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英雄伝説 零の軌跡 壁に挑む者たち

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4話

ランドルフ・オルランドは試しの儀式を終えてただ困惑していた。
中世暗黒時代より続く猟兵団赤い星座の団長の息子である自分は幼い頃から戦闘を繰り返し自ら手を下し指揮官として部下に命令して殺したこともある。
ずっとそうやって生きてきた一族伝統の生き方に疑問を持ったことはない。

だが、今回の指令が試しの儀式であったがためにわからなくなった。
ライバル猟兵団である西風の旅団の部隊を半分の数で倒せという指令は、実力が拮抗する部隊同士故に厳しいものだった。だが補給に利用する村を利用しての奇襲と陽動での分断、さらに地形を利用したさらなる分断と家屋を爆破することで部隊規模を多く見せ、どこから敵が来るのかわからない混乱を誘発し撤退するところを全火力で殲滅する。
作戦は完璧だった。戦闘地点が予想より村側に寄っていたこと以外は。

相手側も補給に立ち寄る寸前での奇襲のはずが市街戦に突入し村全体が戦場となり破壊してしまった。
馴染みの人々が全滅してしまったのである。
団の外で普通に生きている人々、それも同い年ぐらいの、団以外で初めて出来たダチだった。休暇になれば入り浸り遊ぶような、普通に夢もあるような、本当に普通の奴らだった。
それを根こそぎ奪ってしまったのだ。

今まで作戦であれば村を破壊した。民間人だって必要があれば殺した。
だが、必要もなく、しかも知人たちを殺したのだ。
作戦後に告げられた次期闘神に相応しいか試す儀式であったことで大陸最強の猟兵団の後継者という未来がそんなに、こんな普通の人たちの普通の生きる未来と比べてそんな凄い人生なのか。

(俺の未来とこいつらの未来、どんな違いがあるんだよ)

そんな思いが湧き出したのだ。
本来ならばなんてことのない戦場ではよくある誤差の範囲の被害。悩みにもならないしそんなものは戦場では不要だ。補給拠点も変えれば良い。このまま次期団長の座を確約されて一層仲間たちのためにも良い指揮官、戦士であるべきだ。
事実、団のみんなはランドルフを絶賛した。

「西風相手に見事な手並みでした。若」「さすがランドルフ隊長」「これで新しい団長の誕生だ」

みんなの期待が寄せられた。百戦錬磨の鬼のような奴らだが実に気の良い連中だ。
だからこそ死んだ村の人たちの、よく行く馴染みの店屋の若造の姿がこびりついて離れなかった。
これまでの生き方を肯定も否定もする気持ちもない。猟兵の生き方を否定するほど反発するわけでもなく、かといって修羅になりきるほど生き方を肯定出来ない中途半端な感覚があった。ただ何かがしっくり来ない。このままの生き方を続けても良いのかわからない。
そんな疑問を抱えてランドルフは猟兵団から脱走した。
七耀暦1202年、ランドルフ・オルランド19歳のことである。



「こんなもんでいいかランディ」

警備隊の詰め所であるベルガード門の駐車場で青髪の中年警備隊長ダグラスが今自らの棒術で叩きのめして膝を突く警備隊服の赤毛の青年ランディに向かっている。
お互いに息を切らして汗が噴出しながら棒状の武器を持ち先端には鉄製の刃とそれに衝撃波を生み出すだけの小型の導力発生装置が付属しているスタンハルバートという武器だ。

「旦那、もうちょっと頼んます。あと少しで完璧にモノに出来そうなんで」

ランディが言うとダグラスは笑って答えた。

「だろうな。この短期間で一番上達してるぞ。今じゃ俺の次ぐらいに上手いからな。飛ばされる前に一人前にしてやるわ!そらっ!」

巨漢のダグラスが両手でスタンハルバートを振り回し力と技でランディを追い詰めていく。
ランディも背が高いが相手に比べれば少し背が低く体も一回り小さい。力で来られれば追い詰められて間一髪攻撃捌いて時に隙を見つけては反撃し、しかしお互いに譲らない攻防一体の動きに見ている警備隊員たちから歓声が上がる。
特にハルバートの刃同士がぶつかればバチバチと火花が散る度に歓声が上がるのだ。

今使っているスタンハルバート自体は訓練用に刃の部分が潰されているので本来の威力より数段下がっているが、小型導力機が発生させるのは実戦使用と同様のもので、勢いをつけて振り回せばそれだけで致命傷を与えられる。
そして今戦っている二人は長期戦で導力を切らさないように打ち合っている時だけ導力を発生させており、その技量の高さが際立っていることがわかる。
そして火花が散った一瞬の攻防で生じた僅かな隙にダグラスはランディの腕にハルバートを叩き込む。
バチンという打撃音とそれを食らって呻いたランディの声に、ついに決まった、観戦している周囲の者たちがそう思った一瞬後、バチンっと同じ打撃音がして足に食らったダグラスが膝をついた。

「いてええぇな~、ダグラスの旦那、片手でその動きとか本気ですか?」
ハルバートで体を支え腕を押さえているランディが抗議した。

「お前も出力を最大にしてたじゃないか」

そう言いつつ立ち上がると何度か体を動かしてそれほどでもない様子のダグラス教官はランディを助け起こした。

「しかし食らうからって片腕を犠牲にするのは良くないぞ」

「旦那相手に普通にやれば読まれちまうから連携を組んだだけですよ。足は大丈夫っすか」

「訓練用で致命傷を食らうほど柔じゃねえよ。だが、本気で一本貰うのは久しぶりだ。よし、これでお前のハルバートの資格試験は終了だ。俺の最後の生徒が一番の優等生とはな。正式に警備隊員だ。ランディ・オルランド」

観戦してる警備隊員からちょっとした歓声が上がり、大汗を掻いている二人に飲み物とタオルが渡されると一緒に喜んでいた。

「これから正式な仲間だな。当てにさせてもらうぜランディ」「臨時で入った奴で残る奴は少ないからさ。残ってくれて嬉しいぜ」

皆が口々に賞賛していると金髪の女性が近付いて来た。

「でも、今日から正式な警備隊員なんですからね!今までのようなだらしない態度だとビシビシ行きますから」

「ミレイユ班長もお喜びだぜ」仲間の一人がはやし立てている。

「ちょっとそうじゃないでしょ。私は同期で同じ班のよしみで言ってあげてるの。もう、ランディも笑わない」

「いやあ、俺も警備隊の正式隊員だと思うと嬉しくてさ。みんなこれからもよろしく頼むぜ」



ランディ・オルランドはランドルフの愛称を本名だと偽って、クロスベル自治州警備隊に潜り込んでいた。
団から抜けた直後、大陸中を彷徨っていたが元猟兵という経歴から揉め事、荒事があれば食い扶持には困らなかった。そして面倒事が手に余れば去っていく。そんな生活をして放浪していた。
そんなランディがクロスベルに流れ着いたのは不戦条約締結直前の頃だった。
帝国、共和国の両国境で列車砲をクロスベル市に向け、軍事演習を繰り返しての恫喝行為でまさに開戦寸前という緊張状態が、カジノに入り浸っていた頃に傭兵でもやるつもりで警備隊の臨時隊員募集を知り志願したのだ。
採用基準がクロスベル市民で基礎訓練に耐えられれば採用という非常に低いものだったから即合格で臨時隊員となった。

「身元も調べないとか戦時とはいえ選考基準はどうなってるんだ」

国民軍が主流の各国では兵隊は身分や経歴も正確に把握出来るその国の国民、市民でなければならない。それは自国を守るという国防意識の高さが最初に必要とされるからである。

いきなり移民目的の身元不明の流れ者を軍隊に採用するなどどういう基準なんだ。俺が他国のスパイだったらどうするんだ。

その疑問は警備隊で生活することで自然と明らかになった。

警備隊とはクロスベル市外を警備する軍に準ずる組織だが軍ではないため個人携帯用武器はともかく通常の軍隊が持っている戦車や飛行艇、重火器すら持てないという貧弱さで規模に至っては一国の軍隊とは思えない人員しかおらず、それらを公開して、機械化された軍隊で攻められれば一蹴されると思われスパイを送り込む必要性すら感じなかったのだ。
警備隊の見るべきところは他国に劣らぬ個人携行装備ともしものために備えている高い錬度ぐらいのもので白兵戦をすれば手強いと思われたが、帝国、共和国と白兵戦のみで戦うのは戦争にもならないとわかる。

そして入隊基準が緩いのも元々移民の多いクロスベル自治州では州民権取得の審査がかなり緩く、居住して仕事して税金を納められればほとんど申請が通ってしまうぐらい緩い。
そのため州民権を取るために警備隊に入るものもいるので気にされず、また戦時に近かったこともあり軍ではないという体裁のためか経歴は不問。
しかも大貿易都市であるクロスベルには仕事がいくらでもあるため警備隊はまったく人気がなかったのだ。

この採用募集でさえ緊張状態にせめて人員を揃えたいという司令官の判断で今更素人を入れても足手纏いだろうというのに募集が掛けられたのだ。
だがこんな時期だからこそと思う者は多いようで志願者は多く、士気も高く一個年上のミレイユなどは座学も体力試験もトップ合格して昇進試験も合格して同期の出世頭になっていた。
とはいえ長く続いた緊張状態でもやることはやはり国境監視と有事に備えての訓練のみでランディたちは緊張感溢れる警備を続けていたが、それもリベール王国で締結された不戦条約によって一気に緩和、解消されることとなった。
このため臨時で入った者は希望者以外は予備役扱いでの退役することになったのだが、ランディは残る事を選択した。
クロスベル市とはバスで通えており、休みが必ずもらえ歓楽街は大陸でも屈指の豪華さで、何より規則正しい生活と訓練、たまの演習、あとは検問業務ぐらいで人を殺さずに済むという気楽さが非常に良かった。
緊張状態では大人しくしていた上層部のお偉いさんの無理難題がちょっと嫌になるがそれでも同じ戦場の空気を味わった仲間たちは良い奴らで共に暮らし働き、休みの日には一緒に歓楽街に乗り出して朝まで馬鹿騒ぎして帰る。そんな仲間たちとの日々をランディは実に気に入っていたのだ。
毎日命のやり取りをするために這いずりまわる煉獄と冥府の戦場よりも実に温い日常である。だがそれが心地良かった。

だがそんな生活も1年半が過ぎて完全にクロスベルが平和になると自粛されていた警備隊での演習が行われた。そこでちょっとした事件が起きたことで崩れることになる。
クロスベルはその政治的不安定さから大規模な演習が行えない。そのため小規模な魔獣退治や対テロの名目で軍事演習はしょっちゅう行われていたが、公開演習は珍しかった。
ランディもベルガード門の俊英としてミレイユの班で何度か参加して警備隊全体で評判を集めていたのだが、それが結果的に仇となった。
こういう時しかいない警備隊司令が綱紀を徹底させると言い出して警備隊員必須のライフルとハルバートによる模擬戦闘演習を命令したのだ。
今までライフルは下手だのなんだのと躱してきたが、評判を聞いていた警備隊司令は正式な警備隊員ならやれるはずだ、ハルバートがそれだけ出来るのにライフルが下手なのは不真面目だからだと無理強いしてきたのだ。
ランディにとってライフルは人殺しの道具であり染み付いた殺人術を無意識に出してしまうため、その記憶から遠ざかるためにも手に出来なかった。
そもそも接待やら備品納入の取引で賄賂を溜め込むのに忙しくいつもいない司令に綱紀粛正なんて言われたくはなかった。
班の仲間も司令を信頼していなかったのでランディのハルバートの上手さや行動力、指揮などを理由に擁護してくれたのだが、それも気に入らなかったようで一芸に秀でるからといって特別扱いは許さないとランディに厳命した。
それにランディも反発して結局ライフルを使わずに模擬演習は大活躍だった。
だが、それが原因で警備隊司令から解雇通知が言い渡された。理由は組織の秩序を乱す態度を見せ、特に上司に反抗的で命令無視が目立つ。また警備隊員の基準に満たない技量しか持たないために解雇とする。
今までまともに来たこともなかったのにあの程度のことでと誰もが思ったが抗議しようにもさっさと伝えるだけ伝えて門からいなくなった司令は捕まらず、ランディ自身もここまで目を付けられてはしょうがないと粛々と解雇を受け入れた。

「結局あそこで変な意地張らなくても良かったじゃないの?本当馬鹿なんだから」

ミレイユは熱心に解雇撤回に動いてくれ、ほかの警備隊の上層部に掛け合ったり上申したりしていたのだが、やはり覆すことは出来なかった。

「本当、トラウマでさ、ライフル撃っても当たらないから腕を見せるのが恥ずかしかったんだよ」

「最後なんだから茶化さないで。私たち良いチームだったじゃない。私の指揮をランディがフォローしてくれたり逆にランディの指揮で私がフォローしていろいろ学ばせて貰ったわ」

ミレイユ班はベルガード門の部隊のみならずクロスベル警備隊全体での演習成績はトップなのだ。全体としてはタングラム門には負けるが班としての成績は突出していた。

「俺もいろいろ感謝してる。最初から最後まで世話掛けちまったしさ」

ランディはミレイユに感謝しつつ笑って受け流して兵舎で荷物をまとめていた。兵舎暮らしで荷物といっても整理すれば袋一つに収まる程度でしかなかった。

(やっぱりいつか出ることを予想してたのかな。この2年、戦場で敵を求めて駆け回る殺気立った俺と平和な日常でへらへら笑って馬鹿騒ぎする俺。結局中途半端でどっちにも馴染めなかったな)

そう思っていると開きっぱなしの扉がノックされた。二人が目を向けると30代後半ぐらいの隙のない雰囲気を持つ警備隊服の女性が立っていた。

「ソーニャ副司令!」

ミレイユが驚いて直立して敬礼するとソーニャ副司令も敬礼で応じてランディを見た。

「ランディ・オルランドね。あなた辞めるんですってね?警察に行ってみない?新部署を立ち上げるために良い戦闘課員を欲しがってるの。ちょうどあなたならうってつけだと思って」

いきなり話を持ってきて、どう?という態度だったがどうせ行くところもないんでしょうという無言の圧力があった。
ランディたちが所属するクロスベル西側、帝国側を守るベルガード門とは反対、クロスベル東側、共和国方面を守るタングラム門のソーニャ副司令とは演習で何度か面識を持っていた。
門対抗の演習ではミレイユ班がどれだけ活躍しても勝ちきれなかったのは、この人の采配があったからだと、失礼ながら大した人材もいないと思ったクロスベル警備隊の上層部にも使える人はいるんだなと組織に対する認識を改めた人でもある。
よく部下を使い組織運営も考えており、カリスマもある。訓練とはいえあれだけ人を追い込む容赦のなさと勤勉さで警備隊の実質的な司令官だった。
個人的に信頼しても良いと感じており、この人が言うのだからそんなに悪いところではないだろうとは思うが。

「でも警察には良い噂は聞きませんよ?何をするところなんです?」

遊びに行ったクロスベル市ではあまり警察を見たことがない。飲み歩いていた時に喧嘩の仲裁をやっていたのを見たぐらいで、そもそもかなり治安が良いからというのもあるが、噂では司令みたいに買収されて犯罪を見逃してるとも聞く。

「何をやるつもりかはクロスベル警察本部で担当課長のセルゲイ・ロウに聞きなさい」

「まあ、行くところもないしそこで良いかな。働き口が見つかるのもラッキーだったし警備隊も警察もそう変わらないだろう。で、その部署はなんて名前なんです?」

「特務支援課よ」 
 

 
後書き
ランディって中途半端に生き様決められない奴だな。十分どこででも生きられるぐらい実力があるのに居場所に拘らないからさ。だから未来も決められない。
しかし外国人のランディが軍事組織に入れるって危ないよね。いろいろ理由があるのは思い付くけど。こういう緩い条件だからワジとか身元不明者も警察に入れたりするのよね。
ミレイユは一つ年上だし階級も一個上だから先輩っぽいのよね。で、優秀で仕切り屋で責任感も人一倍な彼女が世話してやろうとしたら素行不良な癖にリーダーシップもあり戦闘能力も難なく超えている年下の後輩のランディが気になってるという感じかな。なんとなく先輩後輩厳しそうな警備隊であの距離の近さから同期にしちゃったけど。
ミレイユは乗っ取られて強敵になったりレジスタンスやったりするからこれぐらい強くないとな。 
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