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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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Chapter.1 邂逅
  2話「蒼き森の神殿」

 私は今、より強い魔力の波動が自然に発生する数少ない地、『魔の力の聖域(サンクチュアリ)』にいる。周りを見れば、どれも樹齢1000年を超える大樹ばかりだ。それが人の手に触れずに育ち続けているから、まるで密林のように生い茂った森である。

 私が目指しているのは、この森の奥にあるという2000年前の古代遺跡『ノルテアレ遺跡』。今では抽出されなくなった、蒼い大理石で造られた、別名『蒼の神殿』だ。

 周りの木々から洩れ出る魔力を微量ながらも吸い、一週間この清流の水とここで採れる食べ物しか口にしていない今、私の体内に蓄えられている魔力もまた、随分と透き通った物となった。質が上がった、といえば伝わるだろうか。

「よい、しょ……と。ついた…」

 一般的な女性に比べればあるだろうが、冒険者としては足りない部類に入り、その上一週間大した量を飲み食いしていない私の体力がそろそろ切れる、といったときに、ついに視界が開けた。
 目に飛び込んでくるのは、まさしく『蒼い』石造りの神殿。

「綺麗……」

 なんともなしに呟きながら、疲れも忘れて建物内部へと向かう。もともとはあったであろう天井は、もう影も形も無くなり、青空が見えるばかりである。辛うじて床と柱が残ったのみとなった神殿は、それですら幻想的な力を発していた。

「……」

 私はここで、最強の召喚獣を呼ぶ。何のためにか? それは内緒。

 私はこう見えて、実は召喚魔法の使い手なのだ。ランクはB+。伝わるかどうかは不明だが、実はこれ、結構凄い。今扱えるのはまだ3体の召喚獣だけだけど、これから最強の魔獣を召喚してみせる。そのために、私はここへ来た。強い魔を従えて、私はまた各地を旅する。追手に捕まらないように。

 ようやくそれに相応しい場所を見つけた。広場のような場所だ。ここなら、契約の魔法陣も簡単に書けそうである。

 邪魔な小石や石の破片をどかすと、私は鞄から白いチョークを取り出して、確かな手つきで陣を書き始める。中心に月と太陽。周りには嘘か真か魔人が使うとされる絵のような文字を書いた(私自身、この文字は読めないから、これが何を意味しているのかはわからない)。それらを二重の円で囲み更にダイヤ型の四角でつつむ。その周りに今度は神官のみが読める古語を書きまた円で囲んだ。鞄から2輪の白いハフリの花を陣の中心に置く。上から聖水と、ナイフで切った私の血を一滴おとし、準備は終了。

 陣の前に立ち、膝を折り祈るような体制で手を組む。一陣の風が吹き、私の長い銀色の髪が舞った。

「منحالعدومنأقوىاللعالم مختلف من بلدي من فضلكالل」

 “祈りの言葉”と言われる(陣に使ったのとは違う)古語を呟く。手をきつく握りすぎたせいで、先の傷口からの血が掌を伝わり石の床に落ちた。

「うう……」

 陣が淡く光った――と思った瞬間、ぐいんと私の中にあった魔力が吸い込まれる。ここに至るまでに溜めてあった殆どの魔力を吸われ、精神的な苦痛に思わず声が漏れた。

「きゃっ!」

 突然、魔法陣を中心に、眩い光と突風が吹き荒れる。契約召喚の魔法陣を発動すると、その陣を中心として異界の風が吹くのは分かってはいるが、未だかつて、これ程までに強い風を見に浴びたことは無い。思わず祈りの姿勢を崩して、お尻をついてしまった。

 やがて魔法陣からの光と風が止む。目を覆っていた腕を離すと、そこには風の名残で砂煙が上がっている。私の足元に、黒焦げになったハフリの花びらが落ちていた。手に取ろうと触れると一瞬で灰の砂となり、風に散っていく。ハフリの花がここまで酷いありさまになるのを見たことがない私は、召喚が失敗したのではと危惧し、未だに収まらない砂煙を凝視する。

 ゆらりと人影があった。どうやら召喚は成功した――と安心する間もなく、私はギョッとして前をまた見た。
 人影がある(・・・・・)? 私は今、ありったけの魔力を陣に注ぎ込んだ。だから、私が扱える最強の魔獣が表われる筈。それが……人型!?

 まさか、魔の眷族でも召喚したか、と焦り始める。

 魔の眷族は、何れも普通の魔獣では到底及ばない力を持つ。それは、この世で最強と呼ばれる魔神――もとい、魔人の血を有しているからだ。だが、その血は薄れるごとに、獣を異形へと変えていく。つまり、より人型に近くなれば成程、奴らは強くなるのだ。
 そして、完全に人と見分けがつかない者が、この世界のヒエラルキーの頂点にいる、魔人。
 しかし、一番の下っ端として知られる魔の眷族『グリッグ』でも、単体Bランク評定を受けている。仮にそれが来たとしても、今魔力がほとんど残っていない私では叶わない。

(しまった……!!)

 たまにいるのだ。あまりにも必死に祈りすぎて、自らの力量を越えたモンスターを召喚してしまう召喚魔道士が。まさか自分がそんな駆け出しの召喚魔道士のような事をすると思わなかった。

「ギシャァァァァアアアッ!!!!!」

 耳を劈くような叫びが、静かな魔の力の聖域(サンクチュアリ)に響く。収まり始めていた砂煙は、中心にいた獣――魔の眷族第八世代、黒き飛竜「ジルニトラ」の羽ばたきによって散った。中にいたのが人型ではなく飛竜だった事にも驚いたが、そんな事を呑気に考えている場合ではない。
 一般的に言われる飛竜「ワイバーン」の上位種であるジルニトラは、単体Aランク評定。グリッグなど、束になってかかってもこの竜には勝てまい。
 当然、今の私が勝てる確率など、皆無に等しかった。

「……ぁっ」

 立って逃げなければと思ったが、あまりのショックと恐怖、目の前の竜が放つ圧倒的な存在感に、腰が抜けた。じりじりと後退しながら、どうかこの竜が自分の事を見つけないように居てほしいと祈るばかり――が、長い長い間『狭間』に閉じ込められ、出てきた途端にい沸いて出るこの空腹感の前で、目の前に転がる柔らかそうな少女を食べずに素通りするほど飛竜は甘くはない。何度か羽ばたきを繰り返すと、黒光りする甲殻に覆われた頭をこちらに向けた。横についている赤い目が、ぎょろりとこちらにむけて焦点を合わせる。

 ついにがたがたと震えだした足腰は、もう後退することすら無理にさせていた。

「ギシャァァァァアアアッ!!!!!」

 再び頭がくらくらしそうな叫びを上げると、一気に少女の元まで滑空する! 

「いやあぁぁぁ!!!」

「ちィッ」

 思わず絶叫した時、誰かの舌打ちが聞こえた気がした――その途端。青い広場に赤い血がまき散らされた。
 少女の物ではない。彼女はまだ、肩で息をしながら、それを茫然と見ている。が、やがてぱたりとその上半身を蒼大理石の上に沈めた。
 
 

 
後書き

アラビア語は翻訳機能を使いましたので、もし読める方がいらっしゃったら「ん?」となるかもしれません。

意訳「神様お願い~。異世界から最強の魔獣を与えてくれよ~」


……意訳(・・)だから!!! 
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