ります。
故に、この世界にも蒼い月が存在しているのです。
それでは、次回タイトルは『これは、俺の戦い』です。
追記。何故、キョン=名づけざられし者となったのか。
まぁ、二次小説のネタとして面白そうだと言うのが大きな理由ですし、実際、ハルヒ原作がクトゥルフ神話関係の話だと思ったのも事実なのですが。
流石に、キョンをこんな役にした二次小説は有りませんから。
但し、何故か、ハルヒが集めようとした中の『異世界人』の項目が、SOS団のメンバーから消えた理由を明確に説明した二次小説を私は見た事が無いのも事実なのですけどね。
それで、最初に引っ掛かりを感じたのは、キョンの事を鍵だと表現した事。
そして、図書館での出来事と、眠れる森の美女の際に、長門が
もう一度、図書館に行きたい。……と言った事。その事に因って、何か、キョンを欺いてでも彼を繋ぎ止めなければならない理由が、思念体には存在するんじゃないかと勘繰ったと言う事です。
普通に考えると、二度と一緒に行きたいとは思いませんから。
少なくとも私ならばね。
それ以前のキョンの対応が、女性の側から見るとかなり問題の有る対応だった事は以前にも書きましたが、この図書館のイベントも問題有りです。
世の男性陣は、キョンと同じような事をやって見ると判りますよ。
何故なら、二人きりの時に、他の女からの電話を理由に帰ろうと言うのですから。
例え、女性の側が相手の事を多少の好意を持って居たとしても、これでは百年の恋も吹っ飛びます。
まして、押しても引いても動かない長門を動かす為に、ハルヒの電話を理由にした可能性は大ですし、その間に携帯は鳴り続けたはずです。
更に、原作小説内の長門も、少なくとも二回以上、同じ事を繰り返しているはずですから。
そして、産めよ増やせよ地に満ちよ、の古泉の台詞と、ハルヒ原作が二〇〇二年の作品だったと言う事。
ハルヒの設定から考えると、どう考えても織姫彦星に願いを届ける為だけに、一九九九年七月七日に学校に潜り込む訳はないでしょう?
それでは、その他の理由については、また別の機会に。
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