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ホフマン物語

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第二幕その七


第二幕その七

「もうワルツを踊ってはならない」
「はい」
 彼女は相変わらず無機質に応える。
「よいな」
「はい」
「わかったなら後ろで座っておけ」
「はい」
 こうして彼女が後ろに下がった。スパランツェーニが側に付き添っていた。ホフマンにはニクラウスが付き添っていた。
 彼はまだ床にへたり込んでいた。呆然としたままである。額の汗はまだ拭ってもいずそれが彼の狼狽した様子を如実に現わしていた。
「ホフマン」
「何だい」
 彼はニクラウスの呼び掛けに応じて顔を彼に向けてきた。
「眼鏡が」
「ああ」
 ニクラウスは床に落ちていた眼鏡を差し出した。それはもう完全に壊れていた。レンズは割れフレームは曲がっていた。もう使い物にならないのは誰の目からも明らかであった。
「もう駄目だね」
「そうだな。だけれどもういいや」
 ホフマンは汗を拭いながら言った。
「彼女は僕の側にいてくれるんだし」
「あんな目に遭ってもまだわからないのか」
「何がだ」
 彼はムッとまって言い返した。
「死にそうになったのに。それにあの手は」
「確かに信じられない強さだったけれどそれがどうしたっていうんだ」
「わからないんだな」
「ああ、わからないね」
 立ち上がりながら応えた。ニクラウスもそれに合わせて立ち上がる。
「君の言うことは」
「そうか。じゃあ仕方がない」
「えっ!?」
「これで今回は終わりだ」
「一体何を言っているんだ、君は」
「スパランツェーニ!」
 そこで誰かがこの屋敷の主を呼ぶ声がした。地の底から響く様な邪悪な感じのする声である。
「この詐欺師が!エリアス社は破産していたではないか!」
「クッ、ばれたか」
 その声はコッペリウスのものであった。スパランツェーニはそれを聞いて舌打ちする。
「覚悟しろ!今そこに行ってやるからな!」
「一体どうしたんだ?」
「詐欺師がどうとか」
「皆さん、これは」
 スパランツェーニは客達に対して言い訳をしようとする。しかしそこに大きな金槌を持ったコッペリウスがやって来た。
「金を返せ!さもなければ」
 そう叫びながら金槌を振り被る。その目は血走り怒りで釣り上がっていた。元々釣り上がっていた目がさらに上がりまるで悪鬼の様であった。
「こうしてくれる!」
 そして隣に座っていたオランピアに金槌を振り下ろしたのであった。
「オランピア!」
「駄目だ、ホフマン!」
 ニクラウスは慌てて彼女を助けようとするホフマンを後ろから掴んで制止した。
「今行けば君も!」
「けど!」
 金槌は無慈悲に振り下ろされた。そしてオランピアは粉々になってしまった。
「え・・・・・・」
 ホフマンだけではなかった。コシュニーユも他の客達もそれを見て呆然となった。粉々になってしまったオランピアの破片が辺りに飛び散るのを見て。
「これはどういうことなんだ・・・・・・」
「フン、こいつは人形だったんだ」
 コッペリウスは金槌を両手に持ったまま不敵に言う。その目も顔も完全に悪魔のそれであった。
「人形」
「そうさ、人形だ。わしが作った人形だ」
「はい」
 その足下にはオランピアの首が転がっていた。空を見詰めながら空虚にコッペリウスの問いに答えていた。
「それをスラパンツェーニに売ったのだ。はした金でな」
「はい」
 オランピアは空虚な声でまた答えた。
「それがオランピアだったのだ。彼女は人形に過ぎない」
「人形・・・・・・」
「それじゃあ僕は人形を」
「そうさ」
 ニクラウスが答える。
「信じられないだろうが本当のことだ」
「・・・・・・・・・」
 彼はそれを聞いてガックリと肩を落とした。そしてそこに倒れ込む。その足下にも周りにもオランピアの破片が転がっていた。ゼンマイや歯車、ネジ、そして白い壊れた指が彼女が何者であったかを何よりも雄弁に物語っていた。
「人形だったなんて」
「地の底からの報いだ、スパランツェーニ」
 コッペリウスは金槌を置きスパランツェーニに対して誇らしげに言った。
「ざまを見よ。わしを騙したからこうなる」
「この悪党が」
 スパランツェーニはその身体をワナワナと震わせながら言葉を返した。
「こんなことをして只で済むと思っているのか」
「どうするつもりだ?」
「知れたこと。殺してくれる」
 そう言いながら彼に掴み掛かろうとする。
「覚悟しろ」
「そんなことをしてもオランピアは元には戻らんぞ」
「こんなものどうでもいいわ」
「こんなもの」
 ホフマンはその言葉に我に返った。
「人形なぞ。どうなってもいいわ」
「どうなってもいい・・・・・・」
「そうさ、オランピアはそうした存在だったんだ」
 ニクラウスはホフマンに対して語った。
「心を持たない人形だったから。その程度の存在だったんだ」
「そんな・・・・・・」
 その言葉が止めとなった。ホフマンはもう立ち上がれなかった。
 後ろでスパランツェーニとコッペリウスの掴み合いの喧嘩がはじまった。客達はそれを呆然と見る。だがホフマンはそれを見ることはできなかった。ただ絶望の中に沈んでいた。
 
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