アラベラ
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第二幕その一
第二幕その一
第二幕 娘時代への別れ
舞踏会は華やかな空気に支配されていた。明るい灯りが照らす会場は螺旋階段により上のバルコニーと繋がっておりそのバルコニーは舞踏会場を酒や美食と共に見下ろせるようになっていた。今ここに一台の橇が到着した。
「着きましたよ、フロイライン」
エレメールが橇の後ろの扉を開ける。そこから長身の着飾った美女が姿を現わす。
「有り難うございます、ヘル」
アラベラは優雅に微笑んで橇から降りた。その後ろからズデンカも姿を現わした。
「では行きましょう」
「はい」
二人はエレメールに手をとられ会場に入る。その入口にはヴェルトナーとアデライーデが立っていた。
「ようこそ」
「先に来ていらしたのね」
「ええ、貴女の姿を見たくて」
アデライーデは娘に優しく微笑んでそう言った。
「今宵は楽しみなさい。この宴を」
「ええ」
アラベラも微笑み返した。そしてズデンカと共に中に入って行く。
「貴女がエスコートして」
「うん」
弟、いや妹に優しく声をかける。妹はそれを受けて姉の手をとる。そして二人は中に入って行った。
「では私達も」
「ああ」
アデライーデはヴェルトナーに手を差し出した。彼はそれを受けて妻の手を取った。そして二人も中に入って行った。
「まずは御前に会って欲しい人がいるんだ」
「さっき話しておられた方ですね」
「ああ、是非会ってくれ」
「喜んで」
アデライーデは夫に案内され舞踏会の端に来た。そこには彼がいた。
「こちらの方だ」
ヴェルトナーはマンドリーカを妻に紹介した。
「マンドリーカ伯爵だ。どの様な方かは先程話した通りだ」
「こちらの方ですね。あらこれは」
アデライーデは黙って挨拶をする彼を見て目を細めた。
「立派な方ですわね」
「お褒めに預かり光栄です」
見れば彼もタキシードに身を包んでいる。長身に黒と白の服がよく合っている。
「遠い場所から来られたそうで」
「はい、ですが遠いとは思いませんでした」
彼はアデライーデに答えた。
「あの方に会えるのですから」
その声は熱いものであった。
「お嬢様はどちらにおられるでしょうか」
「娘ですか」
ヴェルトナーとアデライーデは目を細めたままそれに応えた。
「あちらです」
そして手で指し示す。そこにはズデンカに付き添われたアラベラがいた。
「彼女ですか」
マンドリーカはその姿を見て思わず息を呑んだ。
「素晴らしい。写真で見るよりも遙かにお美しい」
「また大袈裟な」
「いえ、本当です」
彼は二人の言葉に首を横に振った。
「あれ程美しい方は本当に今まで見たことがありません」
「そうですか。お気に入れられましたかな」
「はい」
「では後はあの娘次第ですね」
「そうですね。果たして私を受け入れてくれるかどうか」
彼は俯いて言った。その顔に不安がよぎっていた。
「大丈夫ですよ」
そんな彼にアデライーデが励ましの言葉を贈った。
「貴方なら。ほら、気をしっかりと持たれて」
「は、はい」
そう言われてマンドリーカは少し戸惑った。だがすぐにその気になった。
「ではそこでお待ちになっていて下さい。私が娘を呼んで参りますから」
「わかりました」
アデライーデはアラベラの方へ歩いて行った。そして娘と何やら話をした。やがて彼女がこちらにやって来た。
「娘のアラベラです。そしてこちらは息子のズデンコ」
アデライーデはアラベラと彼女をエスコートしていたズデンカを紹介した。
「はじめまして」
アラベラは頭を下げる。マンドリーカもそれに対して返礼する。
「アラベラと申します」
「マンドリーカと申します」
二人はそれぞれ名乗った。それを見たヴェルトナーとアデライーデはズデンカを連れてそっとその場を離れた。そして二人だけとなった。
「あの」
先に口を開いたのはアラベラであった。
「どちらから参られたのでしょうか」
「はい」
マンドリーカはそれに対して答えた。
「深い森の中からです」
「森の中から」
「ええ。そこからこのウィーンに出て来ました」
「何故でしょうか」
「それは」
彼は顔を少し赤くさせた。迷った。だが思い切って言うことにした。
「実は・・・・・・」
だがここで思わぬ邪魔が入った。
「フロイライン」
黒い髪に豊かな頬髯をたくわえた男がやって来た。そしてアラベラに声をかけてきた。
「ドミニク伯爵」
アラベラは彼を見てその名を呼んだ。
「一緒に踊りませんか、このワルツを」
聴けば音楽の前奏がはじまっていた。会場にいる者はそれぞれパートナーを選んで踊ろうとしていた。
「申し訳ないですが」
アラベラは微笑んで彼に対して言った。
「今この方とお話しておりますので」
「左様ですか」
ドミニクはそれを受けて退いた。そしてまた二人に戻った。
「お話の続きを」
「はい」
マンドリーカは彼女の許しを得て再び口を開いた。
「御父上から聞いてはいないでしょうか」
「残念ながら彼女は首を横に振った」
「そうですか。それなら」
彼はそれを受けてまた口を開いた。
「では詳しくお話させて頂きます」
「はい」
アラベラは耳を澄ませた。そしてマンドリーカに顔を正対させた。
彼はその顔に心を奪われずにはいられなかった。だが気を取り直し言葉を発した。
「私には美しい妻がおりました。まるで天使の様な妻でした。ですが」
彼はここで悲しげな顔になった。
「彼女は私の側には二年しか留まってくれませんでした。私を一人残して天界へ旅立ってしまいました」
「それは気の毒です」
「私は長い間一人で悲しんでおりました。そんなある日一通の手紙が私のところに届けられました」
「手紙が」
「はい。それは貴女の御父上からの手紙でした」
「父が」
「そうです。そこには貴女の写真が添えられていました」
彼はここで言葉に溜息を少し含まさせずにはいられなかった。
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