西部の娘
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第二幕その一
第二幕その一
第二幕 山小屋
ミニーとジョンソンはそのまま馬で話をしながら山を登っていた。やがて小さな小屋が見えてきた。
「あれよ」
夕暮れが落ちようとしている。その赤い夕陽の中にその小屋はあった。
「あれか」
ジョンソンはその小屋を見て言った。
「中々いい家じゃないか。粗末だなんて言って」
「それは中を見てから言ってね」
ミニーは苦笑して言った。
二人は馬を繋ぎ止めた。そして小屋の中に入った。
「これは・・・・・・」
ジョンソンは小屋の中を見て言葉を漏らした。
中は確かに質素である。調度品は少ない。しかしそのどれもが綺麗に手入れされており部屋の中もよく掃除されている。綿のカーテンは赤っぽい色であり何処か女性らしい。確かに質素だが整った家である。
「いい家じゃないか。予想以上だよ」
ジョンソンは彼女に対して言った。
「有り難う。褒めてくれて」
ミニーはその言葉を聞き微笑んで言った。
「けれど狭いでしょ。本当にあばら家だから」
そう言いながら暖炉に薪を入れる。
「いやいや、立派な家だよ」
ジョンソンは火打石を出しながら言った。
「ありがと」
ミニーはその火打石を受け取って答えた。そして薪に火を点ける。
火は瞬く間に薪を包んでいく。小屋の中に温もりが満ちていく。
「どうぞ」
そして食事を出した。パンと干し肉だ。
そして薪の上でポタージュを作っている。ジャガイモと野菜のポタージュだ。
「召し上がれ」
まずはパンと干し肉をテーブルの上に置いた。
「有り難う」
ジョンソンはテーブルに座った。そしてミニーに対し礼を言った。
「いえ、簡単なもので申し訳なくて」
ミニーもテーブルに座った。そして恥ずかしそうに言う。
「いやいや、そんなことは」
ジョンソンは彼女の言葉を否定した。
「とても美味しいし」
パンを口にして言った。
「それに温かい食事というのはやっぱり有り難いしね」
煮え出しているポタージュを見ながら言った。
「普段は何を食べているの?」
「手に入ったものを。もっぱら捕まえた獣の肉だね」
「そう。それじゃあ辛いでしょう」
「干し肉とかにしてるからね。この肉みたいに」
そう言って干し肉を手に取った。
「けれどこの干し肉の方が美味しいな。男が作るとやっぱりまずい」
干し肉を口にして言った。
「うふふ、口が達者なのね」
ミニーはそれを聞いて微笑んで言った。
「コーヒーも如何?」
ミニーはブリキのカップに入ったコーヒーを差し出した。
「これは有り難い」
ジョンソンは笑顔でそのコーヒーを受け取った。
「実は大好きなんだ」
そして笑顔で口に含む。その香りが口中に拡がる。
「それにしても不思議だな」
ジョンソンは小屋の中を見回して言った。
「何が?」
ミニーはそれに対して尋ねた。
「うん、ここにこうやって一人で住んでいるのが。ポルカかその側に住むのが普通かな、と思うし」
「訳を知りたい?」
ミニーは両肘をつき顎を両手の甲の上に置いて問うた。
「うん。良かったら」
ミニーはそれを聞き笑顔で語りはじめた。
「私がソレダードで生まれたのは話したよね」
「うん」
「私の家は山の麓にあったのよ。そして私はいつも野山の中を駆け回って遊んでいたわ。野原に下りてカーネーションやジャスミンを探したりしてね」
彼女は少しうっとりとした目で言った。
「山には松の並木があってそこでマツボックリを取ったわ。そしてそれでいつも遊んでいたのよ」
ふと小屋の壁を見る。そこにはマツボックリが数個掛けられていた。
「今も時間があればそうしてるわ。私は今でも野山や野原に行くのが大好きなの」
「山が荒れた時は?」
ジョンソンは尋ねた。
「その時は本を読むわ。聖書をね」
「聖書か。その他に読む本はある?」
「あるわ。これよ」
そう言って一冊の本を取り出した。
「これは・・・・・・恋愛小説かい?」
ジョンソンは表紙に書かれた題名を見て言った。
「そうよ。柄に合わないけれど」
ミニーはクスリ、と笑って言った。
「けれどまだよくわからないの」
ミニーは席に戻って言った。
「恋愛がどんなものかは。ひょっとしたらこれからずっとそうなのかも」
苦笑して言った。
「束の間の恋も永遠の愛も私には関係無いのかも」
「それは違うと思うよ」
ジョンソンは言った。
「世の中にはその束の間の恋や永遠の愛に全てを捧げる人がいるのだから」
「そうかしら」
「ええ。今ここにも」
そう言ってミニーを見つめた。
「嫌だわ、そんな冗談」
ミニーは顔を赤らめてそれを否定した。
「嘘なんかじゃありませんよ」
ジョンソンは首を横に振って言った。
「あの時会ってから」
その言葉を聞いたミニーの脳裏にあの時のことが甦る。
「あの時ですね」
二人がはじめて会ったあの時だ。
「モンタレーでのことを」
「ええ、よく覚えているわ」
ミニーは答えた。
「忘れる筈がないわ。けれど」
そこで言葉を区切った。
「けれどあたしには・・・・・・」
それを容易に受け入れられないのだった。
「怖いのですか?」
「え!?」
ミニーはジョンソンのこの言葉に顔を上げた。
「恋が」
「それは・・・・・・」
言葉が出なかった。
「僕はあの時から・・・・・・」
ジョンソンはミニーを見て言った。
「止めて・・・・・・」
ミニーはそれに対し目を瞑り耳を塞ごうとする。
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