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皇帝ティートの慈悲

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第二幕その四


第二幕その四

「まさか。彼の心は」
「御言葉ですが陛下」
 ここでプブリオは暗くそれでいて強張った顔でティートに告げた。
「誰もが貴方の心を持っているわけではないのです」
「私の心を持っていないというのか」
「百人いれば百人の心があります」
 ローマにおいてもこのことは同じであるのだ。
「忠誠に欠けるということを一度も知らぬ方は裏切りに気付くのが遅いのです」
「何っ!?それはどういう意味だ」
「真実にして名誉に満ちた心には不思議なことではないのです」
「彼等がセストを疑うというのか」
「そうです」
 怪訝な顔になったティートにまた述べる。
「他の全ての心を不忠でなど有り得ないと信じたとしても」
「セストは邪悪な者ではない」
 否定するティートの声が強くなる。
「私は。わかっているのだ」
「陛下」
 ここで今度はアンニオがやって来た。すぐにティートの前に片膝をついて顔をあげてきた。
「御願いがあり参りました」
「セストのことだな」
「その通りです」
 毅然とした顔で彼に答えた。
「ですから。どうかそのお慈悲を」
「慈悲をか」
「なりませんか?」
「それは私としてもだ」
 そうしたいと言おうとしていた。しかし二人が話しているその間にプブリオは場に来た一人の兵士から一枚の紙片を受け取っていた。そこに書いてあるものを見て顔を顰めさせた。そのうえで暗い顔をしてティートのところに来て彼に対して沈痛な声で告げたのだった。
「陛下、残念なことをお伝えしなければなりません」
「残念なこと?」
「セストのことです」
 セストの名前を聞いてティートとアンニオの顔が強張った。
「まさか」
「それはまさか」
「彼は全てを認めました」
 そのことをティートに対して告げたのだった。
「全てを。認めました」
「まさか。それは」
「そうです。その結果元老院は決定しました」
 彼はさらに言葉を続ける。
「セストを猛獣刑に処すと」
「猛獣刑だと!?」
「そうです」
 このことをまた告げるプブリオだった。
「元老院の判決は下りました。コロシアムで行われる処刑に彼も引き出されるのです」
「コロシアムでか」
 コロシアムはこの時代はキリスト教徒や死刑囚を猛獣の餌にする見世物が行われることがあったのだ。キリスト教徒へのこの処刑はカリギュラが考え出したと言われている。
「そうです。後は」
「私の署名だな」
 死刑判決には皇帝の署名が必要なのである。
「後は」
「既に元老院は決定しました」
 プブリオもこの言葉は言いたくはないがそれでもであった。元老院の決定がどれだけ重要なものであるのかは彼が最もわかっていることだった。
「ですから後は」
「陛下っ!」
 アンニオの声が血がほとぼしり出るようなものになっていた。
「どうかここは」
「私は」
「もうコロシアムには市民達が集まっています」
 またプブリオが告げる。
「最早」
「私の署名だけか」
「確かにセストは罪を犯しました」
 元老院の判決は絶対だ。このことはアンニオもわかっている。皇帝ですら逆らえないことが多々あるのが元老院の決定なのだということを。
「貴方様を裏切りました。ですが陛下の御心で」
「私のか」
「私の妻になるべき人の兄です」
 今度は血縁も出した。
「ですから。何としても」
「セストは。後は私の署名だけでか」
「御願いです!」
 アンニオの目からは嘆願の涙が流れていた。
 
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