ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
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アインクラッド編
予行訓練
〈月夜の黒猫団〉と共に夕食を頂いた次の日である今日の朝、アスカは再度彼らのギルドホームへと足を運んでいた。
転移門から昨日の往復で覚えた道のりを一人で歩く。
今日はまだボス戦を行わない。
いや、行えない。
偵察は十分。
アスカとしては今すぐにでもボス攻略を敢行したいところだが、まだ食料や鍛冶職人が集まりきっていないのだ。
どんなに早くても、ボス戦決行は明日の昼頃になるとの報告を受けている。
昨日の夜もかなり遅い時間まで事務作業に追われていたので、少しだけ眠い。
道中で不思議な香りのするコーヒーのようなものを購入し、飲みながら歩くこと数分。
〈月夜の黒猫団〉のギルドホームへとアスカはたどり着いた。
ノックして待つこと数秒、ドアが勢いよく開けられる。
「やあアスカ。おはよう」
「おはよう、ケイタ」
玄関先で出迎えてくれたケイタにアスカも挨拶を返す。
そのまま、廊下を歩き昨日の晩に夕食を囲んだテーブルのあるリビングへと案内される。
既に6人は揃っていたが、何故か女性陣2人――――キリトとサチはアスカにも負けじと眠そうだ。
「「ふあー・・・・おはようアスカ」」
完璧に同期した動きで欠伸したキリトとサチが、これまた同じタイミングで挨拶をしてくる。
「おはよう。どうした? やたら眠そうだな」
アスカは返事をしながら空いている席、キリトの正面に座る。
眠たげに目を擦りながらキリトが答える。
「昨日、アスカからボス戦が明後日になるってメッセージをもらって、サチと長話してたら寝不足」
「・・・・今日はフィールドに出るとも伝えていたはずだが?」
アスカのうろんな視線をキリトは横を向いてやり過ごす。
その動きに合わせてもう1人の寝不足さん、サチへと視線を移す。
こちらは分かりやすく決まり悪げな顔をする。
「ごめん、アスカ。私が久々にキリトと話できるからって、ずっと付き合ってもらっちゃったから・・・・」
「・・・・まあ、今日の戦闘に支障がないようならいいんだが・・・・」
「それは大丈夫・・・・・・・・だよね、キリト?」
自信なさげな感じのサチが同意を求めて訊ねると、キリトは何故か少しだけ胸を張った。
「それについては問題ない。わたし、集中していても亀のクリティカルポイント狙うの苦手だから」
どこに問題がないのだろうか。
「・・・・それのどこに安心したらいいんだ」
「だってさー、あの亀のクリティカルポイント狭すぎるんだよ。わたし、成功率5割いかないし」
「・・・・それには同意見だ。俺も6割に乗るかって程度だな」
「だろ? それにフィールドでは少しは相手にしてたけど、迷宮区に入ってからはずっと逃げ続けてたし、最近練習すらしてない」
「じゃあ、今日はたくさん練習できるから安心だな」
何故か少し誇らしげなキリトから視線を外し、ケイタへと話を振る。
「ケイタたちはどんな風に戦ってきたんだ?」
その質問に〈月夜の黒猫団〉の全員――特にテツオ――が気まずげな表情になる。
「実は僕たち第40層での戦闘経験はほとんど無くてさ・・・・。一度フィールドに出たんだけど、後衛の僕たちだけじゃなくて、前衛担当のテツオのメイスでも一度もクリティカルポイントへの攻撃に成功しなくて・・・・・・1体を全員で取り囲んでひたすら甲羅の上からぶっ叩くだけだった・・・・」
「ただのリンチだった・・・・」とダッカーが付け足す。
「それじゃあ、今まではどこでレベリングしてたんだ?」
「38層の〈蜂山〉でずっと戦ってた」
「あそこかー・・・・・・確かにあっちの方がレベリングの効率はいいよな。わたしも結構通ってたし」
「カメの相手をしているよりはよっぽど効率はいいか・・・・」
ケイタが言っている〈蜂山〉とは第38層フィールドの山の頂上にある、効率の良いレベリングスポットのことだ。
山奥の巣穴から高ポップ率で出現してくる蜂型モンスターは、攻撃力は高いがHP、防御力共に低い。
なので、攻撃パターンをきちんと把握しておけば、ハイペースで倒し続けることが可能で、多くの経験値が見込める。
つい最近までアスカも時間を見つけては、パーティーあるいは1人で〈蜂山〉へと通っていた。
さすがに攻撃力が高い危険なモンスターの狩りを1人で行うような命知らずはアスカ以外にはキリトしかいなかったが。
いつも夜遅くに言っていたため、遭遇することがなかったのだろう。
「うん。だから、あまりカメの相手をすることには慣れてないかな」
「そうか」
「でも、元からわたしとアスカで狙うつもりだったから、大丈夫だろ?」
「まあな、テツオのメイスじゃあれは無理だ」
〈血盟騎士団〉のパーティーのメイス使いや斧使いもクリティカルポイントへの攻撃を行えずに、結局終始ごり押しで倒していた。
「今日の戦闘で俺とキリトとのスイッチのタイミングを掴んでくれたらいいよ。それと・・・・」
アスカは言いながら目をキリトの左隣、サチへと向けて今日の本題を訊ねる。
「・・・・サチはどっちにするか、決まったか?」
可能な限り優しい声音で問うと、サチは申し訳なさそうな表情になる。
その表情からアスカは既にどちらを選択したか理解していた。
「・・・・やっぱり、後衛でいいかな。ゴメンね、決心付かなくて」
うっすらと涙まで浮かべそうになるサチ。
すると、アスカが返事をするより早く、隣に座っているキリトが言う。
「いいよ、気にしなくても。焦って答えを探す必要もない」
「キリト・・・・」
「困った時に支え合うからパーティーなんだろ?」
キリトの発言に合わせるようにケイタ、ダッカー、テツオ、ササマルが笑顔で頷く。
それを見てサチの顔が綻ぶ。
「それに、こんな時のためにわたしとアスカがパーティーに入ったんだ。新参者のフォローくらい〈血盟騎士団〉が副団長の〈閃光〉殿に任せておけって」
おいこら。
と、キリトの発言には2、3カ所突っ込みたかったが、ぐっと堪えてアスカもキリトに続ける。
「じゃあ、ボスへの攻撃は攻略組の中でもごく少数のソロプレイヤー〈黒の剣士〉、〈ブラッキー〉ことキリトに頼むぞ」
アスカが嫌みを返す。
途端、片頬をつり上げて笑っていたキリトの表情が固まる。
「げっ・・・・・攻撃は一番威力ありそうなメイス使いことテツオ君だろ」
「お前の剣だってバカみたいに重いだろ」
「そりゃあ、アスカの細剣に比べたら重いけど・・・・・」
「それに『働かざる者食うべからず』だろ? 昨晩あれだけ料理を食べたんだから、見合った分の仕事はしてもらうぞ」
「・・・・へーい」
キリトを言いくるめたアスカは、今度は全員に向かって話し出す。
「ボス戦は明日の昼頃から始める予定だから今日は1日時間が空いている」
内容が真面目なものに切り替える。先ほどまで軽口を言い合っていたキリトも目が真剣だ。
アスカはクエスト情報誌を全員から見えるように広げる。
「キリトと俺はともかく、〈月夜の黒猫団〉の5人はまだこの階層のモンスターとの戦闘経験が少なすぎるから、今日は全員でこのクエストを受けようと思う」
アスカが指さしたクエストを見て、キリトだけでなく〈月夜の黒猫団〉までげっというような表情になった。
クエスト名,“甲上の宝石”。
クエスト内容はフィールドにて一定確率で出現する亀形モンスター、〈ジュエリー・タートル〉からドロップする〈ジュエリー・シェル〉を手に入れろというものだ。
経験値を稼ぎやすく人気のあるスローター系クエストの1つであり且つ、ドロップアイテムの〈ジュエリー・シェル〉は超高値で取引されているレアアイテム。
しかし、〈ジュエリー・タートル〉の出現率が低いことと、この階層で戦うことの面倒さから未だにクエスト挑戦者数は10にも達していない。
達成者に関しては0。
全員が途中でリタイアしてるのだ。
「これ・・・・今日中に終るか・・・・?」
キリトが恐る恐るといった様子で訊ねてくる。
「んー・・・・、〈ジュエリー・タートル〉の出現率は5パーセントだけど、〈ジュエリー・シェル〉が入手できる確率は更に10分の1の確率だから・・・・単純計算でも200体倒す必要があるな」
「200って・・・・アホだ」
「馬鹿だ」
「不可能だ」
「無茶苦茶だなー・・・・」
「この前5人がかりで1体の亀を倒すのに十分近くかかったんだけど・・・・・」
キリトに続いて、ダッカーとササマル、テツオ、ケイタが掠れた声で呟く。
普通のモンスターならともかく、この層の亀型モンスターを200体も倒そうとしたら何十時間掛かるか想像もしたくないようだが、アスカは有無を言わさぬ迫力で説明を続行。
「俺も終わるかどうか、正直五分五分だと思ってるけど、まあ無理だと思ったら途中でクエスト諦めてもいいんだし、ただ戦うより報酬がある方がやる気が出るだろ? それにクエスト報酬の〈ジュエリー・シェル〉は高額のアイテムだからもし入手できれば明日のアイテム代や食事代も賄える」
全員が「それはそうなんだが・・・・・やはり面倒だ」と言いたげな顔をしているが、アスカはそれも無視した。
「じゃあ、行こうか」
アスカの言葉にキリトと〈月夜の黒猫団〉のメンバーは同時に頷く。
腰に吊った細剣をアスカが引き抜くと、キリトは片手剣を、そしてサチは槍を構え、他の4人も各々の武器を手に取る。
あれから1時間後、各自装備のチェックも終わり、クエスト受注を行った後にアスカ達はフィールドへと出発した。
場所は最前線の第40層フィールド。
この階層には鬱蒼と生い茂る森はなく見晴らしは良いが、代わりに大きな湖が各所に点在しており、辺り一面に深緑色のコケが生えている。
水辺の近くゆえの、足場の安定しないぬかるみが難敵だ。
この階層では敵を倒すことだけでなく、移動すら時間が掛かる。
アスカも〈血盟騎士団〉のパーティーでのフィールド攻略には多大なる苦労を要した。
既に3匹のモンスターがポップしており、遅々とした速度でこちらへと向かってきている。
即席パーティーのリーダーになった――――と言うより、ケイタに頼まれて任命されたアスカが指示を出す。
「まずはあの3匹を相手にしよう。俺とキリトが先攻して、適当なタイミングでスイッチをかけるから、敵のディレイ時間を逃がさないように気をつけてくれ」
指示通り、アスカの隣にキリトが並び、斜め後ろに前衛担当のテツオ。
少し離れた場所に後衛の4人が待機する。
3匹のモンスターはどれも明日ボス戦で相手にすることになる亀型。
明日のボス戦で戦う亀は全長10メートル近くあるらしいが、さすがにフィールドで出現するモンスターはそこまでの巨軀を保持しておらず、アスカ達と同じくらいで2メートルあるかという程度。
まあ、それでも現実世界では信じられないほどの大きさではあるが。
近づいてきていた亀が動きを止めると、3匹とも足を開いて口を大きく開けた。
何度も見てきた水弾攻撃の予備動作だ。
ガラガラと、まるでうがいをするような音が亀の口から漏れる。
その亀の動きに合わせてアスカとキリトは腰を落として、テツオは盾を正面に構えた。
パシュッ、と少し情けない音と共に3匹の口から、前衛3人に向けて1つずつ水弾が飛んでくる。
当たってもそれほどたいしたダメージは受けないが、移動阻害のバッドステータスを付与されるので厄介だ。
けれども、こんな遅い水弾を無抵抗でくらうような事はしない。
アスカは攻略組でもトップクラスの敏捷値で斜め前に走って避ける。
隣ではキリトは片手剣を大きく横振りして水弾を弾き飛ばし、テツオは構えていた盾で防御。
アスカは自身の水弾を飛ばしてきた亀に狙いを定めて走り出す。
水弾攻撃はこのモンスターが使ってくる攻撃の中では比較的技後硬直の長い技だが、それでも4秒程度。
モタモタしていると、すぐさま頭を甲羅の中に引っ込めてしまう。
普通に走っては間に合わない距離だと判断して、アスカは細剣を体の胸の少し下で敵に向けて真っ直ぐ構える。
細剣に純白のライトエフェクトが輝く。
助走で勢いの付いていた右足で地面を蹴ると同時に、アスカの体が凄まじい速度で飛び出す。
〈細剣スキル〉突進技、〈フラッシュ・スラスト〉。
白き弾丸となって亀との距離を一瞬で詰めたアスカは、最大限の集中力を要して細剣の切っ先をコントロール。
剣先を頭のクリティカルポイントへと当てようとする。
勢いよく亀の頭に突き込まれた場所からはクリティカルポイントへのダメージ特有の激しいライトエフェクトが迸った。
頭を無防備に晒した状態で動かない亀。
「ダッカー、スイッチ!」
と、アスカが叫ぶと同時に横から後衛で控えていたシーフのダッカーが飛び出す。
短剣使いとしてかなり上げているらしい敏捷値で接近すると、オレンジ色のライトエフェクトを纏わした短剣での4連撃を頭へと叩き込んだ。
そこで技後硬直時間が終了した亀が甲羅の中に頭を引っ込める。
素早くHPバーを確認すると、全体の3分の1が減っていた。
「今の感じでいいよ」
「よっしゃ!」
隣での会話から、どうやらキリトとテツオも成功したようで、同じくらいモンスターのHPバーが減少している。
「じゃあ、次はケイタ! ササマルはキリトと!」
「「分かった!」」
アスカは後衛で控えている2人へと指示を出しながら、残っているもう一匹の亀へと走り出した。
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