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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Mission7 ディケ
  (3) ハ・ミル村 ①

 
前書き
 嫌ってくれてるほうが都合がいいのに 

 
「もう朝になってる!」
「ナァ~!」

 エルとルルが崖際の柵に登って声を上げる。
 ルドガーも山の彼方の、薄紅に色づく空を見上げた。イラート海停に集合したのは夕方、馬車での行路を考えてもまだ夜の真ん中の時間帯のはずなのに。

「エル。そんなとこにいたら危ないわよっ」
「ヘーキだし! ミラはカホゴすぎーっ」


 ――“どうしたルドガー!? 転んだのか? まさか誰かにやられたのか!?”――
 ――“平気だって! ユリウスはカホゴすぎなんだよ!”――
 ――“弟がケガしてるんだから当たり前だ! ほら、見せてみろ”――


 さらに言い募ろうとしたミラを、ルドガーは肩を掴んで制した。

「本人が平気って言うなら好きにさせてやれよ。ケガが心配なら俺たちでフォローすればいいんだし」
「エルはまだ8歳なのよ? 放っておけるわけないじゃない」

 ミラは荒々しくルドガーの手をふりほどいて走り、エルを後ろから抱えて柵から下ろした。


「――大丈夫だって言ってんだろうが」


 小さく小さく、ルドガーは呟いた。

「エルさん。今はまだ朝ではありませんよ。この地域は暁域という霊勢でして、一日中朝焼けなんです」
「じゃあずーっと朝なの? 寝る時困らない? 暗いのは好きじゃないけど、エル、夜にならないと眠れないよ? 時間とかどうやって計ってるの?」

 洪水のような「何で?」攻撃。ローエンはイヤな顔一つせず、ていねいに解説していく。エレンピオス人のルドガーも分かっていない部分は拝聴させてもらった。

「んー……でもやっぱ、エルは朝が来たら昼になって夜になるほうがいいな」
断界殻(シェル)がなくなったので、霊勢の偏りは徐々になくなっていくでしょう。エルさんがもう少し大人になる頃には、ハ・ミルの青空や星空を見ることがきっとできますよ。空の色を肴に一杯、なんて乙な楽しみ方もできるかもしれませんね」
「空にサカナいるの!?」
「酒のつまみって意味だよ」

 エルがむくれて足にもたれてきた。ルドガーは心得て、エルの両脇に腕を入れて支えてやった。するとエルは安心してかさらに背中を預ける。ここからはバランス勝負だと、エルとの付き合いも長いルドガーは承知していた。

「これは失礼。ちと年寄りくさい言葉でしたね」
「そんなことないって。俺でも分かった」
「ありがとうございます。――ルドガーさんはお酒はイケるクチですかな?」
「呑んだことないから分からないな。せっかく呑める歳になったことだし、今度教えてくれるか?」
「喜んで。ここのパレンジワインなどで一杯やりながら語り明かしましょう」
「ルドガーとローエンばっかズルイー」

 エルがじたじたと抗議してきた。めんどくさくなったルドガーはそのままエルを抱き上げた。

「しょーがないだろ。実際に俺たちのほうが大人なんだから」
「パレンジはジュースもありますので、エルさんもご一緒しましょう」
「う……しょーがないからそれで許してあげる」

 エルは明らかに嬉しそうだ。だが指摘するとエルはムキになって否定するのでルドガーは黙っていた。沈黙は金だ。

 ふとローエンが何かに気づいた顔をした。エルがローエンにどうしたのかと問いかける。

「いえね。ハ・ミルはエリーゼさんが前に住んでらっしゃった村でもあるんですよ。果実酒のことで芋づる式に色々と思い出しまして」

 そこに撮影中だったはずのユティがぬうっと現れた。いつのまに、とはすでに誰も言わないのがユティクオリティ。

「――ルドガー」
「帰りにな。どうせ一日仕事になるだろうし、お前が泊まりたいなら泊まっていいぞ」

 ユティは能面のまま、しかし期待に(おもて)を輝かせ、ハ・ミル村入口の坂をじっと見上げた。今回は何十枚撮ってくるやら。土産話が楽しいから、ルドガーとしては大歓迎だが。

「エリーゼさんをメンバーから外してしまったのは失敗だったかもしれませんねえ」
「今度はエリーゼも一緒にくればいいよっ」
「そうですねえ。親睦を深めるために皆さんで旅行というのも悪くありませんな。一つジジイが段取りを練ってみましょうか」
「やったぁ!」

 今度はエルが翠眼をキラキラ輝かせる。今日はやたらと若い女子が眩しい日だ。

 キラキラオーラを2回も浴びたところで――村の上方からしゃがれた悲鳴が轟いた。




 ルドガーはとっさにエルを後ろにやって身構える。ローエンはルドガーの死角をカバーする位置に付く。ミラとユティはその場から動かず、しかし武器にいつでも手をやれるように構えた。

 そんな彼らとは裏腹に、ふわぁりふわぁりと漂ってきたのは、水色から浅黄へのグラデーション・ヘアと、髪以上に大きな翅を持った女だった。

 驚いたのは女の容貌や浮遊ではない。この女をルドガーは知っていた。
 初任務の分史で殺したはずの、ミラの姉、大精霊ミュゼ――!

(でもここで会ったということはこの精霊は正史世界の精霊なわけで。俺たちとも今日会うのが初めてのはず……)

「姉さん……!?」
「ミラ!? ……じゃないわね。あなたはどなた?」

 縋るようなバラ色の目が、一瞬にして曇った。ミラは俯き、両手を下で組み合わせた。顔を上げたミラは、いつもの皮肉屋な女の仮面をつけ直していた。
 思考は追いついたのに、ミラへのフォローが間に合わなかった。ルドガーは忸怩たる思いだった。

「初めまして。元マクスウェルよ」

 ミュゼはミラの自己紹介に首を傾げ、ルドガーを向いて改めて小首を傾げた。

「どういうこと?」





 ルドガーとローエンがミュゼに事情を説明する間、ユティは柵に凭れて永遠のマジカルアワーを眺め――てはいなかった。ユリウスとメールのやりとりをしていた。

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   To:J
   Subject:現況報告。緊急

 リドウにあなたを探すように命令されたから付いて来た。今、リーゼ・マクシアのハ・ミル。同行者に大精霊がひとり増えそう。正史のミラの姉さん。

                                      Eu
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   From:J
   Subject:Re:現況報告。緊急

 奇遇だな。俺はキジル海瀑にいる。ハ・ミルからすぐだ。ここから分史に進入するつもりだった。
 やはりルドガーにこのままエージェントを続けさせるわけにはいかない。一度会って話がしたい。
 エージェントの目と鼻の先で骸殻を使えば、分史対策室もすぐ俺だと分かるだろう。ルドガーに骸殻を使わせるのは望まないところだが……

 今から進入してそちらの到着を待つ。
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   To:J
   Subject:了解

 じゃあ分史で会いましょう。ルドガーの写真持ってくね。その辺は変な魔物が多いから気をつけて。無理はしないで。ワタシたちが着くまでは、ちょっとでいいから体を休めててね。

                                      Eu
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   From;J
   Subject:Re:了解

 気遣いありがとう。また後で。

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 用件だけのショートメールのやりとりを終え、GHSを荷物に突っ込む。直後、ルドガーのGHSにヴェルから連絡が入った。ユリウスらしきエージェントが分史に入った、と告げているのだろう。

「注意したほうがいいわ。何だかそのユリウスって人、誘ってるみたい」
「だからって、逃げるわけにはいかないでしょう」
「――、ねえルドガー。私も一緒に連れてってくれない?」
「構わないが、どうして?」

 ふわん。ミュゼはミラの後ろに浮かび、むき出しの両肩に手を置いた。

「この子が心配だから。危なっかしいところはミラそっくり」
「お、大きなお世話よっ!」

 ミラの怒鳴った声は裏返り、頬は夕日にも分かるほど赤く染まっていた。
 ――異世(ことよ)の姉妹。
 ユティは戯れる女たちを被写体に、彼女たちには気取られないようにシャッターを切った。


 そのままカメラの向きをルドガーに合わせる。ファインダーの中に映るルドガーは、ミラとミュゼのやりとりに釘付けになっている。しかもルドガー本人がそれに気づいていない。

(きょうだい、ってシチュエーションで思い出しちゃったかな。いい思い出の回想なんかしてたら、まずい。せっかくマイナスに傾ききったユリウスへの気持ちがまたぐらつきかねない)

 画策していると、ファインダーの中に人物が増えた。ローエンだ。

「ルドガーさん。今、ユリウスさんのことをお考えでしょう」
「え…? あ! や、別にそんなことっ」
「会いたくない、と顔に書いてありますよ」
「……マジで?」
「今日まで何度もルドガーさんとお仕事をご一緒させていただきましたからね。これでも少しは、ルドガーさんのお気持ちを察せるようになったと自負しておりますが、いかがですか?」

 目を逸らし。首を直角に宙を仰ぎ。俯いてうなじを押さえて。

「あ~~~~~~~~っ!」

 ルドガーはしゃがんで叫んだ。びっくり、した。

「すみませんが、分史世界に入るのは少し待っていただけませんか。ルドガーさんとお話ししたいことがありますので」
「い、いいケド…」
「ナァ~…」
「やった。もう一度パレンジの木に行きましょっと」
「ひょっとしてさっきの悲鳴って……あなたのしわざ?」
「だってお腹が空いちゃったんですもの。たくさんあるんだから一つや二ついいでしょ? さ、行きましょ行きましょ」
「ちょ…っ、それ泥棒の常套句よ!」

 ミュゼが強引に自分たちを村へ入る坂へと押し出した。こうなっては振り解いて場に留まるとあまりに不自然だ。ユティは小さく呟いた。


「――状況、失敗」 
 

 
後書き
 ミュゼ登場の回でございます。拙作のミラさんとミュゼは意外とうまくいきそうな感じを出してみました。ミュゼには妹増えた♡ みたいな感覚かと。

 そしてローエンをPTインさせた理由をようやく書けました。いわゆるハーレムPT(男子がルドガーしかいないパーティを指す)ではルドガーの気持ちに気づけそうなメンツがいないものですから、人生経験豊富で相談事も得意そうなじいちゃん、出番だぜ! じっくりとっくりルドガーのユリウスへの感情を聞いてやってくり!!

 しかしこうして書くとルドガーパパ、ミラママ、エル娘の構図が定着してきてるような……最後まで二人との関係は曖昧にしときたかったのに!

 ものすっっっっっっいどうでもいい話題ですが、この日、というかこの数時間前? 作者誕生日迎えました。この歳になると嬉しくねえもんですなあ(T_T)! 
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