ホフマン物語
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第三幕その六
第三幕その六
「それじゃあ」
「そう」
そして唄いはじめた。肖像画はそれを確かめると元に戻った。ミラクルはバイオリンを弾きはしなかった。アントニアが唄ったのを確認して邪悪な笑みを浮かべ床の中に沈んでいった。床はそこがまるで水面であるかの様に彼を引き入れた。ミラクルは哄笑しながらその中に消えた。だが笑い声だけがそこに残っていた。
アントニアは唄い終えた。するとがっくりと倒れ込んだ。長椅子に身をもたれかけさせその場に倒れ込んだのであった。
「アントニア」
暫くしてクレスペルが部屋にやって来た。ホフマンとニクラウスも一緒である。
「ホフマン君達と話したのだがね。御前はミュンヘンから黒の森に」
ドイツの有名な保養地である。深い森に覆われた風光明媚な場所である。ドイツ人の心の故郷の一つであると言っていい。
「行ってゆっくり養生を・・・・・・ん!?」
だが彼はここで娘の異変に気付いた。
「アントニア、どうしたんだ」
「御父様」
長椅子に崩れ落ちているアントニアの顔はもう蒼白であった。血の気は全くなくそれが死相であることは誰の目にも明らかなことであった。
「御母様が」
アントニアは震える手で肖像画の母を指差した。
「唄えと仰るから」
「馬鹿な」
「そして唄ったら」
「こんなことになったのか」
「これは一体どういうことなんだ」
ホフマンは青い顔でアントニアが指差したその絵を見た。だがその絵は不思議な頬笑みを讃えるばかりで何も語ろうとはしなかった。
「絵の魔力だ」
「絵の魔力」
ニクラウスの言葉に顔を向けさせた。
「そうだ。絵の世界は我々の世界とは違う」
彼は深刻な表情で語った。
「別の世界だ。そこにいる者もまたこの世の者ではない」
「ではそれがアントニアを」
「誘ったのかもな。だがそれが彼女の母親とは限らない」
「それじゃあ」
「多分な。だが証拠はない」
「・・・・・・・・・」
ホフマンはそれを聞いて沈黙した。もう何も語ることは出来ない程打ちのめされてしまったからだ。
「ホフマン」
だがニクラウスはそんな彼に声をかけてきた。
「落ち着くんだ、いいな」
「ミラクルは何処だ!」
クレスペルは叫んだ。
「あいつが、あいつが娘を」
「クレスペルさん、落ち着いて」
ニクラウスは今度はクレスペルを宥めなければならなかった。
「さもないと娘さんが」
「もう駄目だ」
クレスペルは空しく首を横に振った。
「もう」
「そんな・・・・・・」
それを聞いてホフマンの全てが崩れ落ちてしまった。
「アントニア、約束したのに・・・・・・」
だがアントニアはその言葉に返すことはなかった。目も口も閉じ、長椅子に崩れ落ち動かないままであった。ホフマン達はその顔を見るだけしか出来なかった。
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