機動6課副部隊長の憂鬱な日々
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第105話:私たち、結婚します!(3)
俺となのはが年末年始の連休に入った翌日であり、今年最後の日であるこの日、
俺となのはは朝からバタバタしていた。
「なんで、昨日のうちに準備しとかないんだよ。お前はいっつも
そう言うところで抜けてるよな」
「だって、昨日は大掃除とかいろいろしなきゃいけなかったし・・・、
しょうがないの!」
俺に向かって言い返しながらも、なのははバッグに着替えやらなんやらを
着々と詰め込んでいく。
俺自身は、前日の夜にきちんと準備を終えていた。
「掃除は俺もやってたんだけどなあ・・・。
まあ、そんなことを言ってもしょうがないし、さっさと準備しようか。
手伝うことあるか?」
せわしなく動く背中に向かって尋ねると、なのはは振り向くこともなく
首を横に振る。
「荷物の準備は自分でやるから、朝ごはん作って」
「了解。何かご希望は?」
「手早く食べられるものがいいな。あと、片付けが楽なもの」
「わかった」
俺はなのはの背中に向かって返事をすると、寝室を出てキッチンへと向かう。
冷蔵庫を開けると、卵が数個とハムが1パック。あとは、使い残りの
野菜と牛乳が一本あるだけだった。
次に、キッチンラックの扉を開ける。
そこには開封されたシリアルとパンが置かれていた。
「サンドウィッチとシリアルがせいぜいだな、これじゃ」
俺は肩をすくめて一人ごちると、パンとシリアルを手に取って立ち上がる。
再び冷蔵庫を開け、ハムと卵、それに野菜をいくつか手に取り、冷蔵庫の
扉を閉めた。
それらの食材を使って淡々とサンドウィッチを作っていると、
トイレの方からペタペタと歩く足音が聞こえてきた。
足音は近付いてきて、キッチンの前でピタリと止まる。
「あれ?」
聞きなれた幼い声が俺の耳朶を打つ。
「今日はパパが朝ごはんを作るの?」
声のした方を見ると、首を傾げたヴィヴィオが俺の顔を見上げていた。
「そうだよ。ママはちょっと別の用事で忙しいからな」
「そうなの? じゃあ、ヴィヴィオはパパのお手伝いする!」
そう言ってヴィヴィオは両手を真上に上げた。
近頃、どうもヴィヴィオは ”お手伝いブーム”のようで、
何かというと、なのはや俺のお手伝いをしたがる。
昨日も、掃除のお手伝いをしたいと言っていたので、
いろいろ言いつけたのだが、頼んだ方としてはヒヤヒヤものだった。
そんなわけで、何かお手伝いをさせてやりたいとは思うのだが、
今朝はあいにく慌ただしい。
うっかり変なことを頼んで、大惨事・・・などという事態は避けたい。
そのような思惑もあって、俺は至極無難なお手伝いを頼むことにした。
「じゃあ、これをテーブルに持って行ってくれな」
俺はそう言って、ヴィヴィオにシリアルの箱を手渡す。
受け取ったヴィヴィオはニコッと笑って、大きく頷くとキッチンを出て行った。
その間に俺は、食器棚から割れない素材でできた小ぶりなボウルを3つ取り出す。
「おいてきたよ、パパ!」
仕事を無事に完遂したヴィヴィオがキッチンに戻ってくる。
その表情は心なしか誇らしげに見えた。
「じゃあ、今度はこれな」
そう言って、先ほど取り出した3つのボウルを手渡すと、
再びヴィヴィオはキッチンを後にした。
一人キッチンに残った俺は、サンドウィッチ作りに戻る。
だいたい作り終えてあとは切るだけとなったころ、ヴィヴィオが
キッチンに戻ってきた。
「おいてきたよ! ほかにお手伝いすることない?」
「そうだな・・・、あとちょっとで朝ごはんも作り終わるから、
テーブルに座って、ちょっと待っててくれな」
「うん・・・、わかった」
ヴィヴィオは残念そうな表情で頷くと、少し肩を落としてキッチンを後にする。
俺は、少し罪悪感を覚えつつも、気を取り直して仕上げにかかる。
大皿にカットしたサンドウィッチを並べると、大皿を抱えて食卓の方へ向かう。
ヴィヴィオに運んでもらったボウルとシリアルが並んだ食卓には、
ヴィヴィオが一人でぽつんと座り、退屈そうに足をぶらぶらさせていた。
「出来たぞー、ヴィヴィオ」
俺はヴィヴィオに向かって微笑みかけ、サンドウィッチの乗った大皿を
食卓の真ん中に置いた。
「おいしそう! 早く食べようよ、パパ」
「ママが来るのを待とうか。一緒に食べたいだろ?」
俺の言葉にヴィヴィオは両眼を瞬かせると、テーブルの上のサンドウィッチを
たっぷり、そしてじっくりと見つめてから俺の顔に目を向けた。
「・・・うん。先に食べちゃったら、ママと一緒に食べられないから
がまんする」
「ありがとうな、ヴィヴィオ」
ヴィヴィオは俺の言葉にこくんと頷くと、ニコッと笑った。
そのまましばらくなのはを待っていると、ヴィヴィオは退屈になってきたのか
宙に浮いた足をブラブラと揺らしはじめる。
「なあ、ヴィヴィオ。前に俺の実家に行ったろ?」
俺がそう話しかけると、ヴィヴィオは少し目を見開いて俺の方を見る。
「うん」
「あの時って、最初はものすごく緊張してただろ?
で、今日はママの実家に行くけど、今日も緊張してるか?」
俺の問いかけに対して、ヴィヴィオはきっぱりと首を横に振る。
「ぜんぜんドキドキしてないよ。エリーゼお姉ちゃんたちに会いに行ったときは
嫌われたりしないかなって怖かったけど、おじいちゃんもおばあちゃんも
エリーゼお姉ちゃんもヴィヴィオのことを大好きだよって言ってくれたし」
「そっか。ヴィヴィオは強い子だな」
俺は向かい側に座るヴィヴィオに手を伸ばすと、その頭をなでた。
「俺もヴィヴィオを見習わないとなぁ」
ヴィヴィオの頭をなでながらそう言うと、ヴィヴィオは不思議そうに
その首をわずかに傾ける。
「パパは怖いの?ママのパパやママに会うの」
「少しだけね」
「大丈夫だよ!だって、ヴィヴィオもママもパパのこと大好きだもん。
きっとママのママたちもパパのことを好きになってくれるよ」
ヴィヴィオはそう言うと俺に向かって笑いかける。
「そっか・・・、そうだよな。 ありがとうな、ヴィヴィオ」
「どういたしまして!」
その時、なのはとヴィヴィオの寝室の扉が勢いよく開いた。
「やっと終わった!」
そう言いながらなのはが寝室から出てきた。
その顔には疲労の色が見て取れる。
なのはは俺とヴィヴィオが座る食卓に近寄ってくると、
食卓の真ん中に置かれた大皿に乗るサンドウィッチを見つめる。
「あ、サンドウィッチだ。おいしそうだね。ね、ヴィヴィオ」
「うん。だから早くママも一緒に食べようよ」
「あ、待たせちゃったんだ。ゴメンね、2人とも」
「いいから早く座れって。俺はともかくヴィヴィオは腹すかせてるし」
「そだね。早く食べよっか」
なのはがヴィヴィオの隣に腰を下ろす。
俺はヴィヴィオが食卓に運んでくれたボウルにシリアルを入れると、
パックの牛乳を注いだ。
朝食を終えた俺達3人は、それぞれ自分の荷物を持って車に乗り込むと、
俺の運転で管理局の転送ポートへと向かった。
民間用の転送ポートでないのは、なのはの出身世界が管理外世界で
あることによる。
管理外世界との間の転送は、民間の転送ポートではできないからだ。
そんなわけで、俺は本局に行くのに使いなれたクラナガン市内の転送ポートへと
車を走らせる。
「なあ、ちゃんと申請は出したんだよな」
管理局の転送ポートを公務以外で使用するには許可が必要なので、
隣に座るなのはに確認をする。
「もちろん! 帰省するたびに申請してるんだからもう慣れっこだし、
安心してよ」
「ならいいけどさ・・・」
なのはは自信満々に胸を張るのだが、俺は内心の不安をぬぐい去れないまま
転送ポートに向かう。
駐車場に車をとめて転送ポートの建物に入ると、民間用の転送ポートとは違い
飾り気のない内装が俺達を出迎える。
3人で窓口に行くと、管理局の制服を着た係官が私服の俺達を
訝しげな表情で見る。
「なんです?」
冷たい口調で応対してくる係員にひるむことなく、
なのははにこやかな表情で係員に話しかける。
「古代遺物管理部所属の高町なのは1等空尉ですけど、
転送装置の利用申請を事前にしてたんですが・・・」
なのはが自分の階級を添えてそう言うと、係員の態度が豹変する。
「はい、了解しました。少々お待ちください」
丁寧な口調でそう言うと、係員は手元の端末を操作する。
少しして、係員が顔を上げて口をひらく。
「高町1尉。同行者の方はゲオルグ・シュミット3佐と高町ヴィヴィオさんで
間違いありませんね?」
「はい、間違いありません」
「わかりました。それでは、転送装置の方へどうぞ」
係員の言葉に従って転送装置の方へと足を向ける。
転送装置のそばには別の職員が立っている。
「高町なのは1尉とお連れ様ですね。すぐに転送に入りますので
装置の方へどうぞ」
「はい、わかりました」
職員の案内に従って、なのはが先頭を切って転送装置の方に歩いていく。
俺もヴィヴィオの手を引いてなのはに続く。
3人で一つの転送装置に乗り込むと係員が話しかけてくる。
「それでは、転送を開始します」
係員がそう言った瞬間、目の前が真っ白になった。
明るい光が徐々に弱まり、周囲の景色がだんだんとはっきり見えてくる。
転送シークエンスが完全に終了して、自分の周囲を見回すと
そこは芝生に覆われただだっ広い広場だった。
少し離れた所にはミッドでは見かけない様式の、大きな建物が見える。
「んーっ!着いたなぁー」
声のした方を見ると、なのはが両手を上にあげて伸びをしていた。
俺となのはの間に立っているヴィヴィオは見慣れない景色に
きょろきょろとあたりを見回している。
「なのはー!」
しばらく、その場に立っていると遠くの方からなのはを呼ぶ女性の声が
聞こえてくる。
声のした方を振り返ると、少しウェーブがかかった金髪の女性と黒髪の女性が
こちらに向けて手を振りながら小走り近づいてくる。
「あっ、アリサちゃーん。すずかちゃーん」
一方なのはも走り寄ってくる2人に向かって、大きく手を振りながら
走り寄っていく。
3人が抱き合って再会を喜んでいるのを、俺とヴィヴィオは
少し離れたところから眺める。
「ねえ、パパ。あの人達は誰なのかな?」
「多分ママの友達なんだろうね。俺は知らないけどさ」
「・・・ちょっとさみしいよね」
「まあ、そう言うなって。ママだって久々に友達と会えば、
はしゃぎたくもなるよ」
「・・・うん」
なのはの方をじっと見ながら小さく頷いたヴィヴィオの頭に手を乗せて、
ぐりぐりとなでつけると、ヴィヴィオはくすぐったそうに身をよじる。
が、その顔には微笑が浮かんでいた。
しばらくすると、なのはがこちらの方を向いて、俺とヴィヴィオのことを
2人の女性に紹介しているのか、俺たち2人の方を指す。
すると、なのはと2人の女性が俺たちの方に向かって
ゆっくりと歩いてくる。
3人の表情が見える距離まで近づいてくると、同時に話し声も聞こえてきた。
「ちょっと、なのは! いつの間に子供なんか産んだのよ!」
「アリサちゃん。さっきも言ったけど、ヴィヴィオは養子だから」
なのははアリサと呼ばれた金髪の女性がヒートアップしているのを
なだめるように話しかけている。
その隣では、黒髪の女性が穏やかな笑みを浮かべて2人の会話を聞いている。
やがて、3人が俺とヴィヴィオの前まで来て立ち止まる。
アリサと呼ばれる女性は俺を訝しげに見つめている。
一方、黒髪の女性は微笑を浮かべてヴィヴィオを見ていた。
なのはが2人の女性と俺とヴィヴィオの間に立ち、それぞれの方をちらと見ると
女性たちの方に向き直り、口を開いた。
「じゃあ、改めて紹介するね。こちらがゲオルグくん。私の同僚だよ。
で、この子がヴィヴィオ。私の養子なの」
そこで言葉を切ると、なのはがクルリと俺たちの方に振り返る。
「で、この2人が私の子供のころからの友達で、アリサちゃんと
すずかちゃんだよ」
なのはがそれぞれの紹介を終えて一歩下がると、すずかさんが
俺に向かって手を差し出してきた。
「月村すずかです。よろしくお願いしますね、ゲオルグさん」
優しげな笑みを浮かべるすずかさんの手を握る。
「こちらこそよろしくお願いします。ゲオルグ・シュミットです」
お互いに軽く頭を下げて手を離すと、俺はすずかさんの隣で
不機嫌そうに立っているアリサさんに向かって手を差し出した。
「アリサさんも、よろしくおねがいします」
「・・・アリサ・バニングスよ」
アリサさんは不機嫌な表情を崩すことなく、俺の手を握った。
そんなアリサさんに向かって、すずかさんが声をかける。
「アリサちゃん。ゲオルグさんはなのはちゃんの旦那さんになる人なんだよ。
仲良くしたほうがいいと思うな」
「判ってるわよ。別にゲオルグが気に入らないってわけじゃなくて、
なのはに結婚で先を越されたのが・・・ね」
アリサさんはそう言って軽く唇をかんだ。
すずかさんはそんなアリサさんの様子を見て、にっこりと笑う。
「その気持ちは判るよ、アリサちゃん。わたしもなのはちゃんに結婚で
先を越されるとは思ってなかったもの」
「でしょ!? まさかなのはに男ができるなんて思いもしなかったもん」
「ちょっと! 2人ともそんな風に思ってたの!?」
すずかさんとアリサさんの会話を黙って聞いていたなのはが、
不満そうに唇を尖らせて割り込んでいく。
「だって、なのはちゃん、中学のころもしょっちゅう仕事で学校を休んでたし、
男の子にも興味なさそうだったもの」
すずかさんのあとにアリサさんも続く。
「そうよね。そんななのはに先を越されたら、さすがに悔しいわよ」
小さいころからの友達2人からの言われように、なのはは頬を膨らませる。
「でもね、そんななのはちゃんが婚約者さんとかわいい子供を連れて
帰ってきてくれてうれしいよ」
「そうね。あたしもうれしいわよ」
「2人とも・・・ありがと」
すずかさんとアリサさんの言葉になのはは涙ぐむ。
なのはのそんな様子につられたのか、すずかさんもアリサさんも瞳を潤ませる。
「ママ・・・いたいの?」
なのはの瞳からこぼれ落ちた涙を見たのか、ヴィヴィオが心配そうに
なのはの袖を引く。
「ヴィヴィオ・・・違うの。うれしいんだよ」
なのはは満面の笑みを浮かべて、ヴィヴィオの頭をそっとなでる。
そんななのはとヴィヴィオの様子をすずかさんとアリサさんが、
優しげに笑みを浮かべて見つめていた。
「ヴィヴィオちゃんはママ思いのいい子だね」
「そうね。なのはは幸せ者だわ」
アリサさんはそう言うと、ヴィヴィオの前にかがむ。
「ヴィヴィオ。なのはのことを大切にしてね」
アリサさんがそう言うと、ヴィヴィオはじっとアリサさんの目を見つめた後、
大きく頷いた。
アリサさんは、そんなヴィヴィオの頭をポンポンと軽くたたくと、
おもむろに立ち上がって、俺の方に顔を向ける。
「さすがに初対面でさっきの挨拶はないわよね。改めてよろしく」
そう言ってアリサさんは俺に向かって右手を差し出した。
俺はアリサさんの手を握ると、アリサさんに向かって笑いかける。
「こちらこそ、よろしく。アリサさん」
「アリサでいいわよ。あたしもゲオルグって呼ぶし」
「了解。アリサ」
俺の返事に満足したように笑みを浮かべたアリサは、
急に真剣な表情になった。
「それはそうと、なのはをちゃんと幸せにしてくれないと許さないわよ」
アリサの言葉につられたのか、すずかさんも俺の方に顔を向ける。
「わたしもそれはお願いしたいな。なのはちゃんはわたし達の
大事な親友だもん」
「それは安心してくれていいよ。なのはのことは絶対に幸せにする。
約束するよ」
アリサは俺の言葉の真偽を見極めようとするかのように、
力強い眼を俺に向ける。
しばらくして、満足したのかアリサはフッと表情を緩めた。
「信用することにするわ。頼んだわよ」
俺がアリサの言葉に頷くと、アリサも満足げに頷いた。
「ゲオルグくん。そろそろ、ウチに行かないと」
さっきまで涙ぐんでいたなのはが、きちんと涙を拭いて
なのはの実家への移動を促す。
「そうか。じゃあ、そろそろ行くか」
「うん。じゃあ、アリサちゃん、すずかちゃん。またね」
「うん。またね、なのはちゃん」
「なのは。初詣には行くの?」
「うん。そのつもりだよ」
「そう。じゃあ、また明日ね」
「うん。また明日」
俺となのはとヴィヴィオはアリサやすずかさんと手を振り合って別れると、
なのはの後に続いて、なのはの実家に向かって歩き始めた。
「なあ、ハツモウデってなんだ?」
「えっとね、明日は一年の初めの日でしょ。
その日に、神様にお参りしに行くのを初詣っていうんだよ」
「へぇ。そんな風習があるんだ」
「うん。お正月はいろいろ特別なことがあるからね」
そんな他愛無い会話をしながら歩いて行くと、住宅街の中に入っていく。
「住宅街の雰囲気はミッドとそんなに変わんないな」
「そうかもね。都心の雰囲気はずいぶん違うけどね」
さらに5分ほど歩いたところで、なのはの足が止まった。
そこは小さな喫茶店の前だった。
「さ、着いたよ」
「は?何言ってんだよ。喫茶店の前だぞ」
俺がそう言うと、なのはは不思議そうに首を傾げる。
「え? ここがわたしの実家だよ」
そう言ってなのはが指差した喫茶店の看板には”翠屋”と書かれていた。
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