ホフマン物語
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第五幕その二
第五幕その二
「リンドルフさん」
「彼は飲んでいる間ずっと言っていました。今までのことを」
「今までの」
「そう、それは全て貴女にまつわる話でもあります」
「私に」
ステッラはそれを聞いてホフマンを見る。しかしそれは一瞬のことであった。
「全ての女性は様々な一面を持っている。貴女も然り」
「そうなのですか」
「ですが彼はその全てに振られてしまったのです。正確には振られたわけではありませんが結果的にはそうなった」
「はい」
「この意味がおわかりでしょう」
「わかりました」
彼女はそれを聞いて俯いて頷いた。
「私は。あの人には相応しくないのですね」
「芸術家と時として恋愛を必要としないもの」
リンドルフは言った。
「必要としながらそれに身を任せることが許されない時もあるのです。今の彼がそれです」
何故か耳元で囁くのではなく語り掛けてきた。今までとは全然違っていた。
「おわかりでしょうか」
「はい」
彼女はまた頷いた。
「では私はこれで」
「お送りしましょう」
リンドルフはそう言って彼女の手をとった。
「宜しいですね」
「はい」
これが最後の頷きであった。こうしてステッラはリンドルフに連れられ酒場を後にした。その後ろをアンドレがついて行く。ニクラウスはそれを静かに見送っていた。
だがホフマンは相変わらず飲んでいた。もうステッラのことはどうでもよかったのである。
「まだあるかな」
「まだ飲むのかい」
ニクラウスも学生達も流石に驚いた。
「ああ、飲んでやるさ」
彼は言った。
「幾らでも。さあ、持って来てくれ」
「いいけれどステッラさんはどうするんですか?」
ナタナエルが聞いてきた。
「もう行っちゃいましたよ」
「ステッラ。誰だい、それは」
「誰だいって」
こう言われては言葉を失うしかなかった。
「歌姫の」
「アントニアのことかい」
「まさか」
「じゃあオランピアだ。人形だけれどいい歌だった」
ホフマンは言うがナタナエルはそれを否定する。
「違いますよ」
「そうか、わかったぞ」
「はい、それは」
ナタナエルはやっとわかってくれたかと喜びの声をあげた。
「そう、その歌姫は」
「ジュリエッタだ。折角もう少しで心を取り戻せたのに、残念だよ」
「・・・・・・駄目だこりゃ」
もう完全に酒に溺れていた。ナタナエルはそれを聞いて完全に匙を投げてしまった。
「こうなってはもう話をしても無駄だね」
「じゃあどうしよう」
「とりあえず俺達はお開きにしよう。今のホフマンさんには何を言っても無駄だよ」
「どうやらそうみたいだね」
仲間の学生達も頷いた。ホフマンはその間にも飲んでいた。
「ルーテルはいい奴さ」
飲みながら一人で唄っていた。
「酒場にはいつも人がいて」
唄を続ける。
「素敵な仲間がうんといる。こんな酒場は他にない」
「ホフマンさん、じゃあこれで」
ナタナエルと学生達はそんな彼に声をかけた。
「おやすみなさい」
「また明日」
「明日には酒倉は空になってるさ」
彼はまだ歌っていた。
「そしてまた飲もう」
そして飲み続けた。もう誰もいないというのに。
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