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不可能男との約束

作者:悪役
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覚めない思い

 
前書き
己を語って、浸る

己を語るということは、他者も語るということだ

配点(謎?)
 

 

武蔵が派手なドリフトをかけている中、輸送艦の連中は左舷後部に避難しているのだが、俺達の勢いは止まらない。

「おいおい、どうしたもんかなぁ……おい、正純。どうなると思うよ?」

聞いてみたが、返事が返ってこない事にどうしたと思えば、正純は艦にへばりついて身動きできない感じになっている。

「……正純。もう少し、ちゃんとしろよ。仮にも俺と同じ権限だろうが」

「……あ、あ!? 私はお前みたいに、こんな横Gやら、何やらが凄い中で仁王立ちできるお前ほど! 人間止めてないんだよ!」

最近、このヅカは中々言うようになってきやがったな、とある意味感心するが、ここまで簡単に武蔵に染め上げられる正純を見ると少し、将来が心配になってくるが、気にしても仕方がない。
もう、手遅れだし。

「おい、ネイト。言ってやれ。俺達は戦闘が仕事だが、人間を止めることは仕事じゃねぇって事を……」

逆側に立っていたネイトは銀鎖で必死に自分を支えようと縛っていたので、こりゃあ同じかね、とどうでもよくなってきた。馬鹿は転がっているし。
バランスには多少、自信があるが喜美や最近で言うなら宗茂程じゃないから、別に自慢にもなりゃしねぇ。
現に、多少、剣を地面に刺して支えているくらいだし。

「と言っても……ちょっと回頭する距離が足りてねぇ気がするが……」

そうは言っても、さっきから緩衝制御込みでも武蔵全体がギシギシいっている状態である。
速度を落とせば、艦の傾きで英国に激突する。
かと言って、俺たちが何か出来るかっていえば、当然出来ることはほとんどない。機関部のおっさん達や、"武蔵"さん達に任せるしか手段がない。
こういった事は、匠の出番だろうと、慣れてきたドリフトのバランスを取りながら思い

「……あん?」

強烈な、何か、違和感みたいな感じを得た。
何故か知らないが、西の空を見てしまう。そこには別に何もない。こんなドリフト中だから、空は一気に過ぎていくが、故におかしなところはないはず。

「……?」

感じが悪い。
何故か、そっちにばっかり意識が向いてしまう。迫っている英国すら気にしなくなってしまう。
だから、逆に自分がそっちに意識を向ける理由はなんだと自分に問う。そこまで、思い───一気に背筋が震えた。
警告を発しようと考えるが、頭の計算では絶対に間に合わないと出てしまい、ちっ、と大きく舌打ちをする結果になる。






第四階層の西岸の白い砂浜の上に立っている緑色のフード付き長衣を着、足には鉄杭の鎖がついた足枷を嵌めている、有体に言えばおかしな恰好をした者。"傷有り(スカード)"が、不可思議……というよりは違和感を感じる音を聞き、改めて急接近しつつある武蔵の方を見る。
接近速度と距離を計算すれば、正直、かなり危険としか言いようがないし、海は武蔵のドリフトのせいで荒れに荒れまくっている。
そういった部分は、自分の精霊術で収めたからいいのだが、危険なことには変わりはない。
とは言っても、流石に他国の者に、それらを突っかかるのもおかしいだろうと思うし、相手も必至であるというのは理解できているので、わざわざ口に出して言うことではないのだが

「……ミルトン。さっきから、何か妙な音がしないか?」

「妙な音……ですかな?」

ミルトンと呼ばれた相手は烏であった。
それも、三本足であり、紺色の学生服を着た烏である。
その烏は"傷有り"からの疑問に、耳を今まで以上に澄ますが、鳥類として風には詳しい自分でも違和を感じるような音は、それこそ武蔵周辺くらいしか聞こえない。
だが、そこで更に念の為に他に何か音が聞こえないか、集中して耳を澄ますが、やはり何も聞こえない。

「風に詳しい私めにも、おかしな音は聞こえませんな。言い方はよろしくありませんが"傷有り"様の心配性の為に、多少、聞き違えをしているのでは?」

「Jug.ミルトンにも聞こえないとなると、そうかもしれんな」

そこまで答えて、最後にそういえば、という言葉を付け足す。

「子供達がお前に対してしたい事があるらしいぞ?」

「ふむ? それはこの男ミルトンに今までの感謝を込めてという素晴らしい感動イベントでありますかな? 成程……ならば、逆にその感謝を受け入れないというのは失礼でありますな!」

ああ、と"傷有り"は相槌を入れ

「ミルトンは他のカラスと何か違うから、味も違うかなーーという事らしい───どうしたミルトン? いきなり忙しなく羽の調子など見て。長距離飛行の予定でもあるのか?」

突然のミルトンの奇態を不思議に思い、そして笑っていると、ふと、空に武蔵以外のものが映った。
それは何だろうかという疑問に答える前に、頭が答えを出す。
砲撃だ。
武蔵の向こう側から、白の直線軌道を軌跡にしながら武蔵に向かっている。

「馬鹿な……!」

余りにもおかしな事態に体の動きが停止してしまい、疑問に体が支配される。

「"傷有り"様!」

そこをミルトンが大声を上げて、こちらを気付かせてくれたので、はっ、としながら内心でミルトンに礼を言う。

「対艦用の低速弾だと……!? 大型艦でなければ速度を確保できないような物だぞ!?」

なのに、それを撃ち出した艦隊の姿は肉眼に移っていない。
となると答えは

「ステルス航行できる敵艦が、英国近海まで来ていたということなのか!?」

ぞっとする。
自分の力を過信するわけではないが、世界の異常に気付く事については、結構、敏感なほうだと思っていたが、そんな自分も気付かないステルス艦がこんな近くまで、そして、弾を撃っているのである。
酷い言い方ではあるが、これが自分達の村ではなく武蔵に撃たれていてよかったと思ってしまう。
そうでなければ、今、目の前の武蔵野左舷側から起きているような爆発が自分たちに降りかかっていたのであろう。




ガクンと武蔵に住んでいる全住民が視界が揺れる擬音を聞く。
ステルス艦による奇襲を、武蔵は二つの事態が重なったせいで、防ぐことができなかった。
重力航行によって、各艦長権限の大半が"武蔵"に移行されており、尚且つ、自動人形はありとあらゆる情報を均等に整理するせいで、奇襲に弱いということ。
それ故に、常緑障壁は当然間に合わずに諸に武蔵野左舷一番艦と二番艦に被弾。
破壊の圧力が広がっていくのを、武蔵住民は見るのではなく、振動によって感じる。
外壁、内殻、装甲版、流体送熱管、循環系など、全てが砕かれ、空と海にぶちまけられる様を見せられ、耐ショック体勢をとっている住民全員が息を呑む。
だが、こうも思った。
もう、これ以上被害が広がる心配はない、と。
これだけでさえ、かなりのダメージがあったのだし、見切れてはいないとはいえ敵がいると理解している自分達にもう一度攻撃を放つような危険行為はしないだろうと。
故に

『英国側の第一階層アングリアから流体反応を確認! 出力照合による確認から本土防衛用術式剣・王賜剣二型(E.X.カリバーン)と確認! 皆様、耐衝撃体勢を至急に!───以上』

続く警告は絶望を無理矢理生み出させるものであった。




空に走る光は流体による光の斬撃砲弾。
スケールの大きさは、ある意味で武蔵レベルにおかしいと誰もが思った。誰も王賜剣二型の実物などを見たことがあるわけではないが、使っている人物はエリザベス。
人間と妖精のハーフではあるが、その姿かたちは人間のそれである。つまり、剣の形も人間サイズであるはずなのである。
なのに、振われた力は形状は幅二十メートル、厚み二メートルもあるブレードである。
大罪武装も含め、威力やスケールが違う能力や術式、武装は確かに、この世界にはたくさんがあるが度肝を抜かれることは確かである。
そして、最も異常なのはその長さである。
英国中心部から、武蔵まで軽く見積もっても直線距離でまだ十キロ以上はある。その長さを軽く突破して、光剣は空間を切り裂く。
そして、その光剣が行く先には砲弾がある。さっき、武蔵を狙っていた三発の砲弾の一つ。
当たらずに、武蔵野上空を通り過ぎ、つまり、英国にあわや当たるかもしれないとされた砲弾。
それを音もなく、本当に普通に斬り裂く。規模と剣の由来を考えれば当然の結果故に、そのことについては何も驚かない。
驚く事実はその後だ。
王賜剣二型について、多少の知識を知っていた浅間がぼんやりと呟く。

「英国の守りの象徴の剣……王賜剣二型の一撃は、斬る対象を切り開くもの……」

剣神が操る剣とは、ある意味で真逆の属性。
切れ味だけで言うなら、格の割には恐らく悪いものである。逆に剣神の剣は切れ過ぎるのが玉に瑕なのだが。
だが、王賜剣二型の真価は斬ることではない。
むしろ、斬ることなど二次的な効果である。王賜剣二型は先も言ったように英国の守りの象徴。
斬ることではなく、守護する事が存在意義。
それ故に、王賜剣二型は己の国を侵略しようとする輩を一つたりとも許しはしない。一度振えば敵の存在、攻撃、防御を薙ぎ払うという理想を体現した妖精女王の剣。
それ故に、英国には近づかせないという理念の元に、剣から生まれた莫大量の衝撃波によって全て切り飛ばされた。
例外はない。
砲弾の残骸はおろか、武蔵すらも吹き飛ばす大気の津波が武蔵に一気に襲い掛かった。




「かー、こりゃ、やられたわな」

輸送艦にいる熱田はある意味感心した口調でつぶやく。
武蔵レベルの物でなくては、沈んでいなければおかしい攻撃をバンバン受けてきたのである。
極めつけに聖剣の一撃というのはロマンが効いていると思うが、問題はそこではない。
先の一撃に対して、"武蔵"さんはどうやら、旋回のために後方へと送っていた左舷艦群の高度を下げ、右受けからくる爆圧に、右舷艦群を前上側に出すことで横転をしないように堪える体勢を作って、衝撃に対しての体勢を整えていた。
横転を封じるという一点のみは正しく、成功したと言っていい。
問題は

「……」

自分達の輸送艦を率いている牽引帯の一本が、断裂している。
何故この一本だけ、断裂しているのやらと思ったが、よくよく考えれば立花・誾の一撃がそういえば一発だけ入っていたなと思いだした。
お蔭で輸送艦は牽引帯に引っ張られて、高尾表層部に激突しそうになる始末。
最早、方法は一つしかない。

「おい、馬鹿」

「あ!? 何だよ、親友!? 俺は、今、人生最長のごろごろローリング俺の記録を更新中なんだぜ!? 邪魔すると記録が途絶がっ!」

命も途絶えさせてやろうかと思わず思ってしまいそうになっちまうが、無視して首根っこを掴み、そのまま輸送艦の右舷側に放り投げ、そのまま縁を超える。
全員の視線が驚きに染まる。
まだ、浮遊して落下する時間がある数秒で、語ることだけ語っておこう。

「こっちにてめぇがいても何の役にも立てねえから、てめぇはそっちで腹括っとけ。まぁ、智が怒らないようにしとけ」

「───!」

この野郎という台詞を作ろうとしてその前に落ちていく馬鹿。
一瞬、物凄いすっきりした感覚が生まれてしまったが、そこら辺は、今は置いとこう。とりあえず、周りの驚いた顔をしている馬鹿達を何とかしてやらねばなるまい。

「───二代。お前はとっとと逆舷の牽引帯をぶった斬れ。遠慮はいらねえ」

「……! Jud.!」

「他の馬鹿どもは、慣性含みで、ぶらんこになるような感覚を得るだろうから、自分で衝撃に備えろ!! 解ったら返事しやがれ!」

「───Jud.!」

全員がようやく正気に戻ったような顔で、再び何かにしがみついたのを見て、はっと息をつく。
自分でやっておいてなんだが、やっぱり、こういう率いる系は俺には苦手だ。
それこそ、そういうのはトーリか、ネシンバラとか正純の方が性に合っているのだろうと思うが、非常時ゆえにこんなものだろう。
こういうのは覇を唱えたトーリが上手くなってくれよなぁと、他の教導院なら思うのだろうが、無能が選出される武蔵なのだから、これが当たり前だ。
やれやれと思いつつ、体のバランス感覚に意識の網を広げながら

「───結べ、蜻蛉切!」

武蔵から無理矢理離され、慣性含みによる宣言通りのぶらんこのようなスイング感覚を自分たちが得るという得難い感覚を得る。




そして、ハイスイングされる輸送艦上のメンバー全員が騒然とするどころの最中ではないのだが、嫌な事実に気づいてしまったのは、やはりというか役職付のメンバーであった。

「……! あ、あの副長! 私の眼がおかしい事を非常に願いたいのですが……!」

「安心しろ、既に脳がおかしいから付属である目も十分おかがはっ!」

「馬鹿は放っといて、今、偶然ちらりと見えてしまったんだが、眼下の海岸に子供達がいるぞ! しかも、嫌な偶然なことに私達の落下予想地点に!」

「意外とセージュン、余裕だね!」

「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお! 幼女ですよ幼女! こんな事態ですが思わず、小生眠れるや誠意が目覚める興奮を覚えてしまいましたよ! おっと、いけない! そんないけない野生はめっ! です小生。こ、このままではいけないので熱田君! 剣神というとんでもなんだから自分で艦をぶった斬って、あの幼女を生かして死んでください! というか、幼女以外は死んでも結構!」

幼女以外である御広敷を近くにいる全員が殴ることで対処する中、とりあえず、全員がこれは不味いと呻く。

「いい方法を思いついた……頑丈副長をあの子たちの盾にするのが一番だろ」

「いや、ここはあの忍者を人身御供にして、子供たちだけでもという感動ドラマを制作するのがベストに決まっているだろうが」

「……もしかしたら、ここで姫がいきなり起き上がって何ですか、うるさいですね。また熱田様ですか。では、うるさいので騒ぎの原因を自分で斬ってくださいとか言うかもしれないわよ……」

「もっと、すごい未来を考えてみろ想像力貧困共め……股間撃滅巫女がもしかしたら、こんな脅威を撃滅してくれるかもしれないじゃないか!?」

どいつもこいつも他力本願な未来に頼っているみたいで結構だと、特に話題に挙げられた二人がひくひくと口を動かす。
どうでもいいが、最後のに頼ると結果は自殺ではないだろうかとは思わなくもない。
どうでもいい事に意識を集中していることによって、地面に近づいていることに今更気づく。

「ちっ……やるっきゃねえな……おい、馬鹿共! あの子供を絶対に救える案とそれを出来ると断言できる奴! ───何とかしてこい」

そこに副長からの無茶無理無謀な要求に

「───では、私が行きます」

武蔵の騎士が挙手する。
そこに、熱田が視線をネイトに集中する。

「お前一人じゃ無理だ」

冷静であり、冷徹な判断。
副長としてのただの当然の結果を第五特務に突きつける。だが、事実であることは認めているのであろう、ネイトもええ、と素直に答えている。
確かにその通りだ。
ネイト・ミトツダイラの能力では、この状況を何とかするには能力の相性がそこまで良くない。
良くないからこそ

「故に、二代。貴女も一緒に来ていただけませんか?」

「むっ……? 来る不祥事に対しての予約解釈で御座るか? 残念ながら拙者、斬首については蜻蛉切の割断の方がやりやすいと思うので、ある意味神格武装任せになるで御座るが、宜しいか?」

「ホライゾンの侍らしい台詞をどうも……」

思わず全員状況を無視して俯いてしまうが、何とか気力で持ち直し、ネイトが顔を上げる。

「武蔵にいる直政から素晴らしい忠告を頂きましたので実践しましょう。上手くいくかは私達次第ですが───」

「出来る出来ないは事前に語るものではなく、事後に決めるもので御座る」

その潔さに、思わず苦笑するネイト。
成程、確かに彼女はホライゾンの侍に相応しい存在かもしれない。今はまだ、ホライゾンは迷ってはいるが、吹っ切れたら案外似た者主従かもしれない、と。
なら、自分と我が王はどうなんでしょうね、と思っていると二代がこちらに振り返っていることに気付く。
その顔を見て、ああ、と現実に振り返り苦笑を微笑に変える。
そんな彼女に表示枠を飛ばして、これから何をするのかを簡易的に説明する。
それを確認し、そして、この現場にいる最高責任者である正純と副長の方を見る。正純は直ぐに頷きを返し、彼は

「行ってこい」

簡潔な言葉で送り出してくれたので、迷わず艦橋側に向かい、走り、艦内を目指す。

「上手くやって、私と貴方の君主の笑顔を作りましょう、二代」

それこそが

「私達、騎士と侍の最大の報酬ですわ……!」





「結べ───蜻蛉切」

その一言によって海が割られ、海面が見える。
そして、海面が見ることが出来たということは、すなわちそこにいる魚類がぴちぴち動き回っているということで、結果として男衆が全員血走った顔で割れた海面に駆け降りた。
わぁ! という音が響く喧騒の中、本多・正純とネイト・ミトツダイラと点蔵・クロスユナイトはタイムスリップした原始人を見るかのような気持ちを持ってその光景から他人の振りを全力でしていた。

「おい、見ろ、ミトツダイラ……何故か男共は石器を利用した槍を使って魚を狩っているぞ。ここは、何時から石器時代にタイムスリップしたんだ……?」

「それよりも貴方の幼馴染が現人神のように祭り上げられているのは無視していいですの? 正直、そろそろ新たな宗教を生み出して宗教戦争が勃発してしまいそうな勢いに見えますわ」

「その場合、間違いなく唯一神で御座ろうな……どう見ても、救済の戒律は生まれる要素がない気がするで御座るが……」

とりあえず、武蔵と合流したら、ここにいるメンバーには文化をもう一度理解させなければいけないであろう。
このまま行けば、猿にまで知能が戻りかねないで御座るなと点蔵は本気でそう思った。

……というか、一部は既に危険領域を突破して原初の自分に先祖返りしている者も……。

洗脳というのは恐ろしいもので御座ると深く思う。
絶対に自分だけは真っ当な人間でい続けたいものであると心の中で誓う。生きるという事は壮絶な人生を歩むことで御座るなぁ……。

「ともあれ。無事にこうして生きているだけで感謝するところか」

「でも、今頃、武蔵の方は大変……ですわよね?」

「最後の方に自信を無くすのはどうかと思うで御座るよ?」

自分も言ったら同じようになる気がするのを棚に上げるが。
だが、まぁ、普通に考えればどっちの意見も正しい評価であると点蔵も同意する。
何せ、この輸送艦が落ちても、人的被害がゼロで済んだのか、奇跡と言ってもいい評価である。流石に怪我人は避けれなかったが、致命的な傷を受けているものもいなかった。
その代わりに、自分達はまだ帰還することを英国から許されていない。
実質の人質状態で御座るなと思う。価値としては十分にある人質である。何せ、こちらには副会長に副長、副長補佐、第一特務、第三特務、第五特務とまぁ、武蔵から戦力と交渉役をほぼ奪い取れたのだから。
嫌なもしもだが、もし今、武蔵が襲撃されたら武蔵には戦える人材がいないので、端的に言えば非常に不味いことにしかならないだろう。
あっちには全裸と姉好きとネタ魔女とキチガイ小説家と金好き商売人しかいない。

……武蔵、大丈夫で御座るか……!?

残っている普通の学生も思えば変態の姉とズドン巫女と労働者である。
積んだと思わず叫びたくなる言葉を必死に止める。問題が平常時からあったので、危険時に膨らむことに気付かないとは……!
まぁ、ここで気にしても意味がないのだが。

「あっちには私や熱田がいないから交渉が余り進んでいないだろうしな……まぁ、それも残り数日か」

「やはり、副会長と副長不在は色々と厳しいで御座るよなぁ……トーリ殿は当てにならんし、シロジロ殿とハイディ殿は……当てにしたら後が怖いで御座るし……」

「後はネシンバラくら……」

い、と言おうとしたところで紡ごうとした声を無理矢理に納めたミトツダイラ殿には聞いていない振りをする。
途中で言葉を止めた理由は解る。
恐らく、今、ネシンバラ殿は色々と大変な状況で御座ろう。何故かと言うと襲撃の時の指揮を執っていたのは書記であるネシンバラ殿。
つまり、今回の戦闘による武蔵の被害の原因とされているだろう。
無論、ネシンバラ殿が手を抜いてやったわけではなく、むしろ、どちらかと言うとよくやったと言ってもいいはずである。
それこそ、最後の想定外の被弾以外はなるだけ被害を抑え、軍師として次の可能性を持たせたまま終えているのである。
それでも───勝てていないという事実が恐らく武蔵の不満を作り上げて、彼の方に向かっているであろうというのは解り易い結論である。

「理解できる分、厄介ですわね……」

「ああやっていればいいのに……私だったらこうしていて、こんな事にはならなかったという思いを消すのは難しいだろう。ましてや、戦いに出ているのは自分たちの子であり、被害を受けているのは自分達の街だからな。他の国とは違って、そういった不満が溢れるのが武蔵は簡単に表現される」

「他の国のように艦隊で戦いに出向いているのではなく、武蔵は正しく国を率いて戦争をしているで御座るしな……民に対して隠せるかもしれない被害を武蔵は隠すことが出来んで御座る」

移動都市みたいなものの弊害というものである。
まぁ、愚痴を言っても仕方がない部分だし、それらはこれからも降りかかってくる部分なので否定しても始まりはしないで御座ろう。
それにしても

「……シュウ殿がこちらに来てるのはネシンバラ殿には良かったかも知れんで御座るかもしれん……」

「ですわね……」

「……? 何でだ? まぁ、交渉事には武力で示すしか使えないとは思うが、副長がいるだけマシというか、安心感が生まれると思うが?」

それに関しては、ミトツダイラ殿と曖昧な表情を浮かべて、逸らすことにした。
こういう時、自分はスカーフを巻いて表情を隠していて正解だと思った。
隣のミトツダイラ殿が若干、何か言いたげな怖い表情を浮かべていたが無視した。無視しなければ食われる。
大体、言っても恐らく正純殿にはまだ解らないだろう。いや、やっぱり解るかもしれない。
まぁ、簡単に言えば、文字通りトーリ殿の親友であるで御座るなぁと実感する。特に色んな意味でバカなのが特に似ている。
あんな人物が、性質や方向性が多少違えど似たようなのが同じ時代に二人いて、友人しているのはある意味奇跡ではないかと思うが、あんまり意味がある思考ではないので速攻でゴミ箱に捨てた。
そこまで考えて、そういえばと思い、周りを見回して、間違いがなかったことを確認して再び二人に顔を向け

「そういえば、その件のシュウ殿は何処に? あの斬撃ヒャッハー副長なら喜んで海やら人を斬っているシチュエーションだとは思うので御座るが……」

「海もどうかと思うが人を斬るのは不味過ぎるだろう……」

まだまだ理解していない証拠であろう。
彼はやる時はマジでやる人間である。倫理とか常識とか置き去りにしている存在なので、いざという時、自分の身を守れるのは自分の力である。
身内ですら気が抜けないというのはどういう事だ。
それに苦笑しつつ、ミトツダイラ殿が口を開いてくれる。

「今、副長はあそこで現人神化している二代に代わって、寝ているホライゾンの護衛をしていますわ……何時から守護神に鞍替えしたのでしょうか」






外ががやがや騒いでいる中、輸送艦の一室にある椅子に座って欠伸をする。
気を抜いているわけではないが、退屈にはなってしまうものである。こういう護衛とかいうのは性には合っていないものである。
まぁ、能力的にも護衛は合っていないのだが。
余波で周りのもの全てぶった斬ってしまうし。それに、今、思えば、あっちの方に行っても俺では漁業にならん。海も斬れるが魚も斬ってしまうのである。何というジレンマ。魚が柔らかすぎたのが原因だ。
というわけで、今は目の前で眠っている毒舌女の似合わない護衛をしているわけだが

「……今、思えばよく寝ている女子の護衛とはいえ同じ部屋にいる事を承認したもんだぜ……」

我ながらミスったかもしれない。
というか、どいつもこいつも何も言わなかったので問題はきっと怒らないに違いないとか思っているのであろうか。
いや、まぁ、目の前にいる女は姿形は美形ではあるのだが、如何せん、乳が俺好みではねえので、ぶっちゃけ色々とやる気が起きねえし、人の女相手にそんなことをする気は欠片も起きねえわけである。
まぁ、簡単に言えばそそらねぇって事だろう。
やれやれ、と首を振りながら、ぼーっしとこうと思った先に───何故かいきなり目の前のお姫様の目がパチクリと開いた。
あん? とは思うが、驚きはない。
別に、この輸送艦生活の中でも一時間くらいはご飯やら何やらの用事で起きてはいた。とは言っても、嫌気の怠惰の束縛はやはり、同じ大罪武装と言ってもいいホライゾンの体には人体である俺達とは影響が違うのだろう。
その時間しか起きてこないのである。
でも、見たところ飯時とか風呂とかそういう時間に起きていたので、自分の意志で起きているはずなのだが、ここで起きたというのは何故だと思う。
というのをぐだぐだ考えるのは面倒くさいので直接聞くことにした。

「何だぁ? ホライゾン……便所か?」

「同年齢の女子の寝起きに言うような言葉ではありませんね。率直に申しまして、流石はトーリ様の親友ですね」

寝起きに貶してくる毒舌女に言われると欠伸も色んな意味で吹っ飛びそうである。
この懐かしい虚脱感に苦笑を覚えそうになるのを堪える。最早、懐かしがる必要はないのである。
この毒舌女はここにいるし、これからもいる。
その存在(キセキ)を───幸福だと笑う馬鹿がいる。なら、俺は何も言わないし、懐かしがらない。

「で? 別に今、起きてもまだ飯はまだだぜ? 間違って起きたんならもう一度寝とけ。どうせ、まだ起きていられねえんだろ」

「Jud.珍しく正論を熱田様から頂きましたが、何となく熱田様に聞きたい事を思い出してしまい、丁度いいので聞こうと思いまして」

「悪態を言わなきゃ話を繋げれねえ女め……で?」

ホライゾンが俺に聞きたい事があるというのは、少し意外なことではあるが、まぁ、そういう事もあるかもなとあんまり態度も変えずに問い、はい、と前置きを置いた少女の次の言葉は

「何故、熱田様は負けを認めたのですか?」

想定外な台詞だったので、思わずずりっ、と椅子から落ちそうになる。
不自然にならないようにずり落ちそうな体を停止させて、本気で溜息を吐く。
何の話なのか、と問う必要はない。
熱田・シュウの敗北は、家族を除いたら、否、家族を入れても、やはり二回(・・)しかない。
それも、同一人物を相手に。

「言ったのは……あのバカだよなぁ……」

こくりと目の前の少女が頷くので更に溜息。
否定もしないし、その敗北を俺は受け入れているので、馬鹿みたいに否定はしないが、言いふらすあの馬鹿にはとりあえず、今度、ぶった斬っておこうと誓っておく。

「どこまで聞いてんだ」

「Jud.かつてのホライゾンに対し、熱田様が私に酷い事を言って、トーリ様が何故かキレて、殴りにかかろうとして、逆にぼこ殴りにされて、そしたら何故か熱田様が負けを認めたというくらいです」

端折ってはいるが大体全部である。

「一応、聞いておくがお前の敗北の定義は?」

「状況によって変わります。例えば、それが試合ならばルールに則って負けた場合。相対戦ならば条件が毎回変わるので何も言えません。国と国との戦争の場合も同じであると判断できます」

ですが

「熱田様とトーリ様がやったのは試合でもなく、相対戦でもなく、ましてや戦争でもありません。ただの喧嘩です。なら、勝ち負けははっきりと出ると思います」

つまり、倒れた方が負け。もしくは、戦意喪失。
ならば、勝利する条件は全部、こちらにあるということだという事か。まぁ、ある意味、ホライゾンらしい理屈である。
というか、この態度から察すると……結構、勝負毎に拘る様な姿勢を取るべきか、昔のことに興味を持っていると取るべきか、もしくは、トーリの事とかに興味があると言うべきか。悩むところである。

……まぁ、どれでも良い影響ではあるというべきかねぇ……

惜しいところといえば、もう少し感情に興味を持ってほしいが。
そこら辺は全部トーリの仕事なので何も言うつもりはないが。
まぁ、でも

「それでも、あれは俺の負けだ」

誰が何を言おうと、別に構わないが、俺の中ではあれは完璧に敗北と認め、誇っている。
人生初の大負けである。
あれを己の中で脚色したり、曲解したり、言い訳したりなどするのは許されないし、忘れない。
例え、この先に何があろうとも絶対に忘れない記憶の一つになる事だけは確定事項である。
それを目の前の女にどう説明したものかと考える。正直、自分の考えを他人に伝えるというのは苦手である。
そういうのは理解されなくてもいいし、必要ともしていないとも思っているので、そういうところも智に叱られる要因の一つになっているのかもしれない。

いや……そりゃねえな。だって、智はそんな事ではなく乳の事とかでしか射ってこないし。乳はデカいくせに器は小せぇ……。

今度から、もう少し落ち着けという言葉を彼女に贈ろう。
贈ったからといっても治るように思えないのが、智クオリティだが。
とりあえず、その時の事をホライゾンに言えば理解を獲れるかもしれないと思い、口を開く。

「まぁ、拳とはいえ俺も一応、戦闘訓練は物心つく前からしていたからな。専門家よりも弱かったかもしれないが、あの無能の馬鹿には超えられない壁みたいな強さではあったと思うぜ」

しかも、その時には加護も得ている。
敗北の要素は何一つなかったし、トーリの方にも勝利する要素は欠片もなかった。
それは、周りの誰もが思っていたことだろうし、俺も絶対にそうだと思っていた。
でも

「あいつ、立ち上がるんだよ」

何度叩きのめしても、何度膝をつけさせても

「痛くなかったわけでもないし、怖くなかったわけでもなかっただろうし」

瞳は俺への恐れで濡れていたし、膝は震えていた。
それでも

「あの馬鹿……正気じゃねえくらいの馬鹿だからな───今時、惚れた女の為に死に物狂いで戦ってくるような……そんな廃れた主人公(ヒーロー)みたいな事を本気でやってくんだぜ?」

ならよぉ

「そりゃ負けるしかねぇじゃねえか」

何度、絶望しても諦めない。そんな本当に馬鹿としか言えないような主人公(ヒーロー)を───光と仰いでしまった。
その閃光を。煌めきを……阿呆だと言えるような自分ではなかったのだから。
むしろ、その光を心の中で欲していて、そんな馬鹿がいて欲しいと願った可能性がいてくれたのだから。
どう足掻いても、自分にはなれないからこそ、希ったが故に、馬鹿らしいと思っても、視線がそちらに固定されたからこそ───馬鹿らしく十年待ったのだ。




成程、と相槌を打つ。
ホライゾンからしたら、実はそこまで深く理解はしていなかった。
浅間やミトツダイラがここにいたら、男の子ルールなんですよ、きっと、とか言っていたかもしれないが、いない人について言っても意味はない。
だから、ここで判断するのはホライゾンの意思である。
深く理解することはできなかったが───一つ解ったことがある。
浮かべている表情がトーリと同じ表情である。
あの、もしかしたら死んでしまうかもしれない後悔への罰の場で、彼が熱田を語った時の表情とまるっきり同じである。
まるで、何か宝物について語っているかのような表情を浮かべている。
語っていることは、昔の喧嘩という懐かしいと思うことや、恥ずかしいとかを思うのならば、知識として知っているのだが、二人が浮かべている表情は誇らしいという表情。
何ででしょう、と思う。
確かに、二人の性格や好きなもの、今までの思い出、能力を全て知っているなどという事ではないが。どうしてだろうと思う。
トーリ様は知っている限りでは基本、博愛主義で逆に彼一人を親友と言っているのが意外な感じがする。
熱田様は本気でバトル脳の御方で、基本、強い人間か、オパーイが大きい人間と武蔵の人間以外興味なしという感じである。
それにだ、お互いに微妙に思想が食い違っていると感じる気がするのである。
トーリ様はただ、歴史再現などで理不尽に人の死が起こされるのを拒否する。極端に言えば失いの否定である。
そして、熱田様は極端にはっきり言えば破壊の権化である。剣神の能力で生み出せるのは技術くらいであり、剣術も殺人術といえば更にお終いな、要は解り易い失いの肯定である。
勿論、本人は人を殺すのを良しとはしていないのだろうが……やはり、微妙に食い違うのではないかと思う。
破壊は何も生み出さないとは流石に言わないが、剣神の破壊が破壊以外を起こすのだろうかと思う。
そして、何よりも───熱田様の信念は未来に向けての疾走。その疾走を止めていたトーリ様を、どうしてそこまで誇っているのだろうか?
読み解くにはパーツが欠けていると思考し───眩暈が起きた。

「……あ」

この唐突な眠気が何かは理解している。
まだ、本調子ではない体を無理矢理にでも寝かそうとさせているだけだろう。少しの時間とはいえ、今のこの時間は自分の体を保つのに必要な時間ではないと体が判断したのだろう。
自分の意思ではない判断なので、余計に抗う事が難しい。
ならば、仕方がないと判断するしかない。無理に今すぐ聞かなければいけない理由があるというわけではないのである。
こっちの様子に気づいたのか、彼もひらひらとまるで厄介なものを払うような手の払い方で寝てろ、と暗に告げている。
杜撰な態度です、と告げたいところだが、正論なのでこちらが何を言っても言い訳になるしかない。
その事に、別に抱かなくてもいい反感を抱いていると

……え

彼は気付いているのか。
凄く嬉しそうに苦笑し

「どうして、お前らは俺の言う事が聞けないかね……」

その言葉に欠けた一言を想像した。
彼もトーリ様と同じで、自分を忘れていなかったのか、と思考を沈んでいく意識に加えつつ───最早、耐えられずに心地良い微睡に意識を放棄した。







 
 

 
後書き
ふぅ…………ようやく書き終えたーーーー!!!
大分、飛ばしてようやく輸送艦生活……中々、進行速度が厳しい!!
……と、とりあえず、今回もまぁ、ボケはそこまで入らずに行ってしまいましたが、今回も少々仕方がない部分があるとどうぞご容赦を……!
さて、今回の主題はホライゾンと熱田であったわけだが……まぁ、二人の関係は当然トーリとホライゾンみたいな関係ではないですね。
何というか……まぁ、過去のホライゾンは恐らくというか個人的にだが、トーリに対しては厳しいというところを見ると少女として厳しく見ていたので、それは熱田にも同じことは言えるのだが、似たようなシチュエーションになったら、恐らくホライゾンはトーリを殴って無視して、熱田に関しては今回みたいに子供っぽい反感を抱くみたいにさせました。
まだ、熱田が武蔵での格付けを細かく書いてはいませんが……自分的には武蔵の兄貴というイメージでお送りさせて頂いています。
さて、感想よろしくお願いします

 
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