| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第六章 贖罪の炎赤石
  第五話 天駆ける赤き猟犬

 
前書き
ルイズ 「いやあぁぁぁぁっぁ~!! 怖い怖い怖いッ!!」
士郎  「はっはっはっはっ落ち着けルイズ」
ルイズ 「無理無理無理無理ッ!!」
士郎  「大丈夫大丈夫」
ルイズ 「無理って言ってんでしょっ!! ちょっと動かしただけでこんだけ揺れるのよっ!!」
士郎  「はっはっはっ……大丈夫だと思ったんだがな」
ルイズ 「何の根拠があってそんなこと言うのよっ!?」
士郎  「いやだって、他の操縦桿の扱いはそれなりの腕前になったじゃないか」
ルイズ 「……他の操縦桿?」
士郎  「ほら、今お前が尻に敷いて――」
ルイズ 「死んでみる?」
士郎  「……すみませんm(__)m」


 士郎を見上げるルイズの視線……それは既に一線を超えたもののそれだった。
 
 あらゆる戦場を駆け抜けた士郎でさえ恐れさせるその視線!!

 それはまさに魔眼!!

 そうっ!!

 その魔眼の名はっ!!

 次回『開眼せし魔眼ッ!!』

 士郎よ……君は生き残れるか!!?? 

 
 アルビオンがハルケギニア大陸へと最も近づくウェンの月の第一週。マンの曜日、トリスタニアとゲルマニアの連合軍、総勢六万を乗せた大小合わせて五百の大艦隊が晴れ渡った青空に次々に浮かび上がっていく。
 それを見つめる数多くの目の中に、空と対をなすような青い瞳があった。
 青い瞳の持ち主。アンリエッタは手を翳し、日の光を防ぎながら小さくなっていく艦隊を追いかける。

「今でも必要な戦争だと思っておられますか」

 空を見上げるアンリエッタの横にやせ細った男が立っていた。やせ細った男。枢機卿がアンリエッタと同じように消えゆく艦隊を追いかけている。

「……ええ」
「アルビオンを封鎖するという手もありましたが……何故、そちらを選ばなかったのですか?」
「……間違いだと……そう、あなたは言うのですか?」
「間違いかどうかは、終わった後でなければ分かりません」

 二人は視線を交わすことなく、互いに呟くように小さな声で会話を続ける。
 既にあれだけいた艦隊の姿は空の何処にもいない。
 それでも二人は空を見上げ続けていた。

「……必要……なのです……わたしが……前に進むために……」
「陛下?」
「……何でも……ありません」

 口の中で呟いた言葉は、あまりにも小さく。隣に立つ枢機卿の耳にも届かなかった。
 吐息とともに吐き出された言葉は、外に出ることなく身体の中に落ちていく。
 結局アンリエッタは、最後まで隣りに立つ枢機卿に顔を向けることなく、世界樹桟橋に背を向け歩き出した。

 『進むために必要』……そう、必要なのだ。
 自分がこれから歩む道。
 王という、国を背負う道を歩むために……。
 戻ることも、留まることも出来ない……進むしかない。
 そして、進むには必要なのだ。
 この……戦争が……。






 この時のわたくしは、本当にそれが必要だと信じ込んでいました。
 それがどんな結果になるとも知らずに。
 ただ、自分の心の中で渦巻く、どろりとした黒い何かを消し去るのに必死で。
 ……何も見えていなかった。
 ……理解していなかった。
 ……わたくしを支えてくれている人のことを……。
 ……戦争がどういったものなのかを……。






 ……後悔した時には……もう……余りにも遅すぎた……。








「出発かい?」

 研究室の中に収められたゼロ戦の傍に立つ士郎に、コルベールは声を掛けた。
 コルベールの視線の先には、飛行機に乗る準備が終わった士郎の姿があった。士郎の首には、シエスタの曽祖父の形見のゴーグルが、腰にはデルフリンガーが下げられている。肩には、非常時のための様々なものが入った、古いズタ袋が掛けられていた。

「ええ。ああ、そうだ。整備ありがとうございました」
「いやいや、こちらも楽しませてもらったから構わないよ」

 顔の前で手を振りながら、視線を士郎から隣のゼロ戦に移動させる。

「これでフネに向かうと聞いたのだが、無事にフネにおろすことが出来るのかね?」

 零戦は、竜騎士を搭載するために建造された特殊な艦に搭載されることとなった。新造された、『ヴュセンタール』号と名付けられたその艦には、事前に『土』系統のメイジが錬金した、大量のガソリンが積み込まれていた。樽に収められたガソリンを詰め込むのは、出航する前に出来たが、零戦を搭載することは、その構造上不可能であり。搭載するには、どうしても艦が航行中であることが必要だったのだ。
 空を飛んでいる不安定な艦に着艦することは、零戦を動かしたことのないコルベールでも困難なことだと分かる。
 そんな理由で、不安気な様子のコルベールに、士郎はゼロ戦に手を当てながら笑い掛けた。

「まあ、大丈夫だと思いますよ。メイジが何人か補助してくれるという話ですし。それに……」

 視線を移動させた士郎の目に映るものは、左手に刻まれたルーン。
 戦闘機であるゼロ戦も武器のうちに入るため、『ガンダールヴ』の力が発揮される。一応戦闘機の操作は元々から出来ていたが、しかしそれは、ただ飛ばせるということだけでしかない。もし、『ガンダールヴ』の力がなければ、前の戦闘で落されていただろう。
 士郎が改めて『ガンダールヴ』の力に感心していると、躊躇いがちにコルベールが声を掛けてきた。

「それで、その、シロウくん。本当に武器をつけないで良かったのかい? ゼロ戦の銃の弾は、もう弾切れ間近なんだろう」
「ええ、構いません。ゼロ戦に追いつけるような速度の持ち主は、この世界にはいませんし、それに――」
「それに?」
「……いえ、何でもありません」

 士郎は何かを言おうとしたが、結局何も言わずに顔を横に振るだけだった。そんな士郎に、コルベールが先程以上に躊躇いがちに、しかし、聞こえないことは絶対にない声量で、士郎に話しかける。

「……シロウくんは、ミス・ツェルプストーにいざという時には、わたしに頼れと言ったそうだね」
「キュルケから聞いたんですか?」
「……何故……君は……」

 士郎から顔を逸らしたコルベールは、士郎の問いに答えることなく言葉を続けた。士郎は一度軽く目を伏せると、コルベールの問いに、士郎もまた、問いで返す。

「……『炎が司るものが破壊だけでは寂しい』……」
「え?」
「以前、授業であなたはそう言っていましたが、あなたは何故、そんな風に考えるようになったのですか?」
「それは……その……」

 顔を逸らしたまま口篭るコルベールを、士郎は見下ろしている。縮こまるように顔を俯かせるコルベールは、身体を小さく震わせていた。



 何故震える?
 怯えているからか?
 怖がっているからか?
 知られているのではないかと?
 気づかれているのではないかと?






 ああ、確かに俺は気付いている。

 何があったかは知らない。

 だが、何かがあった(・・・・・・)ということは……分かる。

 ……会ったことがあるからな。

 同じ目をしている人達に……。

 ……彼らは常に後悔していた。

 もがき、嘆き、悲しみ、叫び……

 自分がしてしまったことに苦しみながら……。 

 ……迷い……惑い……悩み……苦しみ……。

 そして……選んだ。

 逃げないことを……。

 償うことを……。

 戦うことを……。 

 


 ……コルベール先生……。 

 あなたはそんな人たちによく似ている。

 だから……信じられる。

 だから……頼れる。  

 目を背け、逃げ出すことは簡単だっただろう。

 時に身を任せ、忘れることも、出来たかもしれない。

 しかし、あなたは逃げなかった……忘れなかった……。

 前へと……進むことを決めた……。

 そんなあなたを……。



「信じられないわけがない」
「シロウくん?」

 士郎が口にした言葉は小さく。コルベールの耳に届かない。コルベールが顔を上げると、疑問が浮かぶ顔を士郎に向けた。

「何でもありません」

 軽く頭を振ってみせると、士郎は口の端を小さく緩めただけの笑みを向け、

「なぜ、俺がキュルケにあなたを頼るよう言ったかについてですが……似ているからですよ、あなたが」

 瞳を悲しみの色を混ぜながら、

「……俺に……」

 呟いた。









「すごい光景だな」
「ちょ、ちょっと話しかけないで……だ、大分な、慣れてきたけどまだ怖いのよ!」
「まあ、こういうのは習うよりも慣れろだからな、もう少し続けてみろ。やってみたいって言ったのはルイズからだろ」

 士郎の足の間に座ったルイズが、頭の上から降ってくる声に対し、硬い声で非難している。風防の向こう側には、空に浮かぶ無数の艦隊の姿があった。全長が五十から百メイルの巨大な船が、列をなして航行する姿は、見惚れるに値するだけの光景だ。しかし、そんな光景を喜ぶ余裕が、ルイズにはなかった。
 艦隊に向かって進むゼロ戦は、風に煽られるようにフラフラとした動きを見せている。別段風は強くはなく、理由は別にあった。
 その理由とは……。

「やってみたいって言ったけど! 本当にやらせてくれるとは思わないわよっ!」

 ルイズが操縦をしているからであった。









「あ~死ぬかと思ったわ」
「大げさだな」
「大げさじゃないわよ! 何が『ソウジュウカンを握ってればいいだけだ』よ! 握った瞬間墜落しそうになったじゃない! めちゃくちゃ怖かったわよ!」
「すまんすまん。だがまあ怖い目にあったおかげで、飛ばすことは出来るようになっただろう」
「飛ばすことだけ(・・)はね!」

 プンプンと怒るルイズに苦笑しながら、士郎は前を歩く士官に目を向けた。
 無事にゼロ戦を『ヴュセンタール』号に着艦させた士郎とルイズは、甲板士官のクリューズレイと名乗った男に連れられ、現在艦の案内を受けている最中である。士郎たちが利用する部屋に案内された後、今また、狭い艦内の中を案内されているのだった。

「少々お待ちください」

 士官は後ろにいる士郎たちに、そう声を掛けると、目の前にあるドアをノックする。ドアの向こう側から、くぐもった男の入室を許可する声が聞こえてきた。声に従い、士官がドアを開けると、士郎たちは狭いドアをくぐる。小さなドアの向こうにある部屋は、今まで案内された部屋の中で一番広かった。部屋の中央には、大きなテーブルが設置されており、その周りには、将軍たちが座っている。
 最初にドアを通ったルイズは、強い視線を一斉に向けられ固まっていた。
 士郎はカチカチに固まったルイズの背を軽く押し、従兵が引いた椅子に向かわせる。のろのろとした仕草で、ルイズが椅子に座るのを確認した士郎は、その後ろに無言で立つ。ルイズが座った椅子は、テーブルの一番端。ドアの一番近く、下座にあった。ルイズが椅子に座ると、それを待っていたかのように、ルイズの目の前、上座に座る将軍が口を開いた。

「アルビオン新港郡総司令部へようこそ。ミス・ヴァリエール……いや、ミス・『虚無(ゼロ)』と及びしたほうがよろしいかな?」
「……ふぅ……いえ、ミス・ヴァリエールでお願いします」
「わかった。それでは、ミス・ヴァリエール。まずは自己紹介といこうか。私は総司令官のド・ポワチエです――」

 揶揄うような将軍の物言いに、生来の負けん気を刺激されたルイズは、小さくため息を吐くと、淑女然とした笑みを浮かべ頷いた。
 ルイズの落ち着いた対応に、居並ぶ将軍たちの顔に、感心したような色が一瞬浮かんだ。ルイズの目の前に座る将軍は、ルイズの返事に頷くのを見ると、自己紹介を開始した。自分の紹介が終わると、ド・ポワチエ将軍は、会議室の中にいる将軍たちを紹介し出す。会議室の中にいる主だった者の紹介を終えると、ド・ポワチエ将軍は、次に会議室にいる将軍たちに対し、ルイズの自己紹介をを始めた。

「――それでここに居るのが、タルブの空で、アルビオン艦隊を吹き飛ばした『虚無』の……」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」

 ド・ポワチエ将軍に促されたルイズは立ち上がると、大貴族の娘として恥じない流麗な仕草で一礼をした。顔を上げたルイズは、頭を下げた際、顔にかかったひと房の自分の髪を指先で背に流す。その時、軽く首を傾けた際に見える細っそりとした白い首が、会議室を照らす魔法の光を反射させる。サラサラと髪が背に流れる音が、奇妙に大きく部屋の中に響き、『ゴクリ』と、誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
 顔立ちは極上でも、背は小さく、女性的な魅力に乏しい体つきなのだが、ちょっとした仕草に妙な色気が混じっている。意識してなのか無意識でなのかは分からないが、一瞬で会議室の中にいる男たちの大部分を魅了したルイズは、これまた、流れるような仕草で椅子に座った。

「あ、そ、その。いきなり司令部に通されて驚いただろうと思うが、これには事情があってだね」
「お気遣いありがとうございます。司令部ということは、今から侵攻作戦についてのお話があるのですよね。どうぞ、わたしに気にすることなく始めてください」

 ド・ポワチエ将軍が、戸惑いながらもルイズに何やら話しかけたが、ルイズはそれを遮り、アルビオンへの侵攻作戦を始めることを主張した。その余りにも堂々とした姿に、言葉を失う将軍の中、ゲルマニアの将軍が口を開く。

「その通りですな。時間がもったいない、軍議を始めましましょう」

ゲルマニアの将軍が声を上げ、軍議が始まった。  







「……陽動……か……」
「何かいい方法ある?」

 難しい顔の顎に手を当て考え込む士郎を見上げ、ルイズが何気ない様子で問いかける。士郎は顎に手を当てたまま、視線だけをルイズに向けた。

「……地上でならいくつか方法はあったんだがな」
「えっ! あるの?」
「……ないと思いながら質問したのかお前は」
「い、いやね。そ、ソンナコトナイデスヨ……」

 そっぽを向いてカタコトで話すルイズを見下ろし、小さく溜め息を吐きながら、士郎は会議の内容を思い出していた。
 会議の目的は、アルビオンに、どうやって六万もの兵を上陸させるかというものだったが、それには障害が二つあった。
 一つはアルビオンの空軍艦隊。現在、連合軍の戦列艦六十隻に対し、アルビオンの戦列艦は四十隻。数だけを考えるならば、連合軍が有利なのは明らかだが、そう単純なものでないのが戦争というものなのだ。二つ目は、上陸地点の選定であった。アルビオン大陸に、六万の軍勢を下ろせる場所は二箇所。主都ロンディニウムの南部に位置にある空軍基地ロサイスか、または、北部の港ダータルネスであった。会議が進むにつれ、港湾設備の規模が充実しているロサイスに上陸することが決まったが、次に問題になったのが、それではどうやってロサイスに上陸させるのか? というものだった。
 何の策なく進めば、簡単に見つかり相手に迎撃の準備を与えることになってしまう。そうなれば、例えロサイスに上陸することが出来たとしても、上陸の際に戦闘が起きてしまう。ロンディウムの城を攻める前に、兵を消耗してしまえば、落とせる城も落とせなくなる。
 どうすればいいかと煮詰まる将軍たちが最後に頼ったのは、女王から預けられた切り札であった。
 切り札……つまり、ルイズのことだ。
 最初将軍たちは、タルブの時と同じようにアルビオン艦隊を吹き飛ばすことを望んだが、ルイズの無理という言葉に、ならば陽動をお願いしますと、ルイズに問題を押し付け会議は終了した。

「……さて、どうするか」
「……どうしよう」

 改めてことの難しさを感じた士郎が顔をしかめると、後ろを歩くルイズも顔を俯かせ考え込み始めた。 暫らくの間、二人が難しい顔をして考え込みながら歩いていると、不意に士郎が後ろを振り向いた。視線は後ろを歩くルイズの後ろ。視線の先には、急に振り向かれ、驚いたように目を見開く六人の貴族の少年たちがいた。少年たちは、皆お揃いの革の帽子を、青い上衣を着ている。腰には、通常の杖よりもかなり短めな杖が。それを確認した士郎が、その鷹の様な鋭い目をすっと細めると、貴族の少年たちがビクリト身体を震わせ一歩後ずさった。

「俺に何か用か?」
「い、いや……そ、その、だな」

 士郎の鋭い視線に晒された少年たちが、互いに視線を交わし合うと、中からリーダー格と思われる少年が一人前に出て来た。

「す、少し聞きた……お聞きしたいことがあるのですが」

 声と勢いが尻すぼみに小さくなっていく。
 身体も同じよう縮こませる少年の姿に、士郎が視線を少し緩め、苦笑いを浮かべる。

「何だ?」
「甲板にあるアレが何なのかと」

 視線が弱まったことに、少年が安堵したように小さく息を吐きながら、士郎に質問する。質問の中にあるアレが分からず、士郎は無意識に目を細めてしまう。怒らせたかと少年たちがビクリと身体を震わせたが、リーダー格の少年が勇気を振り絞り、ググッと顔を上げ、

「か、甲板まで付いてきていただけませんか?」







 

「ほら見ろやっぱり生き物じゃない! ぼくの勝ちだ! さっさと一エキュー払え!」
「くっそー、まさか本当に生き物じゃないなんて……」

 ゼロ戦が係留された上甲板に少年たちの悲鳴が響き渡る。ゼロ戦の前に集まった貴族の少年たちが、一人喜色を浮かべる太った少年に、ポケットから取り出した金貨を手渡していく。



 上甲板まで士郎たちを連れてきた貴族の少年は、甲板に係留されたゼロ戦を指差し「これは生き物なんですか?」と聞いてきた。士郎がそれに「生き物ではないな」と応えると、目の前にこのような光景が広がったのだ。
 ここに連れてこられた理由が分かり、苦笑いを浮かべ、そんな少年たちの様子を眺めていた士郎の前に、唯一勝利した太った少年、士郎を先導してここまで連れてきたリーダー格の少年が歩いてきた。

「す、すみません。どうしても気になっていて」
「ついでに賭けもしていたというわけか」
「あ、そ、その……」

 口篭る少年に、士郎は目を細め悪戯っぽい笑みを向ける。

「ふむ、ならば賭けの対象となった使用料をいただきたいな」
「えっ! そ、そんな……」
「っぷ」

 ふるふると震えながら見上げてくる少年の姿が余りにも哀れで、士郎はついつい吹き出してしまう。

「へ?」
「冗談だ冗談。で、用事はこれで終わりでいいのか?」
「あ、は、はい。すみません、これだけのことでここまで付いてきてもらって」
「構わない。君には世話になったしな」
「え?」

 戸惑った顔を向ける少年に、士郎は笑い掛ける。

「俺たちをフネまで案内してくれたのは君だろ」
「知っていたんですか?」
「目はいい方でな」
「見えていたんですか!?」

 驚愕の声を上げる少年の様子に、ますます笑みを濃くした士郎が頷く。

「言っただろ。目はいいほうだと」
「……良すぎですよ」

 頬をヒクつかせながら笑う少年に、士郎は肩を竦めてみせる。

「空を行く君たちもそれぐらい出来るんじゃないか?」
「出来る! ……と言いたいんですが、残念ながら出来ませんよ」

 不敵に笑いながら応えた少年だが、声は尻すぼみに消えていく。小さくなっていく少年の姿を見下ろしながら、士郎はタルブで戦った竜騎士の姿を思い出す。

「しかし君たちは随分と若いが、それだけ優秀ということか?」
「……だといいんですが」

 顔を俯かせながら、少年が自嘲気味につぶやく。

「本来なら、あと一年は修行期間があったんですが、タルブでの戦いで竜騎士が減ってしまいまして、それを補充するため、まだまだ見習いである自分たちが正騎士になったんですよ」
「それは……」

 何を言おうか迷う士郎に、顔を上げた少年が誇らしげに胸を張ってみせる。

「でも、嬉しいんですよ。国を守る戦いに参加することが出来て」
「そう……か」 
「まだまだ未熟な腕ですが、それは命を掛けてでも補ってみせますよ」

 頬を紅潮させ、決意を露わにする少年の姿を、歯を噛み締めながら見つめていた士郎は、小さく口の中で呟く。

「……これが、君が望んでいたものなのか……アンリエッタ」




「あの……」
「ん? どうした?」

 恐る恐るといったように掛けられた声に、士郎が顔を向けると、太っちょの少年が中甲板の方向を指差していた。

「竜舎に行きませんか? 風をいくらか防げますし」
「ん? あっ」

 少年の指は中甲板にある竜舎を指差していたが、顔は士郎の隣に立つルイズに向いていた。士郎がルイズを見下ろすと、心配気に見つめてくる瞳と目が合う。不安気な顔を向けるルイズの身体が微かに震えている。

「そうだな」

 太っちょの少年が歩き出し、それについていこうと動かそうとした士郎の足が、

「シロウ」

 外套を掴み、不安気に揺れるルイズの声により止まった。

「どうしたルイズ?」
「大丈夫?」

 何がだ? とは士郎は言わず。ただ優しい笑みを浮かべた士郎は、横に立つルイズの頭を撫でる。ん、と気持ちよさそうに声を上げながらも、士郎を見上げ続けるルイズ。二、三度頭を撫でた士郎は、ルイズの頭から肩に手を移動させると、ゆっくりと歩き出す。

「……俺は大丈夫だ……ありがとうルイズ」
「……うん」

 寄り添うように立つルイズは、士郎の外套を握る手に更に力を込め、身体を更に強く押し付ける。
 それは、寄り添うというよりも……まるで支えるかのようで……。







「でかいな」
「ふっふっふ。凄いだろうぼくたちの竜は」
「ああ、これは凄い。俺が知っている竜の二回りは大きいな」

 士郎の視線の先には、風竜の成獣がいた。士郎の知る竜。タバサの使い魔のシルフィードの二回りは大きい。その竜の前に立つ太っちょの少年。少年たちのリーダー格の少年は、その通りリーダーであった。竜舎までついていった士郎たちに、太っちょの少年は、自分が第二竜騎士中隊の隊長であると言ったのだ。

「この竜たちは、使い魔というわけじゃないんだろ」
「そうなんですよ。使い魔だったらどんなに楽だったか……何せ竜は幻獣の中で一番乗りこなすことが難しいもので」
「そうそう、竜は乗り手の腕だけじゃなく、魔力や頭の切れまで見抜いてくるんだからたまったもんじゃないよ」

 士郎の言葉に、集まってきた竜騎士の少年たちが口々に竜に対する文句を口にする。しかし、顔に浮かぶ色は愛情に溢れ、自慢気でもあった。

「しかし竜か……」
「乗ってみますか?」

 士郎が竜を見上げながらうんうんと頷いていると、太っちょの少年が誘ってきた。

「いいのか?」
「構いませんよ」

 少年たちに促されながら士郎は竜の背中に跨り始めた。その様子を少年たちが期待を込めた目で見つめている。竜に振り落とされ、慌てる士郎の姿を見てやろうと少年たちが期待する前で、

「ふむ。思ったより大人しいものだな」
「「「「「「え?」」」」」」

 竜に跨った士郎が、首を曲げ顔を寄せてくる竜の鼻先を撫でていると、少年たちが慌てだす。

「ななな何で?!」  
「ベルファーデ! な、何でぼ、僕の時よりも気持ちよさそうな顔をしてるの!?」
「まともに乗れるまで、二ヶ月はかかったのに……」

 悲鳴のような声を上げる少年たちを竜の背から見下ろしながら、甘えてくる竜を撫でながらポツリと士郎は呟いた。

「なんだか分からないが……すまない?」 








 竜の背から降りた士郎に詰め寄った少年たちが、口々に何かを言っている。泣いている者笑っている者色々いるが、悪い感じはしない。そのことに安心したルイズは、竜舎の端で壁にもたれながら、少年たちを落ち着かせようと奮闘する士郎を見つめていた。

「……シロウ」

 ふとルイズは、竜舎に向かう際、士郎が浮かべていた表情を思い出す。何かを耐えるよう、歯を食いしばる士郎。僅かに顔が歪んだ理由は、怒りか悲しみか……それともそれ以外に何かあるのか……。

「……ごめんね」

 士郎は最初から戦争に反対だった。そんな士郎が、こんなところまで連れてきたのは自分だ。そのことを思う度に、胸が刃物で刺されるような痛みが走る。
 それでも……そう、それでもわたしはここに来なければならなかった。
 自分よりももっと辛い人がいる。その人は、支えてくれる人も誰もいない中を一人歩いているのだ。彼女の友人として、それを見捨てられるわけがない。
 でも、だからといって……。
 シロウを連れて行く必要があったのか……。
 シロウの力がどれだけ凄くとも、シロウがわたしの使い魔だからといっても……戦争に反対するシロウを連れてくることが、正しいことなのか……。
 ううん、そんなの考えるまでもない。
 ……間違っている。
 シロウを連れてきたのは、わたしの唯の我侭。
 一人じゃ怖いからというだけの理由で連れてきた……。
 不安で、怖くて、辛くても……それでも一人で耐えている人もいるのだ……わたしだけシロウに頼るのは、そんなこと最初から間違っている……。
 ……そう……だから……耐えないといけない……我慢しないと……



 でも、

「どうしたルイズ。何だか元気がないが?」

 あなたはそんなわたしを見逃してくれない。

「……そんなことないわよ」
「意地をはるな馬鹿」
「馬鹿って……何よ馬鹿」
「無理をするなといっている。……何が理由かは聞かないが、お前が落ち込む姿は見たくないからな」
「……ばぁ~か……」

 隣で同じように壁に寄りかかる士郎に顔を向けることなく、小さく罵倒するルイズの顔は不機嫌に染まってはおらず……それどころか優しげな笑みが浮かんでいた。
 んっと目を閉じ気合を入れたルイズが、気を取り直し、顔を上げると、

「なあなあシロウさん! だから教えてくれよ! 何かあるんだろ理由が! 竜に懐かれる方法が何か!」
「……ッ!」
「ん? いやだからそう言うのに心当たりはないと――」
「……ぁい」
「いやいや絶対にあるはずだって! 竜があんなになつくなんてそうそうないはずなんだよ!」
「……さい」
「とは言ってもだ……ん?」
「でも、そう……え?」
「うるさいって言ってんでしょー!!」

 横から声を挟んできたのは、竜騎士の少年たちだ。士郎との会話を邪魔されたルイズの怒りが頂点に達すると、竜騎士に向け踊りかかった。

「ちょ、ちょっと何だ!」
「うわぁあ! い、痛い蹴られた! ちょ、この子竜より凶暴だよ!」
「ひぃぃい! た、助けてくれええ!」

 悲鳴を上げ逃げ出す竜騎士を、怒りで髪を逆立てたルイズが追いかけている。竜が暴れまわるルイズたちに驚きぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。

「ひいい! こっちに来るな! く、食われる食われちゃうう!」
「やめて! ムチはやめて! 出来れば足で、あなたの美しいおみ足でお願いします!」

 パニックに落ち入る竜騎士もいれば、

「落ち着け! 冷静に対応するんだ……誰かが囮になるんだ」
「「「「「お前がなれ!」」」」」
「無理無理! 絶対無理! 瞬殺されるから! あ、そ、そうだ、ゴーレムだ! ゴーレムを囮にするんだ! ゴーレムだっ! 誰でもいいゴーレ――ヒッ!」
「今なんて言った?」

 竜騎士の目の前に、鞭を持ったルイズが立っていた。鞭は竜騎士を追いかけながら自分の懐から取り出した私物である。……深く突っ込むのは止めておこう。
 竜騎士を追いつめた、ルイズの目が爛々と輝いている。
 荒々しく吐き出される呼吸音が、まるで唸り声のようだ。
 怯える竜騎士たちの前に出たルイズは、先程囮作戦を提案した少年の胸ぐらを掴むと睨み付ける。

「今なんて言ったか聞いてるのよ!?」
「……ゴーレムを囮にする?」
「……そうよ……作ればいいのよ……ないなら作れば」

 少年の胸ぐらから手を離したルイズが、ブツブツと何やらつぶやき始めた。ルイズの手から逃れた少年が、尻元をついた状態で、竜騎士の少年たちの下まで後ずさる。

「……これならっ!」

 士郎たちが見つめる中、ルイズが突然駆け出していった。
 残された士郎たちが顔を見合わせると、襟首を掴まれていた少年が、士郎を見上げ、

「いたよ……竜より乗りこなすのが難しいの」

 と、恐怖で震える声を漏らした。







 日が空に登り、世界に光が満ちていく頃、数多くの光を遮るモノの姿があった。
 それは戦艦。
 アルビオンを攻めるためのトリステインとゲルマニアの連合艦隊だった。
 その中の一つ。士郎たちが乗る『ヴュセンタール』号の総司令部に、とある報告が届いた。

「接触は三時間後か。『虚無』をどうするか決まったか?」
「使用する呪文は昨晩決まりました。既にそれを使用しての作戦を立案しております」
「作戦の計画書を」

 ド・ポワチエ将軍が隣に立つ参謀に手を差し出すと、参謀が書類の束を差し出す。ド・ポワチエ将軍が渡された紙を眺める。

「ふん。これなら上手くいくかもしれないな……伝令!」
「はっ!」

 伝令が駆け寄りド・ポワチエ将軍の前に立つ。

「『虚無』を『ダータルネス』へ出撃させる。仔細は全て任す。護衛は第二竜騎士中隊に任せる」
「はっ! 了解しました!」

 伝令が士郎たちが待機する上甲板に走り出す。走る伝令の背中を一瞥したド・ポワチエ将軍は、戦艦隊に命令を発した。

「輸送船団を絶対に守り抜けと、戦列艦の艦長たちに伝えろ。さて……『虚無』の実力の程はどれほどのものか……」







 士郎は上甲板に固定されたゼロ戦に乗り込み、発進の準備を整えていた。ゼロ戦の後部座席にはルイズが乗り込み目を閉じている。
 士郎はチラリと精神を集中するため目を閉じているルイズの姿を確認すると、手に持った作戦の計画書を眺めながら点検を行っていた。
 昨晩今回の作戦で使用する魔法を見つけたルイズは、直ぐにそれを参謀本部に提出した。参謀本部は直ぐにそれに元に作戦を立案し。一つの計画を立てた。その計画書の写しが、今士郎が手にしているものだ。

「……結構遠いな」
「竜騎士が護衛する。お前はとにかく『虚無』殿をここまで連れて行くことだけに集中しろ!」
「わかっている」

 ゼロ戦の翼に上った甲板士官が、士郎に羊皮紙を広げ、その中の一箇所を指差しながら怒鳴りつける。士郎はそんな甲板士官に顔を向けずただ頷くだけ。

「竜騎士からはぐれるなよ!」
「っ……そろそろ出る。離れろ」
「は? 何を……」

 士郎が唐突に顔を上げると、目を細めながら甲板士官に声を掛ける。甲板士官が訝しげな声を上げると、カンカンカン! と激しく打ち鳴らされる音が響いた。

「な、何だ!」
「敵だ」

 慌てる甲板士官に向け、士郎が冷静に呟く。
 士郎の視線の先に、遥か遠くの雲の中から、数多くの戦艦が降りくる姿があった。

「『虚無』は出撃されたし! 目標は『ダータルネス』! 仔細は自由! 護衛は第二竜騎士中隊が全機をもってあたること!」

 甲板に飛び出してきた伝令が声高に叫ぶと、士郎はゼロ戦の近くに控えたメイジに声を掛けた。

「説明した通りに回せ!」
「わ、分かりました!」

 事前にプロペラの回し方を教えていたメイジが、プロペラに強風を送り回し始める。プロベラが勢い良く回り始めるのを確認した士郎が、エンジンの点火ボタンを押す。低い重低音を轟かせながら、プロベラが回る勢いが更に強くなる。

「ロープを切り離せ!」

 士郎の言葉と同時に、ゼロ戦を固定していたロープが外される。ロープが外され、甲板の上をゼロ戦が進み始め……。

「ルイズ! 離陸するぞ! 身体を固定しろ!」

 士郎が注意を呼びかけた瞬間、ゼロ戦が『ヴュセンタール』号の上から飛び上がった。士郎は直ぐにゼロ戦の動きを整えると、巡航速度を百十ノットに調整する。
 空を飛ぶゼロ戦の周りに、風竜が集まり出す。
 士郎はチラリと後ろを見て、ルイズに問題がないことを確認すると、第二竜騎士中隊に視線を移動させる。
 同じように士郎に顔を向けていた第二竜騎士中隊の隊長に頷いて見せると、一機と十騎の混合部隊は、ダータルネスに向かい空を行った。







 『ヴュセンタール』号を離れ暫らくすると、士郎の視線が鋭く光った。

「ルイズ、身体を固定しろ……敵だ」

 士郎の視線の先に、十数匹の竜騎士が士郎たちに向かって急降下してくる姿があった。相手はこちらを認識している……確実に接触するだろう。士郎は翼に設置されている機関砲を見る。
 機関砲の弾はない……あるのは機首の機関銃だけ……か……
 士郎は覚悟を決めると、速度を上げ、護衛の竜騎士の囲いから飛び出した。

「えっ! シロウ! どうしたのよいきなり!?」
「口を開くな、舌を噛むぞ」

 護衛の竜騎士から逃げ出すように飛び出した士郎に、ルイズが戸惑いの声を向ける。士郎は短くルイズに忠告をすると同時に、未だ米粒程の大きさにしか見えない敵に向かって、

「……」

 引き金を引いた。

 ドドドドッ! という重低音が響いた瞬間、迫り来る竜騎士たちの動きが乱れた。纏まった動きをしていたものが、てんでバラバラの方向に向かって飛び始めたのだ。

「え? どういうこと?」

 その様子はルイズの目でも明らかであり、士郎が何かをやったのだろうと言うことは予想は出来ていたが、それが何なのかわからず、誰に言うでもなく疑問を口にしたルイズに対し、何でもないことのように士郎が応えた。

「竜ではなく、騎士に当てた。手足を狙ったから生きてはいるだろうが。……竜たちは自分の主を助けに行っているようだな」
「はあ?! 嘘っ!? ここからあそこまでどれぐらいの距離があると……」
「目はいい方でな」
「……それでどうにかなるものなの……?」

 ルイズが呆れたように、恐るように呟く。士郎はそんなルイズに苦笑いを浮かべていたが、

「これは……」
「……なにこれ……」

 笑みは長くは続かなかった。
 士郎たちの前に、百騎を超えるだろう竜騎士の群れが現れたのだ。
 護衛の竜騎士を士郎は見る。
 士郎の目には、竜騎士の少年たちの表情がハッキリと映っていた。
 誰も彼も、皆まだまだ若い。
 昨晩皆で酒盛りをした。
 故郷に恋人がいるという少年がいた。
 手柄を立て、実家を立て直すんだと決意を秘めた少年がいた。
 双子の兄弟で、同じ部隊に配属され喜んでいた少年たちがいた。
 ……昨晩あれだけ笑っていた少年たちの顔が、恐怖の色に染まり……覚悟を決めた目になる。
 それに気付いた士郎は、座席の下から取り出したチョークと黒板を取り出し、ルイズに向かって放り投げた。そして、何かを書くよう指示すると、第二竜騎士中隊に前に出ると、ルイズが風防から突き出した黒板が護衛の竜騎士たちに見えるよう機体を動かした。
 黒板には、「四十秒だけ時間を稼げ」と書かれていた。





 

「シロウどうするのよ!」
「ルイズこちらに来い」

 士郎はルイズを操縦席に引っ張り込むと、操縦桿を握らせた。慌てるルイズをそのままに、風防を開けると、強い風に顔を顰めながら立ち上がった。

「ちょちょちょ! ちょっとシロウ! どどどどうするのよこれ!」
「落ち着け! 前と同じだ! このまま真っ直ぐ飛んでいればいい!」
「でも!」
「直ぐに……終わらせる」

 完全にパニック状態になったルイズを足元に、士郎は襲いかかってくる竜騎士の群れを睨み付ける。竜騎士は速度を上げ逃げに徹する士郎たちに向かい、マジックアローを放ってくるが、護衛の竜騎士たちが冷静にそれを撃ち落としていく。今のところ順調だが、それも長くは続かないだろう。敵の竜騎士は段々と距離を詰め始め。間もなく魔法だけでなく竜のブレスの攻撃範囲にまで入ってしまう。
 しかし、士郎の顔には焦る様子はなく。揺れる機体の上、更に強風がぶつかる中、固定されたように立った士郎は、迫る敵竜騎士に向かって左手を向けると、小さく呪文を呟く。

投影開始(トレース・オン)

 士郎の手の中に、黒で固められた洋弓と和弓が混ざり合ったかのような弓が生まれる。弓の玄に右手を添えると、ギリギリと軋ませながら引き絞り……更に呪文を紡ぐ。

投影開始(トレース・オン)

 次に現れたのは赤い剣。まるで鉄の代わりに血を煮詰めて作り上げたかのような赤黒い剣が、何時の間にか弦を引き絞る右手に掴まれていた。
 士郎はギリギリと弦を引き絞りながら、自身の魔力を剣に注ぎ始める。

 十秒経過。
 敵が放ったマジックアローを味方の竜騎士が弾く。

 二十秒経過。
 突出してきた敵竜騎士を、五人の竜騎士が協力して打ち落とす。

 赤黒い刀身が輝き始める。

 三十秒経過。
 敵竜騎士が間近に迫り、敵の攻撃に竜のブレスが混じり始めた。
 懸命に避けるが、ますます増える敵の攻撃の量に、こちらにも負傷者が出始めた。

 剣の周りに、赤い稲妻のようなものが走り始めた。

 そして……四十秒が経過。
 遂に敵の攻撃が竜の翼に当たり、竜の速度が目に見えて遅くなった。
 一人取り残されるようになった竜騎士めがけ、雪崩のように魔法が、ブレスが放たれる。
 誰もがやられた……そう思った瞬間。


「赤原を往け、緋の猟犬(フルンディング)!」

 天空を赤が駆けた。
 竜騎士に襲い掛かる魔法を一瞬で消し飛ばした赤い閃光は、赤い残光を残しながら竜騎士の群れに噛み付いた。まるで柔らかな肉を咬み切るように、赤い閃光が竜騎士の群れを切り裂く。赤い閃光の前を遮るものは、何の停滞もなく切り裂かれ、貫かれた。次々に落ちていく味方の姿に、アルビオンの竜騎士が恐慌状態に落ち入る。少しでも赤い閃光から逃げようとデタラメに動き出す姿には、天下無双と歌われた面影が全く見えない。
 気付いているだろうかアルビオンの竜騎士たちは? 
 赤い閃光の速度は、まさに光のごとしであり。本当なら逃げることも避けることも不可能であることに。それなのに自分たちが未だに落とされていないという事実を。
 赤い閃光に追われ逃げる自分たちの姿が、まるで牧羊犬に追い立てられる羊のようであると。
 牧羊犬に追われた羊の先には檻があるが……自分たちには何が待っているのかと……。



 士郎の視線の先で、百を超える竜騎士たちが一固まりになって空を飛んでいる。
 緋の猟犬《フルンディング》をその窮屈な群れに向かわせ、その中心に至ったのを確認すると、

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 爆発が起こった。
 それはルイズのエクスプロージョンを彷彿とさせる威力があった。
 まるで虫のようにぼたぼたと落ちていく竜騎士たちの姿を確認した士郎は、ルイズを持ち上げ操縦席に座りなおす。

「さて行くか」
「……シロウだけで艦隊倒せるんじゃない?」
「…………」

 膝の上に座ったルイズが、どことなく平淡な声で呟いた言葉を無視すると、士郎はフットペダルを踏み速度を上げた。

  





 アルビオンの竜騎士隊を倒してから、かなりの時間が過ぎると、士郎たちの前に、港が見えてきた。切り開かれた広い丘の上に出来た港……『ダータルネス』の港が。

「ここからはルイズの仕事だ」
「上昇して」

 ルイズの言葉に士郎がゼロ戦を上昇させる。
 速度が落ち、ルイズでも風防から出ても大丈夫になると、ルイズは立ち上がり風防を開けた。
 士郎はルイズの足を掴み支える。
 士郎の手により、安定感を増したルイズは、始祖の祈祷書を片手に呪文を詠唱し始めた。

 その呪文とは……。

 術者の心に思い描いたものを作り出す呪文。
 例えそれが空であったとしても、思い描ければ作り出せるもの。

 それは幻影。

 『イリュージョン』







 ダータルネスの上空に、巨大な戦列艦の姿が浮かび上がる。圧力すら感じるそれは、しかし、幻であった。目の前に浮かぶ戦列艦の姿に士郎は感嘆を上げる。それほどまでにその幻影の出来は素晴らしかった。士郎は呪文を唱え終わり、力尽き膝の上で崩れるルイズの頭を一撫ですると風防を閉める。
 ゼロ戦を旋回させると、士郎は竜騎士たちを促し来た道を帰り始めた。
 行きと同じ……一機と十騎で……。



 
 

 
後書き
 感想ご指摘お願いします。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧