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マノン=レスコー

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第一幕その二


第一幕その二

「毛並みもいいし頭も顔もある」
「何かと恵まれてるよな」
「けれど恋は知らない」
 エドモンドは笑って述べた。その手にはワインがたたえられた杯がある。
「何時まで経ってもね。学問と息抜きだけの酒だけでいいらしい」
「またそれはストイックな」
「パリジャンらしくない。けしからん」
 仲間達は冗談めかしてそう述べる。
「何度も誘ったんだけれどね。けれども」
 エドモンドはまた言う。
「駄目だね。彼だけは」
「堅物なのね」
「そうさ」
 今度は娘達に答える。
「彼だけはね。おお、噂をすれば」
「僕のことを話していたの?」
 そこに青い上着に白いズボンの若者がやって来た。服は貴族のもので編み上げ靴にズボンは膝までのものであった。白いシャツは華麗な装飾が施されている。黒い髪の毛は伸ばされて後ろで束ねられている。鬘はしていない。
 丁寧に鬚が剃られた顔は端整で甘いマスクをしている。彫が深く黒い瞳には知性が感じられ気品も漂わせていた。彼がデ=グリューである。ソルボンヌの学生でありそこで哲学を学んでいる。代々学者の家の名門で騎士の爵位も持っている。
「まあね」
 エドモンドがそれに応える。
「否定はしないよ」
「そうだったんだ。それで僕の何を話していたのかな」
「いや、君が何時恋を知るかね」
 仲間の一人がチーズを摘みながら言ってきた。
「それについて話していたんだ」
「何だ、それだったら当分縁は無い話だね」
 彼は笑ってそう返してきた。
「悪いけれど」
「やっぱりそうか」
「果たして君が運命の相手に出会えるかどうか」
「賭けてみようかしら」
 若者達も娘達も口々に言う。楽しむ声であった。
「栗色か黄金色の髪をしていて薔薇色の唇を持つ女性」
 デ=グリューは仲間達に話しはじめた。
「星の様に輝くブロンドの娘さん。誰かが僕に運命を約束してくれるのか。それは誰にもわからない。若しかしたらそれは永遠に来ないかも知れない」
「悲観的だね」
「まだ何も知らないからね」
 デ=グリューは皆にそう返す。
「残念だけれど。じゃあまずは」
 席に着いた。そして一杯頼む。
「今日も楽しく酒を」
 笑って乾杯となる。皆集まって騒いでいる。
「さあ飲もう」
「踊りと乾杯、そして馬鹿騒ぎ」
 口々に言って飲み食いに入る。
「享楽の行列が夜の中でこそ。光彩の詩が今こそはじまるってね」
「さあ君も飲んで」
 皆がデ=グリューに酒を勧める。
「さあさあ」
「いや、もう飲んでるよ」
 見ればもう真っ赤な顔をしている。
「けれどこれからさらに」
「そう、飲もう」
 そう言い合って騒いでいると店の音で馬車が止まる音がした。誰かがそれを聞いてふと言った。
「アラスからの馬車だな」
「あれ、そんな時間か」
「ああ、誰かな」
 誰かが降りる音がする。それから店の中に若い背の高い男に連れられた美女がやって来た。すらりとして白銀と白のドレスに身を包んでいる。丸みを少し帯びた愛くるしい顔で黒い大きな瞳が印象的だ。銀色の髪を綺麗に上で纏めている。ロココ調の異様なまでに派手な髪型ではないがそれでも綺麗な形に纏めていた。
「さて、と」
 若い男は黒く質素な服を着ている。騒がしい店の中を慎重に見回している。そのうえでその美女に声をかけた。
「まずは一休みするか」
「はい、お兄様」
「兄妹か?」
「そうみたいだな」
 客達はそれを見て言い合う。
「ここがいい」
 そう言って二人で向かい合って店の端の席に座った。そして注文をする。
 
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