ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語
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SAO編 主人公:マルバ
壊れゆく世界◆ユイ――MHCP001
第四十話 今度こそ、違うよって
前書き
はい、テストが終わったのでようやく更新です!
コンコン、とノックの音が響いた。ああ、入っていいぞ、とミズキの声が答えた。
マルバはゆっくりと扉を開き、中のミズキ、アイリア、そしてユイと対面した。
「ミズキ、具合は……?」
「ああ、大丈夫だ」
「脳波も安定しています。相変わらずα波は観測できませんが」
ミズキの返事にユイが補足を加えた。
「そっか、ちょっと安心した」
マルバは力なく笑うと、ベッドに腰掛けたミズキと向かい合うように椅子に座った。
しばらく無言が続いたが、ミズキが口を開いた。
「ああー、なんだ。悪かったな、心配させて」
「いや、いいんだ。心配することくらいしかできなかったしね」
「……そうか。いや、そうじゃねぇ。俺が言いたいのはそんなことじゃねぇんだ……。俺は……。俺は……ッ!」
ミズキは急に口調を荒げると、ベッドから身を投げ出すように土下座した。マルバとユイは驚き、固まってミズキを見つめた。アイリアはというと、ミズキを優しい目で見つめている。
「ミズキ、一体何を……?」
「俺はッ! ……お前に、謝らなくちゃいけねぇんだッ!! 俺のせいで、お前は半身不随になったんだろ? 俺のせいでお前の人生は狂っちまった。こんなところに来て、出られなくなっちまったのも……ッ、全部ッ、俺のせいだ……ッ!!」
ミズキの叫び声がこだまし、マルバはため息をついた。
「ミズキがそれを言っちゃうの?」
「……それは、どういう……?」
「どういうもこういうもないよ。葵から逃げていた僕に、君はなんて言った? 若いっていいねえ、とか、俺にとってはそんなの青春の一ページに過ぎねぇよ、とか言ってたよね? 君は今、葵と同じ立場に立ってるんだよ? なんでそういうふうに葵と同じ反応するの?」
「アイリアと俺じゃ、全然立場が違うだろうが! 俺がいなければ、事故自体起こらなかったんだから!!」
「いんや、同じだよ。君さえいなければあんな事故は起こらなかった。葵が近道をしようなんて言い出さなければあの事故は起こらなかった。そして、僕さえ寝坊しなければ、近道を使う必要なんてなかったんだから。僕達はみんな、あの事故の被害者に過ぎないんだよ」
「そんなこと……! トラックを運転していたのは俺だっていうのに……!」
「だからなんだっていうの。交通弱者を守る会でも設立する気? 歩行者の方が弱いんだから車は歩行者に対して責任を取らなきゃいけないって言うわけ?」
「ああそうだ、そうだよ! 車には歩行者を守る義務があるんだ! 俺はその義務を怠った!! だから俺はお前に謝罪を……! 謝罪を、させてくれ!!」
「させないよ。だって、僕は君を恨んでなんかいないんだからね。あれは不可抗力だった。君は事故の加害者じゃない、被害者なんだ。運が悪かっただけさ。刑事責任だって問えないよ、急性心不全なんて誰にだって起こりえる病気なんだから。むしろ、僕は君にお礼を言わなきゃ」
「礼……だってッ?」
「うん、お礼。僕は君のおかげでここにこれた。みんなに会えたのは君のおかげ。君がいてくれたから、僕たちはいまここにいるんだ」
「俺のおかげ……なわけ、ねぇだろ! おかげじゃねぇ、俺のせいだ!! お前だって、普通に現実世界で暮らしてた方が良いに決まってんだからよ!」
マルバは首を横に振った。
「そんなことないね。君がいなければ僕はシリカと出会えなかった。君がいなければ、僕は葵との仲を再確認できなかった。君がいなければ……君にこうして出会うこともなかったんだ。だから、僕は君を恨んでなんかいない」
……今度こそ、マルバは床に膝をつけたままのミズキの目を真正面から見つめ、言葉を紡ぎだした。
「違うよ。僕は君のせいで事故に遭ったんじゃない。それにあの事故は僕にとって不幸なんかじゃなかったんだ。僕はこんなにも温かい仲間に囲まれて、ここにいる。ここに、生きている。それだけで感謝に値するから。だから……ありがとう、ミズキ」
それは、彼がかつて葵に言おうと思って言えなかった言葉。その言葉はナーヴギアを通して、本来ならなんの言葉も聞こえないはずの瑞樹の脳に、しかと届いた。
「ありがとう……なんて、言うな……! 礼を言うのは俺の方だ……ッ!! こんな俺を……受け入れてくれて……ッ!! 俺は……ッ! 俺はあッ!! うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉォォッ!!!!」
ミズキが突然叫びながらマルバに抱きついてきた。マルバは慌ててミズキを抱きとめるも、そのまま椅子ごとひっくり返る。二人は頭から地面に落ちた。マルバは楽しそうに笑い、ミズキも泣きながら声を上げて笑った。
ひとしきり笑いあった後。再び恥ずかしそうに笑いながら、ミズキはマルバから離れ、アイリアの横に再び腰掛けた。
「お前の兄貴、いいやつだな」
「そうでしょ? 自慢のお兄ちゃんなんだから。ちょっと抜けてるけどね」
「葵、ちょっと酷いよそれ……僕傷ついちゃうな」
雰囲気が和んだその時、ユイが恐る恐るといった様子で口を開いた。
「あのー、ちょっといいですか」
「なんだぁ、ユイ坊?」
「ゆ、ユイ坊ってなんですか! ってそうじゃなくてですね。おじちゃんのナーヴギアの脳波計にα波を検出しました。今までずっと出ていなかった脳波です。リラックスした時に出るものですね」
「おぉ? そりゃどういう意味だ?」
「わずかに脳の状態が改善されているということです。海馬はやはり著しく損傷を受けているようですので、恐らく記憶障害が治ることはないと思いますが、もしかしたらある程度は改善される可能性もあります」
「おお! 朗報だな」
「ミズキ、まるで人事みたいに言うね」
「まぁな。ところで、なんでいきなりそんなことが起こったんだ?」
「兄さんが心因性の記憶障害の原因を排除したからだと思われます。ミズキさんが心の奥に負っていた傷を、兄さんが癒したんですよ」
マルバは照れたように頭を掻いた。
「なんかそんな言い方、照れるなぁ」
「お兄ちゃん、赤くなっちゃってかーわいー」
「葵、茶化すなよ」
じゃれあう兄妹をさておいて、ミズキはふと気づいたことを尋ねた。
「ユイ坊、ちょっといいか」
「なんですか?」
「俺の記憶障害、心因性のものだって言ったよな」
「そうですね」
「それが良くなったってことは、俺の記憶に『事故で人を撥ねた』っていう情報が記録されていたことになるよな」
「はい、そうなりますね」
「……いいか、俺が『事故で人を撥ねた』って知ったのは、当たりめぇだが事故後だ。そいで、事故後にはすでに俺は記憶障害を負っていたはずなんだ」
「それがどうかしま……あ!!」
「おう、気づいたか。さすがだな」
「ちっとも気づきませんでした……!! こんなんじゃMHCPとして失格ですね……」
「そんなことねぇさ。ユイ坊はよくやった。偉いぞ」
ミズキがユイの頭を撫でるていると、アイリアが横から尋ねてきた。
「ミズキ、どういうこと? 私にはさっぱりなんだけど……」
「そうだな。ユイ坊、こういう説明は得意だろ? ビシッと決めてくれや」
「ビシッ、ですか? よく分かりませんが、頑張ってみますね。……ええと、『記憶』というのは3つのセクションの集合体なんです。『記銘』、『保存』、『再生』の3つです」
ユイが手をかざすと、ウィンドウが現れた。ユイはホロキーボードに手を触れると、タイプすることなく情報を入力する。ウィンドウに流れ図が表示された。上から『記銘』、『保存』、『再生』と書かれていて、それぞれ順に矢印で繋がれている。
「体験は、『記銘』という働きによって脳の海馬という箇所に記録されます。そしてそれは一定期間『保存』されます。そして記憶が必要になった時、『再生』によって思い出されます。ミズキさんの記憶障害は『保存』される期間が短くなってしまったために起こったのだと私は思っていました」
フロー図の中央、『保存』の文字が薄くなった。マルバとアイリアはよく分からなそうに表を見つめ、ミズキは偉そうに腕を組んでユイの説明を見守る。
「ところが、おじちゃんの心因性の記憶障害はですね、『事故の後、つまり前向性健忘を患った後に“自分が人を撥ねた”と知った』ことが原因だったんです。つまり、おじちゃんは事故後のことを覚えているんですよ」
ユイの目の前で兄妹は揃って目を丸くした。ユイが再びホロキーボードに手をかざすと、フロー図の『保存』が再び濃くなった。
「つまり、おじちゃんの障害は『保存』によるものではなく、『再生』によるものなんです。簡単に言いますと、『覚えてるけど思い出せない』という状態なんですね」
フロー図の『再生』の文字が薄くなり、赤いばってんが付けられた。
「つまりですね。おじちゃんの記憶は『再生』のトレーニングによって改善が見込めるかもしれないんです。昨日のフラッシュバックもそれを証明しています。つまり、全て忘れてしまったわけではなく、記憶が戻ることもあり得ます」
ユイが手を下ろすと、ウィンドウが消滅した。ミズキはぽんぽんとユイの頭を叩きながら彼女を褒めた。
「ありがとな、ユイ坊。そいで、具体的にトレーニングっつーのは何をすりゃーいいんだ?」
「おじちゃんがいっつもやっていることですよ。毎日の日記を付け、忘れた時に思い出す手がかりにする。この繰り返しによって『再生』は鍛えられます」
「ん? それじゃ、俺はいままでだってずっと『再生』のトレーニングをしてたことになるんじゃねぇか? なんでよくならねぇんだ?」
「心因性の記憶障害が『再生』機能の回復を阻害していた可能性がありますね。そちらのほうが回復した今、おじちゃんを縛るものはありません。少しずつ、よくなっていくといいですね」
「おう、そうか。そりゃ楽しみだ」
ミズキはいつもどおりの大声で笑った。
――事故が引き起こしたのは、悪いことばかりじゃなかった。俺がこんなふうに笑い合えるのも、あの事故があったからだ。
ミズキはマルバの楽天的思考がうつったかのように、初めて事故のことを前向きに考えた。
後書き
更新遅くなりました。
今回と前回はあちこち調べて話を書いているのですが、『記銘』とか『保持』とか私もよく分からないのに書いてしまっていいものかどうか……うーん。
さて、意図せずして相当引っ張ってしまいましたが。次回ようやくバトル・ロワイアル開催です!! シナリオもまだ半分、話も書き終えてないのに更新していいのかどうか不安ですが、精一杯がんばりますので応援よろしくお願いします!
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