子を喰う親
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第五章
「離婚、しかも夫の暴力が原因の場合はね」
「普通子供の親権は母親が持つわね」
「それがないってことはね」
「そうよ」
その顔でヘンリーに言う。
「これもよくある話だけれどね」
「母親は娘を愛していないね」
「今も一度も連絡はないわ」
「母親には連絡したんだね」
「ええ。、自分が腹を痛めて産んだ娘が受けていた虐待の一部始終を電話で知らせたわ」
「その時の反応は?」
「全くよ」
リエは肩を竦めさせた、表情はそのままだ。
「それで?って感じでね」
「母親は確か女優だったよね」
「もうハリウッドから消えて随分経つね」
「その母親が全く反応を見せないんだ」
「親権のことを言っても同じよ」
全くの無反応だったというのだ。
「マネキンを相手にしてるみたいだったわ」
「やれやれ、じゃああの娘は」
「施設に入ることになったから」
リエは首を捻ってから言った。
「あっ、養育費は父親が出すから」
「その虐待していた父親がだね」
「素面に戻ったら反省も見せて愛情も出るのよ」
複雑なことに、である。だがリエは難しい顔のままでヘンリーに話した。
「それでもね」
「酷い虐待だったからね」
「親権は完全に放棄よ」
例え心の病が完治してもだというのだ。
「もう決まったことだから」
「彼はもう終わったんだね」
「飽きられて仕事がなくなってね」
脚本の仕事がなくなった理由はこれだった、映画の世界ではよくあることだ。
「それで離婚して慰謝料にしかも娘への虐待も公になって親権も放棄」
「完全に破滅だね」
「娘を殺さなかっただけでもましよ」
「そしてその殺されなかった娘も」
「ええ、親がいなくなって」
それにだった。
「施設で。どうなるかね」
「嫌な幕切れだね」
ヘンリーはコーヒーを一口飲んでからコーヒーからのものではない苦りきった顔で言った。
「全く以て」
「そうね、けれどね」
「僕達の仕事ではよくあることだね」
「ハッピーエンドなんてないわ」
虐待においてはだというのだ。
「私達のいる世界ではね」
「そうだね、言っても仕方ないね」
「そうよ、じゃあ次の仕事よ」
「今度はどういったものかな」
ヘンリーは最悪の結果だけは避けられたことに救いを見出すことにした、心の中でそのことを決めてからだった。
リエの話を聞いた、そしてまたその嫌な幕切れを見ることになるとも思った。
その中で彼はあの絵の話をした。
「ゴヤのあの絵はね」
「あれね」
「あれは人間の心を描いたものなんだね」
「恐ろしく醜いものをね」
子を喰らう親、それがそうでない筈がなかった。
「それを描いたのよ」
「僕達が見ているものだね」
「そうよ。あの絵を最初観てどう思ったかしら」
「あんな怖い絵はないよ」
これがヘンリーの返答だった。
「この世で最も恐ろしい絵と言われているけれどね」
「その評判は伊達じゃないわね」
「全くだよ、そしてあの絵が何故怖いかというと」
「人の心を描いているからよ」
ゴヤがそうしたからだ。
「だからよ」
「自分の血を分けた子供を責め苛む親のその心を」
「だから怖いのよ、あの絵は」
「そういうことだね、そしてそれは僕達がいつも観ているもので」
「この世に溢れているものだね」
「何処にでもね」
「怖い絵だけれど一番怖いのは」
ヘンリーは顔を顰めさせて言う。
「やっぱり」
「あの絵の世界が何処にでもあることよ」
「そういうことだね、嫌な世の中だよ」
「そうね。けれど何とかしないと減ることはないから」
その嫌なものがだというのだ。
「私達が頑張らないとね」
「そういうことだね」
ヘンリーはリエのその言葉に頷いた、そのうえで次の仕事に向かい嫌な思いをしながら嫌な話を少しでも減らしていくjのだった。
子を喰う親 完
2013・1・28
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