シャンヴリルの黒猫
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11話「滅びる王国」
「さて……腹も膨れたことだし、本題に入ろうか」
目の前で美人が霞むほどボロネーゼをがっついていたユーゼリアが一息つくと、苦笑とともに切り出す。
自身のナポリタンはユーゼリアが3皿目を頼んだ時に食べ終わっている。ちなみに、彼女はのべ5皿のボロネーゼと2皿のサラダを食べた。
そこまで見事な食いっぷりを見せられると、いよいよ昼の自分の暴食の罪悪感が沸き起こってくるが、まあそれはおいておこう。
「ここは騒がしいから、誰にも聞かれないでしょう。で? ユリィはどこかの王女様なの?」
「……ええ」
「ふむ。ナルマテリア、かな?」
「……分かってるみたいね。そうよ。第二王女セフェリネ・ユーゼリア・イレ=ナルマテリア。それが私の本当の名前。あの襲撃者たちは、元ナルマテリア王国貴族、ダランゼル家の私兵…いえ、雇いの暗殺者ね」
「なぜ追われている?」
「……」
しばらくユーゼリアは話すことを躊躇しているようだった。アシュレイが黙って待つと、やがてため息をつき口を開いた。
「……もう、関係者になっちゃったものね。言うわ。
…私は戦争でローズダウン皇国に王都が攻め入られるとき、12歳だった。当時ナルマテリアに王子はなく、私よりも6つ上の姉である第一王女が第一王位継承権を持っていたの」
******
ローズダウン皇国は先の貴族ダランゼル家と、他、いくつかの貴族に事前に使者を送っており、ナルマテリア王国は内外2つの勢力を相手にしなければいけなかった。奇襲も食らい、形成はナルマテリア軍の圧倒的な不利。
父王と姉は決意し、末姫セフェリネ――ユーゼリアを王の間に呼んだ。
皇国軍が王都に攻め入る、10分前だった。
「逃げるのです、セフィ」
亡き母に似て美しい姉が、諭すように愛する妹に言った。妹と同じ蒼の瞳は涙に潤む。
いやいやと首を振る妹に、姉は言った。
「王である父上と、第一王位継承権を持つわたくしがこの城に残れば、周りへの示しはつきます。あなたは早くお逃げなさい」
「私たちはな、セフェリネ。父も、姉も、お前にもっと生きて欲しいのだ。お前はこの城から出た事など、数える程しかなかったな。いつも庭で花遊びか、召喚を覚えてからは彼らとともに遊んでいた……」
父王は姉娘から話を繋ぎ、セフェリネの肩に手を置いて視線を合わせた。
「父は、娘にもっと世界を知ってほしい。生きるのだ。セフェリネ」
セフェリネの目は涙が溢れるほど溢れて、もう前を見ることすらままならない状態だった。
「……ぅっ…ひぐ……で、でもっ」
幼いながらに聡明だったセフェリネはわかっていた。これが避けられぬ運命なのだということが。
だが、理性では分かっていても、感情がついていかなかった。ついていけるはずもない。まだ齢12少女が突然の父と姉との別れ――それも、この場合はまず間違いなく死別――をなぜ受け入れられるだろうか。
泣きじゃくるセフェリネを、2人は優しく抱きしめ、言った。
「わたくしの可愛いセフィ。お姉さまの分まで、しっかり生きるのよ」
「セフェリネ。皇国に復讐などと愚かなことを考えてはいけないよ。私たちは、お前のその優しいところが大好きなのだからな。コルトを護衛につけてある。彼とともに旅をして、様々な生きる知識を身につけなさい。
王国という形がなくなっても、お前とナルマテリアの民が生き残れば、それは王国そのものなのだ。国とは、すなわち民。民なくして国足り得ぬ。だが、王無くしての国も、また足り得ぬ。生きろ、セフェリネ。最後のナルマテリア王女よ」
その時、王の間のドアが乱暴に叩かれる。一人の兵士が、息も荒く口早に言った。
「へ、陛下! 皇国軍が王都に侵入しました! もうお時間がありません。この城で我々が足止め致しますので、陛下と王女殿下は――」
「――いや、私たちは逃げぬ」
「し、しかし!」
「既に数多の兵がその命を散らした。今更私が尻尾を巻いて逃げるわけにはいかぬ。私たちは、城にて最後まで戦おう」
なおも言い募ろうとする兵士を、その眼光でもって抑えると、王は娘たちの方を向いて言った。
「共に来るか、火の海へ」
「はい、父上。わたくしの魔鳥で火を凍りつけて差し上げます。ご存分に、炎帝を召喚なさってくださいな」
「ふ、頼もしい限りだ……母に似たな」
「父上の魔法の才も受け継いでおりましてよ?」
「ははは! 本当に、強がりなところまでよく似ている!」
不敵な笑みを浮かべながらも、不安と恐怖にわずかに震えている姉の頭を撫でると、今度は妹姫に向き直る。
「セフェリネ。これからお前は母上の旧姓を使いなさい。“ユーゼリア=シャンヴリル”。それがお前のこれからの名だ。……コルト!」
「はッ!」
「…頼む」
「はい! 命に変えましても! …ユーゼリアさま、参りましょう」
「…ぁ、ちちうえ!! おねえさまぁ!!」
近衛騎士のコルトに手を引かれ、裏道へと連れられながらも、幼いユーゼリアは必死に父と姉に手を伸ばした。だが、幼い手は宙を切るばかり。とうとうこぼれた大粒の涙が、幾重にも流れ落ちた。
「わたくしの可愛いセフィ…。どうか…元気で……」
「セフェリネ…セフィ。お前は私たちの誇りだ。……達者でな」
「怪我や風邪には気をつけるのですよ!」
そして、ユーゼリアの最後の記憶は、涙で霞む視界に映った大きく手を振る姉と、その肩を抱く父の姿だった――。
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