皇帝ティートの慈悲
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第一幕その十
第一幕その十
「わからないのですが。どうも」
「ですから陛下が選ばれたのです」
「若しかして私をですか?」
「そう、そのまさかです」
アンニオもまた満面に笑みを浮かべていた。
「ですから。早く」
「お急ぎを」
「陛下が私を選ばれた」
ヴィッテリアにとってはまさに青天の霹靂だった。呆然とさえしている。
「何ということでしょうか」
「貴女のお美しさと聡明さ」
「そして血筋」
二人はそれを理由に挙げた。
「陛下はそれ等で選ばれたのです」
「ですから。おめでとうございます」
「有り難き幸せ。しかし」
ここでヴィッテリアは。大変なことを思い出したのであった。
(セスト)
他ならぬ彼のことをであった。自身がその想いを利用し行かせた彼のことを。
(行ってしまった。恐ろしいことになる)
「皇后様」
二人はもう彼女をこう呼んでいた。無論彼女の心中は気付いていない。
(忌まわしい我が怒りよ)
今になって後悔するヴィッテリアだった。
(無分別な激情よ。この二つのせいで)
「さあ、お急ぎを」
「幸福の場へ。しかし」
ここでプブリオが思い悩む顔になっているヴィッテリアに気付いた。
「見よ、あの御顔を」
「はい」
気付いていない二人は彼女が大きな喜びにより混乱していると思っているのだった。だからこそ二人で彼女を見て笑みを浮かべているのだ。
「大きな喜びは人を混乱させるな」
「そうですな。あまりにも幸福になり過ぎて」
(不安と苦痛がこんなにも大きく。ここまで恐怖を抱いたことは)
「ではお后様」
気付いていない二人の言葉は相変わらずであった。
「お急ぎを」
「お待ちしていますので」
「わかりました」
何とか応えるヴィッテリアであった。
「お待ち下さい。それでは」
「ええ」
こうしてヴィッテリアは今はじめて己の所業に後悔を覚えるのだった。だがそれは残念なことに遅きに達したものであった。最早舞台は動いていたのだから。
カンピドーリオの丘。緑と神殿に飾られたこの丘においてセストは激しく身悶えし悩んでいた。
「何という苦しさ。裏切りの罪を犯すことがこんなに苦しいなんて」
ティートのことを想い今息を荒くさせていた。
「どうすればいいんだ。陛下を殺めるなぞ」
ここでティートの顔が脳裏に浮かぶ。
「あれだけの偉大で心優しい方を。そして無二の友人を。私は殺めるというのか」
逃げたかった。しかし。
「ヴィッテリア、貴女もいる。私はどうすれば」
もう目の前の神殿は燃えはじめていた。
「手遅れだ。もう」
「セスト」
ここでアンニオが丘にやって来たのだった。彼の部下の兵士達も一緒である。
「武器の音や兵士の声。もう終わりか」
「ここで何をしているのだ?」
「その声はアンニオかい?」
「うん、その通りだ」
彼は明朗に友人に返事を返した。
「僕だが。君は何故ここに」
「僕は・・・・・・この世で最も恥ずべき男だ」
こう言ってアンニオから顔を離す。
「だから。気にしないでくれ」
「一体何を言っているんだ」
これはアンニオには全くわからない言葉であった。彼と話をしながら首を傾げさえする。
「君は。どうかしたのか」
「僕は」
「アンニオ様」
ここでさらに。セルヴィリアまで来たのだった。
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