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皇帝ティートの慈悲

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第一幕その五


第一幕その五

「今ここに残っているのは我等のみ」
「はい、それは」
「確かに」 
 神殿の前には誰もいない。彼はそれも考えて皆を行かせたのであった。ティートの顔からはそれまでの厳かさは消え温厚な顔になっていた。
「セスト」
 アンニオはその中でセストにそっと囁いた。
「何だい?」
「今いるのは僕達だけだ」
 彼はそのことを言うのだった。
「だから話してくれないか」
「それは」
「二人共聞いて欲しい」
 セストがアンニオに何か言う前にティートが二人に対して言ってきた。
「!?何か」
「何でしょうか、陛下」
「辛かった」
 嘆息しつつの言葉であった。
「彼女が去ったことは私にとっては非常に辛かった」
「彼女ですか」
「そう、ベレニーチェ」
 その名が出た。
「別れは辛いものだった。しかし」
「しかし」
「彼女は私の妻になりたい。そしてローマの者達もそれを望んでいる」
「彼女がですか」
「そう、彼女だ」
 その彼女が誰かはもう言うまでもなかった。少なくとも二人は思ったのだった。
「では私は選ぼう。彼女を。皇帝は愛よりも国を選らばなければならないから」
「それは」
「いや、その通りだ」
 慰めようとしたアンニオの言葉を退けた。
「だが友情は選びたい。だから」
「だから」
「セスト」
 ここで何故かティートは彼の名を呼ぶのだった。
「君の妹を」
「セルヴィリアを」
「そうだ。彼女を私の妻に」
「何と・・・・・・」
 今度はアンニオが打ちひしがれてしまった。今この瞬間に彼は絶望に陥った。
「何という恐ろしい運命なのだ」
「どう思うか」
「それは」
「セスト」
 また彼の名を呼んで問う。
「これについては。どう思うんだい?」
「陛下」
 彼に代わってアンニオが答えに出た。何とかその沈痛な心を隠して。
「私にはわかります。それは」
「それは」
「帝国の為には非常によい決断です」
 己を押し殺しての言葉であった。何とか。
「私はその御考えを何処までも護りましょう」
「アンニオ、それは」
「セスト」
 彼を気遣うセストだったが彼はそれを言わせなかった。
「彼女はまさにローマを護るに相応しい。だからこそ」
「いいというのだね」
「その通りです」
 あらためてティートに答えてみせた。
「ですから是非共」
「わかった。それではだ」
 ティートは彼の言葉を受けて満足した顔で頷いた。しかしその心は見えてはいなかった。
「彼女に伝えてくれ」
「はい」
 沈痛さを押し殺した顔で頷くアンニオだった。
「アンニオ、そなたが」
「わかりました」
「そしてセストよ」
「ええ」
 今度はセストに声をかけた。彼は無表情でそれを受けた。
「君は今は私と一緒にいてくれ」
「陛下と共にですか」
「君は私の無二の親友」
 少なくとも彼はそう信じていたし事実であった。だが今その親友の心が揺れ動いていることもまた知らなかったのであった。
「だからこれからも私と共に」
「陛下、御言葉ですが」
 先程のヴィッテリアとの話を思い出しそれを胸にしての言葉だった。
 
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