戦国異伝
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第百十三話 評定その八
その為その顔もだった。
「飛騨者達すら素顔を知らぬという」
「では誰もその真の貌を知らないと」
「そうじゃ。だからじゃ」
それでだというのだ。
「呼べどここに連れて来ることもできない」
「ではやはり」
「巡り合わせじゃな。しかし」
「しかしですか」
「縁じゃな」
信長も言った。
「会う時が来れば会えるじゃろう」
「巡り会わせだからこそ」
「その時を楽しみにしよう。ではじゃ」
「それではですか」
「津田と今井には商いの便宜を与えた」
これが彼等への褒美だった。
「そして利休にも与えた」
「あの方には一体何を」
「茶器にじゃ」
まずはそれだった。やはり利休への褒美はそれだった。
「あの者は領地を欲しがってはおらぬ」
「武士ではないからですか」
「武士ではなく茶人じゃ」
利休はあくまでそうだった。彼は武士ではなく茶人だ、だからこそ領地を欲しがったりはしないのである。
では何が欲しいのか、まずは茶器であり。
「そして誰に対しても茶会を開くことを許した」
「誰に対してもですか」
「わしがお墨付きを与えた」
他ならぬ信長がそうしたというのだ。
「一の人であるわしがな」
「そうされたのですね」
「うむ、そうした」
今天下第一の者と言っていい信長が許したのだ、それこそ帝以外のどの者にも彼が主に催す茶会を
開けることになったのだ。
それを信長は利休に許した、それこそがだった。
「わしのあの者への最大の褒美じゃ」
「そうなのですね」
「あの者はそれで満足しおった。思えばじゃ」
「思えばとは」
「あの者は実に欲が深い」
利休はそうだというのだ。
「あの者は道を極める。それでじゃ」
「茶会を許されたのですか」
「うむ、茶道は茶を飲むこと」
それでだった。
「茶会を何時でも誰にでも開くことが出来れば道を極めることが早まるからのう」
「利休殿はそれを望まれていますか」
「あの者は道を極めることについて実に貪欲じゃ」
だから茶会を開くことを求めたというのだ。
「そしてわしもそれを許した」
「利休殿の欲を受け入れられたのですか」
「わしは天下を目指しておる」
もっと言えば天下泰平をだ。
「そしてあの者は道を極めることを目指しておる」
「同じですね」
「うむ、同じじゃ」
共に究極の高みを目指しているということにおいて信長と利休は同じだというのだ。そうしてだった。
利休の欲についてさらに言う信長だった。
「あ奴は極めてそれで終わりではない」
「といいますと」
「うむ、釈尊は悟りを開いてもそれで終わりではなかった」
むしろそこからがはじまりだ。信長は神仏に縁が薄い様に見えてそれでいて実に多くのものを知っているのだ。
「それと同じでじゃ」
「利休殿も茶の道を極められ」
「そこからさらに進むつもりじゃ」
「道は極めて終わりではないですか」
「むしろそこからじゃ」
信長は茶道のその果てしなさに己が目指している天下統一と同じものを見ていた。それ故に思い入れも込めて言うのだった。
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