アドリアーナ=ルクヴルール
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第一幕その一
第一幕その一
第一幕 コメディ=フランセーズ脇の控え場所
フランスはよく芸術の盛んな国だと言われている。文学も音楽も美術もそうである。そして演劇もまた盛んである。
フランスが文化に魅せられてから演劇は親しまれてきた。太陽王ルイ十四世もモリエールの喜劇に主演することを好んだし誰もがオペラや舞台劇に熱中した。豪華で派手なグランドオペラもフランスで生まれた。
そのフランスで有名な一座としてコメディ=フランセーズがある。前述のモリエールにその基礎が作られ彼の後継者であるラ=グランジュの手により正式にこの名となった。時に一六八〇年のことである。
その演目は多岐に渡った。一座の名が示すとおり喜劇を演ずるがそれだけではない。コルネイユやラシーヌの悲劇も上演する。もっとも一番よく上演されるのは創設者であるモリエールの劇であるが。
そのフランセーズ座が創設されて何十年か経った頃であった。既に太陽王もこの世を去り彼の曾孫でありフランス一の美男と謳われたルイ十五世の時代となっていた。文化は円熟期にありそれを味わう貴族達の目は肥えたものとなっていた。彼等は日々舞台を楽しみそれを批評していた。その為舞台関係者達は一舞台一舞台に必死に取り組んでいた。
この日もそうであった。フランセーズ座脇の控え場所は上演の準備でてんてこまいであった。
控え場所といってもその内装は豪華である。ルネサンス調の部屋であり洒落た暖炉まである。そしてその上にはモリエールの胸像が置かれている。
そして四つの扉がある。そして棚に鏡と小道具で散りばめられている。衝立や金色のテーブル、花模様のダマスコ織りの肘掛け椅子や腰掛が並んでいる。ゲームテーブルやチェスもある。
扉の一つから黒い髪と瞳の背の高い女優が入って来る。東洋的な美しい顔立ちをしており均整のとれた身体をしている。そしてトルコ風の衣装を身に着けている。
彼女は鏡の前の席に座った。そして最後の仕上げに取り掛かっている。
もう一人入って来た。あだっぽい服を着た紅い髪と茶色の瞳をした小柄な女性である。小柄であるが胸は大きい。彼女は大鏡の前でしきりに仕草を気にしている。
そして二人の男優が入って来た。一人はトルコの高官の服、もう一人は庶民の格好である。二人共背が高く顔立ちも整っている。高官の服を着た男は棚からターバンを取り出してそれを頭に巻いた。庶民の服の男は将棋台が置かれている席で鏡を見ている。
そこへ年老いた男が入って来た。
見ればやや小柄で背の曲がった老人である。服は立派だが何処か服に着られているという感じである。頭は少し禿げ上がり顔には深い皺が刻まれている。どうやら今回の舞台の裏方の一人のようだ。
「監督!」
トルコ風の衣装を身に着けた女優が彼を呼んだ。彼はどうやら今回の舞台で監督を務めているようだ。
監督といえば地位が高そうだが当時はそうではなかった。俳優、とりわけプリマ=ドンナと呼ばれるトップ女優の地位が最も高く舞台監督は雑用に過ぎなかった。だが雑用なくして舞台が成り立たないのも事実である。雑用を馬鹿にする者は何事においても大成しないものである。舞台においてもしっかりした縁の下の力持ちなくしてはいい舞台は無い。
「白粉は何処!?」
「あの上ですよ、マドモアゼル!」
彼はそう叫ぶと棚を指差した。
「監督!」
今度は庶民の服を着た男優が彼を呼んだ。
「紅は何処ですか!?」
「そこに引き出しですよ、ムッシュ!」
彼はその男優が座っている台を指差した。
「監督、私の扇は何処へいったの!?」
赤髪の小柄な女優が尋ねた。
「僕のマントは!?」
高官の格好をした男が叫んだ。
「はい、扇もマントもこちらにありますよ!」
箪笥を開けて扇とマントを取り出す。そして二人に走りより手渡す。
「監督手伝って!」
白粉と紅で化粧をしている二人が彼を呼んだ。
「ちょっと、私の手は二本しかないんですよ!」
監督は思わず悲鳴をあげた。
「そんなのいいから錠剤持って来て!」
四人共聞いてはいない。それどころではない。赤髪の女優がまた叫ぶ。
「付けほくろ!」
トルコ服の女優の催促。
「バンドは!?」
「剣を持って来て!」
男優二人が監督を呼ぶ。
「早く、早く!」
四人は催促する。もうたまらない。
「はい、全部ここに!」
四人に満足してもらう為に箱をぶちまけ引き出しを抜いて装飾品をよりだし化粧品を手渡す。そして呟いた。
「監督、監督、って私は神様じゃない。そんな何でもすぐに出来る筈もないじゃないか。何でも私に押し付けて面倒は全て私持ち・・・・・・。もう我慢出来ない」
はああ、と溜息をつく。
「監督どうしたの?」
庶民服の男優が首を傾げた。
「舞台監督とは名前はいいがとんだ仕事だ。毎日毎日朝から晩までお喋りのお相手に喧嘩の仲裁、演出に設定、そして打ち合わせ・・・・・・。私は一人だよ、なのに何故何人分もの仕事をいつもしなくちゃならんのだ!?」
「またいつものぼやきね。さてと、最後の仕上げね」
トルコ服の女優は彼から視線を外し化粧に取り掛かる。
「役員か劇場主にでもならないと休みなんか取れそうもない。一体何時までこんなことをしなくちゃならないんだろう」
そんな彼をよそに俳優達は自分のことに余念が無い。
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