ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
After days
fall
《荒野》の王
四足歩行に違和感を感じないのは微弱なシステムアシストのお陰だった。動きの要所の絶妙なタイミングで僅かな外部からの力が加わるのを感じる。
「それにしてもすごいな。まるで自分で動かしているようにしか感じない」
背中の上でキリトが様々な動きを試している。
余談だが通常の動物とは違い、この世界のプレイヤー達である動物は通常では出来ない動きも多少可能なようだ。例えば俺が前足で背中を掻いたり、キリトが羽でものを挟んだりなどだ。今は羽を折り曲げて自分の羽をしげしげと眺めている。
「ん、あれか」
大小様々な形の建物が立ち並んでいる。が、やはり人影(?)はない。まるでゴーストタウンだ。
とその時、殺気を感じ、その場から飛び退く。
刹那、その場に大質量の巨体が降ってきた。
「なんだ!?」
「手荒な歓迎だな!」
土煙が晴れない内に中から獣が恐ろしいスピードで飛び出してくる。
「よっ……」
衝突寸前に最小限のサイドステップで攻撃をかわし、背後から強襲者に襲いかかった。
「………っ!!」
攻撃がいなされたことと、反撃を受けたことに動揺したのか、相手の動きは遅かった。山勘で首筋辺りに噛み付き、さらに捻り上げる。
が、次の瞬間、圧倒的力で俺は振りほどかれ、建物の壁に叩きつけられた。
「んのっ!?」
とどめとばかりに振り上げられた前足を寸前のところでかわし、一度距離を取る。
目につくのは金色のたてがみに太い足。瞳も金色だが、その顔の左には三本の傷跡が入っていた。
「ライオン、か。まぁ、サバンナも《荒野》っていえばそうか」
まさかの百獣の王が登場。しがない狼に勝ち目はあるのか?
「レイ、どうすんだよ」
「ああ?決まってんだろ。倒すんだよ。そうゆうゲームだろ?」
「……わかった。俺はどうすればいい?」
「気を引け」
それだけ伝えると、俺達は左右に散開して挟撃を試みる。
が、ライオンは烏のキリトには目もくれず、俺に真正面から対峙する。
(……馬鹿め)
俺はニヤリと笑うと急停止しする。ライオンは一瞬、面食らったように硬直したが、直ぐにキリトに向き直った。
「遅い!!」
キリトの羽がライオンの目を強かに打ち付け、その巨体が怯む。その隙に俺は今度は後ろ足に噛み付き、ライオンを地面に張り倒した。
「ぐおっ!?」
ライオンはしばらく暴れていたが、そのまま全体重をかけ押さえつけると、やがて言った。
「……降参だ」
「やれやれ、やっとか……」
後方に跳び去り、キリトが定位置の首辺りにとまると、俺は最低限の警戒を続けたまま立ち上がりつつあるライオンを見据えた。
「まずは非礼を侘びよう。ちょっとした『洗礼』だ」
「ちょっとした、ってレベルですか。えらいハードですね」
「あれぐらいでヘコたれていてはここではやっていけないからな。とにかく、君達は合格だ。私の名前は『トリスタン』。ようこそ《荒野》の集落『ドヴァー』へ」
____________________________________
トリスタンに連れられ、入った建物はこの集落の中で最も大きいものだった。
「WBOは毎日のようにアカウント数が増えている。が、《荒野》に新たな住人がやって来たのは実に1ヶ月ぶりだよ」
「それは、ネットで書かれていた《弱小》という……」
キリトがトリスタンにおずおずと訊ねると、彼はコクリ、と頷き話始めた。
「《荒野》は何も最初からこんな寂れていた訳ではない。第1回聖獣王決定戦を過ぎた辺りでは最大勢力だったのだ」
確かに、建物が幾つか建っていることからかつての繁栄は伺える。それが今ではどうなっているのだろうか。
「それが今や、このようなザマに成ってしまったのは、他でもない。私のせいなのだ」
俺達は息を飲んだ。先程までの雄々しい表情が、一気に寂寥を含んだ悲しみの表情に変化したからだ。
「第1回聖獣王決定戦。その初代王者は私だった」
「なるほど……どうりで」
あの強さはこの体の動かし方を熟知していなければならない。彼が聖獣王というのも納得のいくものだった。
「ところが、第2回大会。私は決勝にて敗北したのだ」
「な……!?」
キリトと俺が苦労してやっと勝てたこいつを負かしただと?
「聖獣王という者に敗北は許されい。同じ相手に一度の敗北で体に傷を刻まれ、2度目は聖獣王の資格を失い、二度とその栄冠を得ることは出来ない」
トリスタンの前足には先程までは無かった新たな傷があった。言うまでもなく、俺達に付けられた傷だ。
「私が敗北した事により、《荒野》は《弱小》のレッテルを貼られ、今や住人は10数名。皆、実力派ではあるのだが、絶対数で劣っているので肩身の狭い思いをしているのだ」
そこまで一気に話すと、トリスタンは藁を敷いた席に座り、俺達にも壁際のものを勧めてくる。
「なぁ、トリスタン。今日の大会は出るんだよな」
「……無論だ。やつ――ガノンとは決着をつけなければならん」
「ガノンってやつはどこに居るんだ?」
「《森林》の長だ。アバターはエゾヒグマ」
エゾヒグマは確か、体長2m以上の巨体に圧倒的なパワーを擁する獣だ。
「えっと、質問いいか?」
キリトが右の羽を挙げて唐突に切り出す。
「《聖獣王決定戦》っていうのは、同じ集落の《仲間》とも戦わなきゃならないのか?」
「もちろんそうなる。が、心配する事ではない。《聖獣王決定戦》の前提は集落ごとの《団体戦》だ。仲間とは敵の撃破数で争うことになる。故に競争は有れど、殺し合いになることは無い」
どうやらWBOは他のタイトルと違い、集団こそが個人証明になるそうだ。分かり易く言うと『やーやーやー、我こそは◯◯の□□なり!!』という昔の武士的な風潮があるということだ。
「必然的に、対決も様々な形式が採られる。『二匹一組』、『三匹一組』、『旗合戦』、そして花形競技とも言える『一騎打』。『旗合戦』は大将を1人決め、最大5匹で戦うものだ。大将を倒した時点で、戦闘は終了。聖獣王を目指すのならば、『旗合戦』に出場し、名声を得たいのならば『一騎打』に出場する、という訳だ」
「なるほど……」
情報収集のために大会に出るのはいいが、俺達がただ敵を倒しまくればいいかというと、そうでも無さそうだった。
「大会は今日の7時から。1時間前には出発するので、出るつもりならばそれまでに来てくれ」
「了解」
「分かった」
____________________________________
午後6時。あれから俺とキリトはフィールドに出て様々な動きやスキルを試した。途中で休憩を挟みつつ、大方の動きは不自由無く出来るようになっただろう。
時間通りに戻ってくると、先程までは閑散としていた広場に十数匹の影があった。
「ん?トリスタン、こいつらか?期待の新人というのは」
一際巨大な影、アフリカゾウが長い鼻で俺達を指しながらトリスタンに訊ねる。
「うむ。新人にしては中々筋が良い。二対一とはいえ、この私を倒したのだからな」
「へぇー。おっと、自己紹介がまだだったな。俺は《カーク》。専門はTM(スリーマーセル)だ」
「宜しくお願いします」
握手はなどはない。というか出来ない。これは仕方のない事だった。
次いで、カンガルーやラクダ、ダチョウ、ハゲタカ、はたまたモグラという面子と互いに挨拶を終えると、ちょうどその時、広場の中央に青白い光の柱が吹き出た。
「こっから会場に転移出来るんだ。開いているのはたったの10分だから速く行こう」
俺達の世話役に任命されたモグラの《ボッシュ》は俺の頭に乗っかっている。
大型動物が小型動物を運んでやるのは当たり前のことらしいので、俺は複雑な思いをしながらも、それを受け入れていた。ちなみに、カークは背中に五匹位乗っけている。
頭にボッシュが乗っているため、いつものようにやれやれ、と首を振ることが出来ず、代わりに深くため息をつくと、移動し始めた仲間を追って光の柱の中へ入っていった。
________________________________________
Sideセラ
様々な種族の妖精達が絶えず行き交う《イグドラシル・シティ》のメインストリート。その中心部である中央広場で最早、恒例となりつつある普段の光景があった。彼女の足下の赤いリメインライトは、今日で5人目の挑戦者だった。
「勝負ありです。また強くなったらお越しください」
漆黒の刀《ムラサメ》を腰の鞘に戻し、残り火に背を向けるとスタスタと歩き始める。
待ち合わせ時間まで後30分は有るが、これ以上野良試合に付き合ってられるほど、セラは暇では無かった。
始まりは自分やリーファに寄ってきた不埒なプレイヤーを斬り倒したことからだった。痴漢の撃退が度重なり、いつの間にか剣の腕に覚えのあるプレイヤー達が挑戦してくるという事態になっていた。
最初は呆れ果てるばかりだったが、次第に挑戦者達は腕を上げ、遂には《ムラサメ》を使う羽目になった。セラも次第にそれを真剣な勝負として認め、勇猛な挑戦者達を拒まなくなっていった。
「……とはいえ」
本日6人目の挑戦者が前に立ちはだかり、周りのギャラリーがどっと湧く。
「急いでいる時には遠慮願いたいものです」
歩を止めず、既に剣を構えている挑戦者に近づいていく。
――キンッ
勝敗は一瞬。映像処理すら追い付かず、ポリゴンすら置き去りにする神速の斬戟が相手の得物を破壊し、そのまま首まで斬り飛ばす。
クリティカルポイントをきれいに切り裂かれた相手はしばらく茫然とした後、派手なサウンドエフェクトと共に爆散した。
ギャラリーは数秒間の沈黙の後、再び歓声をあげた。
これ以上この場にいるとキリがない気がしたので、セラは羽を広げると空から目的地に向かった。
________________________________________
キリトとアスナが共同で借りているイグドラシル・シティの部屋。月額5000ユルドを払っているだけあってそこそこの広さがあり、何人かが集まっても狭さは感じなかった。
キリトとレイが出場する、別タイトルのゲームで今日の午後7時から開催される《聖獣王決定戦》。
今日この家にやって来たのはゲーム内でそれを観戦するためだ。何だかんだで時間を食い、セラがその場に到着したのは大会開催の10分前、集合時間を20分遅れた時間だった。
「すいません……遅れてしまって」
「大丈夫だよ~。まだ始まってないから」
心底申し訳なさそうに謝るセラにアスナがのほほんとした口調で応える。
「また絡まれてたの?」
「絡まれる、という表現は相手に失礼よ。向こうは力試しに挑んで来るんだから」
「どうだか……」
部屋の奥にいたリーファが半ば呆れたようにため息をつく。以前から思っていた事だが、沙良/セラは人の『劣情』に属するその手の視線に鈍感過ぎる。
沙良/セラは女の自分から見ても十分容姿の良い部類に入るだろう。
が、本人がそれを全くの無自覚なので、向けられる視線に対して若干の『不快感』を感じるだけで正確な意図を汲めていない。
最も、その意識を矯正することは出会って間もない頃に断念したのだが。
____________________________________________
Sideアスナ
セラが到着したので今日の《女子会》に参加するメンバーは全員揃った。
3人は並んでソファに座ると、南向きのガラス張りの窓を大型スクリーンに替える。
映し出されたのは別世界の光景。ちょうどプレイヤー達が入場しているらしく、映像はコロシアムのような場所を映し出していた。
奇しくも、それはかつて《黒の剣士》キリトと《神聖剣》ヒースクリフが相対した場所に酷似していた。
それはともかくとして、
「えっと、私達2人がどんな姿しているか知らないよ?」
「あ、そういえば……」
「まぁ、どうやら対戦形式のようですし、選手名で判断がつくのでは?」
「そうだね。2人共まさか名前までは変えないだろうし」
彼らのアバター名はある意味で、もう1つの名前だ。理由もなくそれを変える道理はない。
「あ、そうだ。ユイちゃん」
アスナが思い出したように娘の名前を呼ぶ。ソファの前の机の上で白い光が弾け、小妖精が現れる。
「もう!酷いです、ママ。ママかパパが呼んでくれないと私、出てこれないんですからね!」
「ご、ごめんねユイちゃん。……ところでその頭に付いている、ネコミミはどうしたの?」
ユイは頭にネコミミの付いたヘアバンドを付けていた。
「これですか?にぃに貰いました」
刹那、場が一瞬凍りついた。
「『観戦するんなら、気分から入れ』と、皆さんの分もあります」
ユイが手を振ると、人数分のヘアバンドが虚空から現れた。
「「……………」」
絶句する2人と、納得顔でヘアバンドを装着したセラ。結っていたポニーテールをほどき、長い髪を下ろす。
セラが選んだのは犬耳。仕様なのか、それはピクピク動いている。
残る2人はしばしヘアバンドを見つめた後、無言でそれを装着した。
後日、ユイが隠し撮りしたスクリーンショットの画像がALOに出回ったとか……。
3人はこの時、知る由も無い。
後書き
長期休暇なのに時間がない……。
極光の剣士が進まない……。
ページ上へ戻る