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ホフマン物語

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第四幕その四


第四幕その四

「当然報酬は用意してある」
「何かしら」
「これじゃ」
 そう答えながら懐からあの大きなダイアを取り出してジュリエッタに見せてきたのだ。
「これでどうじゃ」
「悪くはないわね」
 ジュリエッタはそのダイアを見てにこやかに微笑んだ。
「それじゃあ頼めるな」
「ええ」
「これでよし。また魂が手に入る」
「魂が手に入ったらどうなるの?」
「わしがか?」
「いえ、魂を奪われた人よ。どうなるのかしら」
「シュレーミルを見てみよ」
 彼はここでこう返した。
「よくな。影がなくなるのじゃ」
「影が」
「そしてその姿が鏡に映らなくなる。それが何よりの証拠じゃ」
 悪魔的な笑み共に言葉を出した。
「そうだったの」
「気付いていなかったのか」
「鏡はともかく影は。気付かなかったわ」
「仕方ないのう。夜の世界にいるせいか」
「まあ人の心なんて必要ない世界なのは事実ね」
 ジュリエッタはこう返した。
「そんなものよりうわべだけ。娼婦はそれが全てよ」
「それを考えると儚いものじゃな」
「どうせ人間の世の中なんて全部そうだから。特にそうは思わないわ」
「恋をしようとか思ったことはないのじゃな」
「恋!?娼婦が!?」 
 ジュリエッタはそれを聞いて自嘲を込めて笑った。
「そんなこと。ある筈ないじゃない」
「左様か」
「だから貴女に協力してるのよ。報酬だけでね」
「他の者はどうなってもよいのじゃな」
「娼婦は人に春を与えるけれど時として毒も与えてしまうものだから」
 寂しい目をしてこう言う。
「自分の身にある毒で。知っているでしょう」
「フランスから来た病のことか」
「今までそれでどれだけのお友達が死んだか。知らないとは言わせないわ」
「うむ」
 梅毒のことである。娼婦とは切っても切れない病だ。ジュリエッタも娼婦であるからこの病のことは嫌になる程知っている。身体が腐り、ただれて死んでいく。娼婦はそれにより死んでいくのが運命であるとさえ言われていた。それは客にも染ることがあるのだ。それで多くの者が腐って死んでいる。
「それで。どうして恋だなんて言えるのかしら。不思議だとは思わないかしら」
 彼女は達観した様に言う。
「そんな私達だから。信じられるのはお金と贈り物だけ」
「だからこそわしに協力するのじゃな」
「そうよ。それでわかってくれたかしら」
「うむ。では前もって渡そう」
 そう言って彼女にダイアを差し出してきた。
「よいな、これで」
「ええ」
 そしてジュリエッタはそれを受け取った。これにより契約は成立した。
「ではホフマンの影を頼むぞ」
「わかったわ」
「では会場に戻ろう」
 ジュリエッタに声をかける。
「いいな。そしてホフマンを」
「ええ、わかったわ」
 こうして二人はパーティー会場へ戻った。二人別々にである。怪しまれない為の用心であった。
 会場に帰ってみると皆賭け事に熱中していた。ホフマンとシュレーミルがポーカーで激しいやりとりを展開しているところであった。
 ジュリエッタはここでチラリとシュレーミルの足下を見た。確かにダペルトゥットの言った通りであった。
(やっぱり)
 そこには何もなかった。どうやらダペルトゥットはジュリエッタとは別の女を使って彼の魂を手に入れたらしい。本人はそれに一切気付いていないのであった。恐ろしいと言えば恐ろしいことであった。
「もし」
 ジュリエッタはシュレーミルから目を離しホフマンに声をかけてきた。
「何か」
「御機嫌麗しいようですね」
「ええ、まあ」
 彼は如何にも気分よさげにこう返した。
「調子がいいですから」
「左様ですか」
「全く。こんな手強い方ははじめてですな」
 シュレーミルは苦笑してこう返す。
「私もポーカーではかなりの自信がありますが。その私が今まで一つも勝てないというのははじめてですよ」
「そうなのですか」
「ええ。おかげでこちらの方にえらく貢いでおります」
「ふふふ」
 ホフマンはそれを聞いて面白そうに笑う。
「奥方はともかく殿方に貢ぐ趣味はないのですけれどね。困ったものです」
「貢がれるというのも悪くはないですね」
「まあそうでしょう。今までは私が貢がれる側でしたが最高の気分でした」
「はい」 
 その言葉に頷いてみせる。
「ですが勝利の女神というものは気紛れなもの。今度こそ勝ちますぞ」
「勝てますか?」
「勿論。私には勝利の女神がいますから」
 不敵に笑ってこう返した。
「ではまたやりましょう」
「はい」
「最後に勝っていればいいのですからな、こういうものは」
「確かに。ところで」
「何でしょうか」
 シュレーミルはホフマンの言葉に応えて顔を彼に集中させた。
「その勝利の女神のことですが」
「はい」
「ニケのことですか、それは」
 ギリシア神話の勝利の女神である。アテナの従神の一人であり翼を持った美女である。アテナの意志に従い人に勝利をもたらすのである。
 
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