| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

トロヴァトーレ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三幕その六


第三幕その六

「あのオルガンの曲を聴いて欲しい」
 彼はレオノーラにそう囁いた。
「あれは私達を祝福する神の御声だ」
「神の」
「そうだ。だから貴女は心配することはない。神の御加護があるのだから」
「はい」
「そしてそれは私にもある。だから気をしっかりと持ってくれ。いいね」
「わかりました」
 レオノーラはそう答えて身を彼の胸に預けた。彼はそんな彼女を受け入れ強く抱き締めた。そして互いの絆を確かめ合った。しかしその時だった。
「マンリーコ!」
 ルイスが慌てた様子で広間にやって来た。
「どうした!?」
 マンリーコはそれを見てレオノーラから離れてそれに応えた。
「大変なことが起こった」
「敵が攻めて来たのか。夜襲か!?」
「いおや、違う。バルコニーからも見える。見てくれ」
「バルコニーから!?」
「そうだ、早く。気を落ち着けてな」
「あ、ああ」
 ルイスの唯ならぬ様子に戸惑いを覚えていた。しかし彼は何が何だかわからず彼に言われるままバルコニーに出た。
レオノーラもそれに従った。
「あそこだ」
 ルイスはある場所を指差した。
「あそこか」
「ああ」
 マンリーコはそこに目をやった。そしてその顔を見る見る紅潮させていった。
「これは一体どういうことだ!」
「マンリーコ、見たな!」
「ああ。悪漢共め、何ということを!」
 最早怒りで我を失っていた。レオノーラはそんな彼を恐ろしげに見ていた。
「あの」
「どうした!?」
 彼はその紅潮した顔をレオノーラに向けた。闇の中でもわかる程興奮していた。
「どうなされたのですか、そんなに興奮されて」
「怒るのも道理」
 声までも怒りに震えていた。
「あれが見えるだろうか」
 そして彼も指差した。レオノーラに見せる為だ。
「はい。あれは」
「処刑台だ。火炙りにする為の。そしてそこに引き立てられているあの女性は」
「はい」
 無数の篝火の中に一人の女がいた。ジプシーの女だ。
「私の母なのだ!」
「何と!」
 それを聞いたレオノーラの顔も驚きで今にも割れそうになった。
「あそこにいるのは私の母なのだ!今殺されようとしているのだ!」
「そんな、何ということ!」
「おのれ、祖母だけでなく母まで殺そうというのか!」
 マンリーコは怒りを爆発させた。そして感情のおもむくままに叫んだ。
「ルイス!」
「ああ!」
 ルイスもそれに応えた。
「すぐに兵を集めてくれ!全軍だ!」
「全軍か!」
「そうだ!そして奴等を皆殺しにする。いいな!」
「わかった、暫く待っていろ!」
「ああ!」
 ルイスはすぐに姿を消した。そしてマンリーコは怒りに震える目でその処刑台を見ていた。
「あの処刑台に灯される赤い邪悪な炎が俺の身体にも灯る。そして俺の怒りの心を燃え上がらせる。悪魔共よ、今すぐにその炎を消せ!さもなければ俺が貴様等の血でその炎を消すだろう!」
 叫ぶ。それはまさに狂気そのものであった。愛による怒りに満ちた狂気であった。
「レオノーラ」
「は、はい」
 急にレオノーラに顔を向けてきた。
「私は貴女を愛する前からアジュチェーナ、お母さんの子だった。だからあえて言おう」
 声に狂気がさらに満ちてきた。
「貴女の悲嘆も嘆願も私を引き止めることはできない。お母さん、今行く!そして必ず救い出してみせる。それが出来なければ・・・・・・」
 興奮のあまり言葉を詰まらせた。ルイスもいる。
「死ぬ!死ぬ時は一緒だ!」
「マンリーコ!」
 彼の後ろから呼ぶ声がした。見ればバルコニーに戦士達が集結していた。
「俺達の命はあんたに預けたぞ!死ぬ時は一緒だ!」
「よし、頼むぞ!」
「おう、戦いだ!共に戦い、共に地獄に行こう!」
「頼むぞ!すぐに出撃だ!総攻撃だ!」
「よし、敵を皆殺しだ!一人残らず殺すぞ!」
「この城を奴等の血で染め上げろ!そしてこの灰色の岩の城を奴等の血で赤く染め上げ死体で覆い尽くせ!」
「哀れな母よ、今行く!」
 マンリーコはまた叫んだ。そして腰の剣を引き抜き天に突き刺した。
「必ず救い出す。さもなければ死だ!」
「戦いだ!共に地獄に落ちようぞ!」
 全ての兵士達がそう叫んだ。そして皆戦場に雪崩れ込んだ。こうして最後の戦いが幕を開けたのであった。
「神様・・・・・・」
 レオノーラは誰もいなくなった城で唯一人立っていた。彼女に出来るのはバルコニーから戦の成り行きを見守るだけであった。
 暗闇の中篝火が揺れ白刃の銀の煌きが映し出される。そしてそこから断末魔の叫びと怒号が聴こえてくる。だがマンリーコの声は聴こえてはこない。
 ただそれを見、顔を蒼ざめるしかなかった。しかし彼女はこの時決心していたのであった。
「逃げるわけにはいかない」
 そう呟くとバルコニーから姿を消した。何処かへ姿を消した。バルコニーには月の光しか残ってはいなかった。そしてその月の光は白銀から血の様に赤くドス黒い色となっていた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧