ホフマン物語
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第四幕その七
第四幕その七
「大丈夫さ、君は勝つ」
だがニクラウスはそれを許そうとはしなかった。
「だから。賭けるんだ、いいね」
「しかし」
「負けたらその時は死ぬ時だ」
ニクラウスは言った。
「僕も君も。君をピストルで葬って僕も死のう」
「本気だな」
「僕が嘘を言ったことがあるかい?」
彼はまた言い返した。
「それなら話はわかる筈だね」
「ああ、わかった」
ここまできてホフマンはようやく頷いた。
「じゃあ賭けよう。それでいいな」
「ああ」
ニクラウスも頷いた。これで全ては決まったのであった。
「行くぞ」
「うん」
今度は二人で頷き合った。ホフマンはその後でジュリエッタに顔を向けた。
「じゃあ行って来るよ」
「いいの?私は貴方の心を」
「さっき言った筈だよ。僕の心は君のものだと」
ニコリと笑ってこう返した。
「けれど私の心まで」
「何、いいってことさ。どのみちカードは得意なんだ」
彼は笑いながら言う。
「まあ見ていてくれよ。きと君の心も取り返すから」
「ええ」
ホフマンの強い言葉と目の光に頷くしかなかった。そこまで言われては流石の彼女も信じることにした。
「じゃあお願いね」
彼女は最後に言った。
「そして貴方の心も」
「わかってるさ。それじゃあ」
「ええ」
こうしてホフマンはパーティー会場に戻った。後にはジュリエッタだけが残った。そしてカードでの勝負がはじまろうとしていた。
「おや、お帰り」
まずはシュレーミルが声をかけてきた。ニクラウスの顔を見て勝負相手が帰って来たと思ったのである。
「待っていたよ。それじゃあ勝負を再会しようか」
「悪いけれど僕達の勝負は後にしないか?」
ニクラウスはそんな彼に対してこう提案してきた。
「何故だい?」
「実は特別な勝負をしたい者がいてね」
「誰だい?」
「僕さ」
それに答えてホフマンが姿を現わした。
「ほう、貴方でしたか。では一勝負」
「悪いけれど君との勝負は後にしてくれないか」
「これはまた」
それを聞いたシュレーミルはおどけた動作をしてみせた。
「急に。一体どうしたのですかな?」
「僕は先に勝負をした人がいるんです」
そう言ってシュレーミルの側に立っていたダペルトゥットを見据えた。
「ダペルトゥットさん」
「おや」
彼はそれを聞いてニヤリと無気味な笑みを浮かべた。
「私ですか」
「ええ。賭けるものはわかっていますね」
「如何にも」
彼もそれに頷いた。
「それでははじまたいのですが」
「ええ、わかりました。それではシュレーミルさん」
ダペルトゥットはシュレーミルに声をかけてこう言った。
「席を拝借したいのですが」
「ええ、どうぞ」
シュレーミルはそれを快諾した。そしてその空いた席に座る。
「それでははじめますかな」
「はい」
「言っておきますがそう簡単にはいきませんぞ」
「それは承知のうえです」
ホフマンは真剣な顔で言葉を返した。
「こっちも賭けるものがありますから」
「賭けるもの」
「はい」
これにはニクラウスが答えた。
「おわかりだと思いますが」
「殊勝なことですな」
ダペルトゥットはそれを聞いて不敵に微笑んだ。
「友人の為に。ですがこちらもこれが仕事なのでね」
「そうでしょうね」
ホフマンはこれに頷いた。
「貴方にとってはね。ですが今の僕の仕事は」
「心を取り戻すこと」
「そういうことですね。ではいきます」
勝負がはじまった。二人はそれぞれ配られた五枚のカードに目を通す。
ダペルトゥットはそのカードを見てから表情を変えずに一枚替えた。だがホフマンは動かない。
「宜しいですか」
「はい」
ホフマンは頷いた。そして双方それぞれカードを前に出した。
ダペルトゥットはフォーカードであった。十三が四つ並んでいた。
「フォーカードですか」
「そして貴方は」
「僕の勝ちですね」
それを見た彼はニヤリと笑って返した。勝負の間は笑わなかったがここではじめて笑った。
「ほら」
そして自分のカードを指し示す。そこには十一の四枚のカードとジョーカーがあった。
「ファイブカードですね。僕の勝ちです」
「ふむ」
それを見たダペルトゥットは少し顔を歪めさせたがそれは一瞬のことであった。すぐに顔を戻してホフマンに対して問うた。
「では何をお望みですか」
「彼の心を」
「わかりました。それでは」
頷くと右手の親指と人差し指を鳴らした。それで終わりであった。
「これで宜しいですかな」
「はい」
「心を!?」
客達はそのやり取りを見て首を傾げさせた。
「彼等は何を賭けているんだ?」
「女じゃないのか?」
「だったら彼なんて言うか?」
「何なんだ、一体」
「面白い勝負だけれど変だな」
シュレーミルもそれを不思議に思っていた。
「お金を賭けているわけでもなし。心って何なんだろう」
「どうやら彼は気付いていないみたいだな」
ニクラウスはそれを聞いて呟いた。
「自分のことには」
見れば彼の影がシャンデリラに照らされて映っていた。それが何よりの証拠であったが彼は気付いてはいない。むしろ気付いていない方が幸福だったかも知れないが。
「それでは次ですな」
「はい」
二人はまた勝負をはじめた。ダペルトゥットはカードが配られる間にホフマンに対して問うてきた。
「次に賭けるものは」
「僕です」
彼は言った。
「僕のことは僕で決めます。それでよいですね」
「わかりました」
ダペルトゥットはそれを聞いて笑った。口の端と目の端を吊り上らせた無気味な笑いであった。その口はまるで三日月の様になっていた。
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