天才とは何ぞや
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第三章
「苦しくなるんだよ」
「苦しくなる?」
「うん、曲を作っていないと苦しくなるんだ」
モーツァルトはこれまでのいささか不真面目とも取れる砕けた調子から真面目な顔になってカールの問いに答えた。
「そうしていないとね」
「作曲していないとですか」
「うん、苦しくなるんだ」
そうだというのだ。
「それだけでね」
「そんなことがあるんですか」
「楽譜自体はもうすぐにね」
まさにすぐにだというのだ。
「思い浮かぶよ。楽譜は目の前にあるんだ」
「いや、ないですけれど」
カールは驚いている顔でモーツァルトに返した。実際に今モーツァルトの前にあるのはココアとお茶菓子だけである。楽譜もペンもない。
それでモ^-ツァルトにこう言ったのである。
「そんなのは」
「目の前に楽譜が思い浮かぶんだよ」
「目の前にですか」
「そう、浮かんでくるからそれを書くんだよ」
言い換えれば頭の中に音楽が自然に出来るというのだ、そしてだった。
「そうしないと苦しくて仕方がないんだよ」
「ううん、そうなんですか」
「本当ね、作曲していないとそのうち苦しくて仕方がなくなって」
モーツァルトはまた言った。
「書いているんだ」
「ですか」
「あっ、今は大丈夫だよ」
今の時点ではというのだ。
「さっきまでピアノの曲を作曲していたからね」
「そうですか」
「まあ少ししたらまた苦しくなるよ」
自分でわかっているという口調だった。モーツァルトはココアを片手に述べる。
「その時は悪いけれどね」
「はい、わかりました」
「その時は」
カールもペドロも応える。そうしてだった。
暫くモーツァルトと楽しく談笑した、そして彼から言ってきた。
「じゃあね」
「それじゃあですね」
「今からですね」
「苦しくなったからね」
それでだというのだ。
「また書いてくるよ」
「わかりました。それじゃあ」
「僕達はこれで」
「済まないね。けれどどうしてもね」
苦しくて仕方がない、作曲しなくてはだというのだ。
「そういうことでね」
「またよかったらお話して下さい」
カールはそのモーツァルトに対して述べた。
「宜しくお願いします」
「うん、またその時にね」
モーツァルトは優しい声でカール、そしてペドロに応えた。そしてだった。
モーツァルトは自分の、あのピアノがある部屋に入り二人はモーツァルトの屋敷を後にした。ペドロはその帰り道でこうカールに言った。
「何ていうかね」
「そうだね、マエストロがあれだけの曲を作れるのは」
「違うね、僕達と」
「作曲していないと苦しいなんてね」
「つまりマエストロには作曲していることが普通なんだよ」
そしてその普通がどういったものかというと。
「息をすることと同じでね」
「それ位のものなんだね」
「うん、マエストロにとってはね」
「だから天才なんだね」
カールはしみじみとした口調になっていた。
そしてその口調でこうペドロに述べたのである。
「息をするみたいに普通に作曲しているから」
「いつもそうしているからね」
「特に特別なものと思わずいつも自然にしている」
「子供の頃からずっとそうだから」
「成程ね、違うね」
カールはこうも言った。
「もうそこが」
「そうだね。天才っていうのは」
ペドロも言う。
「そう言うものなんだね」
「そのことを息をする様に出来る」
極めて自然に、そういうことだ。
「それが為に天才なんだね」
「そういうことだよね」
「天才とは何ぞや」
カールは確かな声で言った。
「それわかったよ」
「そうだね、僕もだよ」
ペドロも微笑んでカールのその言葉に頷く。彼もわかったのである。
そしてモーツァルトの屋敷の方を振り向いてこうも言ったのだった。
「マエストロがどうして天才か」
「それがね」
二人は考えていたことの答えが見つかりそのことに喜びを感じていた。モーツァルトは何故天才か、そのことがわかって晴れやかな笑顔になっていた。
天才とは何ぞや 完
2012・11・21
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