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アラベラ

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第三幕その一


第三幕その一

                    第三幕 二人の世界へ
 アラベラのいるホテルはこのウィーンでも豪華なことで知られている。だからこそヴェルトナーもここに居を決めたのである。洒落者の彼がいたく気に入ったのである。
 そのホテルに今一台の橇が着いた。そしてそこから一人の女性が姿を現わした。
「御苦労様」
 彼女は橇の御者に微笑んで言葉をかけた。御者は金を受け取るとその場を後にした。彼女はそれを見送るとホテルのホールに入った。
「ふう」
 その入口でクロークを脱ぐ。雪を払うと入口にかけた。
「これで全ては終わったわ」
 その女性、アラベラは彼女自身に微笑んでそう言った。
「これで私はあの人のもの。これからは永遠に一緒なのね」
 彼女もマンドリーカに心を奪われていた。彼は彼女が夢にまで見た理想の人なのであった。
「もうすぐあの人と一緒にあの人の国へ入る。そしてそこで静かに暮らすのね」
 早くそうしたくてならなかった。彼女は華やかな舞踏会よりも心の幸せを願っているからだ。
 彼女はゆっくりと自分達の住む二階の部屋に入ろうとする。まずは階段を上がる。古いが頑丈な造りの木の階段である。そこでその部屋の扉が開いた。
「あら」
 最初はそれを見てズデンカだと思った。
 だがその予想は外れた。中から出て来たのはマッテオであった。
「えっ・・・・・・」
 マッテオは彼女の顔を見て驚いた顔をした。
「どういうことなんだ!?彼女は確かに」
 今出て来た部屋を見る。
 それからアラベラを見る。だがまだ腑に落ちない顔をしている。
「あら、マッテオ」
 ここでアラベラが彼に声をかけてきた。
「どうしたの?ズデンコなら舞踏会にいるわよ」
 彼女は妹の真意と行動について全く何も知らなかった。だからこう言ったのだ。
「ズデンコって」
 しかし彼はまだ腑に落ちない顔をしていた。
「一体何を言っているんだ!?」
「何って」
 無論彼女にもわかってはいない。
「今さっき」
「帰って来たばかりですが」
 アラベラはそう言った。
「舞踏会から」
「馬鹿な」
 だがマッテオはそうは受け取らなかった。
「抜け出たではありませんか、その舞踏会から」
「いえ」
 しかしアラベラはそれを否定した。
「区切りがついたところで帰りました。そして今ここに辿り着いたのです」
「またそんな」
 無理して苦笑する顔を作った。
「そんな筈がありません」
「いえ、本当です」
 さらに訳がわからなくなってきていたがそう答えた。
「その証拠にほら」
 ここで手に付いた雪に気がついた。丁度いいのでそれを見せる。
「手に雪がまだ付いていますでしょう?」
 その雪を見せる。見れば結晶が灯りに照らされ輝いていた。
「しかし貴女は」
「申し訳ありませんが」
 アラベラはまだわからないことばかりであったが疲れていたのでもう休みたかった。それで彼に対して言った。
「部屋に入れて頂けませんか?今日はもう休みたいので」
「休む?一人で」
「ええ。勿論」
 彼女はそう答えるしかなかった。
「少なくとも今宵までは」
「そう、今宵までは」
 マッテオはそれを受けてそう言った。
「だが明日からは違うんだね」
「ええ」
 ここで彼女は彼が何故そう言うのか不思議でならなかった。彼女とマンドリーカのことは知らない筈なのに。そして彼女が今日で娘時代と別れることも。
「しかし僕は違うんだ」
「どういうことですか!?」
 彼女は話をしながら彼が普段の彼とは様子が少し異なることに気付いた。
「いい加減にしてくれませんか」
 彼はアラベラの態度に遂に痺れを切らした。
「何をですか!?」
 だが彼女にはまだ何もわかってはいなかった。さらに首を傾げた。
「私には貴方が私に何を仰りたいのかよくわからないのですが」
「アラベラ!」
 彼はここで語気を少し荒わげた。
「何を言っているんだ、とぼけるのもよしてくれ」
「とぼけてなんかいませんわ」
 彼女は少し腹立たしさを感じながらも穏やかな言葉で返した。
「先程も申しましたように私は今帰ってきたばかりですから」
「またそんなことを言う」
 彼は次第に顔を曇らせてきた。
「あの時君は」
「あの時とは」
 彼女はすぐに返してきた。
「さっきのことを忘れたとは言わせないよ」
「ですから私は」
 今帰って来たばかりだと言おうとした。しかしマッテオがそれを遮った。
「もうよしてくれ、僕を惑わせるのは」
「マッテオ、落ち着いて下さい」
「僕をそうさせているのは君だろう、それで何故そんなことが言えるんだ」
 その声は次第に荒く大きくなってきた。やがてホテル全体に響き渡るのではないか、と思える程になった。
「言うも何も私は真実を申し上げているだけです」
「では真実は幾つもあるのか。そんな話は聞いたことがない」
 マッテオはさらに言った。
「真実は一つしかないんだ、じゃあ君は嘘を言っていることになる。そして僕を惑わしているんだ」
「マッテオ、それ以上言うと」
 流石にアラベラも怒りを露にしはじめた。目を顰めさせる。
「じゃあ本当のことを言うんだ」
「何度お話してもわかって頂けないようですが」
 二人はホテルの前の廊下で言い合う。そこで誰かがホテルの扉を開けた。
「どうぞ」
「うん」
「娘は」 
 まずはアデライーデが入って来た。そしてコートをそのままにホテルの中を見回す。そこで言い争う娘とマッテオが目に入った。
「いたわ!」
 そしてすぐにアラベラの下に駆け寄った。
「アラベラ!」
「御母様」
 彼女は母の声を聞いて我に返った。そして冷静さをすぐに取り戻した。
「どうしたのです、こんなところで」
「申し訳ありません」
 彼女は恐縮してそう答えた。
「少し事情がありまして」
「事情!?それは何です」
「はい」
 アラベラは母に説明しようとした。そこで他の者も入って来た。
 ヴェルトナーがいた。そして彼の友人達も。他にも何人かいる。
 最後にはマンドリーカが入って来た。彼は廊下の部屋の前を見上げて顔を歪ませた。
「やはり」
 彼はここであの時の話を思い出した。
「間違いない、あの男だ。私の予想は当たったようだな」
 そしてヴェルトナーに顔を向けた。
「伯爵」
「何だね」
 事情がわからず首を傾げている彼に声をかけた。
「申し訳ありませんがこれで帰らせて頂きます」
「何っ!?」
 彼はそれを聞いて思わず声をあげた。
「それはどういうことだ」
「あれです」
 彼は答えずにアラベラとマッテオを手で指し示した。そして自分の従者に対して言った。
「すぐに荷造りだ。明日の朝の一番の列車で帰るぞ」
「おい、何を言っているんだ」
 ヴェルトナーは慌てて彼を引き留めようとする。
「少し待ってくれ。まだ何もわかっていないじゃないか」
「私にはもう全てわかっております」
 彼はそれに対してすぐに言葉を返した。
「ですから立ち去らせて頂くのです」
「だから待ってくれというのだ」
 ヴェルトナーはそれでも必死に彼を引き留めた。そしてアラベラに顔を向けた。
「アラベラ」
「はい」
 彼女は父に顔を向けた。
「御前に事情を聞きたい。いいな」
「はい」
 彼女はそれを受けて頷いた。
「まずマッテオ君のことだが」
「はい」
「一体何がどうしたのか説明してくれないか」
「わかりました」
 彼女は父に答えた。
「私はつい先程ここに戻ってきたばかりです。そしてマッテオにこの前で御会いしたのです」
「その言葉、偽りはないな?」
「全ては御父様が最もよく御存知の筈です」
「よし」
 彼はそれを聞き安心した顔になった。そしてマンドリーカに顔を向けた。
「娘の言葉に偽りはありません。これでおわかりでしょう」
 だがマンドリーカの顔は晴れてはいない。それでも彼は言葉を続けた。
 
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