真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第116話 劉協
張譲に皇帝陛下の命を言伝された私は屋敷に帰宅後、麗羽と揚羽と冥琳を屋敷の離れにある部屋に集め会議を行なうことにしました。
「張譲にしてやられましたね」
揚羽は渋い表情をして考え込み、冥琳も同様の表情でした。
「深く考えることはありませんことよ。陛下のご用が面倒事と決まったわけじゃなくて」
麗羽は落ち着いた表情で揚羽と冥琳を見た後、私を見ました。
彼女の意見はもっともですが張譲が伝手であるから懸念しなればいけないのです。
張譲は悪徳宦官の元締めですが、彼は皇帝陛下に「我が父」と言わしめた人物であり、皇帝陛下の熱い信頼を勝ち得た人物でもあるのです。
皇帝の家族に最も近しく、皇帝の忠実なる僕であるのが宦官です。
その皇帝に「我が父」と言わしめた人物「張譲」。
人間性は置いといて皇帝の意には忠実であると見ていいと思います。
決して皇帝の意に背かず行動しなければ宦官が宮中で生き抜くことなどできません。
ですが、張譲が私を亡き者にしようと謀を企んでいないと断ずることはできません。
「麗羽殿の仰ることももっともですが、今回は十中八九面倒事と見てよろしいかと」
「張譲は確かに陛下の要件は協皇子の件と仰ったのですね?」
冥琳は私に尋ねてきました。
「ああ。口に出さなかったが張譲の様子からして協皇子の件で間違い無い。張譲はいつになく私に友好的だった」
「あの者の思惑など外からは窺い知るのは無理でしょう」
揚羽は真面目な表情で私を見ました。
「皇帝陛下の命でなく、張譲の謀であるならまだ良いですが、もし協皇子の件ですと時期的に些か面倒なことになるかもしれません」
冥琳は私に詰め寄ってきました。
「冥琳、何か気になることがあるのか?」
「皇帝陛下の体調が優れないという噂が宮廷内に流れております。麗羽殿は何か知っておいででしょうか?」
冥琳は麗羽の意見を求ました。
「その話ならここ最近耳にしますわよ。でも、確かな情報ではありませんわ。私も調べましたけど情報元が分からず終いですのもの」
「何者かが意図的に流しているのかもしれませんね。その意図まではわかりませんが。正宗様の上洛と時期が前後しているので何かひっかかります。麗羽殿、何進様は何か言っておられましたか?」
揚羽が麗羽に言いました。
「何も聞いていませんわ。でも、不用意なことはするなと厳命を受けていますわ」
「何進様も情報なしですか・・・・・・。噂に信憑性はないと思っていいでしょうが、噂の内容が暗にに口にすることが憚れることなので用心するにこしたことはありません。私達も行動するときは慎重にしましょう」
揚羽は私達の顔を順番に見て言いました。
「わかった」
「現状はそうするしかありませんね」
「それでよろしくてなくて」
私達は揚羽の言葉に同意しました。
「話が逸れましたが、正宗様が皇帝陛下にお会いになられるときは私も同行させていただいてもよろしいでしょうか」
「揚羽、突然だな。揚羽を同行させるのは不味くないか? 張譲は俺にさも密談げに皇帝陛下の言伝を伝えてきた。」
「同行者は許さぬとは言っていないと思います」
「確かに」
冥琳は薄い笑みを浮かべました。
「皇帝陛下の不興は買わないか?」
「その点はご安心ください。正宗様が私を同行させたとしても皇帝陛下は何も申さぬでしょう。私はあなたの妻であり側近です。それに、皇帝陛下は正宗を頼りになさっておいでなので些事は気になさらないと思います」
「厚遇を受けていると思うが頼りにされているとは限らないだろう」
皇帝陛下は劉協を後継者にするために支える人材を欲しているだけだと思います。
劉協は母は死に外戚達の後ろ盾もなく政治的な立場は脆弱で、皇帝陛下が崩御すれば劉協が皇帝になる道は限りなく険しいです。
逆に、張譲のような腹黒い奴等が操りやすい人物とも言えます。
張譲が劉協に肩入れするのは皇帝陛下のご意志というだけでなく、そこのところもあると思います。
そんな人物を皇帝に押すなど常識的にやらないです。
何進に清流派の士大夫が靡くわけです。
そして、麗羽もその一人です。
劉弁が即位すれば、何進派の勢いが増し張譲のような奴等は粛正されかねないです。
でも、張譲ほど老獪な奴は土壇場で勝ち馬に乗り裏切るでしょうけど、私ものそのつもりなので人のことは言えません。
「西園軍の馬揃えの招待を受けたのは西園軍の八校尉以外、重臣は皇帝陛下の側近のみです。正宗様は皇帝陛下にとって側近と見なされています」
「西園軍の話は噂は聞いていたが、俺はあの場で初めて皇帝陛下に聞いて初めて知ったのにか?」
「それは些事です。正宗様が冀州からわざわざ招聘されたことに意味があるのです。西園軍関係者を覗いた他の面々の者を思い出してください」
揚羽の表情はいつになく厳しく真剣な表情をしていました。
揚羽に指摘されて思い出しましたが、あの場の重臣連中の顔ぶれは側近中の側近でした。
私はいつのまに皇帝派に組み込まれているということでしょうか?
「重臣中の重臣だけだったな」
揚羽は俺の回答に満足いったのか笑みを浮かべました。
「今回のことで正宗様は内外供に皇帝陛下の側近と認知されました。しかし、皇帝陛下は明日の面会で正宗様を見極めるつもりだと思います。ここで行動を見誤れば正宗様は全て失う可能性がございます」
「揚羽、脅かさないでくれ」
私は揚羽の雰囲気に圧され、腰を引いてしまいました。
「その位の心持ちでおられた方がいいです。事実、皇帝陛下の不信を買えば、今の地位は失います。重臣とはそういうものです」
「正宗様、私も揚羽様の言葉に同意します。皇帝陛下の元へ同行する者は揚羽殿が適任かと思います」
知性派の二人に凄まれると説得力があります。
「わかった。気を引き締めことにあたることする。揚羽は私と同行してくれ」
「かしこまりました」
揚羽は私に頷きました。
「揚羽さん、正宗様のこと頼みましたわよ」
「揚羽、私が気をつけることは何かあるか?」
私は揚羽に皇帝陛下への対応方法を念のために聞いておきました。
「皇帝陛下の言葉には全て従えばよろしいです」
「それだけか」
「はい。それしかありません。密議なれば約束は機会があればいつでも反古しようがあります」
明け方まで会議を行なった私達は一先ず解散し仮眠を取った後、各自の仕事に戻ることにしました。
その日の日中は何もするべもなく屋敷で久方振りの休暇を満喫しました。
そして、その時がやってきました。
夜になり虫の鳴き声も聞こえなくなった丑三つ時、屋敷に皇帝の使者を名乗る者が現れました。
その使者は勅書を携えていました。
勅書の内容を確認すると皇帝の玉璽がしっかりと押され、武具の携帯を許可しない旨が書かれていました。
武器を携帯できないことに懸念を抱きました。
しかし、皇帝陛下のもとに参内する以上、武具の携帯は許されるわけがありません。
わざわざ勅書に明示しておく小憎たらしさを感じました。
張譲が偽勅を発給したとも取れなくもないですが、ここは勅書の内容に従うしかありません。
私と揚羽は用意された馬車に乗り、皇帝陛下の元に向いました。
馬車に揺られ半刻(一時間)ほど時間が経過したとき、馬車は走るのを止めました。
「劉将軍、到着いたしました。お降りください」
使者が私に呼びかけてきました。
私と揚羽は使者に促され場所を降りると、その光景に違和感を覚えました。
こんな場所は初めて来ました。
「ここは?」
私はつい疑問を口にしてしまいました。
「劉将軍、禁中にございます」
声の聞こえる方向に視線を送ると張譲が私達の方へ歩いて近づいてきました。
「禁中だと!」
私は張譲の声に驚きました。
揚羽も驚いている様子ですが、冷静な表情をしています。
「劉将軍、驚かれるのも無理からぬこと。しかし、要件が要件故に人目を憚らなければいかず、禁中にお招きした次第です。皇帝陛下の許可は既に得ております。皇帝陛下がお待ち故、私に着いてきてくださらぬか」
張譲は揚羽に視線を一度送るが何も無かったように背を向け歩き出しました。
私は揚羽に目配せをして、張譲の後を追いました。
皇帝陛下の生活の場である禁中に家臣である私を招くなど余程の事態です。
危険な香りがプンプンとしてきました。
馬車から降りた場所から四半刻(三十分)くらい歩いた場所に豪奢な屋敷を発見しました。
張譲はその屋敷に向って歩いています。
あの屋敷に皇帝陛下が待っています。
人気が全くありません。
ここで暗殺劇が起こっても闇に葬りされそうです。
「劉将軍、着きましたぞ。皇帝陛下に許可をいただきに行きます故、しばしお待ちください」
張譲はいつになく恭しく私に挨拶すると、屋敷の中に入って行きました。
「揚羽、周囲に気をつけろ。張譲の様子が怪しい」
私は後ろに控える揚羽に背を向けたまま数歩下がり、彼女にだけ聞こえるように話かけた。
「怪しいですが周囲に人の気配は感じませんし、この闇夜と遮蔽物では私達を弓の的にするのも難しいでしょう。何かあれば正宗様がお守りくださいますでしょう」
「当然だ。張譲のいいようにはさせない」
私は周囲に気を配り、張譲が入っていった屋敷の入り口を警戒しました。
短い時間でしたが凄く長く感じました。
「劉将軍と其の同行者は中にお入りください。陛下がお待ちでございます」
張譲は入り口から出てくると、入り口の左に控え私が屋敷の中に入るように促しました。
私は返事することなく揚羽に目配せして彼女を後ろに従え中に入って行きました。
屋敷の中には蝋燭が点され、薄暗い奥の方に皇帝陛下らしき人物が椅子に腰を掛けていました。
「皇帝陛下、お呼び聞き劉ヨウまかりこしました。後ろに控えるは私の側近である司馬懿にございます」
私と揚羽は片膝をつき、皇帝陛下に頭を下げました。
「劉ヨウ、ご苦労であった。手間を掛けさせたな」
「皇帝陛下、お気遣いなく。臣下の努めにございます」
「劉ヨウ、司馬懿、もそっと近う寄れ」
「はっ! 失礼いたします」
私と揚羽は同時に返事をして皇帝陛下に近づきました。
「もそっとじゃ」
「はっ!」
私と揚羽は更に皇帝陛下に近づきました。
「協、入って参れ。其方に紹介したい者がいる」
皇帝陛下は先ほど『協』と確かに呼びました。
私は体が硬直するのがわかりました。
「はい、陛下」
私の右方向にある部屋から女の声が聞こえたかと思うと、その部屋の戸をあけ人が出て来る気配を感じました。
人の気配は皇帝陛下の元に進んで立ち止まりました。
私と揚羽には多分脚しか見えないと思いますが、豪奢な衣装なので脚は見えず絹の布しか見えませんでした。
「両名、表を上げよ」
私は皇帝陛下の許しを得て顔を上げ、揚羽も私に倣って顔を上げました。
「劉ヨウ、我が娘『協』じゃ」
「協皇子、私は車騎将軍・劉ヨウにございます。お見知り置きください」
「協である。劉ヨウ、大義である」
協は尊大な態度で私に挨拶をしてきました。
次期皇帝候補の一人ですから尊大なのは当然ですね。
「劉ヨウ、其方に頼みたいことがあるのだが聞き届けてくれるか?」
「若輩の身でございますが、この私に出来ることであれば、この劉ヨウ陛下の御為尽くす所存でございます」
私は皇帝陛下に心にもないことを言いました。
「其方の北方の蛮族平定の手柄は耳にしておる。其方の武勇を見込んで頼みたい。其方に協を護ってやってほしいのだ。頼めるか?」
皇帝陛下は椅子より降り、彼は私の元で膝をつき私の右手を握り言いました。
その行動に私だけでなく、揚羽も驚いているようです。
ありえないです。
皇帝ともあろう者が此処までして家臣に頼みこむことなど。
皇帝陛下の頼みである「劉協を護れ」という意味が嫌な予感がしました。
現状、劉協は命を狙われる心配はないと思います。
彼女が後継者争いに敗れればどうなるか分かりませんが、権力欲を露骨に示さなければ死ぬことはないと思います。
「劉ヨウ、返事を聞かせてくれぬか?」
皇帝陛下の行動に驚いている私に皇帝陛下が追い打ちを掛けてきました。
彼が私の手を握る力が強くなっている気がします。
彼は本気だと思います。
「私如きが任に耐えられますでしょうか?」
まずいです。
このままでは危険過ぎる立ち位置になります。
「其方しかおらぬ。武勇に優れる劉氏はお前しかおらぬのだ」
敢えてここで劉氏を出しますか。
「私は劉氏であれど、光武帝の血筋からは縁遠く、協皇子をお支えするには分不相応ではないかと存じます。必ず重臣より反発が起こるものと存じます」
私などでなく、後漢の皇族から劉虞のような有力者を協の後ろ盾にするのが順当です。
劉協の後ろ盾に成りたいと後漢の皇族が思うかは別にして。
劉弁が先に皇帝になるが劉弁を廃位して最終的に劉協が即位するのだから、次期皇帝は劉弁でいいのではないですか。
でも、皇帝陛下がそのことを知る由もないでしょう。
権力争いに敗れたら皇族といえど悲惨な目にあうのが宮廷なので、親としては劉協の行く末が心配なのはわかります。
もしかすると皇帝陛下は劉協が皇帝継承者争いで敗れる可能性が高いと思っているのかもしれません。
しかし、皇帝陛下は何故、劉協に拘るんでしょう。
劉弁も我が子でしょうし、劉協を愛でるのは利発だからでしょうか。
皇帝陛下の御心を理解するのは私には無理ですね。
「其方の言いたいことはわかるが、其方は勘違いしておる。先ほどより言うておる通り、其方に頼みたいのは協の身を護ることじゃ」
「協皇子の身を護るですか?」
「そうじゃ。何人の手からも必ず護って欲しい。今後、どのような事態に陥ろうとも協皇子の身を護って欲しいのじゃ」
絶体絶命のピンチから外れた気がしますが、面倒なことに変わりありません。
「私以外にも代々の重臣がいるにも関わらず、何故、私なのでしょうか?」
皇帝陛下に疑問をぶつけることにました。
「決断したのは其方の北方の蛮族への仕置じゃ。劉ヨウ、其方は反逆した蛮族の頭すら助命し見逃した。其方は慈悲深き男だ。蛮族に女を差し出せたそうだが、手はつけておらぬと聞いておる。女は蛮族を救うための方便であったのであろう」
私は皇帝陛下の言葉に背筋が凍り付きました。
彼は何故、私の北方での行いを知っているのでしょう。
私の動向を監視するために間者を送り込んでいたということになります。
何処まで私のことを把握しているのでしょう。
武器製造など知られるとまずい情報があり過ぎます。
「皇帝陛下の深謀遠慮痛み入ります。皇帝陛下のお見立て通りにございます」
私は乾いた唇を少し湿らせ皇帝陛下の問いに応えました。
「劉ヨウ、返事を聞かせてくれぬか?」
この頼みを拒否するのは無理でしょう。
「この劉ヨウ、協皇子をお護りすることをお誓いいたします」
「よくぞ申してくれた!」
皇帝陛下は私の手を強く握り力強く言いました。
これで表向き、今後、劉協を蔑ろにはできなくなりましたが、揚羽は密議の約束であることとを理由に反古にするつもりでしょう。
皇帝陛下が死に劉弁が帝位につけば、この話を知るのは劉協と張譲のみです。
張譲が口にするようなら始末すればいい。
力無き劉協が一番厄介です。
史実通り華琳の手に落ちれば、彼女はこのネタを必ず利用することでしょう。
不忠の臣・劉ヨウとして私を罵り、討伐の大義名分にされるのが目に見えています。
劉協はやはり劉弁の廃位した偽帝として誅殺するか、私の手元に置くかしなければならなくなりました。
劉協を誅殺できるかどうかは、その時の時勢に左右されるので確定ではないですが、揚羽は偽帝として誅殺した方が後々のことを考えれば上策と思っているのでしょう。
私は皇帝陛下の喜んでいる表情を見るに後ろめたい気持ちになりました。
私は皇帝陛下から劉協に目を移しました。
「協、何かあれば劉ヨウを頼れ。良いな」
皇帝陛下は私が劉協に視線を送るのを見て劉協に言いました。
「はい、父上」
劉協の表情からは感情は読み取れませんでした。
初対面の私に心を開いて話す方が違和感を感じますし、これが当然の反応です。
薄暗い部屋で劉協の表情はわかりづらいですが、白磁の肌と黒髪が印象的な美幼女です。
彼女は歳のころは9歳位、幼さのさの残る容姿です。
彼女の容姿は成長しない可能性も捨てきれませんけど、朱里などと違い実年齢によるものと見ていいでしょう。
これが私と劉協の初めての出会いでした。
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