銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける
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第二十七話 フェザーン制圧
帝国暦 489年 7月14日 フェザーン ルドルフ・イェーリング
フェザーン中央宇宙港ビル内に親っさんは仮の本拠を構えていた。ここなら万が一の場合、すぐに巡航艦バッカニーアに戻ることが出来る。ビルの中は大勢の人間で溢れていたがその殆どが黒姫一家の人間だ。スウィトナー所長の顔を見ると皆が挨拶してくる。所長と俺はその挨拶に応えながら親っさんの元へ急いだ。
親っさん達がフェザーンを強襲したのは四時間前だ。不意を突かれたフェザーンはとんでもない混乱状態になったが俺達の事務所もその混乱に巻き込まれかけた。暴徒化したフェザーン市民が事務所に押し掛けてきたんだ。いやあ、焦った、親っさんが俺達の事を案じて警護部隊を回してくれたから良かったがそうでなければどうなっていたか……、寒気がする。
襲われたのはウチだけじゃない、帝国の弁務官府、同盟の弁務官府も暴徒に囲まれたらしい。帝国はフェザーンを併合しようとしたため、同盟はフェザーンを見捨てたため、という事の様だ。まあ一般市民にとっては地球教とか宇宙の統一とか言ったってピンとはこない話だ。巻き込まれたって不満が有るのだろう。
フェザーン中央宇宙港ビル内の一室に親っさんはアンシュッツ副頭領、メルカッツ提督、キア、ウルマンと一緒に居た。もう一人軍人が居るな、確かシュトライト少佐だったか……、いや違うシュナイダー少佐だ。ルーデル、ヴァイトリング、ヴェーネルトの姿は見えない、おそらく何処かの制圧に向かっているのだろう。部屋はひっきりなしにかかってくる外からの連絡とそれに対応する声で満ちている。そして入ってくる人間と出て行く人間、まるで祭りでも行っているかのような熱気と喧騒だ。
「親っさん、遅くなりました。色々と御手配頂きまして有難うございます、助かりました」
スウィトナー所長の挨拶に親っさんが軽く頷いた。
「いえ、そちらの状況は分かっています。気にする事は有りません。それより自由惑星同盟の弁務官事務所ですが上手く対応してくれたようですね、ご苦労様でした」
親っさんの言葉に所長がちょっと身を屈めるような姿勢を見せた。
「恐れ入ります。ヘンスロー弁務官達にはウチの事務所の方に移ってもらいました。事務所の周囲には警護部隊が居ますので安心ですからね。彼らに移ってもらった後、コンピュータの情報は密かにバックアップを取りました。同盟の人間は気付いていません」
親っさんとアンシュッツ副頭領が顔を見合わせた。二人とも笑みが有る、悪い事をしたとは思っていないんだろうな、まあ俺も思っていないけど……。それにしても情報が取れて良かった。警護部隊を派遣してもらったのに情報が取れなかったなんてなっていたら立場が無いわ……。
今頃ヘンスローの阿呆は如何しているか……。親っさん達がフェザーンに来た今日もルビンスキーの用意した女の所に居たんだからな、処置無しだ。危険になるとオドオドする癖にちょっと安全になると直ぐに威張り散らす、弁務官事務所の連中もウンザリしていた。コンピュータのデータを取るためにウチの事務所に引っ張り込んだが所長も直ぐに後悔した。ここに来るために事務所を出た時にはホッとしてたな、お互い顔を見合わせて肩を竦めたっけ。
「奇襲は上手く行ったようですね、副頭領」
俺の問いかけに副頭領はちょっと憂鬱そうな表情を見せた。
「幸い、フェザーンから船が出ていなかったので助かった。だがフェザーンへ戻る交易船、十隻とぶつかってな……」
副頭領が顔を顰めた。やばいな、拙い話題に振っちまったか……。
「……」
「七隻は大人しく拿捕されてくれたが、後の三隻は逃げたんで撃沈するしかなかった。後味が悪いぜ……」
皆が黙り込んだ。商船には武装なんて無い、ただ逃げ回るだけの無抵抗の船を撃沈したんだ、後味が悪いのも無理は無い。あーあ、バツが悪いわ……。
「撃沈を命じたのは私です、皆は私の命に従っただけの事、気にする事は有りません」
「……」
「撃沈数が三隻で済んだのは幸いでした。もっと撃沈数は多くなると思っていましたからね」
平然とした口調だ。親っさんの言葉に皆が視線を交わした。分かっている、親っさんの本心じゃない。俺達周囲の心を軽くしようとして敢えて何も感じていないように言ったのだろう、済みません、親っさん、俺が馬鹿な話題を振ったばっかりに……。皆も分かったのだろう、スウィトナー所長が“副頭領”とアンシュッツ副頭領に声をかけた。話題を変えるんだろうな。
「それで、施設の制圧の状況は如何です?」
「順調と言って良いだろうな。自治領主府、航路局、公共放送センター、中央通信局、宇宙港を六ヶ所、軌道エレベータ、物資流通センター、治安警察本部、 地上交通制御センター、水素動力センター、エネルギー公団を押さえた、それとそっちが同盟の弁務官府を押さえてくれたからな、問題は無い」
「治安警察も押さえたんですか」
俺が問いかけるとアンシュッツ副頭領がニヤッと笑った。この人、笑うと悪人顔だよな。
「いずれ帝国軍二個艦隊がやってくる、今の内に大人しくこっちに協力しろと説得したんだ。連中、大人しく従ってくれたよ。その方が将来的には影響力を残せるからな」
「なるほど」
皆強かだよな、俺が頷いているとスウィトナー所長が親っさんに話しかけた。
「親っさん、ルビンスキーですが……」
「逃げましたね、自治領主府にも彼の私邸にもいませんでした。妙なもので私邸にはケッセルリンク補佐官の死体が有ったそうです。一体、何が有ったのやら……」
裏切りかもしれない、ケッセルリンクはルビンスキーを捕えて降伏しようとした。ルビンスキーを土産に自分の立場の強化を図ったか……。だがそれを嫌ったルビンスキーに逆に殺された……。物騒な話だ、思わずスウィトナー所長と顔を見合わせたけど所長も顔を強張らせている。そんな俺達を見て親っさんがクスッと笑った。怖いよ、キアもウルマンも顔を強張らせている。
若い組員が遠慮気味に声をかけてきた。
「スウィトナー所長、通信が入っています。自由惑星同盟のヘンスロー弁務官と名乗っていますが……」
ゲッ、あの馬鹿ここまで追っかけてきやがった。所長も顔を顰めている。
「私が出ましょう、こちらのスクリーンに映してください」
「お、親っさん」
「大丈夫ですよ、イェーリング」
大丈夫って、全然大丈夫じゃないですよ。スウィトナー所長だって引き攣ってます。
『君じゃない! スウィトナー所長は何処だ!』
親っさんの前のスクリーンにヘンスローが出やがった……。太く短い眉が吊り上っている。興奮するなよ、ブルドックみたいに頬がブルブルしてるぞ。それにしてもこいつ、おやっさんの顔も知らねえのかよ。……ホント、同盟ってどうなってるんだ?
「ヘンスロー弁務官、私はエーリッヒ・ヴァレンシュタインです」
『エーリッヒ・ヴァレンシュタイン? ……く、黒姫か……』
おいおい、目ん玉飛び出そうになってるぞ。顔が引き攣ってる、いや、引き攣ってるのは頬かな?
「そう呼ばれていますね。安心してください、貴方達の安全は保障しますよ。帝国軍が来る前に自由惑星同盟に無事に御帰しします」
親っさんがニコニコしながら答えるとヘンスローの馬鹿は扱いやすいと見たのか不機嫌そうな態度になった。
『一体何時だね、それは?』
「予定では四十四時間後には民間船の出航を許可するつもりです」
『四十四時間……、二日もかかるのか』
イライラするなよ、ブルドック。
「もっとかかりますよ、一般民間人を優先しますからね、政府関係者は最後です。まさか彼らを後回しにして先に帰るとは言わないですよね? 後々問題になりますよ、政府の責任問題にもなりかねない」
親っさんが心配そうに言うとブルドックは露骨に顔を顰めた。
『……そんな事は君に言われなくても分かっている』
信憑性はゼロだな。
「私はこれからレベロ議長と連絡を取ります、心配しているでしょうからね。今の事も議長に報告しておきますよ、ヘンスロー弁務官が民間人の安全と出立が確認できるまではフェザーンに残ると言った事を」
『な、なにを』
おいおい、目を白黒させてどうすんだよ、自分だって分かっているって言ったじゃないか。
「レベロ議長もとても喜ぶと思いますよ、公の立場にある人間としては当然そうであるべきだと言って」
『……と、当然だ』
「意見が一致したようですね。同盟への帰還はもう少しお待ちください。では、これで」
親っさんがにっこり笑うと通信を切る様に指示した。親っさん、相変わらず手厳しいよな。これで少しは大人しくなるかな? 無理だろうな、事務所の連中、苦労するぜ……。
溜息を吐いていると親っさんがレベロ議長に連絡を取る様に指示を出した。あれ? 本当に取るの? ブルドックを大人しくさせるためじゃないんだ。今度はスクリーンにレベロ議長の顔が映った。表情が険しい、親っさんを見ると早速噛み付いて来た。
『君か、黒姫。一体どうなっている、フェザーンに攻め込んだと言うのは本当か!』
「攻め込んでなどいません。フェザーンは帝国領で私はローエングラム公からフェザーンでの自由裁量権を得ています」
親っさんの言葉にレべロ議長が苛立たしげに首を振った。
『建前はどうでもいい』
「良くは有りません、こちらの立場を説明しておかないと我々はただの悪人になってしまいます」
『自分が善人だとでも言うつもりかね?』
皮肉一杯な口調だったが親っさんは気にしたそぶりを欠片も見せなかった。ホント、親っさんって性格が良いよな。
「まさか、そんな事は言いません。善人ではありませんが我々の行為には法的な根拠が有ると言っているのです」
『……それで、君から連絡してきた理由は?』
レベロ議長、忌々しそうだな。でもここは親っさんの話を聞くべきだと考えたようだ、正しい判断だよ。聞かない方が良くない事が起きるって。
「現在宇宙港の閉鎖、船の出航の禁止を一時的に行っています。再開には二日ほどかかるでしょう。その後は順次同盟に向けて船を送り出すつもりです。同盟市民にはそれで帰還してもらおうと考えています。叛徒として拘束するつもりは有りません」
『なるほど、……市民の安全は保障してくれるのだろうね』
少し心配そうだな、うん、ヘンスローよりは好感が持てる。
「我々は危害を加えるつもりは有りません。問題はフェザーン人です、一部の人間が暴徒化しています。帝国人、同盟市民、関係無く襲っているようですね。現時点ではフェザーンの治安警察に沈静化を頼んでいます」
『フェザーンの治安警察は信用できるのかね』
不信感丸出し、フェザーン人って嫌われてるよな。
「ここで点数を稼いでおけば帝国軍本隊が来ても影響力を残す事が出来るかもしれません。非協力的ならその可能性は無い。そう言って協力を頼んでいます」
『なるほど、気休めにはなるな』
鼻を鳴らした、下品だぞ、レベロ議長。
「私と直接交渉して同盟市民の帰還を確約させた、そう言って貰って結構ですよ。煩い人間が周囲に居るのでしょう?」
レベロ議長が顔を顰めた。
『まあそうだ、弁務官府も連絡がつかん、そっちの状況がまるで分らないので煩く騒ぐ連中がいる』
「ヘンスロー弁務官達は暴徒が押し寄せてきたのでウチの事務所に退避していますよ。先程も何時になったら同盟に帰してもらえるんだと騒いでいました。民間人の事など何も考えていませんでしたね、あれは」
『……』
レベロ議長の渋面が益々酷くなる。
「まあ周囲には民間人の安全について我々と調整している、そう言って貰って結構です。議長もそれに加わって私に同盟市民の帰還を確約させた、如何です、このシナリオは」
親っさんが問いかけるとレベロ議長はじっと親っさんを見詰めた。
『……不本意だが乗らせてもらおう』
「不本意は無いでしょう、議長にも利が有る筈ですよ」
『だから乗ると言っている』
「……素直じゃありませんね」
『君程じゃない』
親っさんが憮然とするとレベロ議長が嬉しそうな表情をした。こいつも性格が悪そうだ。
「ところで、地球教の事ですが同盟ではどうなっているのです……」
親っさんが問いかけるとレベロ議長が顔を顰めた。
『同盟は帝国とは違い信教の自由を保障している、それに陰謀と言っても帝国が言っているだけで同盟では何の問題も起こしていない。トリューニヒトを匿ったのも人助けと言われればそれまでだ。取り締まりは難しいな』
親っさんが溜息を吐いた。
「付け込まれますよ、連中に」
『……』
「帝国では地球討伐が実施されましたがその折、討伐軍指揮官のワーレン提督が自分の旗艦で地球教徒に襲われると言う事件が有りました」
『自分の旗艦で?』
レベロ議長が驚いている。ま、普通は驚くよな。
「地球討伐が決定されてからワーレン提督がオーディンを発つまで二日しかありません。その二日の間に地球教徒がワーレン提督の旗艦に潜り込んだ。帝国では地球教を侮るべきではないという意見が強まっているそうです」
『うーん』
「警告はしましたよ、あとは議長次第です。では、これで」
親っさんが通信を切るまでレベロ議長は唸りながら考え込んでいた。通信が切れるとスウィトナー所長が親っさんに話しかけた。
「親っさん、“テオドラ”から連絡が……」
「有りましたか」
「はい」
え、何時の間に有ったの? 俺全然気づかなかった。
「“テオドラ”は何と?」
「迎えに来て欲しいと言っています、五十人程連れて行きたいのですが?」
所長の言葉に親っさんが副頭領に視線を向けた。
「アンシュッツ副頭領、百人程用意してください。人数は多い方が良いでしょう」
「分かりました」
「有難うございます」
親っさんの言葉に副頭領、所長が応えた。
俺も一緒に行こうとしたけど所長に親っさんの傍に居ろと言われた。詰まらんと思ったけど直ぐにそんな気持ちは吹っ飛んだよ。親っさんがローエングラム公に連絡を取るように指示を出したからな。
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