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皇帝ティートの慈悲

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第一幕その一


第一幕その一

                   皇帝ティートの慈悲
                   第一幕  複雑な思惑
 ローマ帝国は決して一つの思惑でのみ成り立っていた国家ではない。その中には絶えず様々な思惑が存在しせめぎ合ってきていた。それはティート帝の時代も同じであった。
 豪奢な大理石の宮殿にその美女はいた。白い見事な服に身を包んだ黒髪の美女だ。目は黒く髪と共にその気性の強さを示しているようであった。
 顔つきも確かに整っているがその美貌はヘカテの美貌と言うべきか。険のある美貌だった。その美貌で今細い繊細な顔立ちをした若者と対していたのであった。
「ではセストよ」
 彼女はまずその若者の名を呼んだ。セストと呼ばれた若者は頼りない顔をしてそこに立っている。顔立ちはいいがやはり繊細で中性的な印象を与えるものだ。黄金色の服と青いマントは立派であるがそれに着られているという印象は拭えない。茶色の癖のある鳥の巣を思わせる髪もまたその印象を強くさせることを助長させていた。
「貴方はまたあのことを仰るのですね」
「いけませんか」
 セストは頼りない顔で彼女に言葉を返した。
「それは」
「レントゥーロを私達の側に引き込み」
「はい」
 まずはこう話される。
「そしてカンピドーリオに火を放ちそれに乗じて乱を起こすと」
「その通りです」
 セストは美女にまた答えた。
「いけませんか
「何度も聞きました」
 美女はまずはその腹立たしさを隠そうともしなかった。
「それこそ幾度もですよ」
「ですが」
「陛下が私の目の前でベレニーチェに対して分別を失い」
 そのことを考えるだけで忌まわしいようであった。その目の光がさらに剣呑なものになってきているのがそれの何よりの証拠であった。
「その為に私は私自身に相応しい場所を失うなとどは」
「ですがヴィッテリアよ」
 セストはここではじめて彼女の名を呼んだ。
「何ですか?」
「よくお考え下さい。陛下ですよ」
「それが何か」
 ヴィッテリアは剣呑な目を彼にも向けてきた。
「ありますか?」
「陛下を危めるなどと。それは決して」
「では言いましょう」
 ヴィッテリアは己を咎めてきたセストに対してその傲然とした態度で以って応えてきた。それはまさに復讐の女神のそれであった。
「その偉大な慈悲深い英雄が」
「はい」
「英雄の父が私の父から皇帝の座を奪ったのですよ。そして私を欺き惑わし」
「それは」
「違うというのですか?」
 反論を許さない問い掛けであった。
「それは」
「いえ、それは」
「その通りですね。さらに」
 セストの反論を封じたうえで言葉を続けるのだった。
「この気高いローマの七つの丘に忌まわしいベレニーチェを呼び戻す。国を追われた異邦の女をです」
「皇女様」
 セストはここでは彼女をあえてこう呼んだ。その荒らぶる気持ちを抑えさせる為であろうか。
「貴女様は嫉妬しておられる」
「私が?」
「如何にも」
 何とか毅然とした態度を崩さずに出した言葉であった。彼とても必死であった。
「ですからそれを抑えられて」
「では質問を変えましょう」
 多少の忌々しさを抑えつつここでは話を変えてきた。
「セストよ」
「何でしょうか」
 またもや彼の名を呼びそれに応えさせた。
「貴方は私を手に入れるつもりはないのですね」
「それは・・・・・・」
「答えなさい」
 戸惑いは許さなかった。答えることを強要する言葉だった。
「どう思っているのですか」
「それは」
「答えるのです」
 やはり質問を変えない。あくまで答えさせるつもりだった。そしてセストはそれに抗することはできなかった。苦しい顔で俯きつつ述べたのだった。
 
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