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トロヴァトーレ

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第四幕その二


第四幕その二

「そんなことを出来る筈が。それならいっそ私も」
「我が愛は不滅、貴女への愛も永遠だ」
「ええ、それならば」
 彼女はあらためて意を決した。
「勝ってみせる。死神にさえ」
 そして宮殿の中に入って行った。そして何処かへ向かった。
 宮殿の一室に彼はいた。燭台の火に照らされた部屋で数人の家臣達と話をしていた。
「聞いているな、明日のことは」
「はい」
 彼等はそれに応えた。
「息子は斧で首を刎ねる。そして母親は」
「火炙りですね」
「そうだ」
 部屋の中にいるのは伯爵であった。彼は蝋燭の火に照らされた暗い顔で家臣達にそう答えた。
「処刑は明日に執り行う。よいな」
「わかりました」
「本来は戦いの後に行なわれる筈だったが」
「はい」
「予定が変わってしまったな。だがどちらにしても同じことだ」
 戦いに勝利した後伯爵に皇太子から指示が下ったのだ。捕虜を連れすぐに宮殿に入れと。そこで不穏な空気があったからだ。捕虜はそこに潜む者達を釣る餌とする為であった。
「殿下のご指示だ。よいな」
「それはわかっております」
 家臣達はまた答えた。
「それでは早速明日に備えます」
「うむ」
 伯爵はそれを受けて頷いた。
「では宜しく頼むぞ」
「ハッ」
 こうして彼等は部屋を後にした。そして部屋には伯爵一人が残った。
「明日か。思えば長かったな」
 彼は言葉に感慨を込めていた。
「憎い男を始末するのにこれ程かかるとは思わなかったな」
 今まで心の中に抱いてきた憎悪を晴らす時が来るのを心待ちにしていた。
「だが愛は手に入らないのか。我が愛は」
 ここで彼はレオノーラのことを想った。
「カステルロールは手に入った。しかし私が欲しかったのはあの人の心だ」
 彼は俯いてそう呟いた。
「一体何処に行ったのか。そして我が愛は決して手に入らないものなのか。それが私の宿命であるのか」
 今己の運命を呪った。
「だとすれば残酷な運命だ。人は望んだものこそ得られないものなのか。それが人の世なのか。だとしたら神は何と残酷な方なのか」
「それは違いますわ」
 だがここで女の声がした。
「何っ!?」
 彼はそれを聞いて顔を上げた。
「その声は」
 そして顔を部屋の入口に向けた。するとそこにはレオノーラが立っていた。
「馬鹿な、これは幻だ」
 しかし伯爵は今目の前に映るものを信じようとしなかった。
「レオノーラがここにいる筈はない」
「いえ、こちらに」
 だがレオノーラはそれに答えた。
「私はここにおります」
「何故だ、何故こんなところに」
「ある方に案内して頂きまして」
「ある方」
「それはお話できませんが」
「そうか」
 大体察しはついたがそれは言うつもりはなかった。
「私がここに来たのには理由があります」
「あの男のことか」
「はい」
 彼女はその言葉に頷いた。
「伯爵にお願いがあってこちらに参りました」
「一体何だ」
 伯爵は立ち上がった。そして彼女に問うた。
「あの方をお救い下さい」
「馬鹿なことを」
 彼はその言葉に対し首を横に振った。
「その様なこと出来る筈もない」
「いえ、伯爵ならば出来る筈です」
「確かにな」
 伯爵はそれを認めた。
「私は殿下より捕虜の処遇を認められている。それは事実だ」
「なら」
「だからこそだ。私はあの男とその母親だけは許すことができないのだ」
 彼は憎悪を込めた言葉でそう言った。
「それは貴女もよくわかっていることだろう」
「はい」
 それに答えた。
「ならばこれ以上言うことはない。帰ってもらいたい」
「そういうわけにはいきません」
 しかし彼女は引かなかった。
「私にも意地があります」
「意地か」
 それを聞いた伯爵の顔が曇った。
「それは私にもある。わかっておられよう」
「はい」
「父の、そして私の恨み、晴らさなければならないのだ」
「私は神に誓いました」
「私もだ」
 伯爵はそれにも臆することなく答えた。
「復讐と憎悪の神にだ」
「それでもお願いがあります」
「私の神には慈悲の神はない」
「それでも」
「駄目だ」
 伯爵はまた首を横に振った。
 
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