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ホフマン物語

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第四幕その二


第四幕その二

「ミュンヘンで婚約者を亡くしたばかりで」
「そうだったのですか」
「はい。そのショックからまだ立ち直れていないんですよ。それで酒浸りになっています」
「何て可哀想な方」
「元々酒は好きな方でしたけれど。最近は特に」
 ニクラウスは困った様な顔をして述べる。
「僕も困っているんですよ。どうしたらいいか」
「そうだったのですか」
「おおい二人共」
 二人の会話はホフマンには届いてはいなかった。彼はそんなことよりも今は酒の方が大事であった。その酒を二人にも勧めてきたのだ。
「飲むんだろう?早く来いよ」
「ああ、わかった」
「それでは御言葉に甘えまして」
 二人はそれに誘われる形でテーブルに就いた。そして乾杯の後でワインを口にした。
「へえ、これがヴェネツィアのワインか」
 ニクラウスはその赤いワインを飲んでまずは目を丸くさせた。
「美味いね、君の言う通り」
「そうだろう。いい気分になれる」
 ホフマンは赤い顔でそれに応じた。
「酒はやっぱりいい。飲んでいる時が天国だ」
「天国か」
「そうさ。僕にはやっぱり普通の人の様な幸せは望めない」
 恋愛のことを言っているのは言うまでもない。
「じゃあ酒だ。酒こそが僕にとって幸せであり天国なんだ。他に何があるっていうんだ」
「こんな調子なんですよ」
 ニクラウスはジュリエッタに小声で囁いた。
「何もかも酒で忘れようとしているんですよ。どうしたものか」
「どうにかならないのでしょうか」
「なるかも知れないですが。案外強い男ですから」
 ニクラウスは囁き続ける。
「時間が経てば」
「今は無理ですか」
「まあ当分こんな有様でしょうね」
「やあやあ」
 その時店の中から誰かが出て来た。見れば豊かな金色の髪をたなびかせた大柄な男であった。緑の瞳を持ち、赤いチョッキに黒いズボンを身に着けている。イタリア人らしい男伊達であった。
「大晦日はこれだけ楽しまないとね。皆さんどうも楽しんでおられるようで何よりです」
「あれは誰だい?」
 ホフマンは気になってニクラウスに尋ねた。
「誰だろうな、ヴェネツィアじゃ名の知れた男みたいだけれど」
 ニクラウスはそれを男の大袈裟な態度とそれを見て微笑む店の客達から感じ取っていた。
「シュレーミルさんですわ」
「シュレーミル」
「はい。この街の由緒正しい家の方でして。ちょっとした有名人ですの」
「そうだったのですか」
 二人はジュリエッタの言葉に頷いた。
「はい。この街きっての洒落者として通っています」
「じゃあドン=ジョヴァンニみたいなものかな」
 ホフマンは彼の声が低音なのを見てそう言った。
「女性が好きでもありますわよ。私も声をかけられたことがありますし」
「貴女が」
「はい」
 それを聞いてホフマンの顔が暗くなった。ニクラウスはそれを見て彼が戻ってきているのを感じていた。だがそれをあまり喜んではいなかった。
「またか」
 彼は心の中で舌打ちした。しかしそれは見せることなくワインを飲み、パスタを食べ続けたのであった。
「おや」
 シュレーミルはここでジュリエッタに気付いた。
「これはこれは」
 そしてジュリエッタに歩み寄って来た。ホフマンはそれを見て更に不機嫌な顔になった。
「ジュリエッタさん、今晩は」
「はい、今晩は」
 職業柄であろうか。ジュリエッタはにこやかに笑って彼に挨拶を返した。
「今日は素晴らしい大晦日になりそうですね」
「そうですね。ここのワインも美味しいですし」
「ここの酒は絶品ですぞ」
 彼は上機嫌でこう語った。
「何故なら私の家が経営しておりますから。味は私が保証致します」
「それはどうも」
「そしてこちらの方々は」
「どうも」
 ホフマンとニクラウスは彼に顔を向けて挨拶をした。
「見たところこちらの方ではないようですが」
 二人の彫が深く、そして白い顔を見てこう言った。ラテン系の顔ではないのがすぐにわかったからである。
「ドイツから来られた方々ですわ」
「ホフマンです」
「ニクラウスです」
 二人はジュリエッタの仲介を受けてそれぞれ挨拶をした。
「ホフマンさん」
 シュレーミルはそれを聞いて何かに気付いた様であった。そして彼に問うてきた。
「若しかして」
「何か」
「貴方はあの詩人のホフマンさんでしょうか」
「ええ、そうですが」
 彼はそれを認めた。
「あの有名な」
「有名かどうかはわかりませんが僕は詩人です」
 彼は答えた。
「そしてそれが何か」
「いやあ、こんなところで御会いできるとは」
 シュレーミルは満面に笑みをたたえて言葉を返してきた。
「貴方の砂の男と顧問官クレスペルは拝見させて頂きましたよ」
「あれをですか」
 それを聞いて何故か顔色を悪くさせた。
「素晴らしい作品でした、どれも」
 言葉を続ける。
「ちょっとあんなのは。想像もつかないですね」
「僕個人の経験をモデルにしたのですけれどね」
「貴方の」
「はい。まああまりいい思い出ではないですが」
 口を濁してこう述べる。
「色々とありましたから」
「そうだったのですか」
「そしてシュレーミルさん」
 ジュリエッタが彼に声をかけてきた。
「はい」
「今宵の予定はありますか?」
「とりあえずは騒ぐつもりです」
 彼は屈託のない顔でそう述べた。
「今年最後の日ですからね。名残惜しむ意味も含めて」
「左様ですか」
「マダムはどうされますか?」
「私もまだ決まっていません」
 ジュリエッタはにこやかに笑ってこう返した。
「けれど。楽しく過ごしますわ」
「そうですか」
「それでは暫しのお別れですね。残念ですが」
「何処に行かれるのですか?」
「ちょっとね」
 ウィンクして答える。
「遊びにですよ」
「それでは」
「はい」
 そして客達に声をかけた。
「皆さん、今日は私の奢りです。パーティーに如何ですか」
「パーティーに」
「はい。是非おいで下さい」
 シュレーミルは上機嫌で言う。
「御客様は多い方が宜しいですから」
「それでは。マダムもどうですか」
「そうですね」
 また声をかけられたジュリエッタは少し考えてから言葉を返した。
「それでは少しだけお邪魔させて頂きますね」
「少しと言わず何時までも」
「ふふふ」
 こうして客達とジュリエッタはシュレーミルに誘われて酒屋を後にした。後にはホフマンとニクラウスだけが残った。
「行かないのか」
「今はかなり酔っているんでね」
 ホフマンはニクラウスにこう答えた。
「少し醒めてから。それでも遅くはないだろう」
「まあそうだけれどね。おや」
 彼はここで運河の方を見た。
「どうしたんだ?」
「いや、ゴンドラが一隻こちらにやって来る」
「ゴンドラが」
「ああ。見てくれ」
 見ればその通りであった。立派なゴンドラが一隻こちらにやって来る。そこには黒い髪を後ろに撫で付けた背の高い痩せた男がいた。吊り上がった目を持っており、黒い服に全身を包んでいる。ホフマンはそれを認めて嫌な顔をした。
 
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