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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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SAO編
  episode6 猛る想いの炎

 銀の布に不吉な文様の施された、片手用グローブ、その名前は、《カタストロフ》。
 何層かのボスドロップであるそのアイテムは、間違いなくワンドロップ品。

 ソラが装備しているはずのそれが、俺のストレージに入っていた。

 でも、なぜ。

 確かに俺はソラとシステム的に結婚していたから、結婚システムの設定上ストレージは共通化されている。俺も実際に目で見たことは無いが、確かゲームオーバーとなったプレイヤーのアイテムにおいて、ギルドの共通ストレージに入ってたものはドロップしないことになっていたはず。

 その理屈で言えば全てのストレージが共通となる結婚では、アイテムはすべて俺のものになるだろう。ダンジョンに入ってすぐの段階だ、俺のダンジョン行商ができるほどに広がったストレージなら二人分のアイテムを全部保持することができるだろう。

 (だが……装備品は…?)

 ただしそれは、ストレージ内のものだけだ。

 本人が装備しているものについては、その限りでは無い。オブジェクト化されたままのアイテムは死亡した場合、無条件に足元に転がる様になっていたはず。事実、恐らく死の間際まで彼女が使っていたであろうアイテムは、見当たらない。

 俺と二人で揃いのインゴットで作った細剣も。
 彼女以外に使う者はいない、珍しい投擲槍も。
 友人に作ってもらったという、高性能の軽装金属鎧も。

 そして、二人の思い出の詰まった、結婚指輪さえも。

 だが、彼女が肌身離さず装備していたはずのその手袋だけは、俺のストレージにあった。

 (なぜ……どうして……?)

 絶望で固まった思考が、芽生えた疑問に再び動き始める。
 と同時に、俺の耳を素通りしていった言葉達が、頭の中で再構築されて響く。

 そうだ。奴らは何と言っていた?

 ―――おまけが二人いたろ? そいつらの…
 ―――隙を見せて…
 ―――逃がした…

 逃がした。
 二人、逃げた。

 そうだ、そもそもギルドの共通タブを見れば、俺が光点の行方を確認しなかった二人が生きているのどうかが分かるじゃないか。思い出したように回転を上げていく頭が、すぐさま状況を理解する。理解して…いや、理解すればするほど、流れ落ちる涙が止まらなくなる。

 (ソラ…!)

 恐らく、ソラは、たった一人でこの三人を相手に戦ったのだ。あいつが頭で理解していたとは思えないが、直感的に奴らの狙いは自分だと言うことに気付いたのだろう。そして、最強の殺人者ギルド、『笑う棺桶』の幹部三人を前にして、レミ、ファーが委縮する中、たった一人で戦線を支えて、二人を転移脱出させた。

 そして。

 (最後に、俺に、自分の武器を、託した)

 涙に洗われた視界が、クリアになっていく。

 「…クク。どうした。もう、立ち上がる、気力も、ないか?」

 ザザが呟くのが聞こえるが、そんなものは俺の意識にはさざ波すら生じない。

 ソラは、あの常人離れしたウィンドウ操作速度で、自分の装備フィギュアからこの手袋をストレージへと移した。三人を相手にしては、たった一つ装備を外すのが限界だったのだろうが、そのたった一つに、この《カタストロフ》を選んだ。

 「ならば、奮い立たせて、やろう。これは、あの女の、細剣だ。俺の、好みの、エストックとは感覚が、違うが、…威力、軽さは、申し分ない」

 ザザがメニューから取り出したのは、炎のような薄赤い光を纏った細身の剣は、見間違うはずもないソラの愛剣、《フラッシュフレア》。『冒険合奏団』のメンバーで取りに行った素材で作った、俺達の思い出の剣。

 ソラが俺に残してくれたのは、その思い出の剣でもなく。
 友人の最高傑作なのだと笑っていた金属鎧でもなく。
 俺と二人でそろえた、結婚指輪ですらもなく。

 俺が戦うための、俺が生きるための、俺のための武器だった。

 俺の魂に、ぼっ、と火がつくのを感じた。その火が、俺の涙で現れた視界をはっきりと乾かし、意識に氷の冷静さと炎の激しさを宿す。目の前の、ザザを…その右手でゆらゆらと揺らぐ、思い出の剣を見つめる。その剣の炎が、俺の火種をますます激しく猛らせる。

 「…クク。この剣で、お前を、殺すのは、さぞ、」
 「その剣を離せ」

 声は、もう震えない。はっきりとした声で言い、ゆっくりと立ち上がる。

 「ヒャハァッ! この状況で随分威勢がいいなァ、『旋風』!」
 「……クク、離せ、だと?」
 「……その、剣を、離せ」

 俺は、もう一度繰り返す。それを受けて、ザザがしゅうしゅうと耳障りな音を立てて笑う。ダンカンが濁った眼のまま両手の巨大なハンマーを構える。

 そして、甲高い声で笑ったジョニーが、ナイフを構えて先陣を切って突進し、

 「っ!!?」

 その鋭いナイフの横腹を、俺の右手が薙ぎ払った。

 単発『体術』スキル、《スライス》。
 その一撃。その、たった一撃で、ジョニーの持つナイフが根元から圧し折れた。

 「……聞こえたろう。…その剣を、離せと言った」

 攻撃を放った右手に装着されているのは、禍々しい文様があしらわれた、銀色の輝き。

 片手用グローブ、《カタストロフ》。
 その武器破壊ボーナスは、武器が小さくなるにつれて反比例的に大きくなる。

 ゼロ距離武器である『体術』を操る俺にとって、この上ない最強の装備。

 「てめェ…死ぬ覚悟できてんだろォなァ……」
 「…ザザ。もう一度だけ言う。その剣を離せ。それはお前なんかが持っていいもんじゃない」

 飛び退ったジョニーの耳障りな声を無視して、俺はザザを…その右手の剣だけを見つめて言う。ジョニーがストレージから新しいナイフを取りだす。ハンマーを構えたダンカンがじりじりと距離を詰めてくる。ザザが、また笑う。

 「……そう、思うなら、力ずくで、してみろ。もっとも、お前も、ここで、死ぬがな」
 「…力ずく…そうだな。もう、言うことはない」

 そう。もう、言うことは無い。
 無いんだ。

 構えをとる。受身の構えでは無い。攻撃の構え。狙うは、ザザの持つ、ソラの…俺達の剣。ザザ
の奴が手放す気が無いのなら、俺が、この手で、打ち砕く。それが、俺の役目だ。

 「…っは!!!」

 一瞬の気合いの後。
 俺は心に燃え盛る炎のままに、三人を相手に突進した。


 
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